已然いぜん形がた

已然いぜん形がた（いぜんけい）または仮定かてい形がた（かていけい）とは、日本語にほんごの用言ようげんにおける活用かつよう形かたちの一ひとつ。日本語にほんごの動詞どうしや形容詞けいようしなどは語形ごけい変化へんかを起おこすが、活用かつよう形がたとは学校がっこう文法ぶんぽうにおいて語形ごけい変化へんか後ごの語形ごけいを六むっつに分類ぶんるいしたものであり、已然いぜん形がた（仮定かてい形がた）はそのうちの一ひとつである。なお已然いぜん形がたは文語ぶんごで使つかわれる用語ようごであり、仮定かてい形がたは現代げんだい口語こうごで使つかわれる用語ようごである。

定義ていぎ

已然いぜんとは「すでにそうした」「すでにそうなった」の意味いみであり、確定かくてい条件じょうけん（～ので）を表あらわす「ば」や「ども」をつけることでできる語形ごけいであるのでこの名ながある。一方いっぽう、口語こうごにおいて仮定かてい形がたと名称めいしょうを変かえたのは、この語形ごけいをつくる「ば」の文法ぶんぽう的てき機能きのうが仮定かてい条件じょうけんを表あらわすものに変化へんかしたからである。ちなみに文語ぶんごにおいて仮定かてい条件じょうけんを表あらわす場合ばあい、「ば」の前まえは未然みぜん形がたであった。已然いぜん形がたの名なは東条とうじょう義よし門もんが『和語わご説せつ略図りゃくず』（1833年ねん）において已然いぜん言ごととして以来いらいのものであり、仮定かてい形がたの名なは吉岡よしおか郷ごう甫はじめ『日本にっぽん口語こうご法ほう』（1906年ねん）からのものである。

確定かくてい条件じょうけんを表あらわす「ば」の前まえで四よん段だん動詞どうしの語末ごまつは/e/エ段だん音おんに変化へんかし、一段いちだん動詞どうしや二に段だん動詞どうし、形容詞けいようしは「れ」で終おわるが、動詞どうしの「れ」の前まえの母音ぼいんは一段いちだん動詞どうしは/i/か/e/、二に段だん動詞どうしは/u/となっている。一方いっぽう、現代げんだい口語こうごもほぼ同おなじ語形ごけいであるが、一段いちだん動詞どうしの「れ」の前まえの母音ぼいんは/e/か/i/のみになっている。また、ここでの「ば」の文法ぶんぽう機能きのうは仮定かてい条件じょうけんに変かわっているが、形容動詞けいようどうしとコピュラ「だ」、「た」だけは仮定かてい条件じょうけんの「ば」の前まえが未然みぜん形がたである文語ぶんごの形式けいしきを残のこしているため「なら」、「たら」になっている。

文語ぶんご					口語こうご
品詞ひんし	活用かつようの種類しゅるい	例れい語ご	語形ごけい		活用かつようの種類しゅるい	例れい語ご	語形ごけい
動詞どうし	四よん段だん活用かつよう	書かく	かけ	-e	五ご段だん活用かつよう	書かく	かけ	-e
	ラ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	あり	あれ	-e
	ナ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	死しぬ	しぬれ	-uれ
	下した一いち段だん活用かつよう	蹴ける	けれ	-eれ	下した一いち段だん活用かつよう	受うける	うけれ	-eれ
	下した二に段だん活用かつよう	受く	うくれ	-uれ
	上うえ一いち段だん活用かつよう	着きる	きれ	-iれ	上うえ一いち段だん活用かつよう	起おきる	おきれ	-iれ
	上うえ二に段だん活用かつよう	起おこりく	おくれ	-uれ
	カ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	来き	くれ	-uれ	カ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	来くる	くれ	-uれ
	サ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	す	すれ	-uれ	サ行ぎょう変格活用へんかくかつよう	する	すれ	-uれ
形容詞けいようし	ク活用かつよう	なし	なけれ	けれ		ない	なけれ	けれ
	シク活用かつよう	美うつくし	うつくしけれ	しけれ
形容動詞けいようどうし	ナリ活用かつよう	静しずかなり	しずかなれ	なれ		静しずかだ	しずかなら	なら
	タリ活用かつよう	堂々どうどうたり	どうどうたれ	たれ

問題もんだい点てん

已然いぜん形がたで問題もんだいになるのは、一段いちだん活用かつよう・二に段だん活用かつようの「れ」であり、これは本来ほんらい、助詞じょしの「ば」や「ども」の要素ようそである。受身うけみを表あらわす「る・らる」を二形ふたなり並なみ記しるしたのに対たいし、「ば」「ども」に関かんしては「ば・れば」「ども・れども」とはせず、活用かつよう形がたに入いれた。これは係かかり結むすびで文末ぶんまつの一段いちだん・二に段だん活用かつように「れ」が現あらわれるのを含ふくめて一ひとつの語形ごけいと考かんがえたためだろうと思おもわれる。

言語げんご学がくから見みた已然いぜん形がた

形態けいたい論ろんにおいて語かたりの変化へんかしない部分ぶぶんは語幹ごかんと呼よばれ、それに付属ふぞくすることで語形ごけいに変化へんかをもたらすとともに文法ぶんぽう的てき意味いみを表あらわすものを語尾ごびと呼よぶ。これによると日本語にほんごの動詞どうしは子音しいん語幹ごかん動詞どうしと母音ぼいん語幹ごかん動詞どうしに分わけられる。子音しいん語幹ごかん動詞どうしは四よん段だん動詞どうし・ラ変動へんどう詞し・ナ変動へんどう詞しのことをいい、ロろーマ字まじ分析ぶんせきすると変化へんかしない語幹ごかん部分ぶぶんは子音しいんで終おわっている。一方いっぽう、母音ぼいん語幹ごかん動詞どうしは一段いちだん動詞どうし・二に段だん動詞どうしである。文語ぶんごにおいて語幹ごかん母音ぼいんは母音ぼいん交替こうたいを起おこして2通とおりの語形ごけいをもっているが、現代げんだい口語こうごにおいては母音ぼいん交替こうたいは起おこらず語幹ごかんは一定いっていである。

このように見みると、已然いぜん形がたとは、母音ぼいん/e/で始はじまる語尾ごびによって作つくられた語形ごけいであるといえる。つまり、子音しいん語幹ごかん動詞どうしには直接ちょくせつついてエ段だん音おんを形成けいせいする一方いっぽう、母音ぼいん語幹ごかん動詞どうしに付つく場合ばあいは、母音ぼいんが連続れんぞくしてしまうので、これを避さけるために/r/が挿入そうにゅうされる。確定かくてい条件じょうけん（現代げんだい口語こうごでは仮定かてい条件じょうけん）を作つくるのは-(r)eba （ば）や -(r)edomo（ども）といった語尾ごびがあり、また係かかり結むすびにも-(r)eという語尾ごびがあると考かんがえられる。例たとえば、「書かく」であれば、kak-eba と直接ちょくせつ接続せつぞくされるが、「食たべる」（口語こうご）は tabe-reba、「起おこりく」（文語ぶんご）であれば、oku-rebaというように/r/が挿入そうにゅうされている。学校がっこう文法ぶんぽうではこのreの部分ぶぶんまでを含ふくめて活用かつよう形がたとしているのである。

また形容詞けいようし・形容動詞けいようどうしは文語ぶんごにおいてカリ活用かつようやナリ活用かつようと言いわれる活用かつようをもつが、これは語幹ごかんと語尾ごびとの間あいだに-ar-（あり）が入はいるものをいっている（ただし、形容詞けいようしの已然いぜん形がたのみ音おと変化へんかして-er-となっている）。「あり」は単体たんたいでは存在そんざいを表あらわす語かたりであるが、語尾ごびとして使つかわれると指定してい・措定そていの文法ぶんぽう機能きのうを果はたしている。よってその活用かつようは子音しいん語幹ごかん動詞どうし「あり」と同おなじである。また現代げんだい口語こうごの形容動詞けいようどうしの仮定かてい形がたが「なら」になるのは、かつての仮定かてい条件じょうけんを表あらわす語尾ごび-abaを依然いぜんとして用もちいていることによるものである。

ちなみに現代げんだい口語こうごで子音しいん語幹ごかん動詞どうし（五ご段だん動詞どうし）のみに「書かける kak-e-ru」といったような可能かのう動詞どうしが作つくられるが、これは語尾ごび-e-によるものである。この語尾ごびにより可能かのう動詞どうしは母音ぼいん語幹ごかん動詞どうし（一段いちだん動詞どうし）に変かわっている。これに/r/を挿入そうにゅうして「食たべれる tabe-re-ru」というようになったのが、いわゆる「ら抜ぬき言葉ことば」であり、受身うけみ・尊敬そんけい・可能かのう・自発じはつを表あらわす語尾ごび-(r)are-から見みれば、確たしかに「ら抜ぬき」と言いえるが、これが語尾ごび-e-から類推るいすいして作つくられたものだとすれば、実じつは「r入はいり言葉ことば」なのである。

関連かんれん項目こうもく

• 活用かつよう