ベトナム人じん（読よみ）ベトナムじん（英語えいご表記ひょうき）Vietnamese

漢字かんじでは越えつ南みなみ人じんと記しるされ，周辺しゅうへんの少数しょうすう民族みんぞくからはキンKinh（京きょう）族ぞく，キン人じん（〈主要しゅよう民族みんぞく〉の意い）と呼よばれる。なおアンナン（安やす南みなみ）人にんAnnamese，Annamitesは，フランス統治とうち下かでの旧きゅう呼称こしょう。活力かつりょくの旺盛おうせいな民族みんぞくとして知しられ，人口じんこうは約やく5000万まんを数かぞえる。インドシナ半島いんどしなはんとうの東ひがし端はしに位置いちし，S字形じけいに南北なんぼくに走はしる国土こくどのうち，ソンコイ，メコンの二に大だいデルタとその間あいだを結むすぶ狭小きょうしょうな沿岸えんがん平野へいやに集しゅう住じゅうする。生業せいぎょうは水稲すいとう耕作こうさくを主おもとし，漁労ぎょろうにも従したがう。人種じんしゅ系統けいとうのうえでは南方なんぽう型がたモンゴロイドに含ふくめられ，瘦身で短たん頭あたま形がた，骨格こっかくは細ほそく，四肢ししはやや短みじかい。民族みんぞくの起源きげんについては諸説しょせつあるが，通説つうせつでは非ひ漢かん族ぞく系けいの越えつ族ぞくの一派いっぱが中国ちゅうごく華南かなん地方ちほうより南下なんかしてソンコイ川がわ（紅べに河かわ）デルタにいたり，インドネシア系けい先住せんじゅう諸しょ民族みんぞくとの混交こんこうを繰くり返かえして，今日きょうにみるベトナム人ひとの原型げんけいをつくりあげたとされる。しかしベトナム語ごについては，アウストロアジア語ご系けい説せつが有力ゆうりょくで，同どう語族ごぞく中ちゅうの姉妹しまい語ごであるムオン語ごとともにベト・ムオン語ご群ぐんを形成けいせいする。

　10世紀せいきまでの中国ちゅうごくの直接ちょくせつ支配しはいの及およぼした影響えいきょうは大おおきく，信仰しんこう面めんでは仏教ぶっきょう，儒教じゅきょう，道教どうきょうが移入いにゅうされ，三さん者しゃは混交こんこうしてベトナム社会しゃかいに浸透しんとうしている。習俗しゅうぞくや儀礼ぎれい面めんでも中国ちゅうごく式しきの婚姻こんいん，葬送そうそう，墓はか制せい，礼法れいほうが日常にちじょう生活せいかつに多おおく採用さいようされているが，入墨いれずみ（文身いれずみ）や染しみ歯ぱの風俗ふうぞく，キンマ嚙みの習慣しゅうかんなどはベトナム民族みんぞくと南方なんぽう系けい諸しょ民族みんぞくとのかかわりの深ふかさをうかがわせる。また精霊せいれい崇拝すうはいの一種いっしゅであるマークイ（魔ま鬼おに）信仰しんこうとティン（精せい）信仰しんこうがベトナム人じんの霊魂れいこん観かんを表あらわしている。呪術じゅじゅつや巫みこ覡道も根強ねづよく，専従せんじゅうの呪術じゅじゅつ宗教しゅうきょう者しゃにはタイファップ（法師ほうし。加持かじ祈いのり禱師）およびバー・コー・カオ（婆ばば姑しゅうと舅しゅうと）と総称そうしょうされる交霊こうれい術じゅつ師しがいる。衣食住いしょくじゅうにわたる生活せいかつ文化ぶんかにも中国ちゅうごく文化ぶんかが色濃いろこく反映はんえいしているが，単たんなる模倣もほうに終始しゅうしせず，ベトナムの風土ふうどに根ねざした民族みんぞくの知恵ちえが巧たくみにいかされている。女性じょせいの民族みんぞく服ふくアオザイはその好例こうれいで，立たて襟えりの長ちょう衣ころもと前後ぜんご同型どうけい，幅広はばひろの白しろ無地むじズボンの組合くみあわせからなる。主食しゅしょくは米こめ（粳米うるちまい）で，1日にち2食しょくが原則げんそくである。ニョクマム（魚さかな醬油）は海うみ，川かわの小しょう魚さかなやエビを塩しお漬づけにし発酵はっこうさせてできる上澄うわずみ液えきで，ベトナム人じんの貴重きちょうなタンパク源げんとなっている。住居じゅうきょは土間どま式しき（直ちょく床ゆか）家屋かおくで，木き，竹たけを壁かべ材ざいとして用もちい，屋根やねはわら葺ぶきが主おもである。家屋かおくの周囲しゅういは竹垣たけがきで囲かこわれて外部がいぶと遮断しゃだんされ，閉鎖へいさ的てきな居住きょじゅう空間くうかんをとる。家族かぞく制度せいどは家父かふ長ちょうの強大きょうだいな権威けんいの保持ほじを特色とくしょくとし，長子ちょうし相続そうぞく制せいや祖先そせん祭祀さいしの執行しっこう権けんを男系だんけい長子ちょうしが握にぎるなど，父系ふけい親おや的てきな性格せいかくが強つよい。伝統でんとう的てきなベトナム村落そんらくは，自足じそく的てき，閉鎖へいさ的てきな生活せいかつ共同きょうどう体たいで，郷さと職しょく（村むらの長老ちょうろうなど）からなる郷さと職しょく会議かいぎが村政そんせいを担当たんとうしてきた。またディン（亭ちん）を中心ちゅうしんとして営いとなまれる村むらの守護神しゅごじん崇拝すうはいとその祭祀さいしは，村民そんみん全体ぜんたいの精神せいしん的てきな結合けつごうを強化きょうかするきずなとなっている。ほかに田植たうえ時じの下田しもだ礼あや（収穫しゅうかく予よ祝祭しゅくさい），刈かり入いれ時じの上田うえだ礼あや（収穫しゅうかく祝賀しゅくが祭さい）などの儀礼ぎれいが農耕のうこう生産せいさんのサイクルに則そくして営いとなまれる。

　ベトナム民族みんぞくは創造そうぞう力りょくに恵めぐまれ，豊ゆたかで繊細せんさいな感受性かんじゅせいに富とむ。とくに詩歌しかを愛好あいこうし，その優すぐれた文学ぶんがく的てき資質ししつは，民みん歌か（民謡みんよう），歌謡かよう（短歌たんか），俗語ぞくご（諺ことわざ歌か）などの一連いちれんの伝承でんしょう文芸ぶんげいの中なかに表あらわされている。
執筆しっぴつ者しゃ：森もり 幹男みきお