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異常磁気モーメント - Wikipedia コンテンツにスキップ

異常いじょう磁気じきモーメント

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

異常いじょう磁気じきモーメント(いじょうじきモーメント、英語えいご: magnetic moment anomaly)とは、粒子りゅうし固有こゆう磁気じきモーメントヴォルフガング・パウリにより予想よそうされたからのずれである。異常いじょう磁気じきモーメントは記号きごう aあらわされ、たとえば電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントであれば ae のように、粒子りゅうし記号きごうえてあらわされる。 異常いじょう磁気じきモーメントは高次こうじ量子りょうし補正ほせい寄与きよとして量子りょうしじょう理論りろんもとづいて計算けいさんされ、理論りろん検証けんしょうもちいられている。とく電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントでは電磁でんじ相互そうご作用さよう寄与きよ支配しはいてきであり、量子りょうし電磁でんじ力学りきがく(QED)は非常ひじょうたか精度せいど検証けんしょうされている。摂動せつどうろんによる計算けいさんではファインマンのループとしてあらわされる。

粒子りゅうし固有こゆう磁気じきモーメントは、その粒子りゅうしスピンかく運動うんどうりょう関係付かんけいづけられ、この関係かんけいg-因子いんしとしてあらわされる。パウリ方程式ほうていしきによれば、スピン 1/2 のフェルミ粒子りゅうしg-因子いんしが2であることがみちびかれるが、実際じっさい観測かんそくされるとはごくわずかにことなる。このちがいが異常いじょう磁気じきモーメントであり

定義ていぎされる。

電子でんし異常いじょう磁気じきモーメント[編集へんしゅう]

フェルミ粒子りゅうし磁気じきモーメントの1ループ補正ほせい

電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントは1948ねんにR. KuschとH. M. Foleyにより実験じっけん発見はっけんされた[1]電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントは物理ぶつり定数ていすうなかでもきわめてたか精度せいど測定そくていされており、その

である(2022 CODATA推奨すいしょう[2])。

電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントは頂点ちょうてん関数かんすう計算けいさんすることでもとめられ、1ループからの寄与きようえのファインマンあらわされる。1ループでの計算けいさん比較的ひかくてき単純たんじゅんで、微細びさい構造こうぞう定数ていすう αあるふぁもちいて

となる[3]。 この結果けっかは1948ねんジュリアン・シュウィンガーによってはじめてみちびかれた[4]

現在げんざいまでに電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントのQED公式こうしきは4ループ(αあるふぁ4)のオーダーまで計算けいさんされている[5]木下きのした東一郎とういちろうらによる最近さいきん計算けいさん結果けっか以下いかのようになる。

である[6]。 QEDによる計算けいさん結果けっか実験じっけんによる測定そくていと10けた以上いじょう一致いっちしており、電子でんし磁気じきモーメントは物理ぶつりがく歴史れきしじょうでももっと正確せいかく理論りろん一致いっちした数値すうちとなっている。

ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメント[編集へんしゅう]

ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントの

である(2022 CODATA 推奨すいしょう[7])。

ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントは電子でんし場合ばあい手法しゅほう計算けいさんされるが、よわ相互そうご作用さようつよ相互そうご作用さよう寄与きよ無視むしできないというてん電子でんし場合ばあいより複雑ふくざつである。この計算けいさん結果けっか実験じっけん比較ひかくすることで標準ひょうじゅん模型もけいワインバーグ=サラム理論りろん正確せいかくさの評価ひょうかができる。ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントの予言よげんは3つの部分ぶぶんから構成こうせいされる。

最初さいしょの2つのこうはそれぞれ光子こうしレプトンのループとWボソンとZボソンのループによる寄与きよであり、電子でんし同様どうよう正確せいかく計算けいさんすることができる。3番目ばんめこうハドロンのループによる寄与きよであり、理論りろん単独たんどくからは正確せいかく計算けいさんすることができない。これは実験じっけんによるe+e-衝突しょうとつだん面積めんせき(ミュー粒子りゅうしだん面積めんせきたいするハドロンのだん面積めんせき)の測定そくていによって推定すいていすることができる。2006ねん11月の時点じてんでは測定そくてい標準ひょうじゅん模型もけい標準ひょうじゅん偏差へんさで3.4程度ていど不一致ふいっちがある[8]

ちょう対称たいしょうせい寄与きよ[編集へんしゅう]

ニュートラリーノスミューオンの1ループ補正ほせいひだり)、およチャージーノとミュー粒子りゅうしスニュートリノの1ループ補正ほせいみぎ

ちょう対称たいしょうせい自然しぜんかい実現じつげんしているならば、ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントには補正ほせいくわわるとかんがえられている。これはミュー粒子りゅうしのファインマンに、ちょう対称たいしょう粒子りゅうし関与かんよするあらたなループがくわわるためである。これは標準ひょうじゅん模型もけいえる物理ぶつりがあらわれる現象げんしょういちれいである。

理論りろん計算けいさん詳細しょうさい[編集へんしゅう]

異常いじょう磁気じきモーメントに寄与きよする量子りょうし効果こうかは、厳密げんみつには電磁でんじ相互そうご作用さようだけでなく、よわ相互そうご作用さようつよ相互そうご作用さよう寄与きよふくまれている。しかし、電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントの場合ばあいウィークボソンハドロン効果こうか非常ひじょうちいさく、電磁でんじ相互そうご作用さようだけをかんがえたとしてもかなりの精度せいど理論りろん実験じっけん一致いっちする。

一方いっぽう、ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントの場合ばあいよわ相互そうご作用さようつよ相互そうご作用さよう寄与きよ比較的ひかくてきおおきく、電子でんし場合ばあいより複雑ふくざつ計算けいさん必要ひつようとする。

この事情じじょうから、電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントは量子りょうし電磁でんじ力学りきがく(QED)の検証けんしょう、ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントはワインバーグ=サラム理論りろん検証けんしょうてきしている。また、タウ粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントは、ミュー粒子りゅうし以上いじょうよわ相互そうご作用さようつよ相互そうご作用さよう寄与きよおおきくなるが、実験じっけん測定そくていすることが困難こんなんなため、理論りろん検証けんしょうもちいるのはむずかしい。

レプトン質量しつりょう依存いぞんせい[編集へんしゅう]

2ループ以上いじょう頂点ちょうてん補正ほせいでは、光子こうし真空しんくうへんきょくによって電子でんし、ミュー粒子りゅうし、タウ粒子りゅうしの3種類しゅるいのレプトンたい生成せいせいこるため、3種類しゅるいじたレプトンループをファインマンふくまれる。これより、異常いじょう磁気じきモーメントのしきちゅうにレプトン質量しつりょう(me/mμみゅーなど)に依存いぞんするこうあらわれる。これを考慮こうりょすると、たとえば、電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントは

ける。ここで、だい1こうはどのレプトンにたいしてもひとしいつ、すなわち、レプトン質量しつりょう依存いぞんしない普遍ふへんてきこうである。だい2こうだい3こうはレプトンの質量しつりょう依存いぞんするこうで、2ループ以上いじょう計算けいさんにおいてあらわれる。だい2こう電子でんし頂点ちょうてん関数かんすうにミュー粒子りゅうしループの補正ほせい存在そんざいするだい3こうはタウ粒子りゅうしループの補正ほせい存在そんざいする対応たいおうしている。だい4こうは2種類しゅるい質量しつりょう依存いぞんするこうで、3ループ以上いじょう計算けいさんにおいてあらわれる。

実際じっさいには、電子でんし異常いじょう磁気じきモーメントにたいして、me/mμみゅーやme/mτたう比例ひれいするこう寄与きよ非常ひじょうちいさい。一方いっぽう、ミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントの場合ばあいは、mμみゅー/me比例ひれいするこう寄与きよ比較的ひかくてきおおきく、mμみゅー/mτたう比例ひれいするこう寄与きよ非常ひじょうちいさい。これは、電子でんしくらべてミュー粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメントの計算けいさん複雑ふくざつ原因げんいんひとつである。

うえしき各項かくこう電磁でんじ相互そうご作用さよう結合けつごう定数ていすう微細びさい構造こうぞう定数ていすうαあるふぁによって摂動せつどう展開てんかいされる。

シュウィンガーによって導出みちびきだされた電子でんしの1ループ異常いじょう磁気じきモーメントはうえのA1だい1こう対応たいおうしている。

また、レプトン質量しつりょう依存いぞんしない普遍ふへんこうA1は、どのレプトンにたいしても共通きょうつうつ。たとえば、1ループのQED頂点ちょうてん補正ほせいあらわすファインマンは1種類しゅるいだけであるので、当然とうぜん光子こうし真空しんくうへんきょく存在そんざいせず、レプトンループを考慮こうりょする必要ひつようはなくなる。これより、QEDの範囲はんいにおいては、電子でんし、ミュー粒子りゅうし、タウ粒子りゅうしの1ループの異常いじょう磁気じきモーメントは厳密げんみつひとしくなる。つまり、

である。

高次こうじ理論りろん計算けいさん(QED2ループ)[編集へんしゅう]

QED2ループの異常いじょう磁気じきモーメントの普遍ふへんこうは、7種類しゅるいのファインマンげることで計算けいさんされ、その結果けっか以下いかとなる。

ここで、ζぜーた(3)はリーマンゼータ関数かんすうである。この計算けいさんは1950ねんにKarplusとKrollによっておこなわれたが[9]、その結果けっか間違まちがっていたため、1957ねんにPetermann[10]とSommerfield[11]によってさい導出どうしゅつされた。

高次こうじ理論りろん計算けいさん(QED3ループ)[編集へんしゅう]

QED3ループの異常いじょう磁気じきモーメントの普遍ふへんこうは、72種類しゅるいのファインマンげることで計算けいさんされ、その結果けっか以下いかとなる。

ここで、である。3ループ計算けいさんは1995ねん木下きのした東一郎とういちろうによって数値すうちてき計算けいさんされ[12]、1996ねんにはうえしきのような解析かいせきてき表記ひょうきがLaportaとRemiddiによって導出みちびきだされた[13]

高次こうじ理論りろん計算けいさん(QED4ループ)[編集へんしゅう]

QED4ループの異常いじょう磁気じきモーメントの普遍ふへんこうは、891種類しゅるいのファインマンげることで計算けいさんされる。このなかで、373真空しんくうへんきょくによるじたレプトンループをち、のこりの518はレプトンループをたない4光子こうしぶだけの過程かていである。木下きのしたらによる2007ねん数値すうちてき計算けいさんによると、その結果けっか以下いかのようになる[14]

ふくあい粒子りゅうし異常いじょう磁気じきモーメント[編集へんしゅう]

バリオンなどのふくあい粒子りゅうし非常ひじょうおおきな異常いじょう磁気じきモーメントをつことがある。古典こてんてきには電荷でんか質量しつりょう q/m荷電かでんたいかく運動うんどうりょう L回転かいてんするときの磁気じきモーメントは あたえられ、これにもとづけば、陽子ようし磁気じきモーメントはかく磁子 となり、中性子ちゅうせいし電荷でんかをもたないので 0 となるはずだが、実際じっさい陽子ようし磁気じきモーメントはかく磁子にたいして

であり(2018 CODATA 推奨すいしょう[15])、中性子ちゅうせいし場合ばあい

である(2018 CODATA 推奨すいしょう[16])。

一方いっぽうで、陽子ようし電荷でんかたない中性子ちゅうせいし電荷でんかパイ中間子ちゅうかんし πぱい+ に、また中性子ちゅうせいしまけ電荷でんかπぱいせい電荷でんかをもつ陽子ようしに、それぞれ分裂ぶんれつする崩壊ほうかい過程かてい観測かんそくされている。クォークモデルでは、陽子ようし中性子ちゅうせいし実際じっさい電荷でんかをもったクオークふくあい粒子りゅうしであり、崩壊ほうかい過程かていがそれぞれ

として説明せつめいされる。陽子ようし中性子ちゅうせいし磁気じきモーメントは、それぞれを構成こうせいするクォークの磁気じきモーメントについて重要じゅうようがかりをあたえている。

脚注きゃくちゅう参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  1. ^ Kusch, R.; Foley, H. M. (1948). “The Magnetic Moment of the Electron”. Physical Review 74 (3): 250–263. doi:10.1103/PhysRev.74.250. 
  2. ^ https://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Value?ae
  3. ^ See section 6.3 of Michael E. Peskin and Daniel V. Schroeder, An Introduction to Quantum Field Theory, Addison-Wesley, Reading, 1995.
  4. ^ Schwinger, Julian (1948). “On Quantum electrodynamics and the magnetic moment of the electron”. Physical Review 73 (4): 416-417. doi:10.1103/PhysRev.73.416. 
  5. ^ 電子でんし磁石じしゃくつよさを1ちょうぶんの1の精度せいどまで計算けいさん - 理化学研究所りかがくけんきゅうしょプレスリリース
  6. ^ Aoyama, Tatsumi; Hayakawa, Masashi; Kinoshita, Toichiro; Nio, Makiko (2012). Tenth-Order QED Contribution to the Lepton Anomalous Magnetic Moment - Sixth-Order Vertices Containing an Internal Light-by-Light-Scattering Subdiagram. arXiv:1201.2461
  7. ^ https://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Value?amu
  8. ^ Hagiwara, K.; Martin, A. D. and Nomura, Daisuke and Teubner, T. (2006) (abstract). Improved predictions for g-2 of the muon and alpha(QED)(M(Z)**2). http://arxiv.org/abs/hep-ph/0611102. 
  9. ^ Karplus, Robert; Kroll, Norman M. (1950). “Fourth-Order Corrections in Quantum Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron”. Physical Review 77 (4): 536-549. doi:10.1103/PhysRev.77.536. 
  10. ^ Petermann, Andre (1957). “Fourth order magnetic moment of the electron”. Helv. Phys. Acta 30: 407-408. doi:10.1016/0029-5582(58)90065-8. 
  11. ^ Sommerfield, Charles M. (1957). “Magnetic Dipole Moment of the Electron”. Physical Review 107 (1): 328-329. doi:10.1103/PhysRev.107.328. 
  12. ^ Kinoshita, Toichiro (1995). “New Value of the αあるふぁ3 Electron Anomalous Magnetic Moment”. Physical Review Letters 75 (26): 4728–4731. doi:10.1103/PhysRevLett.75.4728. 
  13. ^ Laporta, Stefano; Remiddi, Ettore (1996). “The analytical value of the electron (g − 2) at order αあるふぁ3 in QED”. Physics Letters B379: 283-291. doi:10.1016/0370-2693(96)00439-X. arXiv:hep-ph/9602417v1
  14. ^ Aoyama, Tatsumi; Hayakawa, Masashi; Kinoshita, Toichiro; Nio, Makiko (2007). “Revised value of the eighth-order electron g-2”. Physical Review Letters 99 (11): 110406. doi:10.1103/PhysRevLett.99.110406. arXiv:0706.3496
  15. ^ https://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Value?mupsmun
  16. ^ https://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Value?munsmun

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]