ひがしぐん大山おおやま

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ひがしぐん大山おおやま
西側にしがわからながめたひがし大山おおやまひがしぐん大山おおやま無双むそうやまひだりから)
標高ひょうこう 3,619 m
所在地しょざいち 中華民国の旗 台湾たいわん
みなみとうけん信義しんぎきょう
位置いち 北緯ほくい2337ふん36.12びょう 東経とうけい1215ふん31.56びょう / 北緯ほくい23.6267000 東経とうけい121.0921000 / 23.6267000; 121.0921000座標ざひょう: 北緯ほくい2337ふん36.12びょう 東経とうけい1215ふん31.56びょう / 北緯ほくい23.6267000 東経とうけい121.0921000 / 23.6267000; 121.0921000
プロジェクト やま
テンプレートを表示ひょうじ

ひがしぐん大山おおやま(とうぐんだいさん)は台湾たいわんみなみとうけん信義しんぎきょうにある標高ひょうこう3,619mのやま

概要がいよう[編集へんしゅう]

中央ちゅうおう山脈さんみゃく南部なんぶにある東郡山ひがしこおりやまけい最高峰さいこうほうで、台湾たいわんひゃくだけでは15で「じゅうたかし」の最高峰さいこうほうである。

ブヌンで「Hahais(ぐんしゃぐん)」「Kakais(巒社ぐん)」[1]ばれており、「hais」「kais」は「境界きょうかい」を意味いみし、ブヌンぞくぐんしゃぐんと巒社ぐんはこの山稜さんりょう境界きょうかいとしている。

歴史れきし[編集へんしゅう]

ブヌン神話しんわ[編集へんしゅう]

  • だい洪水こうずい神話しんわ太古たいこむかし大蛇おろちあばれて濁水だくすいけいをふさいで氾濫はんらんし、全土ぜんど水浸みずびたしになったが、玉山たまやまひがしぐん大山おおやまたくしゃ大山おおやまの3やまだけが、しずまずに最後さいご避難ひなん場所ばしょになったという[1]
  • 太陽たいよう征伐せいばつ太古たいこむかし太陽たいようは2つ存在そんざいし、地上ちじょう生物せいぶつあつさにくるしんでいた。勇者ゆうしゃ子供こどもれて、太陽たいよう征伐せいばつするためにたびた。ながみちのりのすえ世界せかいてであるひがしぐん大山おおやま大石おおいしこうさんというせつもある)にたどりき、ゆみいてはなった。すると太陽たいようひとつが射抜いぬかれ、つきわったという[2]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b -{鹿野かの忠雄ただお}- 楊南ぐんやく (2000ねん2がつ). “ひがしぐん大山おおやまかたまり縱走じゅうそう”. [やまくもあずか蕃人ばんじん] (かんやく初版しょはん ed.). 台北たいぺい: 玉山たまやましゃ. pp. 183-184. ISBN 957-8246-33-1 
  2. ^ かた有水ありみず; しるし莉敏 (1995ねん11月30にち). 兩個りゃんこ太陽たいようてき故事こじ. ぬののう-傳說でんせつ故事こじ及其早期そうき生活せいかつ習俗しゅうぞく. みなみとう-{水里みずさと}-: 玉山たまやま國家こっか公園こうえん出版しゅっぱんしゃ. p. 20. https://www.ysnp.gov.tw/PublicationEbookViewer/C003400?ID=968c7d29-df9b-4a18-aff5-5de435385046#book/21