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トライアンフ・GT6 - Wikipedia

トライアンフ・GT6とは、イギリス自動車じどうしゃメーカー・ブリティッシュ・レイランド(BLMC、1975ねん国営こくえいされて以降いこうはBL)のトライアンフ部門ぶもん製造せいぞうしていたスポーツカーのこと。

GT6 マーク3

開発かいはつ経緯けいい

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1963ねん初頭しょとうジョヴァンニ・ミケロッティがトライアンフから、スピットファイアマーク2をベースにしたGTのデザインを依頼いらいされた。そして同年どうねんまつにプロトタイプが披露ひろうされたが、デザインは好評こうひょうだったものの、ボディによる余計よけい重量じゅうりょう増加ぞうかのせいで、スピットファイアの1147ccエンジンのままでは走行そうこう性能せいのうわるかった。そのため、このプロトタイプの生産せいさんはおぞうりとなった。

しかし、ミケロッティのデザインしたプロトタイプのボディは、エアロダイナミクスを考慮こうりょしてファイバーグラスせいFRPさい設計せっけいされ、レースよう改造かいぞうされたスピットファイアに移植いしょくされた。このマシンは1965ねんル・マン24あいだレースでグループ1になるなど、成功せいこうおさめた。

レースと市販しはんしゃ生産せいさん成果せいかをあげたことで、トライアンフは一度いちどぞうりにした前述ぜんじゅつのプロトタイプの生産せいさんさい検討けんとうするようになった。おもいボディからくる走行そうこう性能せいのう悪化あっか克服こくふくするため、スピットファイアの直列ちょくれつ4気筒きとうエンジンを、ビテス搭載とうさいされていた2.0L直列ちょくれつ6気筒きとうエンジンにえた(ビテスはスピットファイア、ヘラルドシャシー共有きょうゆうしていた)。ほかにもさらなる改良かいりょうかさねられ、最終さいしゅうてきにこのプロトタイプは「GT6」とづけられた。これは、この自動車じどうしゃのGTとしてのスタイルと、直列ちょくれつ6気筒きとうエンジンを搭載とうさいしていることからけられた。

実際じっさいはGT6とレースようスピットファイアはまったくちが過程かていをたどって開発かいはつされたが、トライアンフはGT6を「ル・マンで優勝ゆうしょうしたスピットファイア」を改良かいりょうした車両しゃりょうとしてGT6を宣伝せんでんした。結局けっきょく宣伝せんでん成功せいこうおさめ、おおくの人々ひとびとがル・マンのスピットファイアがGT6であるとしんじていた。

マーク1(1966 - 1969ねん

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GT6マーク1の生産せいさん1966ねんからはじまった。

ボディは、リアハッチを搭載とうさいした流線型りゅうせんけいファストバックとし、その姿すがたからGT6は「プアマンズEタイプ」とばれた。GT6は本来ほんらい2シーターだったが、2+2シーターもオーダーが可能かのうだった(+2シーターは子供こどもるのには十分じゅうぶんおおきさだった)。ベースがスピットファイアだったためそれとの類似るいじてん多々たたあったが、ボディパネルにかんしては1つも共有きょうゆうしているものがかった。これは直列ちょくれつ6気筒きとうエンジンを搭載とうさいするため、あらたなボンネットが必要ひつようだったことなどが要因よういんである。

エンジンは95hpを発生はっせいする直列ちょくれつ6気筒きとうエンジンで、ラジエターはスピットファイアのものではなくあらたなものを、より前方ぜんぽう搭載とうさいした。ミッションは4MTで、ギアボックスはビテスのものを流用りゅうようした。フロントサスペンションもよりおもいエンジンをささえるため改良かいりょうされた。インテリアは木製もくせいダッシュボード、ヒーターきカーペットなどの充実じゅうじつした装備そうびそなえていた。

発売はつばいされたGT6は最高さいこう時速じそく171km/hと、0-60mph加速かそくが11.7びょうと、どうクラスのMGB GTより若干じゃっかんたかいパフォーマンスを発揮はっきした。ユニット全体ぜんたいもMGB GTより比較的ひかくてきあつかいやすかった。しかしGT6の唯一ゆいいつ欠点けってんはリアサスペンションだった。リアサスペンションはスピットファイアのスイングアクスル流用りゅうようしていたが、そもそもこのサスペンションはヘラルドのもので、よりこう出力しゅつりょくなGT6のあしまわりをささえきれず、故障こしょうすることもあった。

ハンドリングにかんしては、トライアンフの主要しゅよう市場いちばであったアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくとくにひどく批判ひはんされた(この批判ひはんは、おなじエンジンとたようなハンドリングの問題もんだいかかえていたビテスにもられた)が、トライアンフは開発かいはつ段階だんかいでこのリアサスペンションにかんしてはなに対策たいさくほどこしていなかった。

マーク2(1968 - 1970ねん

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GT6 マーク2

アメリカでの評判ひょうばん確保かくほするためには、トライアンフは上記じょうき問題もんだい解決かいけつする必要ひつようがあった。そして1968ねん、GT6マーク2(アメリカでは「GT6+」としてられた)にモデルチェンジした。

マーク1のスイングアクスルにロトフレックス使用しようするなどの改良かいりょうほどこし、ハンドリングの改善かいぜんつとめた。ほかにも、あたらしい衝突しょうとつ規制きせい適合てきごうするためフロントバンパーの位置いちげるなど、ボディにも改良かいりょうほどこされた。

エンジンも改良かいりょうほどこされ、104bhpまで出力しゅつりょくげられた。インテリアにかんしても換気かんき装置そうち改良かいりょうなどがほどこされた。

操作性そうさせいわるはだいぶ改善かいぜんされ、ハンドリングにかんする評価ひょうかがった。

マーク3(1970 - 1973ねん

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GT6 マーク3

マーク3は1970ねんから発売はつばいされた。ベースのスピットファイアマーク4にあわせてボディ全体ぜんたい修正しゅうせいされた。

1973ねんにはリアサスペンションがさらに改良かいりょうされ、機能きのうてきでより経済けいざいてきスウィングスプリングレイアウトを採用さいようした。さらにブレーキサーボくわえられ、シートもビニールからぬの材質ざいしつ変更へんこうされた。ほかにも広範囲こうはんいなオプションが用意よういされた。

走行そうこう性能せいのうかんしてはマーク2と大差たいさく、最高さいこう時速じそく188km/h、0-60mph加速かそくは10.1びょうと、ライバルとしていたMGB GTともそれほど性能せいのうはなかった(最高さいこう時速じそく169km/h、0-60mph加速かそくやく13びょう)。しかしうんわるく、アメリカでの最終さいしゅうモデルはひくオクタン価おくたんかガソリンに対応たいおうしきれず、圧縮あっしゅく低下ていかして、走行そうこう性能せいのう低下ていかした。

マーク2以降いこうのGT6にたいする評判ひょうばん上々じょうじょうだったが、GT6の販売はんばい台数だいすう見込みこんでいたよりひくいもので、市場いちばにおいてはMGBのほうがGT6より総合そうごうてきっていた。また、コンバーチブル生産せいさん希望きぼうするこえもあったが、最後さいごまでコンバーチブルの生産せいさんおこなわれず、ついに1973ねん生産せいさん終了しゅうりょうした。

GT6はいまでも人気にんきたかく、しばしばアメリカやイギリスなどのクラシックカー走行そうこうかいでもその姿すがたかけることがおおい。パーツもおおくのトライアンフしゃ共有きょうゆうされており、GT6の現存げんそんりつのクルマとくらべても比較的ひかくてきたかい。また、コンバーチブルバージョンは最後さいごまで生産せいさんされなかったが、オーナーのなかには自分じぶん改造かいぞうしてコンバーチブルとしたものもいる。

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