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実験じっけんしつ (小説しょうせつ)

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実験じっけんしつ』(じっけんしつ)は、有島ありしま武郎たけお小説しょうせつ1917ねん大正たいしょう6ねん)、雑誌ざっし中央公論ちゅうおうこうろん』9がつごう発表はっぴょうされた。

あらすじ[編集へんしゅう]

くなったつま・Y死因しいんを「急激きゅうげき乾酪かんらくせい肺炎はいえん」と院長いんちょうたちに判断はんだんされていることに疑問ぎもんいだ三谷みたには、みずからのかんがえを証明しょうめいするために彼女かのじょ解剖かいぼうしようとかんがえる。親族しんぞく反対はんたいにもみみたないかれ愛想あいそかす人々ひとびとなかで、唯一ゆいいつかれあにだけが解剖かいぼうめにていた。

つまんだ翌日よくじつすぐに解剖かいぼう準備じゅんびはじめるかれあには「自分じぶん生活せいかつ学術がくじゅつのどちらがとうといのか」と疑問ぎもんげかける。それにたいしてかれは「自分じぶん生活せいかつ学術がくじゅつとうとさだけとうとい」とろんうのをわらせるのだった。ついに解剖かいぼうしつあに立会たちあいのした解剖かいぼう開始かいしする。

淡々たんたんすす解剖かいぼう最中さいちゅう三谷みたに脳膜のうまく調しらべたくてたまらなくなり、つまのう摘出てきしゅつはじめる。ここであにめにかかるが、あにはショックで突然とつぜん失神しっしんしてしまった。

あに解剖かいぼうしつからったのち三谷みたにふるえをめることができなくなり、助手じょしゅ死体したいあたま開封かいふう作業さぎょうたのみ、窓際まどぎわ煙草たばこいながら中庭なかにわ視線しせんける。のこものおと背景はいけいに、かれにん看護かんごたちをかけた。手紙てがみ熱心ねっしんんでいる彼女かのじょたちの様子ようすは「なんともえぬうつくしさと可憐かれんさ」があった。死体したい頭部とうぶへの作業さぎょうわったことを報告ほうこくする助手じょしゅびかけに、三谷みたに再度さいど解剖かいぼうつづきをおこなはじめる。のう様子ようすかれ自身じしんかんがえのただしさを確信かくしんした。つま死因しいんが「粟粒あわつぶ結核けっかく」であると証明しょうめいたしたのだった。

しかし、三谷みたにしんには目的もくてきたっせられた充実じゅうじつかんなどはなく、あるのはぎゃくかなしい孤独こどくかえりたい気持きもちであった。はや解剖かいぼうわりにしたい一心いっしんで、解剖かいぼう型通かたどおりに今度こんどひらくと、そこには大量たいりょう喀血かっけつんだ痕跡こんせきられた。その痕跡こんせき契機けいき三谷みたにつま凄惨せいさんおもしてしまう。

始末しまつ助手じょしゅたのみ、三谷みたに解剖かいぼうしつていく。かれ自身じしん実験じっけんしつもどり、つま肉片にくへんかぶびんがくててなみだながすのだった。

登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

三谷みたにかれれ)

医者いしゃつま死因しいん粟粒あわつぶ結核けっかくであるという自身じしん診断しんだんただしさを証明しょうめいするために、つまであるY死体したい解剖かいぼうする。作中さくちゅうで「三谷みたに」とばれる場面ばめんはなく、解剖かいぼうしつ掲示けいじされた半紙はんしでのみ「三谷みたに」という名前なまえであることがかされている。物語ものがたり終始しゅうしさんたにった視点してんかたられている。

三谷みたにY

三谷みたにつま。8月1にち午前ごぜん7死亡しぼうした。

あに

三谷みたにあに。Y解剖かいぼうすることに最後さいごまで反対はんたいし、解剖かいぼうう。しかし、失神しっしんして退室たいしつしてしまう。

院長いんちょう

Y死因しいん急激きゅうげき乾酪かんらくせい肺炎はいえんであると診断しんだん

中庭なかにわ看護かんごたち

中庭なかにわ三谷みたににした看護かんごたち。熱心ねっしん手紙てがみんでいた。

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

  • 實験じっけんしつ - 近代きんだいデジタルライブラリー(有島ありしまによる直筆じきひつ原稿げんこう