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はるよる

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はるよる』(しゅんや)は、きたそう詩人しじんひがし坡)がんだ七言しちごん絶句ぜっく起句きくの「春宵しゅんしょういちこくちょく千金せんきん」は名句めいくとして有名ゆうめい[1][2]成語せいご一刻千金いっこくせんきん」のもとにもなっている[3]

本文ほんぶん

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はるよる
春宵しゅんしょういちこくちょく千金せんきん 春宵しゅんしょういちこく ちょく千金せんきん
しゅんしょういっこく あたいせんきん
はるのよいのひとときは、千金せんきん価値かちがある。
はな有清ありきよ香月かつきゆうかげ はな清香きよかつきかげ
はなにせいこうあり つきにかげあり
はなはすがすがしいかおりにつつまれ、つきはおぼろにかげってひかりもやわらか。
うたかん楼台ろうだいごえ細細こまごま うたかん 楼台ろうだい ごえ 細細こまごま
かかん ろうだい こえ さいさい
にぎやかなうた管弦かんげんおとひびいていた高殿たかどのも、すっかりさわぎがしずまって、
鞦韆いん落夜沈沈ちんちん 鞦韆 いんよる 沈沈ちんちん
しゅうせん いんらく よる ちんちん[3]
ぶらんこのある中庭なかにわに、よるしずかにふけてゆく[4]

解釈かいしゃく

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はる花見はなみ[3]月見つきみ[5]かこつけたうたげはなやぎよりは、むしろえんてた月夜つきよにわ閑雅かんが風情ふぜい見出みいだ風流ふうりゅうじん心持こころもちをんでいる[6][7]

はるよるはほんのわずかな時間じかんでも千金せんきん価値かちがあるという起句きく[8]時間じかんという無形むけいなものを金銭きんせんというそく物的ぶってき価値かちえる機知きち妙味みょうみとなっている[9][10][7]

起句きく
  • よい」 - 日本語にほんごではよいくちすが、ここは夜更よふ[2]ひとがまだ活動かつどうしている時間じかんたいよる[11]、を意味いみする。日没にちぼつから夜半やはんまでは「ゆうくれ・昏・よいよる」のじゅんばれた[11]
  • 一刻いっこく」 - 一刻いっこく文字通もじどおりには一昼夜いっちゅうやの 1/100 つまりやく15分間ふんかん相当そうとうする[9]。また漏刻ろうこく水時計みずどけい)のみずけのつぼてたきざまれた目盛めもりのいちきざみも意味いみする[12]。ここは「わずかな時間じかん」とかいしてよい[9][13]
  • ただし」 - 「」とおなじで、値打ねうちのこと[4]
  • 千金せんきん」 - いちきんおもいちきん(257グラム[11])の黄金おうごん[13]千金せんきん比喩ひゆてき非常ひじょう価値かちがあるという意味いみたせている[2]はつとう類書るいしょ芸文げいぶん類聚るいじゅう』に「一笑いっしょう千金せんきん」というかたりえるが、ここはむしろもりはじめの『はるもち』にある「いえしょ抵萬きん」からの影響えいきょううかがえる[14]
うけたまわ
  • 清香きよか」 - きよらかであわかお[3]一般いっぱんうめかおりを[1][6]
  • つきゆうかげ」 - 朧月おぼろづきのようにかすみがかかったつきほぐされるが[3]、「きよらかなつきひかりがさす」[10]、あるいはにわ草木くさきくろ々とかげになっている部分ぶぶんともほぐされる[6]
てん
  • うたかん」 - うたげゆう余興よきょうとして妓女ぎじょ楽師がくし演奏えんそうしたうた音楽おんがく[3]。「かん」はたけせい管楽器かんがっきふえ)をし、「うたかん」でひろく音楽おんがく意味いみ[2]
  • 楼台ろうだい」 - 見晴みはらしのさんかいての高殿たかどの[2]楼閣ろうかく」とおな[3]。「鞦韆」とともに、おく御殿ごてん雰囲気ふんいきをうかがわせる[10]
  • 細細こまごま」 - おとがかぼそくなる様子ようす[4]。ここを「寂寂せきせき」(ひっそりしている様子ようす)とするテキストもある[9]
結句けっく
  • 「鞦韆」 - ブランコのことで、「あきせん」とも[9]かんしょくぶし清明せいめいぶしときかぎって[9][15]たかやく30メートルのよこえだからむらさきみどりいとつなるしてもうけられ[9]わか女性じょせいってあそぶためのものだった[9]。ブランコはもとは鮮卑けいやまえびす習俗しゅうぞく[15]六朝りくちょう時代じだいにはみなみの荊楚地方ちほうでもおこなわれ[9]とう天宝てんぽう年間ねんかんにはげんむねかんしょくぶしおりみやおんなたちに鞦韆をあそばせ「はんせんじゃれ」としょうした[15]はる季語きごとして、唐詩とうしでしばしばかんしょくぶし景物けいぶつになる[15]
  • いん落」 - ひろ邸宅ていたく中庭なかにわ[2]
  • 沈沈ちんちん」 - よるしずかにけてゆく様子ようす[4]。ここを「深深ふかぶか」とするテキストもある[4]

まず起句きくはるよるうるわしさを[10]うけたまわちゅうたいによって[9]千金せんきん」の舞台ぶたい装置そうち説明せつめいしている[10]てん歓楽かんらくのち静寂しじましめ[10]結句けっくでは中庭なかにわにひっそりいまあそぶものもなくなったブランコにけゆくよるしずけさを象徴しょうちょうさせている[10]てん結句けっく対句ついく仕立したてで[9]中国ちゅうごく孤立こりつ性格せいかくかして[13]名詞めいしならべただけの構成こうせいがむしろ余情よじょうんでいる[9]

制作せいさく

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制作せいさくねんしょうだが[1]軾ののち半生はんせい相次あいつ左遷させん地方ちほう転々てんてんすることがおおかったことからして[3]、おそらくわかころ[10][1]開封かいふう[5]宮中きゅうちゅう宿直しゅくちょくをしていたとき[8]、あるいは30だい後半こうはん杭州こうしゅうふく知事ちじつとめていたとき[11]んだ作品さくひんおもわれる。

はるよる』は軾の詩集ししゅうおさめられていないため、他人たにんさくとするせつもある[3]

評価ひょうか

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この訓読くんどくは、うけたまわのぞきどれもあたまからじゅんくだすため、それによる独特どくとくなリズムが日本にっぽんでこの愛唱あいしょうされるひとつの要因よういんともなっている[4]

影響えいきょう

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起句きくふるくから人々ひとびと愛唱あいしょうされてきた[9]現在げんざいでも『はるよる』は日本にっぽんおりれてくちずさまれ[6]引用いんようされることもおお[13]日本にっぽん文学ぶんがくにもおおきな影響えいきょうあたえており[9]、『はるよる』をまえた作品さくひんとしてつぎのようなものがげられる。

謡曲ようきょく田村たむら』では「春宵しゅんしょういちこくちょく千金せんきんはなせい香月かづきにかげ」とうたわれたり[9]与謝よさ蕪村ぶそんは「はるよるよいあけぼのの 其(その)ちゅうに」[17]前書まえがきに「もろこし(中国ちゅうごく)のきゃく千金せんきんよいををしみ、わがあさ歌人かじんはむらさきのあけぼのしょうす」としるして『枕草子まくらのそうし』の「はるはあけぼの」とともにこの『はるよる』をげている[11]。 「春宵しゅんしょういちこく千金せんきん」は、日本にっぽんでは歌舞伎かぶき石川いしかわ五右衛門ごえもん台詞せりふられている。 「絶景ぜっけいかな、絶景ぜっけいかな。はるよいせんりょうとは、しょうせえ、しょうせえ。この五右衛門ごえもんからは、まんりょうばんりょう」(『かねもんやまきり』(きんもんごさんのきり)「山門さんもん」の

京都きょうと古刹こさつ南禅寺なんぜんじ山門さんもんながめて五右衛門ごえもん見栄みえる。 たき廉太郎れんたろうの「はな」でも「春宵しゅんしょういちこく千金せんきん」の文句もんく効果こうかてきれられている。 「にしきおりなす長堤ちょうていに くるればのぼるおぼろづき げに一刻いっこく千金せんきんの ながめをなににたとふべき

春宵しゅんしょういちこくちょく千金せんきん」「はな有清ありきよ香月かつきゆうかげ」のぜんとして晩春ばんしゅん茶席ちゃせきによくけられる[11]

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b c d 志賀しが一朗いちろう漢詩かんし鑑賞かんしょう吟詠ぎんえい大修館書店たいしゅうかんしょてん〈あじあブックス〉、2001ねん、74ぺーじISBN 978-4469231717 
  2. ^ a b c d e f さんくに『おとなのためのやさしい漢詩かんし教室きょうしつ瀬谷せたに出版しゅっぱん、2017ねん、48-49ぺーじISBN 978-4902381368 
  3. ^ a b c d e f g h i 佐藤さとうただしこうあい そのさまざまなかたち 自然しぜんへのあいNHK出版しゅっぱん〈NHKカルチャーラジオ 漢詩かんしをよむ〉、2019ねん、23-24ぺーじISBN 978-4149110073 
  4. ^ a b c d e f 田部井たべい文雄ふみお高木たかぎ重俊しげとし漢文かんぶん名作めいさくせん 3 漢詩かんし』(監修かんしゅう鎌田かまたただし大修館書店たいしゅうかんしょてん、1984ねん、11-12ぺーじISBN 9784469130331 
  5. ^ a b 石川いしかわ忠久ただひさ中西なかにしすすむ石川いしかわ忠久ただひさ中西なかにしすすむ漢詩かんし歓談かんだん大修館書店たいしゅうかんしょてん、2004ねん、25-29ぺーじISBN 978-4469232301 
  6. ^ a b c d 横田よこたあきらしゅんひがし坡 ― 天才てんさい詩人しじん集英社しゅうえいしゃ中国ちゅうごく詩人しじん ― その生涯しょうがい 11〉、1983ねん、188-189ぺーじISBN 978-4081270118 
  7. ^ a b 田口たぐちとおるみのる ちょ松浦まつうら友久ともひさ へん自然しぜんへの讃歌さんか東方とうほう書店しょてん心象しんしょう紀行きこう 漢詩かんし情景じょうけい 1〉、1990ねん、24ぺーじISBN 978-4497903013 
  8. ^ a b 石川いしかわ忠久ただひさ監修かんしゅう しる、NHK取材しゅざいグループ へん漢詩かんし紀行きこう)』NHK出版しゅっぱん、1993ねん、96ぺーじISBN 978-4-14-080081-2 
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 渡部わたなべ英喜ひでき漢詩かんし歳時記さいじき新潮社しんちょうしゃ新潮しんちょう選書せんしょ〉、1992ねん、62-65ぺーじISBN 978-4106004230 
  10. ^ a b c d e f g h 石川いしかわ忠久ただひさはる100せん漢詩かんしをよむ』NHK出版しゅっぱん〈NHKライブラリー〉、1996ねん、37-39ぺーじISBN 978-4140840252 
  11. ^ a b c d e f 諸田もろたりゅう茶席ちゃせきからひろがる 漢詩かんし世界せかいあわ交社、2017ねん、52-61ぺーじISBN 978-4473041982 
  12. ^ 近藤こんどう光男みつおひがし坡』小沢おざわ書店しょてん中国ちゅうごくめい鑑賞かんしょう〈7〉〉、1996ねん、158-159ぺーじISBN 978-4755140471 
  13. ^ a b c d e いちうみ知義ともよし漢詩かんしいちにちいちしゅはる〉』平凡社へいぼんしゃ、2007ねん、119-122ぺーじISBN 978-4582766196 
  14. ^ 鷲野わしの正明まさあき基礎きそからわかる 漢詩かんしかたたのしみかた 読解どっかいのルールとあじわうコツ45』メイツ出版しゅっぱん、2019ねん、54ぺーじISBN 978-4780421590 
  15. ^ a b c d 黒川くろかわ洋一よういち へん中国ちゅうごく文学ぶんがく歳時記さいじき はるした]』同朋どうほうしゃ出版しゅっぱん、1988ねん、46-47ぺーじISBN 978-4810406597 
  16. ^ いちうみ知義ともよし漢詩かんし放談ほうだん藤原ふじわら書店しょてん、2016ねん、129-130ぺーじISBN 978-4865780994 
  17. ^ はるよる魅力みりょくよいあけぼの中間ちゅうかんにもあるものだ、といった