世界屈指の経済大国で定職に就いていても、満足な食事ができず、十分な栄養をとれない人が増えている。米国に広がる「新たな飢餓」の深層に迫った。
文=トレイシー・マクミラン
写真= キトラ・カハナ、ステファニー・シンクレア、エイミー・トンシング
米国の飢えの実態を調べると、あり得ないような現実に驚かされる。冷蔵庫にケチャップとマスタードしか入っていない状態が当たり前になっている家庭が、たくさんあるのだ。
普段の食事は安いインスタント食品と、食品を無料で配布する地元のフードバンクでもらった加工食品ばかり。新鮮な野菜や果物を食べられるのは、米政府の公的扶助「補助的栄養支援プログラム(SNAP)」の月々の受給日から数日間だけという家庭もある。
飢えに苦しんでいるのは、農場労働者や不法移民だけではない。定年退職した元教師もいれば、建国当時の入植者の血を引く生粋の米国人もいる。
飢えているのに、なぜ太るのか?
食料支援を受けている人を見ると、思わず聞きたくなるだろう。「本当に食べ物に困っているんですか? それなら、なぜそんなに太っているんですか」と。
彼らにかつての貧困層の面影はない。郊外での生活に欠かせない車を所有し、衣類やおもちゃは不用品セールや古着店で安く手に入れ、携帯電話やテレビはローンで買う。食事は満足にできなくても、中流レベルの生活を維持しているように見える。ヒューストン北西部の郊外は、SNAPの扶助を受けている勤労世帯の割合が全米で最も高い地域の一つで、住民たちの暮らしぶりには、米国の新たな飢餓の現実がはっきりと表れている。
たとえば、この地域に住む女性ジャクリーン・クリスチャンは常勤の仕事をもち、快適なセダンを乗り回し、身なりもおしゃれだ。15歳の長男ジャザリアンはナイキのバスケットシューズ「エアジョーダン」を履いている。
事情を知らない人が見たら、この一家が困窮しているとは思わないだろう。だが実際には、衣服はほとんど安売り店で買っているし、バスケットシューズは長男自身が夏休みに芝刈りのアルバイトをして稼いだお金で買った。一家はホームレス支援施設に住み、SNAPで毎月325ドル(約3万2500円)を受給している。それでも「1年のうち半分くらい」は満足な食事ができるか心もとない状態だと、ジャクリーンは言う。
彼女は時給7.75ドル(約775円)で訪問介護の仕事をしていて、ヒューストンとその近郊の家々を車で回らなければならない。一家の食事は家計だけでなく、仕事の予定にも左右される。いつも時間に追われているので、スーパーマーケットの調理済み食品に頼りがちだと、彼女は話す。「仕事から帰った後、一から料理するなんてとても無理です」
※ナショナル ジオグラフィック2014年8月号から一部抜粋したものです。
![編集者から](https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/images/2011/magazine/special/title_from_editor.gif)
この特集で印象に残ったのは、「新たな飢餓」の問題を農業補助金と結びつけて論じている点です。炭酸飲料、パン、パスタ……。本誌76~77ページのグラフを見ると、米国の低所得者が好む加工食品には、農業補助金の額が多い穀物が使われているのがわかります。考えてみると、日本でもこうした加工食品は安いですね。安いと思わず買ってしまうのですが、なぜ安いのか、買う前にじっくり考えてみなければと感じました。
9月号の「90億人の食」シリーズでは、旧石器時代の食生活を取り入れた食事法「パレオダイエット」が本当に有効かどうかを検証します。来月もご期待ください。(編集T.F)