貧まずしい大国たいこく、豊ゆたかな小国しょうこく、日本にっぽんの戦略せんりゃく

旧聞きゅうぶんに属ぞくするが、03年ねんの秋あきに、ある米国べいこく投資とうし銀行ぎんこうがBRICｓ（ブラジル、ロシア、インド、中国ちゅうごく）経済けいざいの長期ちょうき展望てんぼうを行おこない、その強気つよきな予測よそくが話題わだいになったことがある。それによれば、中国ちゅうごくのGDPは2016年ねんに日本にっぽんを抜ぬき、2041年ねんに米国べいこくを上回うわまわる。日本にっぽんのGDPは2032年ねんにはインドにも抜ぬかれ、2050年ねん時点じてんではブラジル、ロシアに肉薄にくはくされる。

もちろん、これは一ひとつの予測よそくに過すぎない。何なにしろ50年ねんも先さきのことなのだから、世界せかいの成長せいちょうセンターがアフリカであっても不思議ふしぎではないし、幾いくつかの国くには水没すいぼつしているかもしれない。国民こくみん国家こっかという概念がいねんが続つづいているかさえ不確ふたしかである。

とはいえ現在げんざいの与件よけんから出発しゅっぱつすれば、後発こうはつの利益りえきなどからBRICｓの潜在せんざい力りょくを強調きょうちょうすることは的確てきかくであろうし、この手ての予想よそうは既すでに共通きょうつう認識にんしきに近ちかいものになっている。

程度ていどの差さはあれ、物事ものごとがこうした方向ほうこうに進すすむとすると、それは「経済けいざい大国たいこく＝豊ゆたかな国くに」という図式ずしきが崩くずれるということである。現在げんざいは米国べいこく、日本にっぽん、EU主要しゅよう国こくが経済けいざい大国たいこくであり、豊ゆたかな（一人ひとり当あたり所得しょとくの高たかい）国こくである。もちろん、スイス、シンガポールなどの例外れいがいはあるが、これからは逆ぎゃくの例外れいがい、中国ちゅうごく、インドという「貧まずしい大国たいこく」が登場とうじょうする。一方いっぽうで、現在げんざいの経済けいざい大国たいこくが、相対そうたい的てきに豊ゆたかなままで小国しょうこく化かする。その代表だいひょうが日本にっぽんである。

これは国際こくさい政治せいじ経済けいざいにおける国家こっかの地位ちいを複雑ふくざつ化かし、時ときに不安定ふあんてい化かの要因よういんとなろう。サミットなどの政策せいさく調整ちょうせい機能きのうの形骸けいがい化かに拍車はくしゃがかかる。国際こくさい機関きかんの意見いけん調整ちょうせいは一段いちだんと混迷こんめいを深ふかめ、権威けんいを喪失そうしつする。貿易ぼうえき交渉こうしょうの主しゅ舞台ぶたいがWTOからFTAへ移行いこうしている背景はいけいにはかなり強力きょうりょくな歴史れきし的てき必然ひつぜんがあり、逆転ぎゃくてんの試こころみが奏効そうこうする望のぞみは薄うすい。

また、貧まずしい大国たいこくは、政治せいじ的てき発言はつげん力りょくを強つよめる一方いっぽうで、環境かんきょう対策たいさく等とうの地球ちきゅう規模きぼの問題もんだいへの貢献こうけんにおいては、一いち途上とじょう国こくとして、豊ゆたかな国くにの責任せきにんを強調きょうちょうするかもしれない。小国しょうこく化かする豊ゆたかな国くには、発言はつげん力りょくの維持いじに腐心ふしんするだろう。そうした焦燥しょうそうが近隣きんりん諸国しょこくとの統合とうごうを後押あとおしすることになるかもしれない。

問題もんだいは日本にっぽんである。どのような選択せんたくがありえるか。まず、小国しょうこく化かを前提ぜんていとし、その中なかで豊ゆたかさを守まもることを目指めざす。国際こくさい政治せいじにおける発言はつげん力りょくの低下ていかは容認ようにんせざるを得えない。しかし、この戦略せんりゃくにはより深刻しんこくな弱点じゃくてんがある。それは、豊ゆたかな大国たいこくから豊ゆたかな小国しょうこくの先さきに、貧まずしい小国しょうこくが待まち構かまえているリスクはないかということである。例たとえば、縮小しゅくしょうする消費しょうひマーケットが、新あらたな外国がいこく資本しほんを呼よび込こむことは考かんがえ難がたい。その結果けっか、産業さんぎょうの新陳代謝しんちんたいしゃが進すすまず、生産せいさん性せい向上こうじょうが停滞ていたいすれば、一人ひとり当あたり所得しょとくは高たかまらない。

第だい二にの選択肢せんたくしが、いわゆる、東ひがしアジア共同きょうどう体たい的てきな地域ちいき統合とうごうである。東ひがしアジアの世界せかいにおける地位ちいが中長期ちゅうちょうき的てきに高たかまるという前提ぜんていの下したに、共同きょうどう体たいの中なかでの発言はつげん力りょくを確保かくほし、間接かんせつ的てきに世界せかい政治せいじ･経済けいざいの中なかでのプレゼンスを維持いじしようという戦略せんりゃくである。しかし、経済けいざい的てきにはデファクトとして統合とうごうは進すすんでおり、改あらためて共同きょうどう体たいを形成けいせいすることが資源しげん配分はいぶんの効率こうりつ化かを一段いちだんと進すすめるかは不確ふたしかである。そして問題もんだいは、共同きょうどう体たいの形成けいせいには多大ただいな政治せいじ的てき労力ろうりょくを要ようすることである。国内こくない向むけ政策せいさくがその犠牲ぎせいとなることが適切てきせつかの判断はんだんには慎重しんちょうでなければならないだろう。しかも日本にっぽんにとっての結末けつまつが、世界せかいの中なかの小国しょうこくから、共同きょうどう体たいの中なかの小国しょうこくに変かわるに過すぎないのであれば意味いみはないし、その可能かのう性せいが低ひくいとはいえない。

もちろん、経済けいざい面めんでの地域ちいき統合とうごうを政策せいさく的てきに後押あとおしすることには意味いみがあろう。ただし、それは共同きょうどう体たい形成けいせいの前提ぜんていとしてではなく、日本にっぽんの小国しょうこく化かを食くい止とめる戦略せんりゃくとして位置付いちづけられるべきである。日本にっぽんがまずもって目指めざすべきは、経済けいざい大国たいこくとしての地位ちいを失うしなわないことである。

従したがって、最大さいだいの政策せいさく課題かだいは人口じんこう減少げんしょうへの対処たいしょである。出生しゅっしょう率りつ引ひき上あげの試こころみも重要じゅうようだが、効果こうかは不確ふたしかで限界げんかい的てきである。となれば、残のこるのは移民いみんの受うけ入いれ以外いがいにはない。専門せんもん職しょく等とうの選択せんたく的てき受うけ入いれではなく、チープレーバーを大胆だいたんに広ひろく受うけ入いれることこそ望のぞましい。

それは当面とうめん一いち人にん当あたり所得しょとくを低下ていかさせようが、パイの拡大かくだいを優先ゆうせんするのである。所得しょとく格差かくさの拡大かくだいは一いち面めんデメリットではあるが、一方いっぽうで低てい所得しょとく者しゃ向むけのビジネスを成立せいりつさせる。生産せいさん性せいの低ひくい職種しょくしゅや職務しょくむに、高たかい賃金ちんぎんコストをかける必要ひつようが薄うすれ、これも存続そんぞく可能かのうなビジネスの裾野すそのを広ひろげ、同時どうじに一部いちぶサービス業ぎょうなどの高こうコストを是正ぜせいする。

更さらに、大おおきな潜在せんざい力りょくを秘ひめている職種しょくしゅとして、メイドサービスを挙あげることが出来できる。シンガポールや香港ほんこんなどでは、中流ちゅうりゅう以上いじょうの家計かけいの多おおくはメイドを雇やとっている。そのため多おおくの女性じょせいにとって、結婚けっこんも出産しゅっさんも仕事しごとを続つづける障害しょうがいにはならない。つまり外国がいこく人じん労働ろうどう者しゃの受うけ入いれは労働ろうどう人口じんこうそのものの増加ぞうかに留とまらず、女性じょせいの労働ろうどう参加さんか率りつを引ひき上あげ、ひいては出生しゅっしょう率りつの低下ていかに歯止はどめをかけるという波及はきゅう効果こうかをもたらす可能かのう性せいさえ秘ひめているのである。

住居じゅうきょの狭せまさや言葉ことばの問題もんだいなど、クリアされるべき障害しょうがいが少すくなくないことは確たしかだが、それを解決かいけつする政治せいじ的てき労力ろうりょくが、アジア共同きょうどう体たいを形成けいせいし、そこでリーダシップを発揮はっきするための労力ろうりょくを上回うわまわるとも思おもえない。

日本にっぽんが日本人にっぽんじんだけのものという発想はっそうを捨すて去されば、将来しょうらいの図ずはかなり違ちがって見みえてくる。