トランスジェンダー女性じょせいは必かならずしも有利ゆうりではない　相次あいつぐ競技きょうぎ締しめ出だしに研究けんきゅう者しゃが警鐘けいしょう

総合そうごう的てきな筋力きんりょくの指標しひょうである握力あくりょくは優すぐれているが、跳躍ちょうやく力りょくや肺活量はいかつりょう、相対そうたい的てきな循環じゅんかん器き系けいの健康けんこう度どは低ひくい――。

国際こくさいオリンピック委員いいん会かい（IOC）が資金しきんを提供ていきょうした最新さいしんの研究けんきゅうによると、トランスジェンダーの女性じょせいアスリートは生物せいぶつ学がく的てきに女性じょせいに生うまれついたアスリートに比くらべてこのような特徴とくちょうがあることが分わかった。

トランスジェンダー女性じょせいと男性だんせいアスリートの比較ひかくもしており、そのデータは、トランスジェンダー女性じょせいが女子じょしスポーツに出場しゅつじょうすることを禁止きんしする規則きそくの支持しじ者しゃがしばしばい立いたてる一般いっぱん的てきな主張しゅちょうとは矛盾むじゅんした。

すでに一部いちぶのオリンピック競技きょうぎからトランスジェンダー選手せんしゅは締しめ出だされているが、このデータをもとに、研究けんきゅう論文ろんぶんの筆者ひっしゃらは締しめ出だし方針ほうしんの拙速せっそくな拡大かくだいに警鐘けいしょうを鳴ならしている。

今回こんかいの論文ろんぶんの筆者ひっしゃの一人ひとりで、IOCの医科いか学がく委員いいん会かいメンバーであるヤニス・ピツィラディスによれば、この研究けんきゅうの最もっとも重要じゅうような発見はっけんは、生理学せいりがく的てきな差異さいを考慮こうりょすると、「トランスジェンダー女性じょせいは生物せいぶつ学がく的てきに男性だんせいではない」ということだという。

賛否さんぴ両論りょうろんがある今回こんかいの研究けんきゅうは、未み決着けっちゃくでもともと政治せいじ問題もんだいとなっていた論議ろんぎに興味深きょうみぶかい情報じょうほうを加くわえた。その結果けっか、パリ五輪ごりんや米べい大統領だいとうりょう選せんが近ちかづくにつれ、議論ぎろんはますます騒さわがしくなるだろう。

研究けんきゅう論文ろんぶんの筆者ひっしゃらは、女子じょしスポーツに出場しゅつじょうするトランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅについての、不変ふへん的てきで不均衡ふきんこうな優位ゆうい性せいがあるという思おもい込こみに警鐘けいしょうを鳴ならし、スポーツに特とく化かした研究けんきゅうに基もとづかない「予防よぼう的てき禁止きんしやスポーツ資格しかくからの除外じょがい」といった措置そちを講こうじないよう勧告かんこくした。

ところが、あからさまな禁止きんし措置そちは増ふえ続つづけている。ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの平等びょうどうを掲かかげる非ひ営利えいり団体だんたい「Movement Advancement Project（MAP＝ムーブメント・アドバンスメント・プロジェクト、運動うんどう促進そくしん計画けいかく）」によると、現在げんざい、米国べいこくの計けい25州しゅうが、トランスジェンダー選手せんしゅが少女しょうじょや女性じょせいの大会たいかいに出場しゅつじょうするのを禁きんじる法律ほうりつか規則きそくを設もうけている。

さらに、小規模しょうきぼな大学だいがくの運動うんどう部ぶを統括とうかつする団体だんたい「全米ぜんべい大学だいがく運動うんどう競技きょうぎ協会きょうかい（NAIA）」は2024年ねん4月がつ、出生しゅっしょう時じの性別せいべつが女性じょせいで、ホルモン療法りょうほうを受うけたことがない人ひと以外いがい、トランスジェンダー選手せんしゅが女子じょしスポーツに出場しゅつじょうすることを禁止きんしした。

2024年ねん夏なつのパリ五輪ごりんで最もっとも注目ちゅうもくされる2競技きょうぎ、水泳すいえいと陸上りくじょうは、自転車じてんしゃ競技きょうぎとともに、男性だんせいとして思春期ししゅんきを過すごしたトランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅの出場しゅつじょうを事実じじつ上じょう禁止きんしした。

ラグビーは、安全あんぜん上じょうの問題もんだいを理由りゆうに、トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅの出場しゅつじょうを全面ぜんめん的てきに禁止きんししており、他たの競技きょうぎでも、参加さんかを認みとめられた選手せんしゅはテストステロン（男性だんせいホルモン）の数値すうちを抑制よくせいするためにより厳きびしい条件じょうけんを課かせられることが多おおい。

IOCは、トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅに関かんする資格しかく規定きていについては、各かく競技きょうぎを統括とうかつする国際こくさい的てきな連盟れんめいに委ゆだねている。そして、研究けんきゅう基金ききんを通つうじてさまざまなテーマの研究けんきゅうに資金しきんを提供ていきょうしているように、今回こんかいの研究けんきゅうにも資金しきんを提供ていきょうしたが、IOC関係かんけい者しゃが研究けんきゅう結果けっかに対たいして意見いけんを述のべたり、影響えいきょうを与あたえたりすることはなかったとピツィラディスは言いっている。

男性だんせいはテストステロンの分泌ぶんぴつが盛さかんな思春期ししゅんきに広ひろい肩幅かたはばや大おおきな手て、長ながい胴体どうたい、増大ぞうだいする筋肉きんにく量りょう、筋力きんりょく、骨ほね密度みつど、心肺しんぱい機能きのうといった大おおきな優位ゆうい性せいを獲得かくとくする。このため、トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅには、不ふ公正こうせいでほとんど不可ふか逆ぎゃく的てきな競技きょうぎ上じょうの優位ゆうい性せいがあるというのが禁止きんし措置そちの一般いっぱん的てきな論拠ろんきょになっている。

IOCが出資しゅっしした今回こんかいの新しん研究けんきゅうは英えいブライトン大学だいがくで実施じっしされ、データに基もとづいた査読さどく付つき論文ろんぶんが2024年ねん4月がつ、学術がくじゅつ誌し「British Journal of Sports Medicine（ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディシン）」に掲載けいさいされた。

19人にんのシスジェンダー（出生しゅっしょう時じの性別せいべつと性せい自認じにんが一致いっちする人ひと）男性だんせいとトランス男性だんせい12人にん、トランス女性じょせい23人にん、シスジェンダー女性じょせい21人にんが対象たいしょうだった。

対象たいしょう者しゃはいずれも、競技きょうぎスポーツをしているか、少すくなくとも週しゅう3回かいの身体しんたいトレーニングをしていた。そして、研究けんきゅう者しゃらによると、トランス女性じょせい対象たいしょう者しゃの全員ぜんいんが少すくなくとも1年間ねんかんはテストステロンのレベルを抑制よくせいし、エストロゲン（訳注やくちゅう＝卵胞らんぽうホルモン）を補充ほじゅうする療法りょうほうを受うけていたという。対象たいしょう者しゃには、全国ぜんこくないし国際こくさいレベルで競技きょうぎをしている人ひとはいなかった。

この研究けんきゅうでは、トランスジェンダーの女性じょせい対象たいしょう者しゃはシスジェンダーの女性じょせい対象たいしょう者しゃより握力あくりょくが強つよかったが、肺はい機能きのうと相対そうたい的てきなVO2max（運動うんどう時じに使つかわれる酸素さんその最大さいだい量りょう）は低ひくかったことがわかった。トランスジェンダーの女性じょせい対象たいしょう者しゃは、下半身かはんしんの強つよさを測はかる跳躍ちょうやくテストでもシスジェンダーの女性じょせいや男性だんせいよりも低ひくい数値すうちを示しめした。

この研究けんきゅうには、サンプルサイズが小ちいさいことやアスリートの性せいの移行いこう期きを長期ちょうきにわたって追跡ついせき調査ちょうさしていないことなど、いくつかの限界げんかいがあることを、筆者ひっしゃらが自みずから認みとめている。また、先行せんこう研究けんきゅうで示しめされているように、トランスジェンダーの女性じょせい対象たいしょう者しゃは、シスジェンダーの女性じょせい対象たいしょう者しゃと比くらべて、少すくなくとも1項目こうもくで優位ゆうい性せいを保持ほじしていることが判明はんめいした。握力あくりょくだ。

だが、スポーツ・運動うんどう科学かがくの教授きょうじゅであるピツィラディスは、運動うんどう能力のうりょくを決定けっていするのは単一たんいつの指標しひょうではなく、複数ふくすうの要因よういんの組くみあわせだと言いっている。

男性だんせいとして思春期ししゅんきを過すごし、身長しんちょうが伸のび体重たいじゅうも増ふえた選手せんしゅは、性別せいべつを移行いこうした後のち、「この大おおきな骨格こっかくをより小ちいさなエンジンで動うごかさなければならない」と彼かれは言いう。

バレーボールを例れいに挙あげ、トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅにとって、「ジャンプやブロックが以前いぜんと同おなじ高たかさまで上あがらなくなるだろう。そして、全体ぜんたい的てきにパフォーマンスが落おちると感かんじるかもしれない」と言いっている。

しかし、男性だんせいと女性じょせい選手せんしゅの生理学せいりがくを研究けんきゅうしている米べいメイヨークリニックの医師いしマイケル・ジョイナーは、彼かれ自身じしんやその他たの人ひとたちの研究けんきゅうによれば、ほんのわずかな差さで勝負しょうぶが決きまるトップクラスのスポーツでは、科学かがくはトランス女性じょせいの参加さんかの禁止きんしを支持しじすると言いうのだ。

「テストステロンがパフォーマンスを向上こうじょうさせることはわかっている」とジョイナーは指摘してきし、「そして、テストステロンには残留ざんりゅう作用さようがあることもわかっている」と言いう。さらに、テストステロンのレベルを抑制よくせいする薬物やくぶつを服用ふくようしたトランス女性じょせいのパフォーマンスの低下ていかは、男女だんじょ間あいだの運動うんどう能力のうりょくの典型てんけい的てきな差異さいを完全かんぜんになくすわけではないと付つけ加くわえた。

トランスジェンダー選手せんしゅの支持しじ者しゃや、参加さんか禁止きんしに反対はんたいする一部いちぶの科学かがく者しゃは、統括とうかつ機関きかんや議員ぎいんたちが、そもそも存在そんざいしない問題もんだいの解決かいけつ策さくを制定せいていしようとしているのだと非難ひなんしている。

トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅにトップ選手せんしゅはほとんどいない、と彼かれらは指摘してきする。また、男性だんせいとして思春期ししゅんきを経験けいけんすることで得えられる筋力きんりょくやパワー、有ゆう酸素さんそ運動うんどう能力のうりょくが永続えいぞく的てきに有利ゆうりになると推定すいていする科学かがく的てきな研究けんきゅうは数少かずすくない。

オリンピックに出場しゅつじょうした選手せんしゅたちの成績せいせきはさまざまだ。2021年ねんの東京とうきょう五輪ごりんでは、トランス・ノンバイナリー（訳注やくちゅう＝性せい自認じにんが女性じょせいでも男性だんせいでもない人ひと）で、出生しゅっしょう時じに女性じょせいだったサッカー選手せんしゅのクインが、カナダ女子じょしチームの金きんメダル獲得かくとくに貢献こうけんした。しかし、ニュージーランドのトランスジェンダー女性じょせいの重量挙じゅうりょうあげ選手せんしゅローレル・ハバードは、バーベルを頭上ずじょうに挙あげることができなかった。

「トランス女性じょせいが女子じょしスポーツを乗のっ取とるという考かんがえはバカげている」とジョアンナ・ハーパーは言いう。トランスジェンダー選手せんしゅ研究けんきゅうの第一人者だいいちにんしゃで、米べいオレゴン健康けんこう科学かがく大学だいがくの博士はかせ研究けんきゅう員いんだ。

自身じしんもトランスジェンダーのハーパーは、スポーツにおいて、トランスジェンダーの女性じょせいとシスジェンダーの女性じょせいとの生理学せいりがく的てきな差異さいを考慮こうりょすることが重要じゅうようであり、テストステロンのレベルの抑制よくせいを義務付ぎむづけるなど、一定いっていの制限せいげんを支持しじすると言いっている。ただし、一律いちりつに禁止きんしすることは「不ふ必要ひつようであり、不当ふとう」だとし、IOCが資金しきん提供ていきょうした今回こんかいの研究けんきゅうを歓迎かんげいすると話はなしていた。

「トランス女性じょせいは、本当ほんとうの女性じょせいではなく女性じょせいのスポーツに侵入しんにゅうする男性だんせいだとか、トランス女性じょせいは男性だんせいとしての運動うんどう能力のうりょくをすべて女性じょせいスポーツに持もち込こむだとかいった懸念けねんがあるが、それはいずれも真実しんじつではない」とハーパーは指摘してきする。

世界せかいの陸上りくじょう競技きょうぎを統括とうかつする組織そしき「World  Athletics（世界せかい陸連りくれん）」の会長かいちょうセバスチャン・コーは、科学かがく的てきには未み解決かいけつのままであることを認みとめた。しかし、同どう組織そしきはトランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅを国際こくさい的てきな陸上りくじょう競技きょうぎから締しめ出だすことを決定けっていした。なぜなら、「私わたしは、この問題もんだいで危険きけんを冒おかすつもりはないからだ」と彼かれは語かたった。

コーは、「私わたしたちは、これが女性じょせいという分類ぶんるいを維持いじするのに最善さいぜんの策さくだと考かんがえている」と言いうのだ。

トランスジェンダー禁止きんしをめぐる争あらそいのうち、少すくなくとも著名ちょめいな2件けんが法廷ほうていに場ばを移うつしている。

米べいペンシルベニア大学だいがく出身しゅっしんの水泳すいえい選手せんしゅリア・トーマスは、2022年ねんに行おこなわれたNCAA（全米ぜんべい大学だいがく体育たいいく協会きょうかい）の選手権せんしゅけんで500ヤード（457.2メートル）自由形じゆうがたで優勝ゆうしょうしたが、その後ご、水泳すいえいの国際こくさい統括とうかつ組織そしき「World Aquatics（世界せかい水泳すいえい連盟れんめい）」が出場しゅつじょう禁止きんし規則きそくを定さだめたことに異議いぎを唱となえている。

アイビーリーグ（訳注やくちゅう＝米べい北東ほくとう部ぶにある全米ぜんべいトップの8私立しりつ大学だいがく）で最高さいこうの男子だんし水泳すいえい選手せんしゅの一人ひとりだったトーマスは、NCAA選手権せんしゅけんでの勝利しょうりで、大学だいがくスポーツのトップクラスの女子じょし選手権せんしゅけんで優勝ゆうしょうした最初さいしょのトランス選手せんしゅとなった。

しかしながら、トーマスがすべてのレースで勝かったわけではない。第だい2レースでは5位いタイ、第だい3レースは8位いに終おわった。500ヤード自由形じゆうがたの彼女かのじょの優勝ゆうしょうタイムはNCAA記録きろくよりも9秒びょうあまり遅おそかった。スイスに本部ほんぶがある「スポーツ仲裁ちゅうさい裁判所さいばんしょ（CAS）」に提訴ていそされた彼女かのじょの訴訟そしょうは、パリ五輪ごりんが始はじまる2024年ねん7月がつより前まえに結論けつろんが出でる見込みこみはない。

一方いっぽう、トーマスと対戦たいせんした選手せんしゅを少すくなくとも1人ひとり含ふくめた、計けい十じゅう数すう人にんの米べい大学だいがくの現役げんえきおよび元もと選手せんしゅたちが2024年ねん3月がつ、NCAAを訴うったえた。彼かれらは、トーマスを全米ぜんべい選手権せんしゅけんに出場しゅつじょうさせたことで、米べい連邦れんぽう政府せいふから資金しきん援助えんじょを受うけている教育きょういく機関きかんでの性せい差別さべつを禁止きんしする法律ほうりつ「タイトルIX」（訳注やくちゅう＝タイトルナイン。教育きょういく改正かいせい法ほう第だい9編へん）に基もとづく権利けんりを侵害しんがいされたと主張しゅちょうした（タイトルIXは、トランスジェンダーの女性じょせい選手せんしゅを支持しじする主張しゅちょうの根拠こんきょにもなっている）。

LGBTQ+の問題もんだいを報ほうじるウェブサイト「Outsports（アウトスポーツ）」は、IOCが資金しきん提供ていきょうし、「一律いちりつ的てきなスポーツへの参加さんか禁止きんしは間違まちがい」と結論けつろん付つけた今回こんかいの研究けんきゅうを「画期的かっきてき」と評価ひょうかしてたたえた。

しかし、英紙えいしテレグラフ掲載けいさいの記事きじで、一部いちぶの科学かがく者しゃや選手せんしゅたちはこの研究けんきゅうには大おおきな欠陥けっかんがあるとし、トランスジェンダーの女性じょせいがスポーツで不利ふりになるとした点てんについて、IOCの「最低さいていを更新こうしんするものだ」とのレッテルを貼はった。

議論ぎろんがあまりに白熱はくねつしているため、ピツィラディスは自身じしんや研究けんきゅうチームが脅迫きょうはくを受うけたと言いっている。そのため、他たの科学かがく者しゃたちがこのテーマに関かんする研究けんきゅうをためらう可能かのう性せいがあると警告けいこくした。

「徹底的てっていてきにたたかれ、人格じんかく攻撃こうげきされると分わかっていながら、こうした研究けんきゅうをする科学かがく者しゃがいるだろうか？」と彼かれは問とい、こう続つづけた。「これはもはや科学かがくの問題もんだいではない。残念ざんねんながら、政治せいじ問題もんだいになっている」（抄訳しょうやく、敬称けいしょう略りゃく）

（Jeré Longman）©2024 The New York Times

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