“セカチュー”の時代じだい設定せっていが80年代ねんだいだったのは

戦後せんご間あいだもない頃ころまで、物語ものがたりで若わかい主人公しゅじんこうが罹かかる不治ふじの病やまいといえば結核けっかくが主おもであった。だが、抗生こうせい物質ぶっしつストレプトマイシンの発見はっけんによって結核けっかくが不治ふじの病やまいでなくなると、白血病はっけつびょうがそれに取とって代かわることとなった（白血病はっけつびょうは若者わかものが罹かかるがんの中なかで最もっとも頻度ひんどが高たかい）。昨年さくねん大だいヒットした「世界せかいの中心ちゅうしんで、愛あいをさけぶ」（以下いかセカチュー）は、その代表だいひょう例れいといってよいだろう

セカチューは、ドラマ、映画えいがともに80年代ねんだいという設定せっていであった。その最さいたる理由りゆうとして考かんがえられるのが、現在げんざいでは白血病はっけつびょうも骨髄こつづい移植いしょくや抗こうがん剤ざいの進歩しんぽによって完治かんじが期待きたいできるようになったことであろう。勿論もちろん、治なおるといっても型かたによっては死亡しぼう率りつも高たかいし、治療ちりょう過程かていにおける患者かんじゃや家族かぞくの苦くるしみも並大抵なみたいていのものではあるまい。しかし実際じっさいに俳優はいゆうの渡辺わたなべ謙けんやタレントの吉井よしい怜れいのような治癒ちゆ例れいが増ふえてくると、白血病はっけつびょう＝不治ふじの病やまいという設定せっていに違和感いわかんが生しょうじてくるのも確たしかで、事実じじつ白血病はっけつびょうは現在げんざいでは最もっとも延命えんめい可能かのうながんの一ひとつとなった。こうした事情じじょうが、セカチューの舞台ぶたいを80年代ねんだいにさせたのであろう。

それにしても、最近さいきんの医学いがくの進歩しんぽには目めを見張みはるものがある。白血病はっけつびょうなどがんの生存せいぞん率りつの向上こうじょうや、開腹かいふくの必要ひつようがない腹腔ふくこう鏡きょう下か手術しゅじゅつ、日帰ひがえり可能かのうな白内障はくないしょうの外来がいらい手術しゅじゅつなど例れいを挙あげればきりがない。これらを望のぞましく思おもわない人ひとは少すくないであろう。

ただし、それには多額たがくのカネが必要ひつようであることは言いうまでもない。我わが国くにでは高齢こうれい化かを医療いりょう費ひ増加ぞうかの主因しゅいんとする主張しゅちょうが多おおいが、実じつはこうした技術ぎじゅつ進歩しんぽこそが、医療いりょう費ひを増ふやす最大さいだいの要因よういんなのである。

医療いりょうの技術ぎじゅつ進歩しんぽが医療いりょう費ひを増加ぞうかさせるのは、健康けんこう・長寿ちょうじゅに対たいする需要じゅようが無限むげんであり、カネで買かうことができる高度こうどで新あたらしい治療ちりょうが増ふえ続つづけているからだ（技術ぎじゅつ的てきに進すすんだ新しん商品しょうひんが高価こうかなのは、医療いりょうも一般いっぱんの財ざい・サービスも同おなじである）。例たとえば食事しょくじであれば、どんなに所得しょとくが増ふえても食たべる量りょうには限度げんどがあるし、美食びしょくばかりでは飽あきもこよう。先進せんしん国こくでは、食しょくに対たいして質しつ・量りょうともに凡およそ満みたされているため、新あらたな欲求よっきゅうが生しょうじにくい。ある意味いみ、需要じゅようが飽和ほうわしているわけである。

だが、健康けんこうに対たいする欲求よっきゅうには限界げんかいがない。（権力けんりょくをほしいままにした秦はたの始皇帝しこうていが、不老不死ふろうふしを求もとめたのは有名ゆうめいな話はなしである）。結核けっかくで死しななくなったからそれで良いしということには決けっしてならず、次つぎは白血病はっけつびょう、その次つぎはAIDSと絶たえず次つぎの病気びょうきを克服こくふくして欲ほしいと願ねがっている。こうした想おもいが存在そんざいする限かぎり、医療いりょう費ひ増加ぞうかは必然ひつぜんなのである。

現在げんざい我わが国くにでは、財政ざいせい事情じじょうの悪化あっかにより医療いりょう費ひ抑制よくせいが国是こくぜになっているといってよい。しかし我々われわれは、医療いりょう費ひ増加ぞうか＝技術ぎじゅつ進歩しんぽによる効用こうよう（健康けんこう寿命じゅみょうの延長えんちょう）を、十分じゅうぶんに得えていることを忘わすれてはならない。医療いりょう費ひ増加ぞうかを否定ひていすることは、これ以上いじょう健康けんこう・長寿ちょうじゅを求もとめないと言いってるに等ひとしいのである。日本人にっぽんじんは健康けんこうより借金しゃっきん返済へんさい（財政ざいせい健全けんぜん化か）のほうが重要じゅうようなのだろうか。

セカチューの最終さいしゅう回かいで、「2004年ねん　今いまなら、血液けつえき難病なんびょうの人ひとを救すくえるかもしれない」というテロップが流ながされた。実際じっさい、その通とおりだと思おもう。しかし、仮かりに20年ねん前まえから今いまに至いたるまで医療いりょう費ひ増加ぞうかを否定ひていし、医療いりょう費ひ抑制よくせいに邁進まいしんし続つづけていたら、どうなっていただろうか。おそらく、セカチューの舞台ぶたいを80年代ねんだいにする必要ひつようはなかったに違ちがいない。「 2004年ねん、今いまでも血液けつえき難病なんびょうの人ひとを救すくえない」であろうから。