尊王そんのう論ろん

戊辰戦争ぼしんせんそうで官軍かんぐんが用もちいた錦旗きんき。

尊王そんのう論ろん（そんのうろん）とは、王者おうじゃを尊とうとぶ思想しそうのこと。もとは中国ちゅうごくの儒教じゅきょうに由来ゆらいし、日本にっぽんにも一定いっていの変容へんようを遂とげたうえで持もち込こまれた。

概要がいよう

儒教じゅきょうにおける理念りねんで、仁徳にんとくによる統治とうちを意味いみする「王道おうどう」と、武力ぶりょくや策略さくりゃくによる統治とうちである「覇道はどう」を対比たいひし（孟子もうし#王おう覇はを参照さんしょう）、王道おうどうを尊とうとぶことを説とくのが尊王そんのう論ろんである。(尊王そんのう斥覇(せきは))

中国ちゅうごくにおいては「王者おうじゃ」のモデルは古代こだい周しゅう王朝おうちょうの王おうであったことからもともと「尊王そんのう」と書かいた。

日本にっぽんでは当初とうしょ鎌倉かまくら時代じだいから南北なんぼく朝あさ時代じだいにかけて尊王そんのう論ろんが受容じゅようされ、天皇てんのうを「王者おうじゃ」、武家ぶけ政権せいけん（幕府ばくふ）を「覇者はしゃ」とみなし後者こうしゃを否定ひていする文脈ぶんみゃくで用もちいられ、鎌倉かまくら幕府ばくふの滅亡めつぼう・建たて武たけしの新政しんせいへの原動力げんどうりょくとなった。

幕まく藩はん体制たいせいにおいては、朝廷ちょうていは幕府ばくふの制約せいやくを受うけていたが、権威けんい的てき秩序ちつじょ、宗教しゅうきょう的てきな頂点ちょうてんの存在そんざいとして位置いちづけられた。幕政ばくせい改革かいかくの混乱こんらんや、異国いこく船せんの来航らいこうによる対外たいがい的てき緊張きんちょう等とう政治せいじ的てき混乱こんらんが起おこると、幕府ばくふは秩序ちつじょ維持いじの為ため大政たいせい委任いにん論ろんに依存いぞんして朝廷ちょうてい権威けんいを政治せいじ利用りようし、朝廷ちょうていの権威けんいが復興ふっこうする。

江戸えど時代じだい中期ちゅうきに国学こくがくがさかんになり、記紀ききや国史こくし、神道しんとう等ひとしの研究けんきゅうが行おこなわれ、武士ぶしや豪農ごうのう等とうの知識ちしき層そうへも広ひろまる。また、天皇陵てんのうりょうの修復しゅうふくや、藩はん祖そを皇族こうぞくに結むすびつける風潮ふうちょうも起おこる。

幕末ばくまつには、平田ひらた国学こくがくや水戸みと学まなぶ等ひとしナショナリズムとして絶対ぜったい化かされ、仏教ぶっきょうを排斥はいせきする廃仏毀釈はいぶつきしゃくとしても現あらわれる。幕府ばくふが諸しょ外国がいこくと条約じょうやくを結むすび、鎖国さこく体制たいせいを解といて開国かいこくを行おこなうと、攘夷じょうい論ろんと結合けつごうして尊王そんのう攘夷じょうい（尊攘そんじょう）となり、幕政ばくせい批判ひはんや討幕とうばく運動うんどう等とうへと展開てんかいしていく素地そじのひとつとなり、明治めいじ以降いこうの国体こくたい論ろんや国家こっか神道しんとうへも影響えいきょうする。

朱子学しゅしがくとの関係かんけい

徳川とくがわ幕府ばくふは朱子学しゅしがくを支配しはい原理げんりとして採用さいようし、官学かんがくとして、儒教じゅきょう思想しそうを定着ていちゃくさせた。しかし、もともと武士ぶしの争乱そうらんの末すえに政権せいけんを奪取だっしゅした徳川とくがわ幕府ばくふは「王道おうどう」に反はんする「覇道はどう」にあたるから、朱子学しゅしがくによる幕府ばくふの正統せいとう化かの論理ろんりは、最初さいしょから矛盾むじゅんをはらんでいた。山鹿やまが素行そこうは、儒学じゅがくのモデルであり、当時とうじの憧あこがれの対象たいしょうであった中国ちゅうごく明あきらが滅ほろび、清きよしに支配しはいされて、もはや規範きはんではなくなったため、日本にっぽんこそが儒学じゅがくの正統せいとうだとして、「日本にっぽんこそ中国ちゅうごくである」と論ろんじた。また、儒教じゅきょう思想しそうの日本にっぽんへの定着ていちゃくはすなわち、中華ちゅうか思想しそう（華はな夷えびす思想しそう）の日本にっぽんへの定着ていちゃくを意味いみし、近代きんだいの皇国こうこく史観しかんなどに影響えいきょうを与あたえ、日本にっぽん版ばん中華ちゅうか思想しそうともいうべきものの下地したじとなった。儒教じゅきょうでは、湯ゆ武たけ放伐ほうばつを認みとめるかどうかが難題なんだいとされてきたが、徳川とくがわ幕府ばくふは朱子学しゅしがくについて孟子もうし的てき理解りかいに立たち、湯ゆ武たけ放伐ほうばつ、易姓革命えきせいかくめい論ろんを認みとめており、そうすると天皇てんのうを将軍しょうぐんが放伐ほうばつしてよいことになるため、山崎やまざき闇斎あんさいを始祖しそとする崎さき門もん学派がくはが湯ゆ武たけ放伐ほうばつを否定ひていして、体制たいせい思想しそうとしての朱子学しゅしがくを反はん体制たいせい思想しそうへと転化てんかさせた。そして、従来じゅうらいは同おなじく中国ちゅうごく思想しそうであったものが日本にっぽん化かした攘夷じょうい論ろんとむすびつき、幕府ばくふや幕まく藩はん体制たいせいを批判ひはんする先鋭せんえい的てきな政治せいじ思想しそうへと展開てんかいしていき、この思想しそうが明治維新めいじいしんの原動力げんどうりょくとなった。また、「昭和しょうわ維新いしん」を標榜ひょうぼうする昭和しょうわ期きの右翼うよくや二・二六事件ににろくじけんの反乱はんらん軍ぐんなどにより「尊皇そんのう討奸」というスローガンが掲かかげられている。

なお幕末ばくまつ期きにおける「尊王そんのう」の対義語たいぎごとして「佐幕さばく」という言葉ことばが使つかわれることがあるが、「佐幕さばく」は「尊王そんのう」と矛盾むじゅんするものではなく、「佐幕さばく」の対義語たいぎごはあくまで「倒幕とうばく」である。なにより孝明天皇こうめいてんのう自身じしんが討幕とうばくに強つよく反対はんたいしていたこともあり、「尊王そんのう敬けい幕まく」というスタンスを打うち出だした藩はんもあった。

自由党じゆうとうの尊王そんのう論ろん

板垣いたがき退助たいすけは、明治めいじ15年ねん(1882年ねん)3月がつ、『自由党じゆうとうの尊王そんのう論ろん』を著あらわし、自由じゆう主義しゅぎは尊皇そんのう主義しゅぎと同一どういつであることを力説りきせつし自由じゆう民権みんけんの意義いぎを説といた。

世よに尊王そんのう家いえ多おおしと雖(いえど)も吾われ(わが)自由党じゆうとうの如ごとき(尊王そんのう家かは)あらざるべし。世よに忠臣ちゅうしん少すくなからずと雖も、吾われ自由党じゆうとうの如ごとき(忠臣ちゅうしん)はあらざるべし。(中略ちゅうりゃく)吾われ党とうは我わが　皇帝こうてい陛下へいかをして英えい帝みかどの尊みこと栄さかえを保たもたしめんと欲ほっする者もの也。(中略ちゅうりゃく)吾われ党とうは深ふかく我わが　皇帝こうてい陛下へいかを信しんじ奉たてまつる者もの也。又また堅かたく我国わがくにの千歳ちとせに垂たれるるを信しんずる者もの也。吾われ党とうは最もっとも我わが　皇帝こうてい陛下へいかの明治めいじ元年がんねん三さん月がつ十じゅう四よん日にちの御ご誓文せいもん(五ご箇条かじょうの御ご誓文せいもん)、同どう八はち年ねん四よん月がつ十じゅう四よん日にち立憲りっけんの詔勅しょうちょく、及客年ねん十じゅう月がつ十じゅう二に日にちの勅みことのり諭さとしを信しんじ奉たてまつる者もの也。既すでに我わが　皇帝こうてい陛下へいかには「広ひろく会議かいぎを興おこし万まん機き公論こうろんに決けっすべし」と宣せん(のたま)ひ、又また「旧来きゅうらいの陋習を破やぶり天地てんちの公道こうどうに基もとづくべし」と宣せん(のたま)ひたり。吾われ党とう、固かた(もと)より我わが　皇帝こうてい陛下へいかの之これ(これ)を履行りこうし、之これ(これ)を拡充かくじゅうし給きゅうふを信しんずる也。又また、立憲りっけんの政体せいたいを立たて汝なんじ衆しゅ庶と俱(とも)に其慶幸こうに頼よりゆき(たよ)らんと欲ほっす。(中略ちゅうりゃく)既すでに立憲政体りっけんせいたいを立たてさせ給きゅうひ、其慶幸こうに頼たよらんと宣せんふ以上いじょうは、亦また吾われ党とうに自由じゆうを与あずかへ吾われ党とうをして自由じゆうの民みんたらしめんと欲ほっするの叡慮えいりょなることを信しんずる也。(中略ちゅうりゃく)況きょうや客年かくねん十じゅう月がつの聖ひじり諭さとしの如ごときあり。断然だんぜん二に十じゅう三さん年ねんを以もって代議士だいぎしを召めし国会こっかいを開設かいせつせんと叡あきら断だんあるに於おいておや。(中略ちゅうりゃく)故ゆえに吾われ党とうが平生へいぜい自由じゆうを唱となえ権利けんりを主張しゅちょうする者ものは悉ことごとく仁慈じんじ　皇帝こうてい陛下へいかの詔勅しょうちょくを信しんじ奉まつり、一いち点てん(の)私心ししんを(も)其間に挟はさまざる者もの也。(中略ちゅうりゃく)斯(かく)の如ごとくにして吾われ党とうは　皇帝こうてい陛下へいかを信しんじ、我わが　皇帝こうてい陛下へいかの意いの在ある所ところに随したがえふて、此立憲政体りっけんせいたいの慶けい幸こうに頼たよらんと欲ほっする者もの也。(中略ちゅうりゃく)方今ほうこん、支ささえ那な、魯西亜あ(ロシア)、土ど耳みみ古いにしえ(トルコ)諸しょ邦くにの形状けいじょうを察さっすれば、其帝王おうは驕傲きょうごう無礼ぶれいにして人民じんみんを軽侮けいぶし土ど芥あくた之これを視み、人民じんみんは其帝王おうを畏かしこ懼し、或あるいは怨望し雷霆らいていの如ごとく、讎敵の如ごとくし、故ゆえに君民くんみん上下じょうげの間あいだに於おいて曾(かつ)て其親睦しんぼく愛情あいじょうの行くだりはるる事ことなし。(中略ちゅうりゃく)今いま、吾われ党とうの我わが日本にっぽん　皇帝こうてい陛下へいかを尊崇そんすうする所以ゆえん(ゆえん)は、固かた(もと)より支ささえ那な、土ど耳みみ古いにしえ(トルコ)の如ごときを欲ほっせざる也。又また、大だい(おおい)に魯西亜あ(ロシア)の如ごときを好このまざる也。吾われ党とうは我わが人民じんみんをして自由じゆうの民みんたらしめ、我わが邦くにをして文明ぶんめいの国くにに位くらいし、(皇帝こうてい陛下へいかを)自由じゆう貴重きちょうの民みん上じょうに君臨くんりんせしめ、無上むじょうの光栄こうえいを保たもち、無比むひの尊崇そんすうを受うけしめんと企図きとする者もの也。(中略ちゅうりゃく)是ぜ吾われ党とうが平生へいぜい堅かたく聖旨せいしを奉ほうじ、自由じゆうの主義しゅぎを執とり、政党せいとうを組織そしきし、国事こくじに奔走ほんそうする所以ゆえん(ゆえん)也。乃(すなわ)ち皇国こうこくを千載せんざいに伝つたへ、皇統こうとうを無窮むきゅうに垂しだれんと欲ほっする所以ゆえん(ゆえん)なり。世よの真理しんりを解ほぐせず、時とき情じょうを悟さとらず、固陋ころう自みずから省かえりみず、妄(みだ)りに尊王そんのう愛国あいこくを唱へ、却(かえっ)て聖旨せいしに違たがえ(たが)ひ、立憲政体りっけんせいたいの準備じゅんび計画けいかくを防遏ぼうあつ(ぼうあつ)し、皇すめらぎ家かを率りつゐて危難きなんの深淵しんえんに臨のぞまんと欲ほっする者ものと同一どういつ視しすべからざる也。是ぜれ吾われ党とうが古今ここん尊王そんのう家いえ多おおしと雖(いえど)も我わが自由党じゆうとうの如ごとくは無むし、古今ここん忠臣ちゅうしん義士ぎし尠(すくな)からずと雖も我わが自由党じゆうとう諸氏しょしが忠ちゅう愛あい真実しんじつなるに如(し)かずと為ため(な)す所以ゆえん(ゆえん)なり。
『自由党じゆうとうの尊王そんのう論ろん』板垣いたがき退助たいすけ著しる

参考さんこう文献ぶんけん

• 板垣いたがき退助たいすけ『自由党じゆうとうの尊皇そんのう論ろん』
• 山本やまもと七なな平たいら『現人神あらひとがみの創作そうさく者しゃたち』
• 小室こむろ直樹なおき『論理ろんりの方法ほうほう』
• 橋爪はしづめ大だい三郎さぶろう『世界せかいがわかる宗教しゅうきょう社会しゃかい学がく入門にゅうもん』
• 中野なかの正ただし志こころざし『万世ばんせい一系いっけいのまぼろし』

関連かんれん項目こうもく

• 『大だい日本にっぽん史し』 ‐ 『日本にっぽん外史がいし』
• 尊王そんのう攘夷じょうい ‐ 倒幕とうばく運動うんどう
• 浅見あさみ絅斎けいさい
• 中ちゅう朝ちょう事実じじつ
• 明和めいわ事件じけん
• 勤王きんのう
• 君主くんしゅ制せい
• 王おう党派とうは