みなみじゅうじ座 ざ (みなみじゅうじざ、Crux)は現代 げんだい の88星座 せいざ の1つ。16世紀 せいき 末 すえ に考案 こうあん された新 あたら しい星座 せいざ で、十字架 じゅうじか をモチーフとしている[1] 。現代 げんだい の88星座 せいざ の中 なか で最 もっと も小 ちい さい[3] 。4つの明 あか るい星 ほし が形作 かたちづく る十字 じゅうじ は「南十字星 みなみじゅうじせい (みなみじゅうじせい)」「南 みなみ 十 じゅう 字 じ 」や「サザンクロス (英 えい : Southern Cross ) 」として知 し られる[4] [5] 。
領域 りょういき 面積 めんせき が68.447平方 へいほう 度 ど と、現代 げんだい の88星座 せいざ の中 なか で最 もっと も小 ちい さい[3] 。東西 とうざい 北 きた の3方向 ほうこう をケンタウルス座 ざ に、南 みなみ 方向 ほうこう ははえ座 ざ に囲 かこ まれている[1] 。領域 りょういき の北端 ほくたん でも−55.68° と南天 なんてん の深 ふか い位置 いち にあるため、北緯 ほくい 34度 ど 以北 いほく の地域 ちいき からは星座 せいざ の一部 いちぶ すら見 み ることができない。α あるふぁ 星 ほし とγ がんま 星 ほし を結 むす んだ線分 せんぶん を、α あるふぁ 星 ほし に向 む けて約 やく 4.5倍 ばい するとおよそ天 てん の南極 なんきょく に到達 とうたつ する[6] 。天 てん の南極 なんきょく 付近 ふきん には南極 なんきょく 星 ぼし と言 い えるほど目印 めじるし となる星 ほし がないため、大 だい 航海 こうかい 時代 じだい 以降 いこう は天 てん の南極 なんきょく の方角 ほうがく を知 し るために南 みなみ 十 じゅう 字 じ が使 つか われたとされる[7] 。
α あるふぁ ・β べーた ・γ がんま ・δ でるた の明 あか るい4つの星 ほし が形作 かたちづく る十字 じゅうじ のアステリズム は「南十字星 みなみじゅうじせい (みなみじゅうじせい)」「南 みなみ 十 じゅう 字 じ 」や「サザンクロス (英 えい : Southern Cross ) 」と呼 よ ばれる[4] [5] 。この4つの星 ほし が作 つく る十字 じゅうじ は、星 ほし の明 あか るさが不揃 ふぞろ いでまた小 ちい さいことから、明 あか るさも揃 そろ ってより大 おお きく見 み える「にせ十 じゅう 字 じ 」と間違 まちが われやすい[4] 。にせ十 じゅう 字 じ と取 と り違 ちが えずに南 みなみ 十 じゅう 字 じ を探 さが すために、ケンタウルス座 ざ α あるふぁ 星 ほし からケンタウルス座 ざ β べーた 星 ほし に向 む けて結 むす んだ線分 せんぶん をβ べーた 星 ほし 方向 ほうこう に伸 の ばす、という方法 ほうほう が知 し られている。 そのため、英語 えいご 圏 けん でこの2星 ほし は Southern Pointers (南 みなみ の指 ゆび 極 きょく 星 ぼし )や The Pointers (指 ゆび 極 きょく 星 ぼし )と呼 よ ばれる[4] 。
「The Pointers」と呼 よ ばれるケンタウルス座 ざ α あるふぁ ・β べーた のペア(左 ひだり )の線分 せんぶん を西 にし に伸 の ばしてたどると南 みなみ 十 じゅう 字 じ (中央 ちゅうおう )を見 み つけることができる。
日本 にっぽん 国内 こくない でも沖縄 おきなわ 県 けん 、小笠原諸島 おがさわらしょとう などで観望 かんぼう が可能 かのう である。特 とく に宮古列島 みやこれっとう 、八重山列島 やえやまれっとう からなる先 さき 島 とう 諸島 しょとう では観光 かんこう 資源 しげん となっている。国内 こくない 最南端 さいなんたん の有人 ゆうじん 島 とう である波照間島 はてるまじま では1994年 ねん (平成 へいせい 6年 ねん )に波照間島 はてるまじま 星空 ほしぞら 観測 かんそく タワー が建設 けんせつ され、観望 かんぼう ツアーも企画 きかく されていた[注 ちゅう 1] 。また2019年 ねん 7月 がつ には、石垣 いしがき 市 し が南十字星 みなみじゅうじせい を「市 し の星 ほし 」に定 さだ めている[9] 。この地域 ちいき で観望 かんぼう できる時期 じき は12月下旬 げじゅん から6月 がつ 中旬 ちゅうじゅん までの約 やく 半年 はんとし で、南中 なんちゅう 時刻 じこく の前後 ぜんご 1時 じ 間 あいだ 程度 ていど が観望 かんぼう に適 てき した時間 じかん 帯 たい とされる[10] 。ただし先 さき 島 とう 諸島 しょとう からでも、水平 すいへい 線 せん 近 ちか くまでしか上 あ がらないため、靄が出 で ると見 み ることは難 むずか しい。なお、本州 ほんしゅう 最南端 さいなんたん の和歌山 わかやま 県 けん 串本 くしもと 町 まち などでも、時期 じき や気候 きこう 条件 じょうけん などが整 ととの えば、水平 すいへい 線 せん 直上 ちょくじょう に南十字星 みなみじゅうじせい 北端 ほくたん のγ がんま 星 ほし を視認 しにん することができる。佐賀 さが 県 けん 小城 おぎ 市 し の天山 てんざん (北緯 ほくい 33°21′)よりγ がんま 星 ほし の撮影 さつえい に成功 せいこう した事例 じれい もある[11] 。
アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく では、ほぼ北緯 ほくい 20°のハワイ州 しゅう 全域 ぜんいき や、フロリダ州 しゅう 南端 なんたん (北緯 ほくい 24°)のキーウェスト で南 みなみ 十 じゅう 字 じ を観望 かんぼう することができる。
「みなみじゅうじ座 ざ 」と「南十字星 みなみじゅうじせい 」の違 ちが い
編集 へんしゅう
現代 げんだい の星座 せいざ (英 えい : constellation ) は、特定 とくてい の星 ほし の並 なら びではなく全 ぜん 天 てん を88に分 わ けた領域 りょういき そのもの[注 ちゅう 2] のことであり[12] 、みなみじゅうじ座 ざ (Crux) の場合 ばあい は、赤 あか 経 けい 11h 56m 16.9843s 赤 あか 緯 ぬき −55.6957932°、赤 あか 経 けい 11h 56m 13.7673s 赤 あか 緯 ぬき −64.6957855°、赤 あか 経 けい 12h 57m 45.2113s 赤 あか 緯 ぬき −64.6769638°、赤 あか 経 けい 12h 57m 20.2827s 赤 あか 緯 ぬき −55.6771049°の4点 てん を結 むす んだ領域 りょういき と定義 ていぎ されている[2] 。これに対 たい して「南十字星 みなみじゅうじせい (英 えい : the Southern Cross )」は、みなみじゅうじ座 ざ の中 なか で特 とく に明 あか るく見 み える α あるふぁ ・β べーた ・γ がんま ・δ でるた の4星 ほし あるいはこれらにε いぷしろん 星 ほし を加 くわ えた5星 ほし からなる十字架 じゅうじか の形 かたち を成 な すアステリズム (星 ほし 群 ぐん )のことである。
星座 せいざ の「みなみじゅうじ座 ざ (Crux)」とアステリズム の「南十字星 みなみじゅうじせい (Southern Cross)」の違 ちが い。 左 ひだり 図 ず の緑 みどり の線 せん に囲 かこ まれた領域 りょういき がみなみじゅうじ座 ざ 。この領域 りょういき にある多数 たすう の恒星 こうせい の中 なか でも特 とく に明 あか るいもの4つを線 せん で結 むす んだ十字架 じゅうじか 形 がた を「南十字星 みなみじゅうじせい 」と呼 よ ぶ。
みなみじゅうじ座 ざ に属 ぞく する星 ほし 々は、紀元前 きげんぜん の地中海 ちちゅうかい 沿岸 えんがん 地域 ちいき の人々 ひとびと にその存在 そんざい が知 し られていた。例 たと えば、2世紀 せいき 頃 ころ にアレクサンドリア で活動 かつどう したギリシャ人 じん 学者 がくしゃ クラウディオス・プトレマイオス が著 あらわ した『アルマゲスト 』には、ケンタウルス の後 うし ろ脚 あし の一部 いちぶ として記録 きろく されている[7] 。しかし、地球 ちきゅう の歳 とし 差 さ 運動 うんどう の影響 えいきょう によって地中海 ちちゅうかい 沿岸 えんがん 地域 ちいき からこれらの星 ほし 々を見 み ることができなくなると、大 だい 航海 こうかい 時代 じだい に「再 さい 発見 はっけん 」されるまでこれらの星 ほし 々は忘 わす れられた存在 そんざい となっていた[7] 。
南 みなみ 十 じゅう 字 じ の星 ほし が欧州 おうしゅう 圏 けん の人々 ひとびと に再 さい 発見 はっけん されたのは、16世紀 せいき を迎 むか える直前 ちょくぜん の1500年 ねん のことであった。ペドロ・アルヴァレス・カブラル のインド遠征 えんせい に参加 さんか したジョアン・ファラス (英語 えいご 版 ばん ) は、1500年 ねん 4月 がつ 末 まつ に一 いち 行 ぎょう とともにブラジルを「発見 はっけん 」・上陸 じょうりく し、そこで観測 かんそく した南天 なんてん の星図 せいず をポルトガル王 おう マヌエル1世 せい 宛 あて の書簡 しょかん に記 しる して報告 ほうこく した。この星図 せいず に南 みなみ 十 じゅう 字 じ らしき星 ほし 々が描 えが かれていたことから、ジョアン・ファラスは「南 みなみ 十 じゅう 字 じ の再 さい 発見 はっけん 者 しゃ 」とされている[13] 。
天 てん の南極 なんきょく とその周辺 しゅうへん の星 ほし 々、大小 だいしょう マゼラン雲 くも などが描 えが かれた、アンドレア・コルサーリからジュリアーノ・ディ・メディチ宛 あて の書簡 しょかん (1516年 ねん )。
16世紀 せいき イタリア の探検 たんけん 家 か アメリゴ・ヴェスプッチ は、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチ (英語 えいご 版 ばん ) に宛 あ てた1502年 ねん の書簡 しょかん の中 なか で、現在 げんざい のケンタウルス座 ざ α あるふぁ 星 ほし ・β べーた 星 ほし やみなみじゅうじ座 ざ の星 ほし 、コールサックと思 おも われる天体 てんたい の記録 きろく を残 のこ している[7] 。また、同 おな じくイタリアの探検 たんけん 家 か アンドレア・コルサーリ (英語 えいご 版 ばん ) は、彼 かれ のパトロンであったジュリアーノ・デ・メディチ に宛 あ てた1516年 ねん の書簡 しょかん の中 なか で、より正確 せいかく な星図 せいず を著 あらわ し[15] 、「他 た の天 てん の目印 めじるし とは比較 ひかく にならないほど美 うつく しい」とその美 うつく しさと天測 てんそく 航法 こうほう における有用 ゆうよう 性 せい を称 とな えている[7] [16] [17] 。
現在 げんざい のみなみじゅうじ座 ざ と同 おな じ位置 いち に初 はじ めて十字架 じゅうじか が描 えが かれたのは、1598年 ねん にオランダ の天文学 てんもんがく 者 しゃ ペトルス・プランシウス がオランダの天文学 てんもんがく 者 しゃ ヨドクス・ホンディウス (英語 えいご 版 ばん ) と共同 きょうどう 製作 せいさく した天球儀 てんきゅうぎ であった[7] [18] 。プランシウスは、これに先立 さきだ つ1589年 ねん に地図 ちず 製作 せいさく 者 しゃ ヤコブ・ファン・ラングレン (英語 えいご 版 ばん ) と共同 きょうどう 製作 せいさく した天球儀 てんきゅうぎ に既 すで に十字架 じゅうじか の星座 せいざ 絵 え を描 えが いていた[18] [19] が、この十字架 じゅうじか はエリダヌス座 ざ の南側 みなみがわ 、現在 げんざい のかじき座 ざ がある辺 あた りに描 えが かれており、現在 げんざい のみなみじゅうじ座 ざ とは場所 ばしょ が全 まった く異 こと なっていた[7] [18] 。プランシウスは1594年 ねん に製作 せいさく した世界 せかい 地図 ちず に描 えが いた南天 なんてん の星図 せいず でも同様 どうよう にエリダヌス座 ざ の南側 みなみがわ に十字架 じゅうじか を描 えが いている。これに対 たい して、イギリス の地理 ちり 学者 がくしゃ ロバート・ヒュース (英語 えいご 版 ばん ) は、自身 じしん の南 みなみ 大西洋 たいせいよう 航海 こうかい での天体 てんたい 観測 かんそく を元 もと に著 あらわ した1594年 ねん の著書 ちょしょ 『Tractatus de globis et eorum usu(天球儀 てんきゅうぎ ・地球儀 ちきゅうぎ とその利用 りよう に関 かん する論考 ろんこう )』の中 なか で、「この十字架 じゅうじか を構成 こうせい する星 ほし 々をプトレマイオスが知 し らなかったわけではない。というのも、それらはケンタウルスの足元 あしもと にある明 あか るい星 ほし 々に他 た ならないからだ。」と明言 めいげん した[7] [20] 。このヒュースの著書 ちょしょ は1597年 ねん にホンディウスによってオランダ語 ご に翻訳 ほんやく された。同年 どうねん 、コルネリス・デ・ハウトマン (英語 えいご 版 ばん ) の東 ひがし インド遠征 えんせい 隊 たい がオランダに帰還 きかん し、航海 こうかい 士 し ペーテル・ケイセル が遺 のこ した天体 てんたい 観測 かんそく の記録 きろく がプランシウスの手 て に渡 わた った。こうしてプランシウスは、ケイセルの記録 きろく とヒュースの著書 ちょしょ の記述 きじゅつ を照 て らし合 あ わせてそれらが正 ただ しいことを知 し り、1598年 ねん に共同 きょうどう 製作 せいさく した天球儀 てんきゅうぎ では十字架 じゅうじか の位置 いち をケンタウルスの足元 あしもと に変更 へんこう し、Cruzero と名付 なづ けている[7] 。ホンディウスは1600年 ねん と1601年 ねん にも天球儀 てんきゅうぎ を製作 せいさく しており、これらにも十字架 じゅうじか の星座 せいざ Cruzero が描 えが かれている[21] 。
ヨハン・バイエル『ウラノメトリア』(1603年 ねん )に描 えが かれたケンタウルス座 ざ 。脚 あし 元 もと に十字架 じゅうじか (のちのみなみじゅうじ座 ざ )が描 えが かれている。
1603年 ねん にドイツの法律 ほうりつ 家 か ヨハン・バイエル は、星図 せいず 『ウラノメトリア 』を出版 しゅっぱん した。バイエルは『ウラノメトリア』製作 せいさく にあたって、プランシウスとホンディウスの天球儀 てんきゅうぎ から星 ほし の位置 いち をコピーしたとされている[22] が、プランシウスらとは異 こと なり十字架 じゅうじか の星 ほし 々をケンタウルス座 ざ の一部 いちぶ として扱 あつか った[7] [23] 。バイエルは、現在 げんざい のみなみじゅうじ座 ざ α あるふぁ ・β べーた ・γ がんま ・δ でるた に対 たい して、ケンタウルス座 ざ のε いぷしろん ・ζ ぜーた ・ν にゅー ・ξ くしー のギリシア文字 もじ の符号 ふごう (いわゆるバイエル符号 ふごう )を振 ふ っている[23] 。
プランシウスやホンディウスのほかにも、天 てん の十字架 じゅうじか を独立 どくりつ した1つの星座 せいざ として扱 あつか おうとする動 うご きがあった。1602年 ねん 、オランダの天文学 てんもんがく 者 しゃ で地図 ちず 製作 せいさく 者 しゃ のウィレム・ブラウ (英語 えいご 版 ばん ) は、プランシウスやホンディウスの天球儀 てんきゅうぎ から星 ほし の位置 いち をコピーして製作 せいさく した天球儀 てんきゅうぎ 上 じょう で、プランシウスと同様 どうよう にケンタウルスの脚 あし 元 もと に十字架 じゅうじか を描 えが き、そこに Czuzero [注 ちゅう 3] と星座 せいざ 名 めい を記 しる した[24] 。この年 とし 、オランダの第 だい 2次 じ 東 ひがし インド遠征 えんせい から帰還 きかん したオランダの航海 こうかい 士 し フレデリック・デ・ハウトマン [注 ちゅう 4] は、翌 よく 1603年 ねん に出版 しゅっぱん したマレー語 ご 辞典 じてん に付録 ふろく として付 つ けた星 ほし 表 ひょう の中 なか で、南 みなみ 十 じゅう 字 じ に対 たい してオランダ語 ご で十字架 じゅうじか を意味 いみ する De Cruzero という星座 せいざ 名 めい を付 つ けて独立 どくりつ させた[7] [25] 。また、デ・ハウトマンから第 だい 2次 じ 東 ひがし インド航海 こうかい での観測 かんそく 記録 きろく を受 う け取 と ったブラウは、1603年 ねん にも天球儀 てんきゅうぎ を製作 せいさく し、十字架 じゅうじか の星座 せいざ 絵 え とともに El Cruzero というスペイン語 ご の星座 せいざ 名 めい を記 しる して1つの独立 どくりつ した星座 せいざ とした[26] 。しかしながら、マレー語 ご 辞典 じてん や天球儀 てんきゅうぎ では『ウラノメトリア』ほどの影響 えいきょう 力 りょく はなく、広 ひろ く天文学 てんもんがく 者 しゃ の間 あいだ で知 し られることはなかった[22] 。
ウィレム・ブラウ製作 せいさく の天球儀 てんきゅうぎ に描 えが かれた十字架 じゅうじか の星座 せいざ
星図 せいず と星 ほし 表 ひょう で南 みなみ 十 じゅう 字 じ を独立 どくりつ した星座 せいざ として最初 さいしょ に採 と り上 あ げたのは、ドイツ の天文学 てんもんがく 者 しゃ ヤコブス・バルチウス であった[7] 。バルチウスは、1624年 ねん に出版 しゅっぱん した天 てん 文書 ぶんしょ 『Usus Astronomicus Planisphaerii Stellati』の中 なか で、星図 せいず に十字架 じゅうじか と星座 せいざ 名 めい Crux を描 えが き[7] [27] 、星 ほし 表 ひょう でも独立 どくりつ した星座 せいざ として取 と り扱 あつか った[28] 。これ以降 いこう 、南 みなみ 十 じゅう 字 じ はケンタウルス座 ざ から独立 どくりつ した1つの星座 せいざ として扱 あつか われるようになった。
ヨハネス・ヘヴェリウス の死後 しご に出版 しゅっぱん された天 てん 文書 ぶんしょ 『Prodromus Astronomiae』(1690年 ねん )に掲載 けいさい された星図 せいず に描 えが かれたみなみじゅうじ座 ざ 。
この星座 せいざ に付 つ けられたギリシア文字 もじ の符号 ふごう は、バイエルが付 つ けたいわゆる「バイエル符号 ふごう 」ではなく、18世紀 せいき フランス の天文学 てんもんがく 者 しゃ ニコラ=ルイ・ド・ラカイユ によって付 つ けられたものである。ラカイユは、自身 じしん が考案 こうあん した14星座 せいざ のほか、バイエルが符号 ふごう をつけていなかった南天 なんてん の星座 せいざ にギリシア文字 もじ の符号 ふごう を付 ふ しており、みなみじゅうじ座 ざ の星 ほし 々にもα あるふぁ からλ らむだ までの符号 ふごう を付 ふ した[29] [注 ちゅう 5] 。ラカイユが付 ふ した符号 ふごう は、19世紀 せいき イギリス の天文学 てんもんがく 者 しゃ フランシス・ベイリー が編纂 へんさん した『The Catalogue of Stars of the British Association for the Advancement of Science』(1845年 ねん )に全面 ぜんめん 的 てき に引 ひ き継 つ がれた[31] 。さらに、アメリカ の天文学 てんもんがく 者 しゃ ベンジャミン・グールド が1879年 ねん に出版 しゅっぱん した『Uranometria Argentina』で星座 せいざ の境界 きょうかい 線 せん が引 ひ き直 なお された際 さい に新 あら たにμ みゅー 星 ほし が加 くわ えられた[32] 。
1922年 ねん 5月にローマ で開催 かいさい されたIAUの設立 せつりつ 総会 そうかい で現行 げんこう の88星座 せいざ が定 さだ められた際 さい にそのうちの1つとして選定 せんてい され、星座 せいざ 名 めい は Crux 、略称 りゃくしょう は Cru と正式 せいしき に定 さだ められた[33] 。新 あたら しい星座 せいざ のため星座 せいざ にまつわる神話 しんわ や伝承 でんしょう はない。
かつては「フランス の天文学 てんもんがく 者 しゃ オギュスタン・ロワーエ によって1679年 ねん に設定 せってい された」とする説 せつ が流布 るふ されていた[35] 。実際 じっさい は、先述 せんじゅつ のように十字架 じゅうじか の形 かたち をした星座 せいざ のオリジナリティはプランシウスにあり、近世 きんせい 星座 せいざ 史 し の研究 けんきゅう が進 すす んだ2010年代 ねんだい 以降 いこう はプランシウスの考案 こうあん とされている[7] [36] 。
現在 げんざい のみなみじゅうじ座 ざ の領域 りょういき は、中国 ちゅうごく の歴代 れきだい 王朝 おうちょう の版図 はんと からはほとんど見 み ることができなかったため、三 さん 垣 かき や二十八宿 にじゅうはっしゅく には含 ふく まれなかった。この領域 りょういき の星 ほし 々が初 はじ めて記 しる されたのは明代 あきよ 末期 まっき の1631年 ねん から1635年 ねん にかけてイエズス会 かい 士 し アダム・シャール や徐 じょ 光 ひかり 啓 けい らにより編纂 へんさん された天 てん 文書 ぶんしょ 『崇 たかし 禎 ただし 暦 れき 書 しょ 』であった[37] 。この頃 ころ 、明 あかり の首都 しゅと 北京 ぺきん の天文台 てんもんだい にはバイエルの『ウラノメトリア』が2冊 さつ あり、南天 なんてん の新 あら たな星 ほし 官 かん は『ウラノメトリア』に描 えが かれた新 しん 星座 せいざ をほとんどそのまま取 と り入 い れたものとなっている[37] 。これらの星座 せいざ はそのまま清 しん 代 だい の1752年 ねん に編纂 へんさん された天 てん 文書 ぶんしょ 『欽定 きんてい 儀 ぎ 象 ぞう 考 こう 成 なり 』に取 と り入 い れられており、みなみじゅうじ座 ざ の星 ほし は「十字架 じゅうじか 」という星 ほし 官 かん に配 はい されていた[37] 。
17世紀 せいき 前半 ぜんはん に南方 なんぽう と往来 おうらい した天竺 てんじく 徳兵衛 とくべえ らの航海 こうかい 者 しゃ は、この星 ほし 々を「クルス」「クルセイロ」と呼 よ んでいた[38] [39] 。また第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 当時 とうじ 、フィリピン のマニラ の住民 じゅうみん は「クルス」や「クロス」と呼 よ んでおり[38] [39] 、インドネシア のジャワ島 じゃわとう の住民 じゅうみん は十字 じゅうじ でなく菱形 ひしがた に結 むす んで小屋 こや や蚊帳 かや に見立 みた てていた[38] [39] 。
日本 にっぽん では明治 めいじ 末期 まっき には「十字 じゅうじ 」という訳語 やくご が充 あ てられていた。これは、1910年 ねん (明治 めいじ 43年 ねん )2月 がつ に刊行 かんこう された日本 にっぽん 天文 てんもん 学会 がっかい の会誌 かいし 『天文 てんもん 月報 げっぽう 』の第 だい 2巻 かん 11号 ごう に掲載 けいさい された、星座 せいざ の訳名 やくめい が改訂 かいてい されたことを伝 つた える「星座 せいざ 名 めい 」という記事 きじ で確認 かくにん できる[40] 。この訳名 やくめい は、1925年 ねん (大正 たいしょう 14年 ねん )に初版 しょはん が刊行 かんこう された『理科 りか 年表 ねんぴょう 』にも「十字 じゅうじ (じふじ) 」として引 ひ き継 つ がれ[41] 、1943年 ねん (昭和 しょうわ 18年 ねん )刊行 かんこう の第 だい 19冊 さつ まで「十字 じゅうじ 」が使 つか われた[42] 。しかし、1944年 ねん (昭和 しょうわ 19年 ねん )に学術 がくじゅつ 研究 けんきゅう 会議 かいぎ が天文学 てんもんがく 用語 ようご の見直 みなお しを行 おこな い、『天文 てんもん 術語 じゅつご 集 しゅう 』が刊行 かんこう された際 さい に、日本語 にほんご 名 めい が「南 みなみ 十 じゅう 字 じ (みなみじふじ) 」と改 あらた められた[43] 。これは、第 だい 一 いち 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 後 ご に日本 にっぽん が南洋 なんよう 諸島 しょとう を委任 いにん 統治 とうち したことにより、Southern Crossを和訳 わやく した「南 みなみ 十 じゅう 字 じ 」や「南十字星 みなみじゅうじせい 」の名称 めいしょう が世間 せけん に広 ひろ まったことによるものとされる。戦後 せんご も継続 けいぞく して「南 みなみ 十 じゅう 字 じ 」が用 もち いられ[45] 、1952年 ねん (昭和 しょうわ 27年 ねん )7月 がつ に日本 にっぽん 天文 てんもん 学会 がっかい が「星座 せいざ 名 めい はひらがなまたはカタカナで表記 ひょうき する」[46] とした際 さい に、Crux の日本語 にほんご 名 めい は「みなみじゆうじ 」と改 あらた められた[47] 。さらに1974年 ねん (昭和 しょうわ 49年 ねん )1月 がつ に刊行 かんこう された『学術 がくじゅつ 用語 ようご 集 しゅう (天文学 てんもんがく 編 へん )』で仮名遣 かなづか いが改 あらた められ「みなみじゅうじ 」が星座 せいざ 名 めい とされた。この改定 かいてい 以降 いこう は「みなみじゅうじ」が星座 せいざ 名 めい として継続 けいぞく して用 もち いられている。
天文 てんもん 同好 どうこう 会 かい [注 ちゅう 6] の山本 やまもと 一清 かずきよ らは異 こと なる訳語 やくご を充 あ てていた。天文 てんもん 同好 どうこう 会 かい の編集 へんしゅう により1928年 ねん (昭和 しょうわ 3年 ねん )4月 がつ に刊行 かんこう された『天文 てんもん 年鑑 ねんかん 』第 だい 1号 ごう では星座 せいざ 名 めい Crux に対 たい して「じうじか(十字架 じゅうじか ) 」の訳語 やくご を充 あ て[48] 、以降 いこう の号 ごう でもこの星座 せいざ 名 めい と訳名 やくめい を継続 けいぞく して用 もち いていた[49] 。これについて山本 やまもと は、東亜 とうあ 天文 てんもん 学会 がっかい の会誌 かいし 『天界 てんかい 』1934年 ねん 8月 がつ 号 ごう の「天文 てんもん 用語 ようご に關 かん する私見 しけん と主張 しゅちょう (3)」という記事 きじ の中 なか でついでに,Crux といふ星座 せいざ を,單 たん に「十字 じゅうじ 」と譯 やく する人 ひと もあるが,之 これ れは此のCruxといふ原語 げんご を思 おも ひ付 つ いた人 ひと と其 そ の環境 かんきょう を全 まった く無視 むし した態度 たいど と言 げん はなければならない.歐米 おうべい 人 じん は直接 ちょくせつ 間接 かんせつ に永 なが く養 やしなえ はれて來 き たキリスト教 きりすときょう の深 ふか い感化 かんか の中 なか にゐる人々 ひとびと である.從 したがえ つて彼等 かれら が南天 なんてん の一角 いっかく に見事 みごと な星 ほし 々の盡 ことごと くあの神祕 しんぴ 的 てき な形 かたち を見 み て,あれがキリスト教 きりすときょう の象徴 しょうちょう の「十字架 じゅうじか 」だと,特種 とくしゅ な感激 かんげき を以つて仰 あお ぐといふのは,誠 まこと に當然 とうぜん なことである.從 したがえ つて,Cruxを單 たん に幾何 きか 學 がく 的 てき な「十字形 じゅうじがた 」といふだけでなく,もつと宗教 しゅうきょう 的 てき な連想 れんそう を誘 さそ ふ「十字架 じゅうじか 」と譯 やく した方 ほう が適當 てきとう なのである. [50] と述 の べている。山本 やまもと は、私設 しせつ 天文台 てんもんだい の「田上 たうえ 天文台 てんもんだい 」名義 めいぎ で刊行 かんこう した『天文 てんもん 年表 ねんぴょう 』の中 なか でも「十字架 じゅうじか 」[51] や「じうじか」[52] の訳名 やくめい を用 もち い続 つづ けた。
現代 げんだい の中国 ちゅうごく でも日本 にっぽん と同 おな じく、南 みなみ 十 じゅう 字 じ 座 ざ と呼 よ ばれている[53] 。
「八重山 やえやま 地方 ちほう の言葉 ことば で「南十字星 みなみじゅうじせい 」を意味 いみ する「南 みなみ 群 ぐん 星 ぼし (はいむるぶし)」という呼称 こしょう がある」とする話 はなし が流布 るふ されている[54] 。しかしながら、野尻 のじり 抱影 ほうえい による日本 にっぽん の星名 ほしな に関 かん する20世紀 せいき 中頃 なかごろ の研究 けんきゅう や、北尾 きたお 浩一 こういち によるフィールドワークを主 おも とした20世紀 せいき 後半 こうはん から21世紀 せいき にかけての研究 けんきゅう では、琉球 りゅうきゅう 地方 ちほう におけるケンタウルス座 ざ α あるふぁ 星 ほし とβ べーた 星 ほし に関 かん する呼称 こしょう は採集 さいしゅう されているが、南 みなみ 十 じゅう 字 じ を「はいむるぶし」と呼 よ ぶものは採集 さいしゅう できておらず[39] [55] [56] 、出所 しゅっしょ 不明 ふめい の呼称 こしょう となっている。
2つの1等 とう 星 ぼし α あるふぁ 星 ほし とβ べーた 星 ほし 以外 いがい に、2等 とう 星 ほし が1つ、3等 とう 星 ほし が1つある。γ がんま 星 ほし とα あるふぁ 星 ほし を結 むす んだ線分 せんぶん と、β べーた 星 ほし とδ でるた 星 ほし を結 むす んだ線分 せんぶん が交差 こうさ した十字形 じゅうじがた が十字架 じゅうじか に喩 たと えられる。南 みなみ 十 じゅう 字 じ 以外 いがい にも「宝石 ほうせき 箱 ばこ 」の通称 つうしょう で知 し られる散開 さんかい 星団 せいだん や「コールサック」と呼 よ ばれる暗黒 あんこく 星雲 せいうん など、小 ちい さいながら見 み どころの多 おお い星座 せいざ である。
2022年 ねん 4月 がつ 現在 げんざい 、国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう (IAU) によって6個 こ の恒星 こうせい に固有 こゆう 名 めい が認証 にんしょう されている[57] 。
南 みなみ 十 じゅう 字 じ は、古 ふる くはブラジル帝国 ていこく 皇帝 こうてい ペドロ1世 せい のように署名 しょめい に添 そ える人物 じんぶつ もいたほか、各地 かくち の旗 はた や紋章 もんしょう に使 つか われるなど、南半球 みなみはんきゅう の国 くに や地域 ちいき でアイデンティティの象徴 しょうちょう とされた。ニュージーランド の国旗 こっき ではα あるふぁ ・β べーた ・γ がんま ・δ でるた の4つの星 ほし が、オーストラリア 、サモア 、パプアニューギニア およびブラジル の国旗 こっき にはε いぷしろん 星 ほし を含 ふく む5つの星 ほし がデザインされている。
南 みなみ 十 じゅう 字 じ がデザインされた国旗 こっき ・その他 た の旗 はた ・署名 しょめい
^ 建物 たてもの や設備 せつび の老朽 ろうきゅう 化 か のため、2022年 ねん 7月 がつ より休館 きゅうかん 中 ちゅう [8] 。
^ ただし、へび座 ざ は頭 あたま と尾 お の2つに分 わ かれているため、区画 くかく の数 かず は89となる。
^ Cruzeroの綴 つづ り誤 あやま りか? 詳細 しょうさい は不明 ふめい 。
^ コルネリス・デ・ハウトマンの弟 おとうと 。
^ 星座 せいざ 名 めい は、星 ほし 表 ひょう では Crux とされたが、星図 せいず では Crux Australis とされている[29] [30] 。
^ 現在 げんざい の東亜 とうあ 天文 てんもん 学会 がっかい 。
^ a b c “The Constellations ”. 国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c “Constellation boundary ”. 国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c “星座 せいざ 名 めい ・星座 せいざ 略 りゃく 符 ふ 一覧 いちらん (面積 めんせき 順 じゅん ) ”. 国立 こくりつ 天文台 てんもんだい (NAOJ) . 2023年 ねん 1月 がつ 1日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c d “Finding Crux ”. Globe at Night . National Science Foundation . 2023年 ねん 3月 がつ 4日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b 北村 きたむら 正利 まさとし ; 岡崎 おかざき 彰 あきら , “南十字星 みなみじゅうじせい ” , 日本 にっぽん 大 だい 百科全書 ひゃっかぜんしょ (ニッポニカ) , 小学館 しょうがくかん , https://kotobank.jp/word/%E5%8D%97%E5%8D%81%E5%AD%97%E6%98%9F-139166
^ “みなみじゅうじ座 ざ - 星座 せいざ と神話 しんわ ”. 天体 てんたい 写真 しゃしん の世界 せかい . 2023年 ねん 3月 がつ 8日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c d e f g h i j k l m n Ridpath, Ian . “Crux ”. Star Tales . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “波照間島 はてるまじま 星空 ほしぞら 観測 かんそく タワー休館 きゅうかん について ”. 竹富 たけとみ 町 まち 役場 やくば (2022年 ねん 7月 がつ 27日 にち ). 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “「市 し の星 ほし 」に南十字星 みなみじゅうじせい 4団体 だんたい 36個人 こじん を表彰 ひょうしょう 市制 しせい 施行 しこう 72年 ねん ” . 八重山 やえやま 日報 にっぽう . (2019年 ねん 7月 がつ 11日 にち ). https://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/7921
^ “南十字星 みなみじゅうじせい モニター ”. 石垣島 いしがきじま 天文台 てんもんだい . 2023年 ねん 3月 がつ 6日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “天山 あまやま から「南十字星 みなみじゅうじせい 」 九州 きゅうしゅう 最北端 さいほくたん 記録 きろく か 武雄 たけお の古川 ふるかわ さん撮影 さつえい - まちの話題 わだい - 佐賀 さが 新聞 しんぶん ニュース” . (2017年 ねん 3月 がつ 6日 にち ). https://www.saga-s.co.jp/articles/-/72766 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “The Constellations ”. 国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう . 2023年 ねん 4月 がつ 22日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Dekker, Elly (1990). “The Light and the Dark: A Reassessment of the Discovery of the Coalsack Nebula, the Magellanic Clouds and the Southern Cross”. Annals of Science 47 (6): 533-534. Bibcode : 1990AnSci..47..529D . ISSN 0003-3790 .
^ Albuquerque, Luís de (1970). “A navegação astronómica”. História da Cartografia Portuguesa (Coimbra) 2 : 225-371.
^ Power, Julie (2018年 ねん 12月5日 にち ). “Oldest European map of Southern Cross acquired by State Library providing explorers with a navigational guide south ”. The Sydney Morning Herald . 2023年 ねん 3月 がつ 5日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “Unione Astrofili Italiani- Personaggi Andrea Corsali Croce del Sud Australia ” (イタリア語 ご ). Astrocultura UAI . 2023年 ねん 3月 がつ 5日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Corsali, Andrea. (1516年 ねん ). “Letter of Andrea Corsali with additional material ”. Trove . 2023年 ねん 3月 がつ 5日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c Dekker, Elly (1987). “Early explorations of the southern celestial sky”. Annals of Science (Informa UK Limited) 44 (5): 451. Bibcode : 1987AnSci..44..439D . doi :10.1080/00033798700200301 . ISSN 0003-3790 .
^ Warner, Deborah Jean (1979). The sky explored : celestial cartography, 1500-1800 . New York: A.R. Liss. p. 201. ISBN 0-8451-1700-9 . OCLC 4593179
^ Hues, Robert; Chilmead, Edmund; Markham, Clements R. (1889). Tractatus de globis et eorum usu : a treatise descriptive of the globes constructed by Emery Molyneux and published in 1592 (i.e. 1594) . London: Printed for the Hakluyt Society. p. 67. OCLC 622525975 . https://archive.org/details/tractatusdeglobi00huesrich/page/66/mode/2up
^ Hondius, Jodocus (1600), Globe céleste , https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b550087450/f1.medres3d.r=3D%20Jodocus%20I%20Hondius?lang=EN 2023年 ねん 4月 がつ 23日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b Dekker, Elly (1987). “On the Dispersal of Knowledge of the Southern Celestial Sky / ZUR VERBREITUNG VON WISSEN ÜBER DEN SÜDLICHEN STERNENHIMMEL”. Der Globusfreund (International Coronelli Society for the Study of Globes) (35/37): 211-230. Bibcode : 1987Globu..35..211D . ISSN 0436-0664 . JSTOR 41628839 .
^ a b Bayer, Johann (ラテン語 らてんご ). Ioannis Bayeri Uranometria omnium asterismorum continens schemata, nova methodo delineata aereis laminis expressa . excudit Christophorus Mangus. doi :10.3931/E-RARA-309 . https://www.e-rara.ch/zut/content/zoom/77547 2023年 ねん 2月 がつ 5日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Blaeu, Willem Janszoon (1602), Globe céleste / par Willem Jansz. Blaeu , https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b55008747w/f1.medres3d 2023年 ねん 3月 がつ 15日 にち 閲覧 えつらん 。
^ de Houtman, Frederick (1603) (オランダ語 ご ). Spraeck ende woord-boeck inde Maleysche ende Madagaskarsche talen, met vele Arabische ende Turcsche woorden ... : Noch zijn hier byghevoecht de declinatien van vele vaste sterren, staende omtrent den Zuyd-pool ... . Amstelredam,: Jan Evertsz. Cloppenburch. p. 241. OCLC 68675342 . https://objects.library.uu.nl/reader/index.php?obj=1874-205055&lan=en#page//94/39/69/94396929590098531808397229639570978844.jpg/mode/1up
^ Blaeu, Willem Janszoon (1603), Globe céleste / par Willem Jansz. Blaeu , https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b55008748b/f1.medres3d 2023年 ねん 3月 がつ 6日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Stoppa, Felice. “Jacob Bartsch - Usus Astronomicus Planisphaerii Stellati ” (イタリア語 ご ). ATLAS COELESTIS . 2023年 ねん 3月 がつ 6日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Bartsch, J. (1624) (ラテン語 らてんご ). Usus astronomicus planisphaerii stellati . J. ab Heyden. p. 66. https://books.google.co.uk/books?id=LGBRAAAAcAAJ 2023年 ねん 2月 がつ 12日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b de Lacaille, Nicolas-Louis (ラテン語 らてんご ). Coelum australe stelliferum . sumptibus Hipp. Lud. Guerin et Lud. Fr. Delatour. p. 195-196. doi :10.3931/E-RARA-529 . https://www.e-rara.ch/zut/doi/10.3931/e-rara-529 2023年 ねん 3月 がつ 7日 にち 閲覧 えつらん 。
^ de Lacaille, Nicolas-Louis. “Coelum australe stelliferum ”. e-rara . 2023年 ねん 1月 がつ 7日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Baily, Francis (1845). The Catalogue of Stars of the British Association for the Advancement of Science . London: R. and J. E. Taylor. Bibcode : 1845tcot.book.....B
^ Gould, Benjamin Apthorp (1879). “Uranometria Argentina: Brightness and position of every fixed star, down to the seventh magnitude, within one hundred degrees of the South Pole; with atlas” . Resultados del Observatorio Nacional Argentino 1 : 156. Bibcode : 1879RNAO....1....1G . OCLC 11484342 . https://articles.adsabs.harvard.edu/pdf/1879RNAO....1D...1G#page=172 .
^ Ridpath, Ian . “The IAU えーゆー list of the 88 constellations and their abbreviations ”. Star Tales . 2023年 ねん 3月 がつ 6日 にち 閲覧 えつらん 。
^ 根本 ねもと しおみ 著 ちょ 「星座 せいざ 」、天文 てんもん 年鑑 ねんかん 編集 へんしゅう 委員 いいん 会 かい 編 へん 『天文 てんもん 年鑑 ねんかん 2009年版 ねんばん 』誠 まこと 文 ぶん 堂 どう 新光 しんこう 社 しゃ 、2008年 ねん 11月、295頁 ぺーじ 。ISBN 978-4-416-20819-9 。
^ 山田 やまだ 陽 よう 志郎 しろう 「星座 せいざ 」『天文 てんもん 年鑑 ねんかん 2013年版 ねんばん 』誠 まこと 文 ぶん 堂 どう 新光 しんこう 社 しゃ 、2012年 ねん 11月25日 にち 。ISBN 978-4-416-21285-1 。
^ a b c 大崎 おおさき 正次 まさつぐ 「清 きよし 時代 じだい の星座 せいざ 」『中国 ちゅうごく の星座 せいざ の歴史 れきし 』雄山閣 ゆうざんかく 出版 しゅっぱん 、1987年 ねん 5月 がつ 5日 にち 、106-114頁 ぺーじ 。ISBN 4-639-00647-0 。
^ a b c 野尻 のじり 抱影 ほうえい 「クルス星 ぼし (南 みなみ 十 じゅう 字 じ )」『日本 にっぽん の星 ほし ・星 ほし の方言 ほうげん 集 しゅう 』中央公論社 ちゅうおうこうろんしゃ 、1976年 ねん 7月 がつ 10日 とおか 、296頁 ぺーじ 。ISBN 9784122003507 。
^ a b c d 野尻 のじり 抱影 ほうえい 「南十字星 みなみじゅうじせい 」『日本 にっぽん 星名 ほしな 辞典 じてん 』(第 だい 七 なな 版 はん )東京 とうきょう 堂 どう 出版 しゅっぱん 、1986年 ねん 4月 がつ 10日 とおか 、197-201頁 ぺーじ 。ISBN 4490100787 。 NCID BN0129007X 。
^ 「星座 せいざ 名 めい 」『天文 てんもん 月報 げっぽう 』第 だい 2巻 かん 第 だい 11号 ごう 、1910年 ねん 2月 がつ 、11頁 ぺーじ 、ISSN 0374-2466 。
^ 東京 とうきょう 天文台 てんもんだい 編 へん 『理科 りか 年表 ねんぴょう 第 だい 1冊 さつ 』丸善 まるぜん 、1925年 ねん 、61-64頁 ぺーじ 。https://dl.ndl.go.jp/pid/977669/1/39 。
^ 東京 とうきょう 天文台 てんもんだい 編 へん 『理科 りか 年表 ねんぴょう 第 だい 19冊 さつ 』丸善 まるぜん 、1943年 ねん 、B20-B23頁 ぺーじ 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1244806/1/47 。
^ 学術 がくじゅつ 研究 けんきゅう 会議 かいぎ 編 へん 「星座 せいざ 名 めい 」『天文 てんもん 術語 じゅつご 集 しゅう 』1944年 ねん 1月 がつ 、10頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1124236 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1124236/1/9 。
^ 東京 とうきょう 天文台 てんもんだい 編 へん 『理科 りか 年表 ねんぴょう 第 だい 22冊 さつ 』丸善 まるぜん 、1949年 ねん 、天 てん 34頁 ぺーじ 頁 ぺーじ 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1124234/1/61 。
^ 『文部省 もんぶしょう 学術 がくじゅつ 用語 ようご 集 しゅう 天文学 てんもんがく 編 へん (増 ぞう 訂 てい 版 ばん )』(第 だい 1刷 さつ )日本 にっぽん 学術 がくじゅつ 振興 しんこう 会 かい 、1994年 ねん 11月15日 にち 、316頁 ぺーじ 。ISBN 4-8181-9404-2 。
^ 「星座 せいざ 名 めい 」『天文 てんもん 月報 げっぽう 』第 だい 45巻 かん 第 だい 10号 ごう 、1952年 ねん 10月 がつ 、158頁 ぺーじ 、ISSN 0374-2466 。
^ 天文 てんもん 同好 どうこう 会 かい 編 へん 『天文 てんもん 年鑑 ねんかん 』1号 ごう 、新光 しんこう 社 しゃ 、1928年 ねん 4月 がつ 28日 にち 、4頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1138361 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1138361/1/7 。
^ 天文 てんもん 同好 どうこう 会 かい 編 へん 『天文 てんもん 年鑑 ねんかん 』10号 ごう 、恒星 こうせい 社 しゃ 、1937年 ねん 3月 がつ 22日 にち 、4-9頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1114748 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1114748/1/12 。
^ 山本 やまもと 一清 かずきよ 「天文 てんもん 用語 ようご に關 かん する私見 しけん と主張 しゅちょう (3) 」『天界 てんかい 』第 だい 14巻 かん 第 だい 161号 ごう 、東亜 とうあ 天文 てんもん 学会 がっかい 、1934年 ねん 8月 がつ 、408-409頁 ぺーじ 、doi :10.11501/3219882 、ISSN 0287-6906 。
^ 田上 たうえ 天文台 てんもんだい 編 へん 『天文 てんもん 年表 ねんぴょう 』恒星 こうせい 社 しゃ 、1944年 ねん 、35頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1124244 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1124244/1/21 。
^ 田上 たうえ 天文台 てんもんだい 編 へん 『天文 てんもん 年表 ねんぴょう 』田上 たうえ 天文台 てんもんだい 、1953年 ねん 、82頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1372917 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1372917/1/45 。
^ 大崎 おおさき 正次 まさつぐ 「辛 からし 亥 い 革命 かくめい 以後 いご の星座 せいざ 」『中国 ちゅうごく の星座 せいざ の歴史 れきし 』雄山閣 ゆうざんかく 出版 しゅっぱん 、1987年 ねん 5月 がつ 5日 にち 、115-118頁 ぺーじ 。ISBN 4-639-00647-0 。
^ “会社 かいしゃ 概要 がいよう ”. 株式会社 かぶしきがいしゃ はいむるぶし. 2023年 ねん 3月 がつ 3日 にち 閲覧 えつらん 。
^ 野尻 のじり 抱影 ほうえい 「琉球 りゅうきゅう の星 ほし 」『日本 にっぽん の星 ほし ・星 ほし の方言 ほうげん 集 しゅう 』中央公論社 ちゅうおうこうろんしゃ 、1976年 ねん 7月 がつ 10日 とおか 、267頁 ぺーじ 。ISBN 9784122003507 。
^ 北尾 きたお 浩一 こういち 『日本 にっぽん の星名 ほしな 事典 じてん 』原 はら 書房 しょぼう 、2018年 ねん 5月 がつ 28日 にち 。ISBN 978-4562055692 。
^ a b c d e f Mamajek, Eric E.. “IAU Catalog of Star Names ”. 国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう . 2023年 ねん 2月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "alf01 Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "alf02 Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c d e 『ステラナビゲータ11』(11.0i)AstroArts。
^ "bet Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ 東京 とうきょう 天文台 てんもんだい 編 へん 『理科 りか 年表 ねんぴょう 第 だい 32冊 さつ 』丸善 まるぜん 、1959年 ねん 、天 てん 40頁 ぺーじ 。doi :10.11501/1086107 。https://dl.ndl.go.jp/pid/1086107/1/79 。
^ Samus’, N. N.; Kazarovets, E. V.; Durlevich, O. V.; Kireeva, N. N.; Pastukhova, E. N. (2017). “General catalogue of variable stars: Version GCVS 5.1” . Astronomy Reports 61 (1): 80-88. Bibcode : 2017ARep...61...80S . doi :10.1134/S1063772917010085 . ISSN 1063-7729 . https://vizier.cds.unistra.fr/viz-bin/VizieR-5?-ref=VIZ6400a7243c058f&-out.add=.&-source=B/gcvs/gcvs_cat&recno=16974 .
^ "gam Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "del Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Samus’, N. N.; Kazarovets, E. V.; Durlevich, O. V.; Kireeva, N. N.; Pastukhova, E. N. (2017). “General catalogue of variable stars: Version GCVS 5.1” . Astronomy Reports 61 (1): 80-88. Bibcode : 2017ARep...61...80S . doi :10.1134/S1063772917010085 . ISSN 1063-7729 . https://vizier.cds.unistra.fr/viz-bin/VizieR-5?-ref=VIZ64009f08379e38&-out.add=.&-source=B/gcvs/gcvs_cat&recno=16975 .
^ "eps Cru" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "HD 108147" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “Approved names ” (英語 えいご ). Name Exoworlds . 国際 こくさい 天文学 てんもんがく 連合 れんごう (2019年 ねん 12月17日 にち ). 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "NGC 4609" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 8日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b c Frommert, Hartmut (2006年 ねん 8月 がつ 22日 にち ). “The Caldwell Catalog ”. SEDS Messier Database . 2023年 ねん 2月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "NGC 4755" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ "Coalsack Nebula" . SIMBAD . Centre de données astronomiques de Strasbourg . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Frommert, Hartmut (2000年 ねん 6月 がつ 30日 にち ). “The Coalsack Dark Nebula ”. SEDS Messier Database . 2023年 ねん 3月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ “Coalsack, Emu, Tinamou? ”. www.eso.org (2021年 ねん 3月 がつ 22日 にち ). 2023年 ねん 3月 がつ 8日 にち 閲覧 えつらん 。