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和人 - Wikipedia

和人わじん

アイヌにたいする日本人にっぽんじん自称じしょう

和人わじん(わじん)は、

概要がいよう

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文献ぶんけん史料しりょうによる「和人わじん」の初出しょしゅつさだかではないが、江戸えど時代じだい後期こうきには江戸えど幕府ばくふ当時とうじのアイヌにたいする日本人にっぽんじん自称じしょうとしてもちいている。

幕末ばくまつロシア帝国ていこく南下なんかたいして領土りょうどてき危機ききかんいた幕府ばくふは、松前まさきはんりょうであった蝦夷えぞうえともおおやけ御料ごりょうだいいち 1799-1821、だい 1855-)とし、アイヌ民族みんぞくがロシアに懐柔かいじゅうされるのではないかという危惧きぐのもと、それまではなえびす秩序ちつじょならって「さかいせっする域外いきがい蛮夷ばんい服属ふくぞくみん」としてあつかってきたアイヌを「国内こくない文化ぶんか習俗しゅうぞくことなる集団しゅうだん」ととらなおし、政治せいじてき文化ぶんかてきにも同化どうかすすめ、蝦夷えぞ領有りょうゆう確固かっこたるものにしようとした。「和人わじん」はこのような文脈ぶんみゃくなか使用しようされはじめた用語ようごであり[4]歴史れきしてきにはみちみなみの、まくはん体制たいせいからの移住いじゅう渡来とらいしゃがそのしゅたる内実ないじつ構成こうせいしていた。

現在げんざいでは、アイヌやアイヌにせっする日本人にっぽんじん、およびアイヌ研究けんきゅうしゃあいだもちいられる。北海道ほっかいどうアイヌ協会きょうかいでは、アイヌを民族みんぞく呼称こしょう定義ていぎする一方いっぽう日本にっぽん明治めいじからだい世界せかい大戦たいせん終結しゅうけつまえまではアイヌを基本きほんてきには先住民せんじゅうみんぞくとの認識にんしきしたおおやけ教育きょういくすすめてきたが、戦後せんごは「国籍こくせきもの国民こくみん』としてだけで把握はあくし、その民族みんぞくてき属性ぞくせいやそれら集団しゅうだんたいする配慮はいりょく」ことを批判ひはんし、アイヌ以外いがい日本人にっぽんじんを「和人わじん」と表記ひょうきしている。

書籍しょせきなどでは隼人はやと蝦夷えぞなど古代こだい存在そんざいした集団しゅうだん言及げんきゅうするさいヤマト王権おうけんがわ人間にんげん初期しょき大和やまと民族みんぞく)の意味いみ使つかわれることがある。

日本人にっぽんじんによる自称じしょうとしての「和人わじん

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  • 1799ねん寛政かんせい11ねん
    蝦夷えぞ御用ごようかけ松平まつだいら伊豆いずまもるさまたちしょ』に、「えびすじんどもおい徳化とっかかんじ、あるじほうれ、和人わじん風俗ふうぞく相成あいなたびよしもちこうしゃゆうこうはば月代さかやきいたさせ…」との記述きじゅつがある。
  • 1808ねん文化ぶんか5ねん
    江戸えど幕府ばくふ普請ふしんやく最上もがみ徳内とくないによる『渡島ととう筆記ひっき』に、「ただ和人わじんやま,オロコの賈人なとゝ交易こうえきことにいたりては貸借たいしゃくあり。」との記述きじゅつがある。
  • 1918ねん大正たいしょう7ねん
    北海道庁ほっかいどうちょう内務ないむによる『きゅう土人どじんかんする調査ちょうさ』に、「和人わじん圧迫あっぱく食物しょくもつ欠乏けつぼうとは彼等かれら精神せいしんゆだねなびかせしめ、…」との記述きじゅつがある。
  • 2009ねん平成へいせい21ねん
    だい4かい アイヌ政策せいさくのありかたかんする有識者ゆうしきしゃ懇談こんだんかい 配布はいふ資料しりょう」(内閣ないかく総理そうり大臣だいじん官邸かんてい)の「共通きょうつう認識にんしきとして」に、「アイヌ民族みんぞくもしくはアイヌのひとびとにたいする『日本人にっぽんじん』をなんとしょうすべきか→和人わじん、シサム、シャモ」との記述きじゅつがある。
  • 2009ねん平成へいせい21ねん
    だい5かい アイヌ政策せいさくのありかたかんする有識者ゆうしきしゃ懇談こんだんかい 配布はいふ資料しりょう」に、「本土ほんどじん和人わじん)」、「日本にっぽん多数たすう民族みんぞくである和人わじん」との記述きじゅつがある。

参照さんしょう

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  1. ^ 和人わじん表現ひょうげんは、近代きんだい以降いこうしゅとして北海道ほっかいどうない歴史れきし用語ようごとして使用しようされ、満州まんしゅう事変じへん以降いこう戦時せんじには「大和やまと民族みんぞく」と表現ひょうげんされるようになり、敗戦はいせんは「和人わじん表現ひょうげんもどっている(海保かいほ嶺夫みねお『エゾの歴史れきし講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ p143)
  2. ^ さて「和人わじん」とは「アイヌ以外いがい日本人にっぽんじん」のことをさすといわれます。ですが、在日ざいにちひとたちや、沖縄おきなわひと帰化きかした外国がいこくじんせいなどのことを「和人わじん」とはわないようながするので、やはり「民族みんぞくとしての日本人にっぽんじん(大和やまと民族みんぞく?)」のことをすのではないか、とおもわれます。(『アイヌ』にまつわるQ&A
  3. ^ 百科ひゃっか事典じてんマイペディア,コトバンク
  4. ^ こうした和人わじん用例ようれい1790年代ねんだい以降いこうにみられはじめ、1799ねん寛政かんせい11ねん蝦夷えぞまくりょう以降いこう幕府ばくふ文書ぶんしょにも登場とうじょう。アイヌない国民こくみんのもとで、民族みんぞくとしての日本人にっぽんじんとアイヌを区別くべつするのに都合つごうがよいため通用つうようしたものとおもわれる。(『岩波いわなみ日本にっぽん辞典じてん』「和人わじんこう

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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