移民いみんから非ひ白人はくじん・女性じょせいで初はつのホワイトハウス総そう料理りょうり長ちょう　「気配きくばりの人ひと」惜おしまれつつ引退いんたい

フィリピンで生うまれ育そだったクリステータ・カマフォード（61）は、裁縫さいほう師しをしていた母ははの料理りょうりをよく手伝てつだった。一家いっか十じゅう数すう人にん分ぶんの食事しょくじは簡単かんたんなもので、米べいと野菜やさい1種類しゅるいに魚ぎょか鶏肉とりにくでこしらえた。ときには、ジャガイモを加くわえて量りょうを増ふやした。

少すくない材料ざいりょうで多おおくの料理りょうりを作つくって人ひとに栄養えいようをとらせることが、仕事しごとになるとは思おもってもみなかった。ただし、父ちちは違ちがっていた。

「『クリス、ル・コルドン・ブルー（訳注やくちゅう＝パリの名門めいもん料理りょうり学校がっこう。多おおくの国くにに展開てんかいしている）に行いって、シェフになれ』というような感かんじでいわれた」。カマフォードは、こう振ふり返かえる（彼女かのじょは「クリス」もしくは「シェッフィー」〈訳注やくちゅう＝シェフをもじった愛称あいしょう〉の名なで通かよっている）。

カマフォードが料理りょうり学校がっこうに行いくことはなかったものの、米べいホワイトハウスの総そう料理りょうり長ちょうになった。それも、女性じょせいとして、さらに有色ゆうしょく人種じんしゅとして初はじめてのことだった。

カマフォードは5人にんの大統領だいとうりょうとその家族かぞくに仕つかえて、2024年ねん7月がつ26日にち付づけで退任たいにんした。取とり仕切しきった公式こうしき晩餐ばんさん（ばんさん）会かいは50回かいを超こえる。1世紀せいき余あまり前まえにできたホワイトハウスの調理場ちょうりばの大だい改修かいしゅうも監督かんとくした。でも、料理りょうりが好すきになった原点げんてんを忘わすれたことはない。

「私わたしたちが仕つかえる公人こうじんは衆人しゅうじん環視かんしの中なかで活動かつどうするが、一いち日にちの終おわりには、私わたしたちと同おなじように栄養えいよう豊ゆたかでおいしい食事しょくじが必要ひつような普通ふつうな人ひとになる」

カマフォードの退任たいにんを公表こうひょうした声明せいめいのなかで、ファーストレディーのジル・バイデンは料理人りょうりにんとして大統領だいとうりょう一家いっかに示しめしたその献身けんしんぶりをたたえた。

「私わたしは、食事しょくじは愛情あいじょうを示しめすと常つねにいってきた」とジルは前置まえおきして、こう述のべた。「シェフのクリスは、その前例ぜんれいのない料理人りょうりにん生せいを通つうじて温和おんわな人柄ひとがらと創造そうぞう性せいでチームを引ひっ張ぱり、私わたしたちの心しんも満みたしてくれた。ジョー（大統領だいとうりょう）と私わたしは、その貢献こうけんと長年ながねんの奉仕ほうしに心しんから感謝かんしゃしたい」

カマフォードは、「シェフになれば」という父ちちの勧すすめには従したがわなかった。フィリピン大学だいがくで食品しょくひん科学かがくを学まなんだが、学位がくいは取とらなかった。家族かぞくと一緒いっしょに米国べいこくへ移民いみんとして渡わたったためだ。一家いっかはシカゴに落おち着つき、そこで職しょくを得えるのに受うけた面接めんせつで、初はじめてシェフという職業しょくぎょう人じんと出会であった。

「当時とうじのシェフはみな白しろのスカーフに白しろの上着うわぎ、白しろのエプロン、白しろのズボンと白しろの手袋てぶくろといういでたちだった」とカマフォードは思おもい返かえす。そして、「その人ひとを見みたとき、なぜかこの世界せかいに自然しぜんとひかれた」。

まず、ホテルの調理場ちょうりばで料理人りょうりにんとしての道みちを歩あゆみ始はじめた。そこで、夫おっとのジョンと出会であった。ところが、夫おっとが首都しゅとワシントンでの仕事しごとに就つくことになると、一緒いっしょに行いくのをすごくためらった。

「シカゴに根ねづいたフィリピン人じん一家いっかの結束けっそく力りょくは極きわめて強つよく、『ワシントンなんかに行いくのはいや』と叫さけんで周まわりにあるものを蹴飛けとばした。それが、信しんじられないような奇跡きせきを自分じぶんの人生じんせいに起おこすことになるなんて、思おもいもしなかった」

カマフォードが初はじめてホワイトハウスで仕事しごとを得えたのはクリントン政権せいけん時代じだい（1993～2001年ねん）で、パートタイムだった。1995年ねんにはフルタイムの副ふく料理りょうり長ちょうになり、2005年ねんに頂点ちょうてんのポストに上のぼりつめた。画期的かっきてきな昇進しょうしんを果はたしたという自覚じかくは、当時とうじはなかった。

「シェフは、あくまでもシェフだから。でも、当時とうじは、女性じょせいのシェフあるいは非ひ白人はくじんの女性じょせいが、料理りょうりの世界せかいでこんなにも高たかい地位ちいに就つくのは容易よういなことではなかったと思おもう」

このホワイトハウスの役職やくしょくには、独特どくとくの課題かだいがつきまとう。前任ぜんにん者しゃのウォルター・シャイブ（訳注やくちゅう＝1994～2005年ねんに総そう料理りょうり長ちょう）は、ジョージ・W・ブッシュ（訳注やくちゅう＝息子むすこ、大統領だいとうりょう在任ざいにん2001～09年ねん）の一家いっかに解任かいにんされた。その軽けいめの献立こんだてが、好このまれなかった。

「焼やいても揚あげてもいない料理りょうりには、食指しょくしを動うごかさなかった」とシャイブはのちに元もと大統領だいとうりょうのブッシュの好このみについて述のべている。

一方いっぽう、カマフォードは「私わたしは多おおくの政権せいけんを乗のり切きった」と語かたる。「今いまから振ふり返かえると、何なにを食たべたいのかを聞きくことが大切たいせつだと感かんじる。要ようは、あらゆることに気配きくばりをしないといけない」

歴代れきだい大統領だいとうりょうの好このみについて聞きかれると、カマフォードは答こたえるのをためらった。現げん大統領だいとうりょうのバイデンはパスタが好すきだが、カマフォードのチームは食事しょくじの質しつと栄養えいように気きを配くばっており、健康けんこう的てきな食事しょくじをしているという。

カマフォードには、二ふたつの役割やくわりがあった。一ひとつは大統領だいとうりょう一家いっかの専属せんぞく料理人りょうりにん。もう一ひとつは国賓こくひんを迎むかえての公式こうしき晩餐ばんさん会かいの指揮しきで、その宴うたげ（うたげ）を象徴しょうちょうするようなメニューを考かんがえ、全米ぜんべいからそれにふさわしい部位ぶいの肉にくや新鮮しんせんな野菜やさいを手配てはいすることだった。

「私わたしたち人間にんげんは、基本きほん的てきにはいっしょに食たべることで本当ほんとうに強つよい絆きずなを作つくることができる。そうできるかに、料理りょうり外交がいこうのすべてがかかっている」とカマフォードは指摘してきする。

もう一ひとつ、管理人かんりにんとしての任務にんむが加くわわる。膨大ぼうだいな量りょうの陶磁器とうじきや、ナイフやフォークなどの銀ぎん食器しょっきのコレクションがある。いずれも、歴史れきし的てきに貴重きちょうなものばかりだ。

そして、長時間ちょうじかん勤務きんむもあった。ときには朝あさ7時じから夜よる11時じまでということもあり、「体力たいりょく的てきにもきつかった」。一人娘ひとりむすめを体操たいそうに連つれていき、自宅じたくで夕食ゆうしょくを用意よういするのは夫おっとの役回やくまわりだった。

2009年ねんにファーストレディーとなったミシェル・オバマ（訳注やくちゅう＝夫おっとのバラク・オバマは2017年ねんまで大統領だいとうりょう在任ざいにん）は、即座そくざにカマフォードの総そう料理りょうり長ちょう留任りゅうにんを発表はっぴょうした。その中なかで手腕しゅわんを称賛しょうさんするとともに、幼おさない娘むすめを持もつ母親ははおや同士どうしの「共通きょうつうの視点してん」に触ふれた。

カマフォードの娘むすめダニエルは、総そう料理りょうり長ちょうに就任しゅうにんした2005年ねんにはまだ4歳さいだった。親おやが働はたらく姿すがたを見みせる「子こどものための職場しょくば体験たいけんデー」には、自分じぶんで刺繍ししゅう（ししゅう）を入いれたシェフの白衣はくいを娘むすめに着きせた。

「この職しょくは、本当ほんとうに過酷かこくな仕事しごとの最さいたるものだと思おもう」とカマフォードは話はなす。「でも、どの瞬間しゅんかんをとっても、好すきでたまらない仕事しごとだった」

ホワイトハウスの調理場ちょうりばの広ひろさは900平方へいほうフィート（約やく84平方へいほうメートル）。そこに自分じぶんの流儀りゅうぎを持もち込こみ、ほかの人ひとにもそうすることを勧すすめた。

歴代れきだい受うけ継つがれてきたイベントや公式こうしき晩餐ばんさん会かいのときですら、ルンピア（訳注やくちゅう＝フィリピン風ふうの春巻はるまき）やインドのチャナプリ（訳注やくちゅう＝ひよこ豆まめのカレーと揚あげパン）、ギリシャのドルマ（訳注やくちゅう＝ひき肉にくなどの具ぐを野菜やさいで包つつんだり、野菜やさいに詰つめたりしたもの）といった伝統でんとう料理りょうりを自己流じこりゅうにアレンジするよりは、家庭かていに伝つたわるレシピを尋たずねて回まわった。

「だれかのお母かあさんやおばあちゃんがするような調理ちょうり方法ほうほうを自分じぶんたちは本気ほんきで試ためした」とカマフォードは強調きょうちょうする。その機会きかいは、あまりなかったとしてもだ。

ホワイトハウスの勤務きんむ時間じかんが長ながいので、家庭かていでのフィリピン料理りょうりの伝統でんとうはフィリピン人じんではない夫おっとジョンが守まもった。「フィリピン料理りょうりを習ならったおかげで、ルンピアやアドボ（訳注やくちゅう＝酢すに漬つけ込こんだ肉にくの煮込にこみ）、シニガン（訳注やくちゅう＝フィリピン伝統でんとうのスープ）は今いまやお手てのもの」とジョンは笑わらう。

ワシントンで2024年ねん7月がつに開ひらかれた、北大西洋きたたいせいよう条約じょうやく機構きこう（NATO）の首脳しゅのうたちとその配偶はいぐう者しゃを迎むかえた夕食ゆうしょく会かいが、カマフォードにとって最後さいごの大だい舞台ぶたいとなった。大統領だいとうりょう夫人ふじんのジルは、カマフォードのために乾杯かんぱいの音頭おんどをとった。後任こうにんの発表はっぴょうはまだないが、副ふく料理りょうり長ちょうの一人ひとりが昇格しょうかくし、次つぎの世代せだいを導みちびいてほしいと願ねがっている。

カマフォードは、この秋あきに再ふたたびホワイトハウスに姿すがたを見みせる予定よていだ。バイデン夫妻ふさいが、労ろうをねぎらう場ばを設もうけることになっている。

それまでの間あいだ、カマフォードは夫おっととともにシカゴに行いき、さらにフランスのニースに向むかうことにしている。今いまは23歳さいになった娘むすめが、そこのパティシエのもとで見習みならいをしているからだ。

そして夫妻ふさいは、フロリダ州しゅう南部なんぶに引ひっ越こすことを決きめている。カマフォードが育そだったフィリピンに気候きこうが似にているところだ。（抄訳しょうやく、敬称けいしょう略りゃく）

（Aishvarya Kavi）©2024 The New York Times

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