版籍はんせき奉還ほうかん（読よみ）ハンセキホウカン

1869年ねん（明治めいじ2）6月がつ，諸しょ藩主はんしゅが土地とち（版はん）と人民じんみん（籍せき）を朝廷ちょうてい（天皇てんのう）に還かえ納おさめした政治せいじ行為こういおよび政治せいじ過程かていの称しょう。維新いしん政府せいふによる中央ちゅうおう集権しゅうけん化かの一いち過程かていで，〈奉還ほうかん〉という形式けいしきをとりつつ，藩はんへの政府せいふの統制とうせい力りょく強化きょうかがなされた。戊辰戦争ぼしんせんそうの影響えいきょうから一部いちぶの藩はん（たとえば姫路ひめじ藩はん）には藩はんを投なげ出だそうとする動うごきがあったが，維新いしん政府せいふの首脳しゅのう（維新いしん官僚かんりょう）は，それを抑おさえて，69年ねん1月がつ20日はつか，薩長さっちょう土肥どい4藩主はんしゅの連名れんめいによる版籍はんせき奉還ほうかんの上表じょうひょう文ぶんを朝廷ちょうていに提出ていしゅつさせた。この上表じょうひょう文ぶんは，いまの大政たいせい変革へんかくという千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを有名ゆうめい無実むじつにしてはならないといい，一方いっぽうでは王土おうど王おう民みん論ろんを強調きょうちょうし，他方たほうでは〈朝廷ちょうてい宜よろし（よろしき）ニ処しょシ，其与フ可かキハ之の（これ）ヲ与あずかヘ，其奪フ可かキハコレヲ奪だつヒ〉と述のべ，所領しょりょうの再さい確認かくにんをほのめかしていた。

　この上表じょうひょう文ぶんが版籍はんせき奉還ほうかんのきっかけとなるのだが，そのねらいの第だい1は，所領しょりょうの再さい確認かくにんということによって不安ふあんを抱いだく多おおくの藩主はんしゅに希望きぼうをもたせて反対はんたい気運きうんをそぐ効果こうかをもたせた。第だい2には，藩はん投出なげだしの動うごきをしていた他ほかの諸しょ藩はんを抑おさえて，薩長さっちょう土肥どい4藩主はんしゅに主導しゅどう権けんをもたせたことである。第だい3には，この上表じょうひょう文ぶんをただちに朝廷ちょうていは聴許ちょうきょせず，会議かいぎを開ひらき，公論こうろんをつくして決けっするとし，その政治せいじ的てき効果こうかをねらった。つまり，当時とうじの公おおやけ議ぎ世論せろんの尊重そんちょうの実行じっこうの一環いっかんではあったが，列藩れっぱんはそのことによって後おくれをとるまいと同一どういつ行動こうどうにはしった。諸しょ藩はんの間あいだには建白けんぱく書しょの借覧しゃくらんがなされ，同どう趣旨しゅしの建白けんぱく書しょが相あいついで提出ていしゅつされた。版籍はんせき奉還ほうかん問題もんだいは，5月，上うえ局きょく会議かいぎにかけられ，同時どうじに公おおやけ議ぎ所しょにも諮問しもんされたのである。上うえ局きょく会議かいぎの公卿くぎょうや諸しょ大名だいみょうは趣旨しゅしには賛成さんせいとしつつも，それが郡ぐん県けん制せいへつきすすむことをためらった。公おおやけ議ぎ所しょでは封建ほうけん制せいの存続そんぞくか，郡ぐん県けん制せいへ変かわるかで議論ぎろんは拮抗きっこうした。ともかく郡ぐん県けん制せいに賛成さんせいしたのは，101藩はんと昌平しょうへい学校がっこうで，封建ほうけん制せい支持しじは102藩はんだった。賛否さんぴ伯仲はくちゅうのため，公おおやけ議ぎ所しょは封建ほうけん・郡こおり県けん折衷せっちゅう論ろんの奉答ほうとう文ぶんを提出ていしゅつした。連署れんしょした議員ぎいんは97名めい。この公おおやけ議ぎ所しょの折衷せっちゅう的てき態度たいどに，断固だんこ郡ぐん県けん制せいを主張しゅちょうしていた大久保おおくぼ利通としみちは，公おおやけ議ぎ所しょ無用むよう論ろんを唱となえた（7月がつ8日にち，公おおやけ議ぎ所しょは廃止はいし，集しゅう議院ぎいんとなる）。このようにきわめて政治せいじ的てきな方法ほうほうをとりつつ，戊つちのえ辰たつ戦争せんそう終了しゅうりょう直後ちょくごの69年ねん6月がつ17日にち，版籍はんせき奉還ほうかんは聴許ちょうきょされた。このプロセスが〈一いちの謀略ぼうりゃく〉であったことを，のちに木戸きど孝允たかよしは日記にっきに告白こくはくしている（明治めいじ4年ねん7月がつ14日にち条じょう）。また，この版籍はんせき奉還ほうかんには廃はい藩はんとは違ちがうという意味合いみあいをもたせていたから，藩主はんしゅや藩士はんしの説得せっとくにもちえた効果こうかは大おおきかった。維新いしん官僚かんりょうのこの画策かくさくは効こうを奏そうし，6月25日にちまでに薩長さっちょう土肥どい以下いか262藩主はんしゅが版籍はんせきを奉還ほうかんした。最終さいしゅう的てきには274藩主はんしゅ，総そう草くさ高だか（くさだか）1904万まん6000余よ石せき（現げん石いし926万まん1000余よ石せき）に及およんだのである（1870年ねん8月がつ2日にち）。そこで維新いしん政府せいふは藩主はんしゅをあらためて知ち藩はん事ごとに任命にんめいし，諸しょ務つとむ変革へんかくを命めいじた。

　版籍はんせき奉還ほうかんによる土地とち・人民じんみんの朝廷ちょうていへの返還へんかんは確たしかに名目めいもくにとどまり，藩主はんしゅはそのままだったが，しかし，知ち藩はん事ごととしての藩主はんしゅは，もはや維新いしん政府せいふの任命にんめいした一いち地方ちほう官かんにすぎなくなり，藩主はんしゅとしての実質じっしつを失うしなっていた。版籍はんせき奉還ほうかんが廃藩置県はいはんちけんへの第一歩だいいっぽといわれるゆえんである。それとともに，この版籍はんせき奉還ほうかん過程かていにみられる巧妙こうみょうな政治せいじ的てき手法しゅほうは，維新いしん官僚かんりょうの特質とくしつの一端いったんをみごとに物語ものがたっているといえよう。
執筆しっぴつ者しゃ：田中たなか 彰あきら