日本にっぽんだい辞書じしょ

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日本にっぽんだい辞書じしょ
(にほんだいじしょ)
編集へんしゅうしゃ 山田やまだ美妙びみょう
著者ちょしゃ 山田やまだ美妙びみょう
発行はっこう 1892ねん7がつ6にちだい1かん
1892ねん8がつ22にちだい2かん
1892ねん9月24にちだい3かん
1892ねん10月27にちだい4かん
1892ねん12月23にちだい5かん
1893ねん2がつ21にちだい6かん
1893ねん4がつ1にちだい7かん
1893ねん5月7にちだい8かん
1893ねん6月9にちだい9かん
1893ねん8がつ8にちだい10かん
1893ねん12月8にちだい10かん補遺ほい
1893ねん12月19にち附録ふろく
発行はっこうもと 日本にっぽんだい辞書じしょ発行はっこうしょ
ジャンル 国語こくご辞典じてん
くに 日本の旗 日本にっぽん
言語げんご 日本語にほんご
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日本にっぽんだい辞書じしょ』(にほんだいじしょ[1])は、山田やまだ美妙びみょう1892ねん明治めいじ25ねん)7がつから1893ねん明治めいじ26ねん)12がつにかけて発刊はっかんした国語こくご辞書じしょである。近代きんだい日本語にほんご辞書じしょはじめて口語体こうごたいかれた。また、語句ごくごとにアクセント付記ふきしたことでもられる。

特徴とくちょう[編集へんしゅう]

編纂へんさんしゃけん発行はっこうしゃ山田やまだ美妙びみょう[注釈ちゅうしゃく 1]

当時とうじすで小説しょうせつ胡蝶こちょう」などを発表はっぴょうし、文壇ぶんだん著名ちょめいとなっていた山田やまだ美妙びみょう[2]が、1892ねん明治めいじ25ねん7がつ6にちから翌年よくねん12月19にちにかけて発刊はっかんした[3][注釈ちゅうしゃく 1]初版しょはん発行はっこうしょ日本大にほんだい辞書じしょ発行はっこうしょ[5]

辞書じしょ緒言しょげんにおいて美妙びみょうは、「日本語にほんごトハ日本にっぽんこく語法ごほうよりどころツテソレヲようヰ、しょうナクモ其鑑識かんしきゆうツダケノじん意味いみ理解りかいサレとくルモノニげんル」と日本語にほんご定義ていぎ[6][7]、「日本語にほんご日本語にほんご解釈かいしゃくシタノヲ日本にっぽん辞書じしょトイフ。此日本大もとだい辞書じしょデハ日本語にほんご日本語にほんごとうテテかいク」と辞書じしょ説明せつめいをしている[7][8]大槻おおつき文彦ふみひこ編纂へんさんした日本にっぽんはつ近代きんだいてき国語こくご辞書じしょばれる『げんうみ』を意識いしきして作成さくせいされたとされ、辞書じしょない随所ずいしょで『げんうみ』が言及げんきゅうされていおり、そのなかには『げんうみ』の説明せつめい直接ちょくせつ批判ひはんしている箇所かしょもある[9]。その一方いっぽうで『げんうみ』の記述きじゅつ参考さんこうにしたとおもわれる項目こうもく多々たたある[3][5]

美妙びみょうは「発音はつおん音調おんちょうかたりるい語原ごげん解釈かいしゃく出典しゅってん例証れいしょう」の掲載けいさい重視じゅうししており、このうちかたりごとの「音調おんちょう」(アクセント)の掲載けいさいは『げんうみ』にもみられない独自どくじなものであった[10]発音はつおん音調おんちょうは、美妙びみょうそだった東京とうきょうおと採録さいろくされたが[11]、そのしめかたたんなる音感おんかんによらない精密せいみつ方法ほうほうえらんでいる[12]。そのに、『げんうみ』とくらべて方言ほうげんなどを積極せっきょくてき収録しゅうろくとして採用さいようしているてん類義語るいぎごについての解釈かいしゃくいているてん特徴とくちょうとしてあげられている[13][14]

辞書じしょ本文ほんぶん緒言しょげんなどは口語体こうごたいかれている[15]。『日本にっぽんだい辞書じしょ』の制作せいさくは、美妙びみょう口述こうじゅつとその速記そっきによってすすめられため、口語体こうごたいれることができたとされる[16][注釈ちゅうしゃく 2]。そのため、近代きんだい日本語にほんご辞書じしょではじめて言文げんぶん一致いっちたい語釈ごしゃくいた辞書じしょ評価ひょうかされる[17][18]

げんうみ』をえるページすうであるが、項目こうもく偏重へんちょうがあり、サぎょうまでの段階だんかい辞書じしょ全体ぜんたいの70%ほどをめる[4][19]湯浅ゆあさ茂雄しげお調査ちょうさによれば、『日本にっぽんだい辞書じしょ』のそう見出みだ語数ごすうは5まん3139であり、『げんうみ』よりも1まん3696おおいとされる[3]

初版しょはんは4えん75ぜに[5]だい1かんからだい10かんくわえて、だい10かん補遺ほい附録ふろくの2さつわせてぜん12さつ[20]補遺ほい附録ふろくが1さつにまとめられたぜん11さつほんもある[21]附録ふろくには「日本にっぽん名彙めいい」「日本人にっぽんじん名彙めいい」「西洋せいようじん名彙めいい」「ささえじん名彙めいい」「日本にっぽん古文こぶんほうりゃく」「歌枕うたまくら概要がいよう」「日本にっぽん音調おんちょうろん」があり、とりわけ「日本にっぽん音調おんちょうろん」は音声おんせいがくてき価値かちがある論文ろんぶんとされる[22]

山田やまだ美妙びみょう辞書じしょ[編集へんしゅう]

山田やまだ美妙びみょう少年しょうねんから文学ぶんがくしゃとして日本語にほんご辞書じしょ作成さくせいする意志いしっていたとされる[18]。1892ねん明治めいじ25ねん6月12にち、『国民こくみん新聞しんぶん』にて「日本にっぽん辞書じしょ編纂へんさんほう私見しけん」を発表はっぴょうどうろんつづきは6月19にち7がつ10日とおかの『国民こくみん新聞しんぶん』にも掲載けいさいされた[23]美妙びみょうどうろんで「明治めいじ初年しょねん文部省もんぶしょう学者がくしゃしゅうメテ語彙ごいへんミ、スコブル体裁ていさいヲ備ヘタモノノなおマダワルシ。(中略ちゅうりゃく大槻おおつき文彦ふみひこげんうみおうしゅう辞書じしょ模型もけいトシテココニはじめメテ完全かんぜんがたチガ出来できカケタモノノ、なおマダぶつあしラヌしょイ。」としるしたように、既存きそん辞書じしょ不満ふまんっていた[8][24]

美妙びみょうは『日本にっぽんだい辞書じしょだい1かんを1892ねん7がつ6にち発行はっこうした[3]。さらにどう時期じきには『万国ばんこく人名じんめい辞書じしょ上下じょうげまき上巻じょうかんは1893ねん7がつ10日とおか下巻げかん同年どうねん9がつ4にち発行はっこう)、『日本にっぽん地名ちめいぜん辞書じしょ巻一けんいち』(1893ねん11月5にち発行はっこうぜん4かん企画きかくするも、刊行かんこうは1かんのみ)も発行はっこうしている[25][26]。これらの辞書じしょ刊行かんこうは、当時とうじ文学ぶんがく方面ほうめん停滞ていたいおちいっていた美妙びみょう経済けいざいてきたすけた[27]

なお、『日本にっぽんだい辞書じしょ』が出版しゅっぱんされた1892ねん7がつに、美妙びみょう大槻おおつき文彦ふみひこ手紙てがみしている[28]

日本にっぽんだい辞書じしょ』の後継こうけいとしては、『帝国ていこくだい辞典じてん』がある[29]

評価ひょうか[編集へんしゅう]

日本にっぽん近代きんだい国語こくご辞書じしょ著述ちょじゅつをした山田やまだ忠雄ただおは、『日本にっぽんだい辞書じしょ』についててんもあるとしながらも、『げんうみ』の「イミテーション」であり、品位ひんいけ、「究極きゅうきょくおい失敗しっぱいさく」と評価ひょうかした[30][31]。しかし、2010年代ねんだい以降いこう、この評価ひょうかたいしてはすくなからず批判ひはんがあり[32][33]国語こくごがく観点かんてんからさい評価ひょうかすすんでいる[31]。また、辞書じしょのアクセントについて大槻おおつき文彦ふみひこは、アクセントは日本にっぽん各地かくちことなるためえて『げんうみ』にはくわえなかったとし、美妙びみょう掲載けいさいしたような「東京とうきょうアクセント」であるならば、一夜いちやけることができたとしるしている[34]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ a b 編纂へんさんけん発行はっこうしゃ」には山田やまだたけ太郎たろうとある[4]
  2. ^ 速記そっきしゃ大川おおかわはつという人物じんぶつおこなった[16]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ "日本にっぽんだい辞書じしょ". デジタル大辞泉だいじせん. コトバンクより2024ねん3がつ18にち閲覧えつらん
  2. ^ 塩田しおだ良平りょうへい (1989), pp. 64–75.
  3. ^ a b c d 湯浅ゆあさ茂雄しげお (2021), p. 227.
  4. ^ a b 今野こんの真二しんじ (2014), p. 148.
  5. ^ a b c 山田やまだ忠雄ただお (1981), p. 625.
  6. ^ 山田やまだ美妙びみょうしゅう編集へんしゅう委員いいんかい (2014), p. 147.
  7. ^ a b 山田やまだ忠雄ただお (1981), p. 613.
  8. ^ a b 山田やまだ美妙びみょうしゅう編集へんしゅう委員いいんかい (2014), p. 148.
  9. ^ 今野こんの真二しんじ (2014), pp. 151–156.
  10. ^ 今野こんの真二しんじ (2014), p. 156.
  11. ^ 宗像むねかた和重かずえ (2011), p. 226.
  12. ^ 吉武よしたけ好孝よしたか (1942), p. 39.
  13. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), pp. 619–621.
  14. ^ 今野こんの真二しんじ (2014), p. 181.
  15. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), pp. 613–616.
  16. ^ a b 今野こんの真二しんじ (2014), p. 150.
  17. ^ 吉武よしたけ好孝よしたか (1942), pp. 36–37.
  18. ^ a b 宗像むねかた和重かずえ (2011), p. 228.
  19. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), p. 622.
  20. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), p. 624.
  21. ^ 湯浅ゆあさ茂雄しげお (2021), p. 229.
  22. ^ 吉武よしたけ好孝よしたか (1942), p. 42.
  23. ^ 山田やまだ美妙びみょうしゅう編集へんしゅう委員いいんかい (2014), p. 453.
  24. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), p. 614.
  25. ^ 山田やまだ美妙びみょうしゅう編集へんしゅう委員いいんかい (2014), pp. 457–458.
  26. ^ 宗像むねかた和重かずえ (2011), p. 223.
  27. ^ 塩田しおだ良平りょうへい (1989), p. 90.
  28. ^ 真島まじまめぐみ (2015).
  29. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), pp. 625–627.
  30. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), pp. 618–621.
  31. ^ a b 河瀬かわせ真弥まや (2023), pp. 88–89.
  32. ^ 今野こんの真二しんじ (2014), pp. 159–165.
  33. ^ 今野こんの真二しんじ (2015), pp. 174–180.
  34. ^ 山田やまだ忠雄ただお (1981), pp. 615, 627–628.

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

図書としょ
論文ろんぶん