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◇せめてこのぐらいはという話はなし

　この三さん月がつに私わたしが監訳かんやく者しゃということで、トマス・ポッゲの『なぜ遠とおくの貧まずしい人ひとへの義務ぎむがあるのか――世界せかい的てき貧困ひんこんと人権じんけん』（生活せいかつ書院しょいん、三さん一いち五ご〇円えん）が出でた。ちかごろ、といってもそう最近さいきんのことでもないが、「グローバル・ジャスティス」という言葉ことばがあり、一いち国内こくないのこととして語かたられることの多おおかった正義せいぎについて、世界せかい・地球ちきゅうという大おおきさにおいて、何なにをどのように言いうことができるのか、何なにをするべきなのか、そんなことを考かんがえていることになっている。ポッゲはその代表だいひょう的てきな論者ろんしゃの一人ひとりで、この本ほんは彼かれの主要しゅような著作ちょさくの一ひとつで、またこの分野ぶんやの重要じゅうような著作ちょさくの一ひとつとされている。二に〇〇二に年ねんに初版しょはん。今回こんかい翻訳ほんやくされたのは二に〇〇八はち年ねんの第だい二に版はん。原題げんだいは訳書やくしょの副題ふくだい。「なぜ遠とおくの貧まずしい人ひとへの義務ぎむがあるのか」は、この本ほんの翻訳ほんやくにあたった私わたしたちの大学院だいがくいんの大学院生だいがくいんせいとその修了しゅうりょう者しゃたちが付つけた。こんなテーマに関心かんしんのある人ひと、義務ぎむがあるとしてではどうすればよいか、どの程度ていどのことをすればよいか、そんなことに関心かんしんのある人ひとはこの本ほんを読よんでください。
　さて、監訳かんやく者しゃとしてなにほどのこともしなかった私わたしは、その本ほんの末尾まつびに「思おもったこと＋あとがき」という文章ぶんしょうを書かいている。その本ほんに書かかれていることをなかなかもともであると思おもいつつも、いくつか書かいたのだが、その一ひとつが、「悲惨ひさん」や「最低限さいていげん」についてだった。
　こんなに「最低限さいていげん」を下回したまわる「悲惨ひさん」な人ひとたちがこんなにたくさんいて、それをそのままにしておくのは正義せいぎにもとるから、しかじかしなければならない。そしてそれはそんなに難むずかしくなくできることだ。それはその通とおりだと思おもう。
　ただ、私わたしは、基本きほん的てきには、別様べつように考かんがえてもよいのではないかとも思おもっている。ではどんなことを考かんがえているのか。またそのうちに、と思おもう。といってそうもったいぶることでもない。最初さいしょのところでは、皆みながおおむね同おなじだけ受うけとるという状態じょうたいから始はじめてよいのではないか。それではなぜいけないのか。その上うえで、働はたらく人ひとはよけいに取とることはよいことであり、また時ときにしかたのないことである。
　そう考かんがえる。すると、働はたらけない人ひと、働はたらけない人ひとは、働はたらく人ひとよりも少すくなく受うけとることになる。この場合ばあいでもたしかにその人ひとの受うけ取とりは「最低さいてい」にはなってしまう。ただ、普通ふつうに言いわれる「最低限さいていげん」はそれとは違ちがう。例たとえば「健康けんこうで文化ぶんか的てきな最低さいてい限度げんどの生活せいかつ」（日本国にっぽんこく憲法けんぽう第だい二に五ご条じょう）と言いわれる。たんに生いきていられるだけというのでは足たりないとされる。私わたしだってそれでよいとは思おもうのだ。ただこの場合ばあい、いったいその「最低さいてい限度げんどの生活せいかつ」とはどれほどかということになる。そこで例たとえば、これは必要ひつよう、これも必要ひつようと、足たしていくことになる。

◇悲惨ひさんを言いわねばならなくなる

　するとそれは贅沢ぜいたくだという人ひとたちが出でてくる。その人ひとたちは、その制度せいどがなければ税ぜいを払はらわなくてすむ人ひとたち、制度せいどが小ちいさければ少すくなくしか払はらわなくてもすむ側がわの人ひとたちだから、そんなことを言いいたくなるのもわかるのだが、そう言いう。
　すると、そうではない、これは贅沢ぜいたくではないとい返いかえすことになる。それが得えられない生活せいかつがどんなにか悲惨ひさんであることを言いわねばならなくなる。しかしこうした反論はんろんもまた、増額ぞうがくの要求ようきゅう（むしろ近頃ちかごろでは減額げんがくへの反対はんたい・抵抗ていこう）とセットになっているから、今度こんどは相手あいてから、要求ようきゅうするために、要求ようきゅうを通とおすために、それを言いっている、おおげさに言いっているとさらに返かえされることにもなってしまう。
　するとさらに、それが「真しんのニーズ」であることを挙証きょしょうしなければならないということにもなる。「本当ほんとうの悲惨ひさん」がそこに現実げんじつに存在そんざいすることを、力ちからを込こめて、語かたることになる。訴うったえることになる。それは公的こうてきな制度せいどの場合ばあいだけではない。むしろ、人々ひとびとの感情かんじょう・自発じはつ性せいに訴うったえる募金ぼきんの活動かつどうであるとかの場合ばあいには、さらにそんなことになる。例たとえば「かわいそうな（しかし純真じゅんしんそうな）子こども」の写真しゃしんが使つかわれたりする。
　私わたしたちには、それに心しんを動うごかされたりすることもありながら、それはよいことなのだろうかと、いくらかそのような構図こうずに反対はんたいしたいところがあると思おもう。その時とき私わたしたちは何なにを思おもっているのだろうか。
　一ひとつに、その人ひとたちは、たしかに貧乏びんぼうだが、悲惨ひさんではない、あるいは幸福こうふくであるのではないか、なのに悲惨ひさんな存在そんざいにされている、といったことだろうか。
　それは時ときに間違まちがっている。というのも、実際じっさい、飢うえは生いきていることの全体ぜんたいを覆おおい暗くらくさせることがあるだろう。ただ、それほどでもなければ、その人ひとたちはたしかに不幸ふこうではないことはある。不幸ふこうな金持かねもちより幸福こうふくな貧乏人びんぼうにんはいる。
　ではその場合ばあいには、とくにすることはない、しなくてよいのだろうか。これは「総合そうごう評価ひょうか」の問題もんだいであり、これも一ひとつの問といとしてある。後あとで考かんがえることがあるかとも思おもう。そして、その手前てまえで、いわゆる経済けいざい的てきな生活せいかつに限かぎったとしても、それは悲惨ひさんな生活せいかつではない、しかし貧乏びんぼうであるといった場合ばあいがあるだろう。悲惨ひさんであることはたしかにいけないことであるとして、より多おおくを得えるために、悲惨ひさんであることを人々ひとびとに言いわねばならない、そして自みずから認みとめなければならない。そのことがおかしいと思おもっているのだと思おもう。さて、ではどう考かんがえるか。
　４月がつに、こちらの博士はかせ課程かてい修了しゅうりょう者しゃの齊藤さいとう拓たくとの共著きょうちょで『ベーシックインカム――分配ぶんぱいする最小さいしょう国家こっかの可能かのう性せい』（青土おうづち社しゃ、二に三さん一いち〇円えん）を出だしてもらった。この本ほんもまたそんなことを考かんがえながら書かいた本ほんだ。次回じかい、それを紹介しょうかいながら、と思おもう。

◆立岩たていわ 真しん也・齊藤さいとう 拓たく　2010/04/10　『ベーシックインカム――分配ぶんぱいする最小さいしょう国家こっかの可能かのう性せい』，青土おうづち社しゃ，ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256　2310　［amazon］／［kinokuniya］　※ bi.