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ボストン・レッドソックス - Wikipedia

ボストン・レッドソックス

アメリカのプロ野球やきゅうチーム

ボストン・レッドソックス英語えいご: Boston Red Sox略称りゃくしょう: BOS、レぐん)は、メジャーリーグベースボール以下いかMLB)アメリカンリーグひがし地区ちく所属しょぞくプロ野球やきゅうチーム。本拠地ほんきょちマサチューセッツしゅうボストンにあるフェンウェイ・パーク

ボストン・レッドソックス
Boston Red Sox
1901とし創設そうせつ
所属しょぞくリーグ
チームめい
  • ボストン・レッドソックス (1908ねん - )
    • ボストン・アメリカンズ (1901ねん-1907ねん)
    • ボストン・レッドソックス (1908ねん - )
本拠地ほんきょち
1901-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1901-現在
1901-現在げんざい
永久えいきゅう欠番けつばん
獲得かくとくタイトル獲得かくとくねん
ワールドシリーズ優勝ゆうしょう(9かい)
リーグ優勝ゆうしょう(14かい)
地区ちく優勝ゆうしょう(10かい)
  • 1975
  • 1986
  • 1988
  • 1990
  • 1995
  • 2007
  • 2013
  • 2016
  • 2017
  • 2018
ワイルドカード(8かい)
  • 1998
  • 1999
  • 2003
  • 2004
  • 2005
  • 2008
  • 2009
  • 2021
球団きゅうだん組織そしき
オーナー ジョン・ヘンリー
GM ブライアン・オハロラン (野球やきゅう)
監督かんとく アレックス・コーラ

概要がいよう

編集へんしゅう

アメリカンリーグ創設そうせつから存在そんざいする古豪こごう球団きゅうだん本拠地ほんきょちうつしたことがいちもなく、リーグ優勝ゆうしょう14かいワールドシリーズ制覇せいは9かい実績じっせきほこる。伝統でんとうてき長打ちょうだりょく重視じゅうしするビッグボールのチームとしてられている。

愛称あいしょう1901ねん球団きゅうだん創立そうりつ当初とうしょはアメリカンズ、1902ねん~1903ねんがサマーセッツ(当時とうじのオーナーであるチャールズ・サマーズ英語えいごばんちなむ)、1904ねん~1906ねんがピルグリムスとわったとされ、ほかにもピューリタンズやプリモスロックスなどの愛称あいしょうがあったとされるが、実際じっさいには1901ねんからの7シーズンはたんにホームタウンのボストン、もしくはナショナルリーグのボストン・ビーンイーターズ(げんアトランタ・ブレーブス)にたいし「アメリカンリーグのボストン」をしめボストン・アメリカンズかよっており、その愛称あいしょう当時とうじ新聞しんぶん記者きしゃ自由じゆうにつけていたもので、1908ねんシーズンから現在げんざいのレッドソックスが正式せいしきなものとなった。

1903ねんはつのリーグ優勝ゆうしょうたし、さらにピッツバーグ・パイレーツとのワールドシリーズもせいした。それから1910年代ねんだいにはリーグ優勝ゆうしょう4かい、ワールドシリーズ優勝ゆうしょう4かいたし、1901ねんから1919ねんまでにリーグ優勝ゆうしょう6かい、ワールドシリーズ優勝ゆうしょう5かいのMLB屈指くっし名門めいもんチームにのぼめていく。しかし、その台頭たいとうしたライバルのニューヨーク・ヤンキース後塵こうじんはいし、戦後せんごは1946ねん,1967ねん,1975ねん,1986ねんにリーグ優勝ゆうしょうしたものの、ワールドシリーズではいずれもだい7せんやぶれて敗退はいたいかえした。しかし、21世紀せいきはいってからはけい4のリーグ優勝ゆうしょう・ワールドシリーズ制覇せいはたすなど、宿敵しゅくてきヤンキースをしの実績じっせきげている。

ユニフォームカラーはこんあかで、ロゴデザインはあか靴下くつした1そくである。本拠地ほんきょちフェンウェイ・パーク現在げんざいメジャーリーグ球団きゅうだん本拠地ほんきょち球場きゅうじょうではもっとふる歴史れきしつ。市街地しがいち中心ちゅうしん建設けんせつされたため、球場きゅうじょう自体じたいはそれほどひろくなく観客かんきゃくせきすくない。そのためレッドソックスの人気にんきあいまってチケットは入手にゅうしゅ困難こんなん状況じょうきょうつづいており、とくたいヤンキースせんといった人気にんきカードではプラチナチケットとす。

2003ねん5がつ15にちから2013ねん4がつ10日とおかまで、フェンウェイ・パークでは820試合しあい連続れんぞくチケット完売かんばい記録きろくした。

全米ぜんべいいち熱狂ねっきょうてきなファンをつといわれ、おなじアメリカンリーグひがし地区ちく所属しょぞくのヤンキースとはふか因縁いんねんがある。ベーブ・ルース移籍いせき以来いらい盟主めいしゅとして君臨くんりんするヤンキースにたいして「バンビーノののろい」とともにレッドソックスファンはつよ敵愾心てきがいしんっている。またヤンキースとの対戦たいせん伝統でんとういちせんでもある。

球団きゅうだん歴史れきし

編集へんしゅう

1893ねん-1900ねん

編集へんしゅう

1893ねんウエスタンリーグ(Western League) のオハイオしゅうトレド誕生たんじょうした球団きゅうだん前身ぜんしんとされている。1900ねんアメリカンリーグ発足ほっそくすると、当初とうしょ予定よていでは本拠地ほんきょちバッファロー予定よていだったが、結局けっきょくボストンに本拠地ほんきょちくこととなった。

1901ねん-1910年代ねんだい

編集へんしゅう
 
1901ねんのボストン・アメリカンズのメンバー

1901ねん、リーグ加盟かめい同時どうじセントルイス・カージナルスからサイ・ヤング獲得かくとく。サイ・ヤングや選手せんしゅ兼任けんにん監督かんとくジミー・コリンズ中心ちゅうしん1903ねんには91しょう47はいという成績せいせきでリーグはつ優勝ゆうしょうげた。このとしにはだい1かいとなるワールドシリーズ開催かいさいされ、ピッツバーグ・パイレーツ対戦たいせん、5しょう3はい初代しょだいワールドチャンピオンにかがやく。よく1904ねんもリーグ優勝ゆうしょうたすが、対戦たいせん相手あいてであるはずだったニューヨーク・ジャイアンツ(げんサンフランシスコ・ジャイアンツ)が対戦たいせん拒否きょひし、ワールドシリーズは開催かいさいされなかった。

 
ハリー・フーパートリス・スピーカーダフィー・ルイスの『100まんドルの外野がいやじん』。

1912ねんにはフェンウェイ・パークが開場かいじょう[ちゅう 1]。このころのレッドソックスでは、スライディングキャッチを得意とくいとしたハリー・フーパー抜群ばつぐん打球だきゅうみで極端きょくたん前進ぜんしん守備しゅびをひき、いくつもの「センターゴロ」をさばいたというトリス・スピーカー当時とうじレフト後方こうほうにあったやく3メートル(10フィート)のたかさの土手どて自由じゆうのぼくだりしたというダフィー・ルイスの3にんからなる『100まんドルの外野がいやじん』がられていた。ジャイアンツとの対戦たいせんとなったワールドシリーズでは、スモーキー・ジョー・ウッド活躍かつやくもあり4しょう3はい1ふんという僅差きんさでこれをくだし、2度目どめのワールドチャンピオンにかがやく。

1914ねんベーブ・ルース獲得かくとく。ルースは1915ねん投手とうしゅとして18しょうっては打率だりつ.314・4本塁打ほんるいだという活躍かつやくでチームのワールドシリーズ制覇せいは貢献こうけん1916ねんわらぬ活躍かつやくで23しょう防御ぼうぎょりつ1.75で最優秀さいゆうしゅう防御ぼうぎょりつ獲得かくとくし、チームも2ねん連続れんぞくワールドシリーズ制覇せいはげる。1917ねんシカゴ・ホワイトソックスにリーグ優勝ゆうしょううばわれるが、1918ねんに5度目どめワールドシリーズ制覇せいはたす。ルースもこのころから打者だしゃとしての出場しゅつじょうえ、このとしには11本塁打ほんるいだよく1919ねんにはそれまでの本塁打ほんるいだ記録きろく大幅おおはばえる29本塁打ほんるいだはなち、最多さいた本塁打ほんるいだ獲得かくとくした。

1920年代ねんだい

編集へんしゅう
 
レッドソックス時代じだいのベーブ・ルース

1920ねん1がつ3にち当時とうじ経営けいえいなんにあえいでいたレッドソックスは、12まん5せんドルの金銭きんせんと30まんドル以上いじょう負債ふさい肩代かたがわりをすることを条件じょうけんに、ルースをニューヨーク・ヤンキースにトレードした。この当時とうじオーナーのハリー・フレイジー球団きゅうだん資金しきんなん解消かいしょうのため、有力ゆうりょく選手せんしゅ次々つぎつぎ金銭きんせんトレードで放出ほうしゅつし、おもにヤンキースがっていた。

当時とうじ、ヤンキースは最下位さいかいてい位置いち弱小じゃくしょう球団きゅうだんだったが、ルースの移籍いせき成績せいせきはじめ、ルースが在籍ざいせきした1920年代ねんだいから1930年代ねんだいにかけて8かいのワールドシリーズ優勝ゆうしょう、11かいのリーグ優勝ゆうしょうげた。そして、それに反比例はんぴれいしてレッドソックスの成績せいせきなやみ、1925ねんから6ねん連続れんぞく最下位さいかい記録きろくするなど優勝ゆうしょうからおおきくとおのいたシーズンがつづいた。1921ねんから1927ねんまでにヤンキースがワールドシリーズでげた18しょうのうち、15しょうもとレッドソックスの投手とうしゅ勝利しょうり投手とうしゅで、1920年代ねんだいのヤンキースの黄金おうごん時代じだいは『もとレッドソックス選手せんしゅ黄金おうごん時代じだい』であったとわれる。

アメリカンリーグ初期しょき名門めいもんチームの衰退すいたいは、ルースにのろいをかけられたようだとして、いつしかルースの愛称あいしょう「バンビーノ」から「バンビーノののろ」とばれるようになった。

1930年代ねんだい-1950年代ねんだい

編集へんしゅう

1933ねんトム・ヨーキー球団きゅうだん買収ばいしゅうしオーナーとなると、再建さいけん着手ちゃくしゅした。ヨーキーは球団きゅうだん利益りえき本位ほんいのものであることを批判ひはんし、人々ひとびと敬愛けいあいされるチームをつくることを目指めざして、かつてのめい内野ないやしゅ当時とうじフィラデルフィア・アスレティックスめい監督かんとくコニー・マックした監督かんとく補佐ほさをしていたエディ・コリンズゼネラルマネージャーとして招聘しょうへいし、再建さいけんたくした。潤沢じゅんたく資金しきん提供ていきょうけたコリンズは、アスレティックスからのちの300しょう投手とうしゅレフティ・グローブ、1932ねん本塁打ほんるいだ58ほん(この記録きろくは1998ねんにマグワイアとソーサにやぶられるまでみぎ打者だしゃ最高さいこう本塁打ほんるいだすうであった)をち2MVPになったみぎ強打者きょうだしゃジミー・フォックスセントルイス・ブラウンズから捕手ほしゅリック・フェレルワシントン・セネタースから遊撃手ゆうげきしゅのちにレッドソックスの選手せんしゅけん監督かんとくとなったジョー・クローニンらの有力ゆうりょく選手せんしゅ獲得かくとく若手わかて選手せんしゅ発掘はっくつにもつとめ、パシフィックコーストリーグからはのち主将しゅしょうつとめてアメリカ野球やきゅう殿堂でんどうりもたした二塁手にるいしゅボビー・ドーア、そしてのち打撃だげき神様かみさまばれたテッド・ウィリアムズそだてるなど、チームは徐々じょじょちからをつけていく。とくにウィリアムズは2三冠王さんかんおう達成たっせいするなど通算つうさん打率だりつ.344・521本塁打ほんるいだ1941ねんには打率だりつ.406を記録きろくし、以後いご達成たっせいしゃがいないことから「最後さいご4わり打者だしゃ」とばれている。

これらのメンバーがそろってついに1946ねんにレッドソックスは2タイガースに12ゲームをつけて28ねんぶりにリーグ優勝ゆうしょうかざった。しかしカージナルスと対戦たいせんした1946ねんのワールドシリーズではだい7せんで、3たい3の同点どうてんむかえた8かいうらにカージナルスの1るい走者そうしゃイーノス・スローター暴走ぼうそう気味ぎみ本塁ほんるい突入とつにゅう遊撃手ゆうげきしゅジョニー・ペスキー一瞬いっしゅんまよいで生還せいかんゆるしてやぶれ、ワールドシリーズ制覇せいはらなかった。1948ねんには、アメリカン・リーグのペナントレースでインディアンスと最終さいしゅう首位しゅいい、クリーブランド・インディアンスワンゲームプレイオフとのプレーオフにんだがやぶれた。つづ1949ねんでは最終さいしゅうの2試合しあいのこしてあと1しょうでペナント獲得かくとくまでいったが、ヤンキースに2連敗れんぱいして逆転ぎゃくてん優勝ゆうしょうゆるした。

この時期じきのレッドソックスはチームとしての実力じつりょくたかかったのだが、1948ねん・1949ねんと2ねんつづけて最終さいしゅうせんでペナントをのがし、やがて下降かこうせん辿たどって1966ねんまでなが低迷ていめいはいった。

1959ねん球団きゅうだんはつ黒人こくじん選手せんしゅパンプシー・グリーンがメジャーデビューをたした。これは、MLB球団きゅうだんなかもっとおそかった。1945ねん4がつ16にちにニグロリーグから(ジャッキー・ロビンソンマービン・ウィリアムズサム・ジェスロー)などが入団にゅうだんテストをけたが、球団きゅうだんには契約けいやく意思いしはなかった。1949ねんウィリー・メイズ獲得かくとく機会きかいがあったが、これをみすみすのがしている[1]。この黒人こくじん選手せんしゅ登用とうようもっとおくれたことが長期ちょうき低迷ていめい原因げんいんひとつとされている。

1960年代ねんだい-1970年代ねんだい

編集へんしゅう
 
カール・ヤストレムスキー

1960年代ねんだいにはカール・ヤストレムスキー中心ちゅうしんとなってリーグの優勝ゆうしょうあらそいにもくわわった。しかしレッドソックスは、何故なぜかあといちのところで優勝ゆうしょうとどかないという悲劇ひげきかえすこととなる。

1967ねんカール・ヤストレムスキー打率だりつ3わり2ふん6りん本塁打ほんるいだ44ほん打点だてん112で三冠王さんかんおう(こののちはん世紀せいきちかくこれが最後さいご三冠王さんかんおうわれたが2012ねんにデトロイト・タイガースのミゲル・カブレラが45ねんぶりに三冠王さんかんおう達成たっせいした)にかがやきこのとしにリーグMVPとなり、投手とうしゅのジム・ロンバーグが22しょうでサイ・ヤングしょう獲得かくとくして、レッドソックスは前年ぜんねんの9からこのとしかい進撃しんげきつづけて21ねんぶりにペナントを獲得かくとくした(このときのナインにはのち来日らいにちしてきょじんでプレーしたレジー・スミスがいた)。しかしワールドシリーズでは、セントルイス・カージナルスとふたた対戦たいせんとなり1しょう3はいからかえして3しょう3はいとなって、最終さいしゅうだい7せんちゅう2にちでエースのロンバーグ投手とうしゅ登板とうばんさせ、一方いっぽうカージナルスもちゅう3にちでエースのボブ・ギブソン投手とうしゅがマウンドにち、このエース対決たいけつはカージナルスに勝利しょうり女神めがみ微笑ほほえみ、またしてもなみだ結果けっかとなった。

1972ねん開幕かいまく直後ちょくごのストライキとデトロイト・タイガース最終さいしゅう直接ちょくせつ対決たいけつやぶれたことがひびいて0.5ゲーム地区ちく優勝ゆうしょうのがした。

1975ねん2人ふたり新人しんじんフレッド・リンジム・ライス驚異きょういてき活躍かつやくもあって8ねんぶりにペナントを獲得かくとくした。フレッド・リンは打率だりつ3わり3ふん1りん本塁打ほんるいだ21ほん打点だてん105で新人しんじんおう・リーグMVP・ゴールドグラブしょうかがやき(この3つのタイトルを同時どうじ獲得かくとくしたのはメジャーリーグ史上しじょう2にんだけでこのとしのリンと2001ねんのイチローのみ)、ジム・ライスも打率だりつ3わり9りん本塁打ほんるいだ22ほん打点だてん102であった。しかしつづワールドシリーズではまたもやだい7せんやぶれた。球史きゅうしのこるシリーズとなったこのとしのワールドシリーズは、ピート・ローズ、ジョニー・ベンチ、ケン・グリフィー、ジョー・モーガン、ジョージ・フォスターなどのビッグレッドマシンばれた強打者きょうだしゃぞろいのシンシナチ・レッズを相手あいてに7せんのうち5試合しあいが1てんゲームで6試合しあい逆転ぎゃくてん勝利しょうりであった。そしてとりわけだい6せん延長えんちょう12かいうらにレッドソックスの4ばん打者だしゃカールトン・フィスクがレフトポールにたる劇的げきてきなサヨナラホームランで3しょう3はいのタイにんだが結局けっきょくだい7せん逆転ぎゃくてんけをきっし、またもやなみだんだ。

1978ねん一時いちじ2ヤンキースに14ゲームもの大差たいさをつけたが、故障こしょうしゃ続出ぞくしゅつとうで9がつ直接ちょくせつ対決たいけつ4連戦れんせん全敗ぜんぱいしたこともひびいて、シーズン最終さいしゅういつかれ、ワンゲーム・プレーオフやぶれて地区ちく優勝ゆうしょうのがした。

1980年代ねんだい-1990年代ねんだい

編集へんしゅう

1984ねんに「ロケット」ことロジャー・クレメンスがメジャーデビューをたした。そして1986ねんには、4がつ29にちにMLBしん記録きろくとなる1試合しあい20だつ三振さんしん達成たっせいし、このとしに、クレメンスはサイヤングしょうとリーグMVPを同時どうじ受賞じゅしょうし、安打あんだ製造せいぞうウェイド・ボッグス三塁手さんるいしゅ首位しゅい打者だしゃをとり、ビル・バックナー一塁いちるいしゅが102打点だてんげる活躍かつやくで11ねんぶりにリーグ優勝ゆうしょうげた。そしてニューヨーク・メッツとのワールドシリーズでは、3しょう2はいむかえただい6せん延長えんちょう10かいひょうにデーブ・ヘンダーソンの本塁打ほんるいだなどで2てんをリードし、そのうら2人ふたり凡退ぼんたいして2走者そうしゃしであと1人ひとり優勝ゆうしょうという場面ばめんまでたものの、そこからカーターとケビン・ミッチェル(のち来日らいにちしてダイエー・ホークスでプレーした)がヒットで出塁しゅつるいし、ナイトがタイムリーヒットでカーターをかえし、ここでレッドソックスは投手とうしゅ交代こうたいでスタンリーがマウンドへ。そのスタンリーが打者だしゃムーキー・ウイルソンにげたたまがワイルドピッチでミッチェルが生還せいかんして同点どうてんとなった。そしてカウント3-2からげたひくめの変化球へんかきゅうでウイルソンのった打球だきゅう一塁いちるいへボテボテの一塁いちるいゴロ。これで延長えんちょうせんおもわれた瞬間しゅんかんビル・バックナー一塁いちるいしゅが「史上しじょう最悪さいあくのトンネル」ともばれるエラーでまさかのサヨナラけをきっした。そしてだい7せん逆転ぎゃくてんけで、「奇跡きせきのシリーズ」とばれたこのとしとどくところまでていたワールドチャンピオンをのがした。

その1988ねん1990ねん1995ねん地区ちく優勝ゆうしょうたしたが、ワールドシリーズに進出しんしゅつできなかった。

2000年代ねんだい

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2002ねんセオ・エプスタイン史上しじょう最年少さいねんしょうとなる28さいGM就任しゅうにんし、2003ねんのアメリカンリーグチャンピオンシップ敗退はいたい積極せっきょくてき戦力せんりょく補強ほきょうすすめた。ヤンキースとのチャンピオンシップだい7せんにおける継投けいとうミスをわれ、グレイディ・リトル監督かんとく解雇かいこされ、もとフィラデルフィア・フィリーズ監督かんとくテリー・フランコーナ監督かんとく就任しゅうにんする。アリゾナ・ダイヤモンドバックスからトレードでカート・シリング投手とうしゅ獲得かくとくし、フリーエージェントオークランド・アスレチックスのクローザーだったキース・フォーク投手とうしゅ獲得かくとくする。また、マニー・ラミレス外野がいやしゅ放出ほうしゅつし、テキサス・レンジャーズアレックス・ロドリゲス遊撃手ゆうげきしゅ獲得かくとくする計画けいかくすすんでいたが、このトレードは選手せんしゅかい反発はんぱつけ、不成立ふせいりつわる(そのヤンキースがロドリゲスをアルフォンソ・ソリアーノ二塁手にるいしゅらとの交換こうかん獲得かくとくした)。

2004ねんのろいがけたとし

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2004ねんのペナントレースは4がつはヤンキースとの直接ちょくせつ対決たいけつを6しょう1はいり、アリーグひがし地区ちくを4ゲームをつけて首位しゅいつ。しかしそのチーム全体ぜんたい低調ていちょうとなり、7がつまつ時点じてんでヤンキースに10ゲームをつけられていた。7がつまつ長年ながねんチームのかおであったが、シーズンにFAによってチームをることを確実視かくじつしされていたノマー・ガルシアパーラ遊撃手ゆうげきしゅシカゴ・カブス放出ほうしゅつし、モントリオール・エクスポズからオーランド・カブレラ遊撃手ゆうげきしゅミネソタ・ツインズからダグ・ミントケイビッチ一塁いちるいしゅロサンゼルス・ドジャースからデーブ・ロバーツ外野がいやしゅらを獲得かくとくする。人気にんきしゃのガルシアパーラを放出ほうしゅつしたことに非難ひなん集中しゅうちゅうしたが、のちにこれらの選手せんしゅ重要じゅうよう役割やくわりたすことになる。

8がつはいるとチームは投打とうだがかみ好調こうちょう維持いじする。結果けっか8がつは21しょう7はい好成績こうせいせきをあげ首位しゅいヤンキースとのゲームちぢめることとなった。9月にはいってもヤンキースにいつくことはなくアメリカンリーグひがし地区ちく2わったが、勝率しょうりつでワイルドカードを獲得かくとくした。

ディビジョンシリーズではアナハイム・エンゼルスを3連勝れんしょうくだし、リーグチャンピオンシップシリーズ前年ぜんねんおなじヤンキースとレッドソックスのわせとなる。カート・シリング先発せんぱつしただい1せんとし、そのうえ、シリングは足首あしくびけんだんきれする怪我けがのため降板こうばんし、もはやシリングのさい登板とうばん絶望ぜつぼうてきとみられた。だい2せんペドロ・マルティネス先発せんぱつするが、1-3で2連敗れんぱいきっする。だい3せんとし、0しょう3はいめられる。しかしだい4せん、9かいうらに3-4とけていながら、代走だいそうのデーブ・ロバーツの盗塁とうるいをきっかけにヤンキースの守護神しゅごじんであるマリアノ・リベラからビル・ミラー同点どうてんはなち、延長えんちょうせんすえデビッド・オルティーズのサヨナラ本塁打ほんるいだでヤンキースをくだす。だい5せんも8かいうらにリベラからジェイソン・バリテック犠牲ぎせいフライで同点どうてんいつくと、延長えんちょう14かいにまたもデビッド・オルティーズがサヨナラ安打あんだだい6せんでは負傷ふしょうしたかかとを応急おうきゅう手術しゅじゅつわせたカート・シリング復帰ふっきし、「レッドソックス」の名前なまえどお靴下くつしたあかめながらの投球とうきゅうでヤンキース打線だせんふうじ、最終さいしゅうてきにレッドソックスは、MLB史上しじょうはつとなる3連敗れんぱいから4連勝れんしょうだい逆転ぎゃくてん達成たっせいする。3連敗れんぱいから4連勝れんしょうしてのがりは、北米ほくべいほかのプロスポーツ史上しじょうでも1942ねんトロント・メープルリーフス1975ねんニューヨーク・アイランダーズ2010ねんフィラデルフィア・フライヤーズ(いずれもNHL)の3れいのみである。プレーオフ、ヤンキースの監督かんとくであるジョー・トーリは、「だい5せんの6かい2満塁まんるい場面ばめん守備しゅびがそれほど評価ひょうかされていない選手せんしゅトロット・ニクソン)に好捕こうほされたのがシリーズ(敗退はいたい)のポイントだった」とかえった。

このとしワールドシリーズではセントルイス・カージナルス対戦たいせん緻密ちみつ野球やきゅう標榜ひょうぼうするカージナルスと、こまかい野球やきゅう苦手にがて自分じぶんたちを『イディオッツ (idiots)』とんでいたレッドソックスとのこう対照たいしょう顔合かおあわせだったが、結果けっかは4しょう0はいでレッドソックスが1918ねん以来いらいのシリーズ制覇せいは達成たっせいした。ポストシーズン8連勝れんしょうはMLB史上しじょうはつ、4しょう0はいでのシリーズ制覇せいは球団きゅうだん史上しじょうはつであった。

そして86ねんものちょうきにおよんだこの「バンビーノののろい」もワールドシリーズ制覇せいはによりついかれることとなった。

2005ねん - 2006ねん

編集へんしゅう

2005ねんヤンキースタジアムでシーズン開幕かいまくむかえた。2005ねんはヤンキースやオリオールズと優勝ゆうしょうあらそいをひろげて、オリオールズはオールスター脱落だつらく最終さいしゅうてきにはしの4わった)、レッドソックスとヤンキースとのあらそいにしぼられたが、終盤しゅうばんいつかれてしまい、勝率しょうりつおなじだったが、前年ぜんねんひがし地区ちくでは2だったためにワイルドカードあつかいとなる。プレーオフはシカゴ・ホワイトソックスまえ敗退はいたいした。

2006ねん前半ぜんはん貯金ちょきん20でかえしたが、その失速しっそく、8がつ上旬じょうじゅんにヤンキースに首位しゅいうばわれると、同月どうげつ18にちからの本拠地ほんきょちでの直接ちょくせつ対決たいけつ5連戦れんせん全敗ぜんぱいして脱落だつらくし、終盤しゅうばんにはトロント・ブルージェイズにもかれて11ゲームの3だった。オフにはポスティングシステムを利用りようして、松坂まつさか大輔だいすけ投手とうしゅたいして5,111まん1,111ドル11セントを提示ていじ(かつてレッドソックスにも在籍ざいせきしただい投手とうしゅサイ・ヤング通算つうさん勝利しょうりすう511にちなむ)。独占どくせん交渉こうしょうけん獲得かくとくし、松坂まつさか入団にゅうだんまった。

2007ねん:3ねんぶりのワールドチャンピオン

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2007ねんは、シーズン当初とうしょから首位しゅい独走どくそうし、一時いちじどう地区ちくとのを10ゲーム以上いじょうはなしていた。その背景はいけいには、 おさえとなったジョナサン・パペルボンやこのとし新人しんじんおう受賞じゅしょうする二塁手にるいしゅダスティン・ペドロイアなどのきが台頭たいとうしてきたことや長年ながねん懸念けねん材料ざいりょうであったブルペンが岡島おかじま秀樹ひでき獲得かくとくマニー・デルカーメンなどの活躍かつやくによってMLB屈指くっしのブルペンになったこと、三塁手さんるいしゅマイク・ローウェル一塁いちるいしゅケビン・ユーキリスなど守備しゅび強化きょうかされたことがげられる。また、クレイ・バックホルツがデビュー2せんノーヒットノーラン達成たっせいしたというあかるい話題わだいもあった。その結果けっかニューヨーク・ヤンキース地区ちく10連覇れんぱ阻止そしし、チームとしても12ねんぶりの地区ちく優勝ゆうしょうげ、このとしのMLB最高さいこう勝率しょうりつ(96しょう66はい)も記録きろくした。ポストシーズンも勝負しょうぶつよさを発揮はっきし、クリーブランド・インディアンスとのリーグチャンピオンシップシリーズを1しょう3はいからの3連勝れんしょう逆転ぎゃくてん勝利しょうりすると、ワンゲーム・プレーオフからポストシーズンを全勝ぜんしょういてきたコロラド・ロッキーズを4連勝れんしょうくだし、3ねんぶりのワールドシリーズ制覇せいはげた。

2008ねん - 2009ねん

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2008ねん地区ちく優勝ゆうしょう確実かくじつられていたが、エースのジョシュ・ベケットや主砲しゅほうのデビッド・オルティーズら主力しゅりょく選手せんしゅ相次あいつ故障こしょうひびき、このとしだい躍進やくしんげたタンパベイ・レイズにかわされ、地区ちく2となった。シーズン途中とちゅうにはがん悪性あくせいリンパ腫りんぱしゅ)を克服こくふくしたジョン・レスターがノーヒットノーランを達成たっせいし、おおきな称賛しょうさんびている。結局けっきょくワイルドカードは獲得かくとくしたものの、つづくプレーオフでもレイズにやぶれてこのシーズンをえた。なお、同年どうねんまつのストーブリーグでは、12月4にち田沢たざわ純一じゅんいちがメジャー契約けいやくたしている。この契約けいやくは、日本にっぽんプロ野球やきゅうへの所属しょぞくず、さらにマイナー契約けいやくずにメジャー契約けいやくとなった日本人にっぽんじん選手せんしゅはつのケースとなった。

2009ねんだい補強ほきょうほどこしたヤンキース、前年ぜんねんリーグ優勝ゆうしょうのレイズとのどもえあらそいとなった。7がつごろには一時いちじ首位しゅい保持ほじしていたものの、オールスターけにヤンキースに首位しゅいうばわれるとそのままヤンキースの独走どくそうゆるし、2ねん連続れんぞくでワイルドカード獲得かくとく地区ちく2となった。プレーオフでは前年ぜんねん勝利しょうりしたロサンゼルス・エンゼルスふたた対戦たいせんしたが、0しょう3はいやぶれた。

2010年代ねんだい

編集へんしゅう

2010ねんは、ジャコビー・エルズベリーをはじめ怪我人けがにん続出ぞくしゅつで、地区ちく3わった。このとしかぎりでマイク・ローウェルは引退いんたいした。

2010ねんたいフィラデルフィア・フィリーズせん(フェンウエイ・パーク)

2011ねんは、オフシーズンにサンディエゴ・パドレス主砲しゅほう一塁いちるいしゅエイドリアン・ゴンザレスおよびレイズの外野がいやしゅカール・クロフォード獲得かくとくし、打線だせんがより一層いっそう強化きょうかされ、前年ぜんねんとはおおきくことなって、開幕かいまくから絶好調ぜっこうちょうであり、単独たんどく地区ちく1になっていた。そして、オールスターはヤンキースと地区ちく1あらそい、さらに、8がつオークランド・アスレチックスからトレード外野がいやしゅコナー・ジャクソン獲得かくとくし、地区ちく優勝ゆうしょういきおいをかけた。また、先発せんぱつ投手とうしゅじん不振ふしんおぎなうため、ヤンキースの黒田くろだ博樹ひろきをトレードで獲得かくとくしようと交渉こうしょうしていたが、当時とうじ黒田くろだ契約けいやくにはノートレード条項じょうこうあったためにたせなかった。9月以降いこうだい失速しっそくし、ヤンキースに地区ちく1うばわれ、ワイルドカードもレイズにうばわれ、最終さいしゅうてきには、前年ぜんねん同様どうよう地区ちく3でシーズンをえた。9月30にちには、テリー・フランコーナ監督かんとく辞任じにんした。さらに10がつにはセオ・エプスタインGMの辞任じにん発表はっぴょうされ、86ねんぶりの世界一せかいいちをもたらした体制たいせい一新いっしんされることになった。なおエプスタインの後任こうにんかれ腹心ふくしんだったベン・チェリントン就任しゅうにんした。また、ジョナサン・パペルボンがFAとなってったため、アスレチックスのおさアンドリュー・ベイリー獲得かくとくした。

2012ねんボビー・バレンタイン監督かんとく招聘しょうへい。しかしチームは低迷ていめい、バレンタインと主力しゅりょく選手せんしゅあいだにも軋轢あつれきしょうじ、6月24にちケビン・ユーキリス、8がつ25にちジョシュ・ベケットエイドリアン・ゴンザレス外野がいやしゅカール・クロフォードうちそと野手のてニック・プントがトレードで放出ほうしゅつされた。また前半ぜんはんせんは、ジャコビー・エルズベリーダスティン・ペドロイアアンドリュー・ベイリー後半こうはんせんデビッド・オルティーズがDLりするなど怪我人けがにんおおかった。その結果けっか、69しょう93はい地区ちく最下位さいかいしずみ、バレンタイン監督かんとく解任かいにんされた。松坂まつさかもこのとしかぎりで自由じゆう契約けいやくとなった。

シーズンオフは、10がつ20日はつかしん監督かんとくジョン・ファレルをトレードで獲得かくとくした。戦力せんりょく補強ほきょうにおいては、レンジャーズからFAとなった一塁いちるいしゅマイク・ナポリ、ドジャースから外野がいやしゅシェーン・ビクトリーノ、アスレチックスから遊撃手ゆうげきしゅスティーブン・ドリュー外野がいやしゅジョニー・ゴームス、マリナーズからも外野がいやしゅマイク・カープ獲得かくとくした。投手とうしゅについては、松坂まつさかえるかたち黒田くろだ獲得かくとく再度さいどこころみるが、黒田くろだがヤンキースとさい契約けいやくしたためにまたしてもたせなかった。しかし、ピッツバーグ・パイレーツのクローザージョエル・ハンラハンや、レンジャーズからFAとなったライアン・デンプスター上原うえはらひろし獲得かくとくし、投手とうしゅじんそろえた。

2013ねん:6ねんぶりのワールドチャンピオンとBoston Strong

編集へんしゅう

2013ねん開幕かいまく直後ちょくごの2013ねん4がつ15にちボストンマラソンばくだんテロ事件じけんき、ボストンにくらかげとした。しかしながら、チームは「Boston Strong」をかかげ、上述じょうじゅつしん加入かにゅうぐみくわえ、オルティーズ、外野がいやしゅエルズベリーおよびダニエル・ナバ二塁手にるいしゅペドロイア、捕手ほしゅジャロッド・サルタラマッキアらの連綿れんめんつづ打線だせん爆発ばくはつ投手とうしゅじんクレイ・バックホルツジョン・レスターくわえ、前年ぜんねん手術しゅじゅつでシーズンをぼうったジョン・ラッキー再生さいせいし、開幕かいまくまえ最下位さいかい予想よそうくつがえして、ひがし地区ちく1快走かいそうした。

5月から6がつにかけては、無敗むはいのバックホルツおよびクローザーのハンラハン、ベイリーが相次あいついで怪我けがにより長期ちょうき離脱りだつ投手とうしゅじん崩壊ほうかい危機ききさらされたが、ブルペンの田澤たざわ純一じゅんいち、5月にチームに合流ごうりゅうした左腕さわんクレイグ・ブレスロウ、そして6がつ27にち以降いこうクローザーとして圧倒的あっとうてき成績せいせき防御ぼうぎょりつ1.09、WHIP0.565、連続れんぞくアウト37にん連続れんぞく27試合しあい失点しってん)をのこした上原うえはらひろしらの活躍かつやくにより危機きき脱出だっしゅつさらに7がつ30にち絶好調ぜっこうちょうであった新人しんじん遊撃手ゆうげきしゅホセ・イグレシアス三角さんかくトレードで放出ほうしゅつ、ホワイトソックスのエース、ジェイク・ピービー獲得かくとく投手とうしゅじんととのえた。また、後半こうはんせん投手とうしゅフェリックス・ドゥブロン三塁手さんるいしゅウィル・ミドルブルックス遊撃手ゆうげきしゅザンダー・ボガーツらの若手わかて活躍かつやく。7がつまつ・8がつまつと、なん首位しゅいせまったタンパベイ・レイズを9月には9.5ゲームまではなし、6ねんぶりのひがし地区ちく優勝ゆうしょうをリーグ最多さいた勝利しょうり(97しょう65はい)でかざった。

ポストシーズンもねばづよ打線だせん強力きょうりょくなリリーフじん相手あいてチームを圧倒あっとうワンゲームプレイオフワイルドカードゲームいたタンパベイ・レイズを3しょう1はいちゅう地区ちく王者おうじゃデトロイト・タイガースを4しょう2はいやぶアメリカンリーグ優勝ゆうしょう、そしてア・リーグとナ・リーグの最高さいこう勝率しょうりつ同士どうしたたかいとなったカージナルスとのワールドシリーズだい6せんせいし、95ねんぶりに本拠地ほんきょちフェンウェイ・パークでのワールドシリーズ優勝ゆうしょうたした(2004ねん、2007ねんてき世界一せかいいち)。前年ぜんねん地区ちく最下位さいかいからのワールドシリーズ制覇せいはは1991ねんミネソタ・ツインズ以来いらい、22ねんぶり2チームであった。3度目どめ戴冠たいかんとなったデビッド・オルティーズは、2013ねんのチームについて「2004ねん・2007ねんほどの爆発ばくはつりょく才能さいのうつチームではかったけれど、ハートのつよいやつらばかりだった。自分じぶん出場しゅつじょうしたなかもっと特別とくべつなワールドシリーズだったかもしれない。」とべた[2]

2014ねん - 2017ねん

編集へんしゅう

連覇れんぱ目指めざした2014ねんは、ジャロッド・サルタラマッキアがマーリンズへ、ジャコビー・エルズベリーりによって伝統でんとういちせんのライバルであるヤンキースへそれぞれ移籍いせき。ワールドチャンピオンをささえた主力しゅりょく移籍いせき既存きそん戦力せんりょく(ナポリやペドロイア)の怪我けが不振ふしんで、リーグ最多さいたの145とおりのバッティングオーダーをまなければならないほど得点とくてんりょく低下ていかしリーグ最下位さいかいの2わり3ふん2りんにまで低下ていかし5がつの16にちから26にちにかけて1994ねん以来いらいの10連敗れんぱい経験けいけんした。シーズン途中とちゅうにトレードなどでジョン・レスタージョニー・ゴームスジェイク・ピービージョン・ラッキースティーブン・ドリューフェリックス・ドゥブロンマイク・カープ放出ほうしゅつした。ここ3年間ねんかんで2度目どめ地区ちく最下位さいかいわった。

2015ねん低迷ていめいし、シーズン途中とちゅうにトレードなどでエドワード・ムヒカダニエル・ナバシェーン・ビクトリーノマイク・ナポリ放出ほうしゅつした。

2016ねん前回ぜんかい世界一せかいいちの2013ねん以来いらい、3ねんぶりのひがし地区ちく優勝ゆうしょうかざったものの、ディビジョンシリーズで2004ねんから2011ねんまでひきいたフランコーナようするインディアンスに3連敗れんぱいきっして敗退はいたいした。とくだい1せんの5かい登場とうじょうしたミラーが好投こうとうし、だい3せん千金せんきんのホームランをはなったクリスプというもとチームメイトの選手せんしゅ竹箆返しっぺがえしをらい、長年ながねん主砲しゅほうとして活躍かつやくしたデビッド・オルティーズ引退いんたいし、背番号せばんごう34が2017ねんより永久えいきゅう欠番けつばんとなることが発表はっぴょうされたが、皮肉ひにくにもそのオルティーズがポストシーズンで9打数だすう1安打あんだぜっ不調ふちょうだった。[3][4]

2017ねんも2ねん連続れんぞくひがし地区ちく優勝ゆうしょうたしたが、ディビジョンシリーズでヒューストン・アストロズに1しょう3はい敗退はいたいとなり、10月11にちにはファレル監督かんとく解任かいにん発表はっぴょうされた[5]。10月22にちに2018ねんシーズンよりアレックス・コーラ監督かんとく就任しゅうにんすることが発表はっぴょうされた[6]

2018ねん:5ねんぶりのワールドチャンピオン

編集へんしゅう

2018ねん6月28にちサンティアゴ・エスピナルとのトレードで、トロント・ブルージェイズからスティーブ・ピアース獲得かくとくした[7]。7月25にちジャレン・ビークスとのトレードで、タンパベイ・レイズからネイサン・イオバルディ獲得かくとくした[8]。7月31にちウィリアムズ・ヘレスタイ・バトリーとのトレードで、ロサンゼルス・エンゼルスからイアン・キンズラー獲得かくとくした[9]りょうリーグをつうじて最高さいこう勝率しょうりつ記録きろくしていたレッドソックスは、9がつ20日はつか今季こんきのレギュラーシーズン9試合しあいのこして、ニューヨーク・ヤンキース勝利しょうりし、104しょう49はいという圧倒的あっとうてきつよさでア・リーグひがし地区ちくの3連覇れんぱ達成たっせいした。また、10月8にちのニューヨーク・ヤンキースせん地区ちくシリーズ)では、ブロック・ホルトポストシーズン史上しじょうはつサイクル安打あんだ記録きろくした[10]昨年さくねんチャンピオンのヒューストン・アストロズとの対戦たいせんとなったリーグチャンピオンシップシリーズでは、初戦しょせん黒星くろぼしのち4連勝れんしょう、4しょう1はいで5ねんぶりのリーグ優勝ゆうしょう、ワールドシリーズ進出しんしゅつめた[11]。リーグチャンピオンシップシリーズのMVPにはジャッキー・ブラッドリー・ジュニアえらばれた[12]。ワールドシリーズでは、1916ねんにドジャースの前身ぜんしんであるブルックリン・ロビンスが対戦たいせんして以来いらいのロサンゼルス・ドジャースとの102ねんぶり2度目どめ対戦たいせんとなった。レッドソックスのアレックス・コーラ監督かんとくとドジャースのデーブ・ロバーツ監督かんとくはいずれも現役げんえき時代じだいにこのりょうチームに所属しょぞくしており、りょう監督かんとくりょうチームでプレー経験けいけんのある球団きゅうだん同士どうしのワールドシリーズ対戦たいせん史上しじょうはつとなった[13]だい1せんだい2せんとホームで連勝れんしょうし、てき移動いどうしただい3せんでは、ワールドシリーズ史上しじょう最長さいちょうとなる延長えんちょう18かい、7あいだ20ぶん激闘げきとうとなったが、サヨナラけとなった[14]。しかし、だい4せんでは4てんかえ驚異きょうい逆転ぎゃくてんげきえんじ、9-6で勝利しょうり[15]優勝ゆうしょう王手おうてをかけただい5せんで5-1でドジャースをくだし、4しょう1はい2013ねん以来いらい5ねんぶり9度目どめのワールドシリーズ優勝ゆうしょうたした[16]。レッドソックスはレギュラーシーズン108しょうとポストシーズンをわせ119しょう記録きろく1998ねんヤンキース(125しょう)、2001ねんマリナーズ(120しょう)に歴代れきだい3。アレックス・コーラ監督かんとく就任しゅうにん1ねんでの世界一せかいいち達成たっせい2001ねんダイヤモンドバックスボブ・ブレンリー監督かんとく以来いらい史上しじょう5にんプエルトリコ出身しゅっしん監督かんとくでは史上しじょうはつ世界一せかいいちワールドシリーズMVPかがやいたスティーブ・ピアースは、2009ねんワールドシリーズのMVP松井まつい秀喜ひでき以来いらいとなる35さい以上いじょうでポストシーズン8打点だてん記録きろく途中とちゅう加入かにゅう選手せんしゅがMVPに選出せんしゅつされたのは49ねんぶり2にんとなった[17]

2019ねん上位じょういのチームにおおきく

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2019ねん1915ねん1916ねん以来いらい連覇れんぱ目指めざしたが、開幕かいまく直後ちょくごの10試合しあいで2しょう8はいおおきく出遅でおくれた。7月27にち時点じてんで59しょう47はいなおし、順位じゅんいも2までげたが、翌日よくじつから今季こんきワーストの8連敗れんぱい宿敵しゅくてきニューヨーク・ヤンキースの独走どくそうゆるし、9がつ20日はつかのタンパベイ・レイズせんやぶれ、レッドソックスのポストシーズン進出しんしゅつ消滅しょうめつ。すでにア・リーグひがし地区ちく4連覇れんぱのがしていたチームは、ワールドシリーズ連覇れんぱゆめのがし、レイズの後塵こうじんはいした[18]

2020年代ねんだい

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サインぬす問題もんだい

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2020ねん1がつ7にち、スポーツ専門せんもんサイト「ジ・アスレチック」がワールドシリーズせいした2018ねんレギュラーシーズン映像えいぞう機器きき使つかってサインぬすをしていたとつたえた[19]。1月14にちに2017ねんにアストロズのコーチをつとめ、サインぬすみに主導しゅどうてき役割やくわりになっていた疑惑ぎわくがったアレックス・コーラ監督かんとく解任かいにんしたことを発表はっぴょう[20]球団きゅうだんは17ねんにもニューヨーク・ヤンキースにたいしてサインをぬすむため電子でんし機器きき使つかっていたとして罰金ばっきんせられ、MLBに再発さいはつ防止ぼうし確約かくやくしたにもかかわらず疑惑ぎわく浮上ふじょうしたため、事実じじつなら厳罰げんばつあたえられるとかんがえられていた[21]。しかしながら、MLBは4がつ22にちに15ページにおよ調査ちょうさ結果けっか報告ほうこくし、サインぬすみを事実じじつ断定だんていしたが、処分しょぶんはビデオ判定はんていシステム担当たんとうしゃ・ワトキンスの今季こんき業務ぎょうむ停止ていし来季らいき同職どうしょく禁止きんし、20ねんのドラフト2じゅん指名しめいけん剥奪はくだつのみにわった。今年ことしのドラフトは規模きぼ縮小しゅくしょうされる可能かのうせいたかく、コミッショナーのロブ・マンフレッド英語えいごばん指名しめいけんを1つ剥奪はくだつするだけでも十分じゅうぶん効果こうかがあるとしている。MLBの声明せいめい発表はっぴょう直後ちょくごに、球団きゅうだん社長しゃちょう名義めいぎ謝罪しゃざい声明せいめいした[22]。また、ぜん監督かんとくのアレックス・コーラにも1年間ねんかん職務しょくむ停止ていし処分しょぶんされたが、これは2017ねんのアストロズの不正ふせいなサインぬすみにベンチコーチとしてかかわっていたことにたいする処分しょぶんである[23]同日どうじつにサインぬすみにかんする処分しょぶん発表はっぴょうされるまで暫定ざんてい監督かんとくとなっていたロン・レニキー正式せいしきだい48だい監督かんとく就任しゅうにんしたことを発表はっぴょうした[24]

再建さいけんはじまり

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2がつ10日とおかムーキー・ベッツデビッド・プライス放出ほうしゅつし、アレックス・ベルドゥーゴジーター・ダウンズコナー・ウォン獲得かくとくする大型おおがたトレードがおこなわれた[25]。3月24にち、マイナー選手せんしゅCOVID-19感染かんせん発覚はっかくし、フロリダしゅうフォートマイヤーズにあるキャンプ球団きゅうだん施設しせつが2週間しゅうかん封鎖ふうさされた[26]

シーズンはCOVID-19の影響えいきょう例年れいねんよりすくない60試合しあいでの開催かいさいとなったが24しょう36はい低迷ていめいし2015ねん以来いらいのア・リーグひがし地区ちく最下位さいかいだった[27]。また、レギュラーシーズン最終さいしゅうせんまえにロン・レニキーとは2021ねんシーズン契約けいやくをしないことが発表はっぴょうされた[28]。オフの11月6にちにレッドソックスのしん監督かんとくにサインぬす問題もんだい解任かいにんされていたアレックス・コーラが復帰ふっきすることを発表はっぴょうした[29]

2021はシーズン開幕かいまくまえの1がつ25にちにライバルのヤンキースとトレードでアダム・オッタビーノ獲得かくとくした。

シーズンでは4がつ1にち予定よていされていたオリオールズとの開幕かいまくせん雨天うてんにより翌日よくじつ延期えんきとなった[30]。シーズンでは開幕かいまくこそ不調ふちょうだったが、連勝れんしょうするなどし、5月7にちにアスレチックスとともにMLB最速さいそくでシーズン20しょう記録きろくした[31]。7月30にちにツインズからトレードでハンセル・ロブレス獲得かくとくした。8月15にちにブルワーズからウェイバーをてショウを復帰ふっきさせた。9月2にちにチームからボビー・ダルベックが8がつのルーキー・オブ・ザ・マンスを受賞じゅしょうした[32]。シーズン終盤しゅうばんにはレイズ、ヤンキース、ブルージェイズとよっともえ地区ちくあらそいがきた。レイズが優勝ゆうしょうめ、今度こんどはワイルドカードでのポストシーズン進出しんしゅつ目指めざすことになった。ここではどう地区ちくのヤンキース、ブルージェイズにくわえ、西にし地区ちくのマリナーズもまじえたよっともえのポストシーズンあらそいがきたが、最終さいしゅうせん勝利しょうりし、ワイルドカード2でポストシーズン進出しんしゅつまった。ワイルドカード1のヤンキースとのワイルドカードゲーム英語えいごばん勝利しょうりし、どう地区ちくレイズとのALDS進出しんしゅつした。ここでも勝利しょうりし、西にし地区ちく優勝ゆうしょうチームのアストロズとのALCS進出しんしゅつしたが、4しょう2はいやぶれて、敗退はいたいとなった。 オフの11月3にちにチームからオッタビーノ、ロブレス、ロドリゲス、サンタナ、ショウがFAとなった[33]。11月27にちにメッツからFAとなっていたマイケル・ワカたんとし契約けいやくむすんだ[34]

2022は2020ねん以来いらい2ねんぶりのひがし地区ちく最下位さいかいわったことで大型おおがた補強ほきょう敢行かんこうする。ドジャースからクリス・マーティンを、メッツからジョエリー・ロドリゲスを、オリックス・バファローズから吉田よしだただしなおを、ブレーブスからケンリー・ジャンセン獲得かくとくした。とくにマーティン、ロドリゲス、吉田よしだの3にんはNPB経験けいけんしゃで、レッドソックスはNPB経験けいけんしゃ一挙いっきょに3にん獲得かくとくしたこととなった。

ヤンキースとレッドソックス

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レッドソックスとヤンキースは長年ながねんのライバル関係かんけいにあり、数々かずかずめい勝負しょうぶひろげられてきた。このカードは伝統でんとういちせんばれることもある。

  • 1904ねん、アメリカンズ(当時とうじのレッドソックスの名称めいしょう)とハイランダーズ(当時とうじのヤンキースの名称めいしょう)によるシーズン最終さいしゅうせんで、ハイランダーズのジャック・チェスブロ投手とうしゅがサヨナラ暴投ぼうとうし、アメリカンズがリーグ連覇れんぱげた。
  • 1949ねんのシーズン最終さいしゅうせんでヤンキースと同率どうりつ首位しゅい決戦けっせんおこなったすえ、ヤンキースに敗退はいたいしリーグ優勝ゆうしょううばわれた。ヤンキースはそのドジャースをくだし、ワールドチャンピオンにかがやいている。
  • 1978ねん、レッドソックスが首位しゅい独走どくそうしていたが、2ヤンキースが終盤しゅうばん猛追もうつい最終さいしゅうてき同率どうりつ首位しゅいとなり、1ゲームプレーオフを実施じっし試合しあいバッキー・デント本塁打ほんるいだによってヤンキースが逆転ぎゃくてん勝利しょうりし、ヤンキースが優勝ゆうしょう最大さいだい14ゲームをひっくりかえされることとなった。
  • 2003ねん地区ちく優勝ゆうしょうあらそいでヤンキースにやぶれたが、ワイルドカードプレーオフ進出しんしゅつした。しかし、アメリカンリーグ優勝ゆうしょう決定けっていせんで、またしてもヤンキースに激戦げきせんすえ敗退はいたいした。
  • 2004ねんも、前年ぜんねん同様どうよう地区ちく優勝ゆうしょうあらそいでヤンキースにやぶれ、ワイルドカードでプレーオフに進出しんしゅつした。リーグ優勝ゆうしょう決定けっていせんで、ヤンキースに3連敗れんぱいしながら4連勝れんしょうするだい激戦げきせんえんじてリーグ優勝ゆうしょうめた。その、ワールドシリーズでもセントルイス・カージナルス圧倒的あっとうてきいきおいで4連勝れんしょうし、1918ねん以来いらい86ねんぶりのワールドシリーズ優勝ゆうしょうたした。
  • 2005ねんシーズン開幕かいまくせんヤンキースタジアムで「バンビーノののろいはけたのではなく、86ねんいちしか優勝ゆうしょうできなくなるものだ」と皮肉ひにくり、ヤンキースファンによって“2004+86=2090”つぎ優勝ゆうしょうは2090ねん以後いごだ)とかれたプラカードが見受みうけられた。しかし3ねんの2007ねんにナ・リーグ優勝ゆうしょうチームのコロラド・ロッキーズ対戦たいせんし、4連勝れんしょうでワールドシリーズを制覇せいはしたことから、「バンビーノののろい」が完全かんぜんにとかれたこと証明しょうめいするかたちとなった。たいするボストンはヤンキースが球界きゅうかい最高さいこう年俸ねんぽうアレックス・ロドリゲスようしてワールドシリーズをまった制覇せいはできないことから「Aロッドののろ」として揶揄やゆしたが2009ねんにヤンキースがワールドチャンピオンになり、ロドリゲス自身じしんだい活躍かつやくした。

どちらのチームもMLB屈指くっし人気にんきほこり、ぜいじゅん資金しきん数々かずかずのスター選手せんしゅそろえる。2007ねんシーズンのヤンキースとレッドソックスの年俸ねんぽう総額そうがくはそれぞれ2おく770まんドルと1おく6310まんドルで、MLB1と2である。コミッショナーにおさめるぜいたくぜい課徴かちょうきん)はヤンキースが2388まんドル、レッドソックスが606まんドルにのぼる[35]

日本にっぽんではヤンキースがもっと人気にんきのあるチームと報道ほうどうされることがおおい。たしかに観客かんきゃく動員どういんすうではヤンキースが上回うわまわっているが、それはヤンキースの本拠地ほんきょちヤンキー・スタジアム収容しゅうよう人数にんずう57,545にんたいして、レッドソックスの本拠地ほんきょちフェンウェイ・パークは38,805にんしか収容しゅうようできないためである(客席きゃくせきやすための改築かいちく現在げんざい進行しんこうちゅう)。フェンウェイ・パークは入場にゅうじょうけん平均へいきん価格かかくが2006ねんはる現在げんざい、46.46ドル(やく5,500えん)と9ねん連続れんぞく30球団きゅうだん最高さいこうであるにもかかわらず456試合しあい連続れんぞく満員まんいん札止ふだど状態じょうたい(2008ねん9がつ8にち時点じてん、2003ねん5がつ15にちから完売かんばいつづいている)[36][37]つづき、またビジターゲームでの観客かんきゃく動員どういんはレッドソックスが1である。そのため、アメリカではMLBでもっと人気にんきのある球団きゅうだんはレッドソックスだといわれている。ファンは全米ぜんべいいち熱狂ねっきょうてきといわれ、2004ねんのワールドシリーズでは、女子じょし学生がくせい死亡しぼうするという事態じたいにまで発展はってんした。

ベーブ・ルースの移籍いせき以来いらいりょうチームあいだ選手せんしゅ移籍いせき禁忌きんきとされ、とくにレッドソックスからヤンキースへの移籍いせきはファンからはげしい非難ひなんける。近年きんねんではジョニー・デイモンがヤンキースに移籍いせきしたさいに、フェンウェイ・パークはげしいブーイングをびた(にはウェイド・ボッグスブルージェイズ経由けいゆしたロジャー・クレメンスジャコビー・エルズベリーなど)。また、りょうチームとも資金しきん豊富ほうふなことから、選手せんしゅ争奪そうだつせんはげしいものがある。「あく帝国ていこく発言はつげん発端ほったんとなったホセ・コントレラス松坂まつさか大輔だいすけのように、毎年まいとし選手せんしゅ争奪そうだつせんひろげられる。

レッドソックスからヤンキースに移籍いせきしたおも選手せんしゅ

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選手せんしゅ名鑑めいかん

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現役げんえき選手せんしゅ監督かんとく・コーチ

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ボストン・レッドソックス ロースター
40にんロースター 監督かんとく・コーチ/

投手とうしゅ

捕手ほしゅ

内野ないやしゅ

外野がいやしゅ


監督かんとく

コーチ

60にち故障こしょうしゃリスト


* アクティブ・ロースターがい
2024ねん6月28にち更新こうしん

公式こうしきサイト(英語えいご)より:アクティブ・ロースター, 40にんロースター, コーチ, 選手せんしゅ移籍いせき故障こしょう情報じょうほう, 予想よそうオーダー

ロースター一覧いちらん


アメリカ野球やきゅう殿堂でんどう表彰ひょうしょうしゃ

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選手せんしゅ

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球団きゅうだん経営けいえいしゃほか

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永久えいきゅう欠番けつばん

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フェンウェイ・パークかかげられているレッドソックスの永久えいきゅう欠番けつばん

レッドソックスには永久えいきゅう欠番けつばんかんする規定きてい存在そんざいする。

  • レッドソックスに10ねん以上いじょう在籍ざいせき

以前いぜんは、「レッドソックスでキャリアを終結しゅうけつした」および「アメリカ野球やきゅう殿堂でんどうはいり」という条件じょうけん存在そんざいしていたが、2000ねんシカゴ・ホワイトソックスでキャリアをえ、同年どうねん殿堂でんどうりをたしたカールトン・フィスク背番号せばんごう『27』が永久えいきゅう欠番けつばん指定していされ、キャリア終結しゅうけつ条件じょうけん廃止はいしされた[38]。また、2008ねん殿堂でんどうりしていないジョニー・ペスキー背番号せばんごう『6』が永久えいきゅう欠番けつばん指定していされたことにより、殿堂でんどう条件じょうけん廃止はいしされた。

番号ばんごう 選手せんしゅ ポジション 備考びこう
1 ボビー・ドーア (Bobby Doerr) 二塁手にるいしゅ 1988ねん指定してい
4 ジョー・クローニン (Joe Cronin) 遊撃手ゆうげきしゅ監督かんとく 1984ねん指定してい[ちゅう 2]
6 ジョニー・ペスキー (Johnny Pesky) 内野ないやしゅ 2008ねん指定してい
8 カール・ヤストレムスキー (Carl Yastrzemski) 外野がいやしゅ 1989ねん指定してい
9 テッド・ウィリアムズ (Ted Williams) 外野がいやしゅ 1984ねん指定してい[ちゅう 2]
14 ジム・ライス (Jim Rice) 外野がいやしゅ指名しめい打者だしゃ 2009ねん指定してい
26 ウェイド・ボッグス (Wade Boggs) 三塁手さんるいしゅ 2016ねん指定してい
27 カールトン・フィスク (Carlton Fisk) 捕手ほしゅ 2000ねん指定してい
34 デビッド・オルティーズ (David Ortiz) 指名しめい打者だしゃ一塁いちるいしゅ 2017ねん指定してい
42 ジャッキー・ロビンソン (Jackie Robinson) 二塁手にるいしゅ ぜん球団きゅうだん共通きょうつう永久えいきゅう欠番けつばん[ちゅう 3]
45 ペドロ・マルティネス (Pedro Martinez) 投手とうしゅ 2015ねん指定してい

意図いとてき使用しようされていない番号ばんごう

歴代れきだい所属しょぞく日本人にっぽんじん選手せんしゅ

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ボストン・レッドソックス殿堂でんどう

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ボストン・レッドソックス殿堂でんどう

ボストン・レッドソックス殿堂でんどう (Boston Red Sox Hall of Fame) はすくなくとも3シーズンをレッドソックスでごし、引退いんたいしてから3ねん以上いじょう経過けいかしている選手せんしゅ対象たいしょうとなる[39]ユニフォーム着用ちゃくようしない球団きゅうだん職員しょくいん経験けいけんしゃかんしては満場一致まんじょういっち殿堂でんどうりの条件じょうけんとなる[39]

殿堂でんどう表彰ひょうしょうしゃ

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ボストン・レッドソックス殿堂でんどう1995ねん設立せつりつされ、2019年度ねんど選考せんこうわった時点じてんで96にん選出せんしゅつされている。1995ねん選出せんしゅつメンバーのうち16にん殿堂でんどう出来できまえアメリカ野球やきゅう殿堂でんどう表彰ひょうしょうけており、自動的じどうてき殿堂でんどうりがみとめられた[39]太字ふとじはアメリカ野球やきゅう殿堂でんどうりもたした人物じんぶつ

傘下さんかマイナーチーム

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クラス チーム 参加さんかリーグ 提携ていけい 本拠地ほんきょち
AAA ウースター・レッドソックス
Worcester Red Sox
インターナショナルリーグ
International League
1970ねん  マサチューセッツしゅうウースター
ポーラー・パーク
AA ポートランド・シードッグス
Portland Sea Dogs
イースタンリーグ
Eastern League
2003ねん  メインしゅうポートランド
ハドロック・フィールド
High-A グリーンビル・ドライブ
Greenville Drive
サウス・アトランティックリーグ
South Atlantic League
2005ねん  サウスカロライナしゅうグリーンビル
フルアー・フィールド
Low-A セイラム・レッドソックス
Salem Red Sox
カロライナリーグ
Carolina League
2009ねん  バージニアしゅうセイラム
セイラム・メモリアル・ボールパーク
Rookie フロリダ・コンプレックスリーグ・レッドソックス
Florida Complex League Red Sox
フロリダ・コンプレックスリーグ
Florida Complex League
1989ねん  フロリダしゅうフォートマイヤーズ
シティ・オブ・プラムス・ボールパーク
ドミニカン・サマーリーグ・レッドソックス
Dominican Summer League Red Sox
ドミニカン・サマーリーグ
Dominican Summer League
1989ねん  ドミニカ共和国どみにかきょうわこくサントドミンゴ
ザ・レッドソックス・ドミニカン・ベースボール・アカデミー
  • ポートランド・シードッグス のホーム球場きゅうじょうであるハドロック・フィールドは、レッドソックスのホーム球場きゅうじょうであるフェンウェイ・パークとつくりがている。レフトには、フェンウェイ・パークの「グリーンモンスター」とまったおなたかさのやく11.3メートルの「メーンモンスター」がある。

公式こうしき応援おうえん

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ドロップキック・マーフィーズうたう「Tessie」がチームの公式こうしき応援おうえんとなっている。このきょく自体じたいは1902ねん初演しょえんのブロードウェーミュージカル「ぎんのスリッパ(The Silver Slipper)」のげきちゅううただった。1903ねんにアメリカンズがはじめてワールドシリーズを制覇せいはしたときにチームの私設しせつファンクラブ「ロイヤル・ルーターズ」がこのきょくうたったこと(この経緯けいいはドロップキック・マーフィーズばん冒頭ぼうとうでもれられている)が「Tessie」とレッドソックスの関係かんけいはじまりである。

ドロップキック・マーフィーズはボストンを拠点きょてん活動かつどうしており、メンバー全員ぜんいんがレッドソックスのファンだが、このきょく自体じたいはレッドソックスに依頼いらいされてうたったものではない。そもそもは、2004ねん6がつ先述せんじゅつ経緯けいいで「Tessie」がうたわれはじめてから100周年しゅうねん記念きねんしたトリビュートソング(カバーではないのでテンポや後述こうじゅつよう歌詞かし一部いちぶことなる)として発表はっぴょうしたものだった。

ところがこのとし、レッドソックスが86ねんりにワールドチャンピオンになり、はじめてうたった「ロイヤル・ルーターズ」がふたたび「Tessie」をうたったことで一気いっきにこのきょく注目ちゅうもくあつまった。そしてこのきょくとレッドソックスとの歴史れきしてき背景はいけいもあってドロップキック・マーフィーズばん公式こうしき応援おうえん制定せいていされた。

なお、ドロップキック・マーフィーズばん原曲げんきょく歌詞かしわっている。以下いかがそのれいである

"Don't blame us if we ever doubt you.
You know we couldn't live without you.
Red Sox, you are the only only only"
(どんなにおまえうたがおうとも、非難ひなんしないでおくれ。
ってるだろ、おれたちがおまえなしではきれないことを。
おれたちには、レッドソックスしかないのだから…)

これはサビの一部いちぶである。「レッドソックス」の部分ぶぶん原曲げんきょくでは「Tessie」となっている。
また、サビでなん登場とうじょうする"Nuf Ced"は1903ねん当時とうじのロイヤル・ルーターズのリーダーで「Tessie」をうたはじめたマイケル・T・マグリーヴィーの愛称あいしょうである。

現在げんざいではホームでレッドソックスがつと試合しあいほんきょくながれる。

チームマスコットのウォーリー・ザ・グリーンモンスターのいもうとぶん名前なまえが「Tessie」であるのはほんきょくのタイトルが由来ゆらいである[40]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 当時とうじ名物めいぶつであるグリーンモンスターは存在そんざいしなかった。1936ねん設置せっちされ、1947ねん緑色みどりいろられるようになった
  2. ^ a b レッドソックスはつ永久えいきゅう欠番けつばん
  3. ^ 1997ねん指定してい

出典しゅってん

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  1. ^ 歴史れきしうごいた-1947ねん7がつ5にち ア・リーグはつ黒人こくじん選手せんしゅ、ドビーがメジャーデビュー」『月刊げっかんスラッガー』2008ねん1がつごう日本スポにっぽんすぽツ企画出版社つきかくしゅっぱんしゃ、2007ねん雑誌ざっし15509-1、92-94ぺーじ
  2. ^ WORLD SERIES MVP DAVID ORTIZ” (英語えいご). iHigh.com. 2013ねん10がつ31にち閲覧えつらん
  3. ^ Red Sox to retire Papi's No. 34 next year” (英語えいご). 2016ねん10がつ13にち閲覧えつらん
  4. ^ Tribute to David Ortiz includes plan to retire his number” (英語えいご). bostonglobe.com. Boston Globe Media Partners, LLC. 2016ねん10がつ13にち閲覧えつらん
  5. ^ Ian, Browne. “Red Sox release manager John Farrell after five seasons”. MLB.com. 2017ねん10がつ13にち閲覧えつらん
  6. ^ “Alex Cora Hired as Red Sox’ Manager” (英語えいご). https://www.nytimes.com/2017/10/22/sports/alex-cora-red-sox-manager.html 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  7. ^ Red Sox acquire Steve Pearce from Blue Jays” (英語えいご). MLB.com. 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん
  8. ^ Red Sox trade for Nathan Eovaldi” (英語えいご). MLB.com. 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん
  9. ^ Ian Kinsler traded to Red Sox” (英語えいご). MLB.com. 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん
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  11. ^ “レッドソックス5ねんぶりV アストロズ連覇れんぱゆめ消滅しょうめつ - MLB : 日刊にっかんスポーツ” (日本語にほんご). nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201810190000357.html 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  12. ^ “リーグ優勝ゆうしょう決定けっていシリーズMVPは3せん連発れんぱつブラッドリーJr.「言葉ことばにならないよ」” (日本語にほんご). Full-count | フルカウント ―野球やきゅう・MLBの総合そうごうコラムサイト―. https://full-count.jp/2018/10/19/post230958/ 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  13. ^ “ドジャースたいレッドソックス、102ねんぶり対決たいけつ - MLB : 日刊にっかんスポーツ” (日本語にほんご). nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201810220000116.html 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  14. ^ “ドジャース18かいサヨナラ!/Wシリーズだいせん詳細しょうさい - MLB : 日刊にっかんスポーツ” (日本語にほんご). nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201810270000084.html 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  15. ^ “【MLB】レッドソックスが驚異きょうい逆転ぎゃくてんげき世界一せかいいち王手おうて ドジャース前田まえだ健太けんたは4てん献上けんじょう|ニフティニュース” (日本語にほんご). ニフティニュース. https://news.nifty.com/article/sports/baseball/12133-237663/ 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  16. ^ “【ワールドシリーズ】レッドソックスが5-1でドジャースをくだし5ねんぶり9度目どめ世界一せかいいち|ニフティニュース” (日本語にほんご). ニフティニュース. https://news.nifty.com/article/sports/baseball/12133-238425/ 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  17. ^ “レッドソックス世界一せかいいち コーラ監督かんとく際立きわだ柔軟じゅうなんせい - MLB : 日刊にっかんスポーツ” (日本語にほんご). nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201810300000153.html 2018ねん10がつ30にち閲覧えつらん 
  18. ^ 連覇れんぱのがし、失意しついのレッドソックス指揮しきかん出遅でおくれがひびいた」”. ベースボールチャンネル(BaseBall Channel). 2019ねん9がつ23にち閲覧えつらん
  19. ^ レッドソックスにサインぬす疑惑ぎわく発覚はっかく”. スポーツ報知ほうち. 2020ねん1がつ8にち閲覧えつらん
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  22. ^ 選手せんしゅだれ1人ひとり処分しょぶんけず! サインぬす行為こういだれのためにおこなわれていたものなのか?”. Yahoo!ニュース 個人こじん. 2020ねん4がつ23にち閲覧えつらん
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  36. ^ レッドソックス本拠地ほんきょち、455試合しあい連続れんぞく完売かんばい メジャー記録きろくならぶ べいだいリーグ
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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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