スペキュレイティブ・フィクション

スペキュレイティブ・フィクション（Speculative Fiction）とは、さまざまな点てんで現実げんじつ世界せかいと異ことなった世界せかいを推測すいそく、追求ついきゅうして執筆しっぴつされた小説しょうせつなどの作品さくひんを指さす語かたり。フィクションの複数ふくすうのジャンルにまたがって使用しようされる。

発生はっせい当初とうしょは、「サイエンス・フィクションは大衆たいしゅう的てきで浅薄せんばくである」という偏見へんけんに対抗たいこうする意味いみも込こめて、空想くうそう科学かがく小説しょうせつに哲学てつがく的てき要素ようそを持もち込こんだものを指さしていたため、日本語にほんごでは思弁しべん小説しょうせつ（しべんしょうせつ）、思弁しべん的てき小説しょうせつと訳やくされた。スペキュレイティヴ・フィクションの表記ひょうきもある。

一般いっぱんに、サイエンス･フィクション、やファンタジー、ホラー、スーパーヒーローもの、ユートピア／ディストピアもの、破滅はめつもの、仮想かそう歴史れきしもの、マジックリアリズムの小説しょうせつ群ぐんなどが含ふくまれ、関連かんれんする映画えいが・ドラマ・演劇えんげき・イラストレーションなども含ふくむ。

歴史れきし

スペキュレイティブ・フィクションという単語たんごの意味いみは、時代じだいにより、あるいは使用しよう者しゃにより異ことなる場合ばあいがある。その理解りかいにはこの単語たんごの辿たどった経緯けいいの理解りかいが必要ひつようであり、誰だれが、いつ、どのような文脈ぶんみゃくの中なかで使用しようしているのかを考慮こうりょしなければならない。

スペキュレイティブ・フィクションを「思索しさくをめぐらせた作つくり話ばなし」と解かいすれば、古代こだいの作品さくひんから21世紀せいきのパラダイムを変かえるような作品さくひんや伝統でんとう的てき作品さくひんまで幅広はばひろい。スペキュレイティブ・フィクションかどうかは、その作者さくしゃの意図いとまたは物語ものがたりの描えがかれた当時とうじの社会しゃかい背景はいけいなどから判断はんだんされる。例たとえば古代こだいギリシアの劇げき作家さっかエウリピデス（紀元前きげんぜん480年ねんごろ-紀元前きげんぜん406年ねんごろ）の作品さくひん『メディア』では、メーデイアが逃避行とうひこうの前まえに子こどもを自みずからの手てで殺ころしたという虚構きょこうを思索しさくすることでアテネの観衆かんしゅうに衝撃しょうげきを与あたえたと見みられる。また同おなじくエウリピデスの『ヒッポリュトス』では、導入どうにゅう部ぶが愛あいの女神めがみアプロディーテーの語かたりであり、パイドラーを非常ひじょうに好色こうしょくに描えがいたため当時とうじの観衆かんしゅうを不快ふかいにさせたと見みられる。歴史れきし学がくでは、現在げんざいスペキュレイティブ・フィクションと呼よばれるものを "historical invention" あるいは "historical fiction" などと呼よんでいた。これは例たとえばウィリアム・シェイクスピアの作品さくひんの文芸ぶんげい評論ひょうろんでもよく使つかわれている。例たとえば、『夏なつの夜よるの夢ゆめ』では時代じだいも場所ばしょもばらばらな様々さまざまな登場とうじょう人物じんぶつが出でてくることからそのように呼よばれたのである。神話しんわ学がくではこれを「神話しんわ創造そうぞう」(mythopoesis または mythopoeia) あるいは "fictional speculation" と呼よび、例たとえばJ・R・R・トールキンの『指輪ゆびわ物語ものがたり』のように新あらたに神話しんわや伝承でんしょうを生うみ出だすような作品さくひんを指さす。そのような超ちょう自然しぜんや仮想かそう歴史れきしや性せいをテーマとした作品さくひんは現代げんだいのスペキュレイティブ・フィクションのジャンルでも生うみ出だされている。

仮説かせつ的てきな歴史れきしや説明せつめい、あるいは歴史れきしとは無関係むかんけいな物語ものがたりなど一般いっぱん的てきな意味いみでのスペキュレイティブ・フィクションの作成さくせいも、表面ひょうめん的てきにはノンフィクションを装よそおってフィクションを書かいた作家さっかたちに帰きされる。例たとえば古ふるくはハリカルナッソスのヘロドトス（紀元前きげんぜん5世紀せいき）の『歴史れきし』、司馬しば遷（紀元前きげんぜん2世紀せいきから1世紀せいき）の『史記しき』があり、このスペキュレイティブ・フィクションというジャンルを表あらわす語かたりが生うみ出だされる以前いぜんに、意図いと的てきかそうでないかは別べつとして多おおくの作品さくひんが存在そんざいしていたことは注意ちゅういを要ようする。最もっとも広義こうぎにとったときのその概念がいねんは、世界せかいを理解りかいし、それに反応はんのうし、空想くうそう的てきで創意そういに富とんだ芸術げいじゅつ的てき表現ひょうげんで表あらわすという人間にんげん心理しんりの側面そくめんを捉とらえたものである。その一部いちぶは、人間にんげん関係かんけいの影響えいきょう、社会しゃかい的てき・文化ぶんか的てき運動うんどう、科学かがく的てき研究けんきゅうやその進歩しんぽ、科学かがく哲学てつがくなどを通とおした現実げんじつの進歩しんぽの根底こんていにある。

英語えいごでは芸術げいじゅつや文学ぶんがくの分野ぶんやで "speculative fiction" がジャンルを表あらわす語かたりとして20世紀せいきから使つかわれている。この語かたりの起源きげんは、SF作家さっかロバート・A・ハインラインに帰きされることが多おおい。ハインラインがこの語かたりを最初さいしょに使つかったとされている例れいは1947年ねん2月がつ8日にち付づけの『サタデー・イブニング・ポスト』紙しの記事きじで、サイエンス・フィクションの同義語どうぎごとして使つかっていた。次つぎに1948年ねんのエッセイ On Writing of Speculative Fiction では、この語かたりの示しめす範囲はんいにファンタジーは含ふくまれないと明確めいかくに述のべている。ハインラインは自みずからこの語かたりを考案こうあんしたかもしれないが、それ以前いぜんにも使つかわれた例れいがある。月刊げっかん誌し『リッピンコット(Lippincott's Monthly Magazine)』に1889年ねんに掲載けいさいされた記事きじで、エドワード・ベラミーの 『顧かえりみれば-2000年ねんより1887年ねんをかえりみる』などの作品さくひんを指さしてこの語かたりが使つかわれている。また1900年ねん5月がつ号ごうの The Bookman 誌しでの John Uri Lloyd の Etidorhpa, The End of the Earth の書評しょひょうで「スペキュレイティブ・フィクションに興味きょうみを持もっていた人々ひとびとの間あいだで多おおくの議論ぎろんを引ひき起おこした」と書かいている。バリエーションとして "speculative literature" という表記ひょうきもある。

スペキュレイティブ・フィクションという語かたりを従来じゅうらいのSFに対たいする不満ふまんの表明ひょうめいとして使つかい始はじめたのは、1960年代ねんだいから1970年代ねんだい初期しょきのジュディス・メリルや他たの作家さっか、編集へんしゅう者しゃたちによる「ニューウェーブ運動うんどう」であった。彼かれらはそれまで主流しゅりゅうであった大衆たいしゅう娯楽ごらく科学かがく小説しょうせつに哲学てつがく的てき、思弁しべん的てきな要素ようそを持もち込こもうとし、この語かたりを掲かかげた。しかしこちらの用法ようほうでは1970年代ねんだい半なかばには既すでに使つかわれなくなっていく。日本にっぽんではニューウェーブに関連かんれんした作品さくひんの翻訳ほんやくに伴ともない、1980年代ねんだいまで使用しようされていたが、その後ごは歴史れきし的てきな用語ようごとなっていったのは同様どうようである。

いったんは忘わすれられたかに思おもわれたスペキュレイティブ・フィクションは、2000年代ねんだいになると特定とくていのジャンルを包括ほうかつ的てきに示しめす便利べんりな用語ようごとして、より広義こうぎに用もちいられるように変化へんかする。スペキュレイティブ・フィクションに関かんするエッセイが、『エクストラポレーション』（Extrapolation）誌し（1959年ねん創刊そうかんのアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくのSF評論ひょうろん誌し。ケント州立しゅうりつ大学だいがくより刊行かんこう）、『フェムスペック』（Femspec）誌し（アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくのフェミニズム系けいスペキュレイティブ・フィクション専門せんもん誌し）、『ファウンデーション』（Foundation）誌し（イギリスの代表だいひょう的てきなSF評論ひょうろん誌し。ノースイーストロンドン工科こうか大学だいがくより刊行かんこう）などを含ふくむ多おおくの学術がくじゅつ雑誌ざっしで発表はっぴょうされた。

サイエンス・フィクションとの区別くべつ

スペキュレイティブ・フィクションの略語りゃくごとしては "spec-fic"、"specfic"、"S-F"、"SF"、"sf" などの表記ひょうきが用もちいられるが、最後さいごの3つはサイエンス･フィクションの略語りゃくごとしても用もちいられるため、混乱こんらんを招まねくこともある。

一部いちぶの人々ひとびとはこの語かたりを、SFが本質ほんしつ的てきにもつ限界げんかい（と彼かれらが考かんがえるもの）に対たいする不満ふまんを表明ひょうめいするため、あるいは「ファンタジー」や「ミステリー」などのステレオタイプに陥おちいりやすいジャンルとは違ちがうのだと表明ひょうめいするために用もちいた。例たとえば、スペキュレイティブ・フィクションに肯定こうてい的てきなSF作家さっかハーラン・エリスンは、この語かたりは、「ただのSF（作家さっか）」と呼よばれたくないという願ねがい、SFの大衆たいしゅう性せいや娯楽ごらく性せいから抜ぬけ出だしたいという望のぞみ、また、メインストリームの批評ひひょう家かたちがしばしば言及げんきゅうする「SFに対たいする偏見へんけん」からの逃避とうひ、などに対たいするシグナルである、と書かいている。だが一方いっぽう、この語かたりをSFそのものへの侮辱ぶじょく、少すくなくとも否定ひてい的てきなニュアンスを含ふくんだ表現ひょうげんであると見みなしている読者どくしゃやSF作家さっかも存在そんざいする。

スペキュレイティブ・フィクションという語かたりは、内部ないぶの一貫いっかんした世界せかいに沿そったキャラクターやストーリーではあるが特定とくていのジャンルと決きめられないフィクションを指さすサブカテゴリとして使つかうこともある。

日本にっぽんにおけるスペキュレイティブ・フィクション

作家さっかの山野やまの浩一こういち、翻訳ほんやく家かの山田やまだ和子かずこらが『季刊きかんNW-SF』誌しにより国内外こくないがいの作品さくひんや評論ひょうろんを紹介しょうかい、発表はっぴょうした。誌し名めいのNWはNew Wave、New World、No Wonderを、SFはSpeculative Fictionを意味いみする。 同誌どうしは1970年ねん創刊そうかん号ごうから1982年ねんまでに18号ごうが発行はっこうされた。

参考さんこう文献ぶんけん

• 『SFとはなにか』（著ちょ：笠井かさい潔きよし、日本にっぽん放送ほうそう出版しゅっぱん協会きょうかいNHKブックス）ISBN 978-4140015124
• Barrett, W. S. (ed.), Euripides, Hippolytos, edited with Introduction and Commentary (Oxford: Clarendon Press, 1964; Toronto: Oxford University Press, 1964)
• Ewans, Michael (2007). Opera from the Greek: Studies in the Poetics of Appropriation. Ashgate Publishing, Ltd. ISBN 0-7546-6099-0, 9780754660996
• Griffiths, Emma (2006). Medea. Taylor & Francis. ISBN 0-415-30070-3, 9780415300704
• McDermott, Emily (1989). Euripides' Medea: the Incarnation of Disorder. Penn State Press. ISBN 0-271-00647-1, 9780271006475
• McDermott, Emily (2000) Euripides' Second Thoughts. University of Massachusetts Boston.
• Powell, Anton (1990). Euripides, Women and Sexuality. Routledge Press. ISBN 0-415-01025-X
• Sommerstein, Alan (2002). Greek Drama and Dramatists. Routledge Press. ISBN 0-203-42498-0, 9780203424988

外部がいぶリンク

• speculativejapan -ニューウェーヴ／スペキュレィティヴ・フィクション・サイト
• "speculative fiction" - Science Fiction Citations
• The Speculative Literature Foundation