米国べいこくの女性じょせい作家さっか、レベッカ・ソルニットが、求もとめていないのに男性だんせいから「説教せっきょう」された経験けいけんを元もとに性せい差別さべつの構造こうぞうを指摘してきした１本ほんのオンラインのエッセーから生うまれた言葉ことばが、広ひろがりつつあります。

　「マンスプレイニング」

　エッセーをまとめた本ほんの邦題ほうだいは「説教せっきょうしたがる男おとこたち」。邦訳ほうやくを手てがけた英語えいご圏けん文学ぶんがく者しゃ、ハーン小路しょうじ恭子きょうこさんのもとにも、賛否さんぴさまざまな声こえが届とどいたそうです。この言葉ことばが可視かし化かしたものとはなんだったのか、聞ききました。

　――ソルニットが書かいたエッセーは、米国べいこくでどのように受うけ止とめられたのでしょうか。

　パーティーで出会であった男性だんせいから「重要じゅうような本ほんだ」と話題わだいにあがった本ほんは自分じぶんが書かいていたのに、男性だんせいから本ほんの内容ないようについて自信じしんたっぷりに説明せつめいされ、何なにも言いえなかった。隣となりにいた友人ゆうじんが指摘してきして気きづいたものの、男性だんせいは無言むごんになってしまった。これがエッセーでつづったソルニット自身じしんの経験けいけんです。

　自身じしんの経験けいけんや社会しゃかいの事象じしょうから、説教せっきょうしたがる男性だんせいと沈黙ちんもくさせられる女性じょせいのジェンダーに基もとづく差別さべつについて2008年ねんに書かかれたエッセー「Men Explain Things to Me」は、発表はっぴょうしたウェブサイトを通つうじてすぐにネット上じょうで拡散かくさんし、多数たすうのコメントがつきました。

　「Man」と「explaining」を合あわせたマンスプレイニングという造語ぞうごはソルニットが考かんがえたのではなく、ネット上じょうで生うまれたものですが、ニューヨーク・タイムズの10年度ねんどの「今年ことしの言葉ことば」に選えらばれたことや、12年ねんに政治せいじ家かの性せい差別さべつに関かんする発言はつげんが問題もんだいになった際さいに再ふたたびエッセーが拡散かくさんされたこともあって、人口じんこうに膾炙かいしゃ（かいしゃ）しました。ソルニットの文章ぶんしょうがもつインパクトを伝つたえるため、本ほんのタイトルは直訳ちょくやくの「男おとこたちは説教せっきょうする」ではなく、あえて「説教せっきょうしたがる男おとこたち」と訳やくしました。

実績じっせきを積つんだ女性じょせいであっても

　――ソルニットの経験けいけんや性せい差別さべつの構造こうぞうをどうみますか。

　キャリアを重かさねた女性じょせいがまだこれほど下したに見みられるのか、と最初さいしょは驚おどろきがありました。

　私わたしは米国べいこくに留学りゅうがくした経験けいけんがあり、日本にっぽんと比くらべて相対そうたい的てきに自由じゆうで人ひとは平等びょうどうだと感かんじていましたが、それは、私わたしが過すごした大学だいがくのような場ばではフェミニズムを理解りかいしている人ひとが多おおかったからだと思おもい至いたりました。ジェンダーに限かぎらず、災害さいがいや環境かんきょう、芸術げいじゅつ、政治せいじなど幅広はばひろい分野ぶんやで人間にんげんの本質ほんしつに迫せまろうとする著作ちょさくで実績じっせきを積つんだソルニットのような女性じょせいであっても、一いち歩ほ外がいに出でると差別さべつに直面ちょくめんする。女性じょせいが知識ちしきの担にない手てや主体性しゅたいせいを持もつ活動かつどうを奪うばわれる根底こんていにあるのは、まさに家父長制かふちょうせいです。

　進歩しんぽ的てきな部分ぶぶんもあるけれど、大おおきなうねりとなった「＃MeToo」運動うんどうで明あきらかになった、著名ちょめいな映画えいがプロデューサー、ハーベイ・ワインスタインによる性せい暴力ぼうりょく事件じけんなど、実じつはあまり変かわっていない社会しゃかいがある。変かわらないことに立たち戻もどり、シンプルにジェンダー間あいだの問題もんだいを問とい直なおそうとしたのがこの本ほんだと思おもいます。世よの中なかの声こえをすくって、リアルな問題もんだいから語かたる内容ないようは、アカデミアで理論りろん中心ちゅうしんにやってきた私わたしにとっては新鮮しんせんでした。

　――邦訳ほうやく本ほんが出版しゅっぱんされてからの日本にっぽんの反応はんのうは。

　好意こうい的てきな反応はんのうからは、多おおくの人ひとが「待まっていた」本ほんだったと実感じっかんしました。逆ぎゃくに批判ひはん的てきな人ひともいました。ソルニットも本ほんの中なかで批判ひはんについて、たとえば「男性だんせいはみんなそんなに悪わるい人ひとではない」と言いった声こえについてもふれています。

男性だんせいと女性じょせいには限かぎらない

　――悪気わるぎはないのに個人こじんが責せめられるような受うけ止とめがあることについて、どうみますか。

　この本ほんは、説教せっきょうしたがる会話かいわの先さきにあるジェンダーに基もとづく暴力ぼうりょくの問題もんだいなど、あえて挑発ちょうはつ的てきに書かかれているところがあります。男性だんせいにとっては責せめられているようだとか、女性じょせいの中なかにも、フェミニズムはすごくラディカルな闘争とうそうをしている人ひとたちで、自分じぶんの日常にちじょうには関係かんけいないと線せんを引ひく人ひともいると思おもいます。

　ただ、男性だんせいに偉えらぶる性質せいしつが内在ないざいしているわけではなく、問題もんだいは社会しゃかいの構造こうぞうに男性だんせいと女性じょせいの非対称ひたいしょうな関係かんけいがあることです。「説教せっきょうする」個人こじんを悪わるく言いっているわけではありません。

　哲学てつがく者しゃの三木みき那由なゆ他たさんがマンスプレイニングに関かんする寄稿きこうでも書かかれていましたが、男性だんせいと女性じょせいの関係かんけいに限かぎらず、性的せいてきマイノリティーや障害しょうがい者しゃなどの少数しょうすう者しゃと多数たすうといった別べつの関係かんけい性せいから生うまれる差別さべつもあります。本ほんについて講演こうえんする機会きかいがある時ときは、個人こじんに内在ないざいする問題もんだいではなく、社会しゃかい構造こうぞうを問とうていることをしつこいぐらいに言いうようにしています。

　――本ほんを通つうじてマンスプレイニングが社会しゃかいで起おきていることに気きがついた人ひともいましたか。

　「説教せっきょうしたがる男おとこたち」のブックトークで、自分じぶんが経験けいけんしたことが初はじめて言語げんご化かされたような気持きもちになったという方ほうの声こえを聞ききました。大学だいがくなどで、自分じぶんが蓄積ちくせきしてきた知識ちしきや意見いけんを女性じょせいだからと軽かるんじられ、性別せいべつによる「役割やくわり分担ぶんたん」を決きめられて歯はがゆかったといった経験けいけんや、もっとつらい、性せい暴力ぼうりょくに関連かんれんした話はなしをしてくれた人ひともいました。

　米国べいこくの社会しゃかいもあまり変かわっていないですが、日本にっぽんもです。

　森もり喜朗よしろう元もと首相しゅしょうが21年ねん、当時とうじ、東京とうきょう五輪ごりん・パラリンピック大会たいかい組織そしき委員いいん会かいの会長かいちょうをつとめていた時ときの「女性じょせいがたくさん入はいっている会議かいぎは時間じかんがかかる」という発言はつげんがありました。あれは、まさにマンスプレイニングだったと思おもいます。

　――ハーンさんもマンスプレイニングを経験けいけんしたと思おもうことは。

　大学だいがく時代じだいは学部がくぶでもサークルでも、男性だんせいの方ほうが多おおかったこともあり、その中なかで生いき残のこるために話題わだいについていこうとしました。会話かいわの中なかで、全まったく求もとめていないのに下したネタに話はなしが及およんでも、平気へいきです、みたいなふりをしたりしていました。

　男性だんせい主体しゅたいの会話かいわの中なかで合あわせるのは自分じぶんの方ほうだと思おもって、自分じぶんの言動げんどうを規制きせいして内面ないめん化かしていたと思おもいます。今いまではもしそんな場面ばめんに遭遇そうぐうしたら、おかしいと言いえますが、い返いかえしたら相手あいてからまた反論はんろんされる可能かのう性せいがあり、それは疲弊ひへいしてしまいます。その場ばの瞬発しゅんぱつ力りょくの問題もんだいも、女性じょせいが沈黙ちんもくすることの構造こうぞうの一ひとつになっていると思おもいます。

　――瞬発しゅんぱつ力りょくとは。

　言いわれたことが論理ろんり的てきにおかしいと即座そくざに言いうのは難むずかしいことです。とても失礼しつれいなことを言いわれると、反論はんろんよりもどう受うけ止とめていいか戸惑とまどい、い返いかえせないこともありますよね。

　でも、その場ばで言いえなかった経験けいけんも大事だいじだと思おもっています。

言葉ことばが生うみ出だされたから、語かたることができる

　――差別さべつ的てきな経験けいけんを抱かかえていくことも意味いみがあるでしょうか。

　マンスプレイニングを受うけた時とき、すぐには反論はんろんできなかったことをソルニット自身じしんも書かいています。「＃MeToo」もそうですが、性せい暴力ぼうりょくやハラスメントを受うけたことをずっと言いえなかった人ひとは、誰だれかが声こえを上あげるようになり、社会しゃかいで問題もんだいとなっていく中なかで、自分じぶんが受うけたことに向むき合あうようになり、腑ふ（ふ）に落おちるのはずっと後のちになってからだと思おもいます。

　性せい暴力ぼうりょくを受うけた人ひとに、なぜ後ごから被害ひがいをい出いだすんだと批判ひはんも出でますが、さまざまな事情じじょうですぐに言いえないことはたくさんあります。その記憶きおくや感情かんじょうが戻もどってくる瞬間しゅんかんが大事だいじだと思おもいます。勇気ゆうきがなかったからだ、後こう出だしジャンケンだと言いわれていたら、差別さべつの話はなしはできません。

　――時間じかんの経過けいかや社会しゃかいの変化へんかとともに、マンスプレイニングのような経験けいけんを言葉ことばにする意味いみとは。

　後のちになって自身じしんの経験けいけんを客観きゃっかん視しできることもあるし、そこに気きづきがあり、言葉ことばにすることで、同おなじ経験けいけんをした人ひとたちとつながることもできます。ブックトークで自分じぶんの経験けいけんを話はなしてくれた人ひとがいたのも、本ほんを通つうじて自身じしんの経験けいけんがそういうことだったのか、と気きづき、言葉ことばにしたいと動うごかされたのだと思おもいます。

　広ひろがったことによって、マンスプレイニングという言葉ことばは飽和ほうわしつつあります。何なんでもマンスプレイニングだと言いいすぎだ、などと批判ひはん的てきな文脈ぶんみゃくで使つかわれることもあり、私わたしも慎重しんちょうに使つかうようにしています。

　でも、この言葉ことばによって、自分じぶんの感かんじていたことをい当いあてられたと感かんじている人ひとは女性じょせいにも男性だんせいにもいるからこそ広ひろがったと思おもいます。

　言葉ことばが生うみ出だされ、広ひろがることで、女性じょせいに限かぎらず男性だんせいも、ジェンダーの課題かだいに気きづいていくことができる。出でるべくしてこの本ほんが出でて、問とい直なおさなければいけないことは何なになのか、見みつめる必要ひつようがあるでしょう。（き手きて・畑山はたやま敦子あつこ）

はーん・しょうじ・きょうこ　１９７５年ねん生うまれ。専修大学せんしゅうだいがく教授きょうじゅ。専せん門もんは英語えいご圏けんの文学ぶんがく・文化ぶんか研究けんきゅう。翻訳ほんやくのほか、自著じちょに「アメリカン・クライシス　危機ききの時代じだいの物語ものがたりのかたち」（松柏しょうはく社しゃ）。

言論げんろんサイト「Re:Ron」（リロン）

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