石田いしだ昇のぼる

石田いしだ 昇のぼる（いしだ のぼる、1875年ねん（明治めいじ8年ねん）11月25日にち - 1940年ねん（昭和しょうわ15年ねん）5月31日にち）は、日本にっぽんの医学いがく者しゃ、精神せいしん科か医い。呉ご秀三しゅうぞう門下生もんかせいのひとり。

長崎ながさき医学いがく専門せんもん学校がっこう教授きょうじゅ時代じだいの石田いしだ昇のぼる

経歴けいれき

代々だいだい仙台せんだい藩はんの藩はん医いを務つとめた家いえに生うまれる。第だい二に高等こうとう中学校ちゅうがっこう在学ざいがく中ちゅうから短歌たんかや小説しょうせつに熱中ねっちゅう。第だい五ご高等こうとう学校がっこう (旧制きゅうせい)を経へて、1899年ねんに東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく医科いか大学だいがくに入学にゅうがく、1903年ねんに卒業そつぎょう後ご、巣鴨すがも病院びょういん（後ごの松沢まつざわ病院びょういん）内ないにあった東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく精神病せいしんびょう学がく教室きょうしつの助手じょしゅとなり、29歳さいで『新撰しんせん精神病せいしんびょう学がく』を執筆しっぴつ。これが呉ご秀三しゅうぞうに認みとめられ、1907年ねん（明治めいじ40年ねん）に31歳さいで長崎ながさき医学いがく専門せんもん学校がっこう（後ごの長崎大学ながさきだいがく医学部いがくぶ）精神病せいしんびょう学科がっかの初代しょだい教授きょうじゅに就任しゅうにん。教授きょうじゅ在任ざいにん中ちゅうには『新撰しんせん催眠さいみん療法りょうほう』『健全けんぜんなる精神せいしん』を執筆しっぴつするなど、日本にっぽんの精神せいしん医学いがくの草創そうそう期きに第一人者だいいちにんしゃとして活躍かつやくした。Schizophrenieを初はじめて「分裂ぶんれつ病びょう」と訳やくしたのも石田いしだである。

1917年ねん（大正たいしょう6年ねん）には文部省もんぶしょう留学生りゅうがくせいとしてアメリカのジョンズ・ホプキンス大学だいがくに留学りゅうがく。当初とうしょは、それまでの呉ご門下生もんかせい同様どうようドイツに留学りゅうがく予定よていであったが、第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんのため渡航とこうできなくなり、アメリカに変更へんこう。この留学りゅうがく中ちゅうに自みずからが精神せいしんを病やんで妄想もうそうに侵おかされるようになり、留学りゅうがく2年ねん目めの1918年ねん（大正たいしょう7年ねん）12月21日にち、当時とうじ研修けんしゅう中ちゅうのシェパード・エノック・ブラット病院びょういんにおいて、35歳さいの同僚どうりょうのアメリカ人じん医師いしジョージ・B・ウルフ（George B. Wolff）をピストルで射殺しゃさつ。このころ石田いしだは被害ひがい的てきな幻聴げんちょうが盛さかんで、下宿げしゅくを頻繁ひんぱんに替かえていた。また、病院びょういんの看護かんご婦長ふちょうに恋愛れんあい妄想もうそうを抱だいたが、ウルフがこの恋愛れんあいを妨害ぼうがいしていると曲解きょっかいし、彼かれを殺害さつがいするに至いたったと伝つたえられる。

米国べいこく留学りゅうがく中ちゅうの石田いしだ昇のぼる。左ひだりはジョージ・B・ウルフ医師いし

逮捕たいほ後ご、ダラソンマンプの拘置こうち所しょに送おくられ、裁判さいばんでは「夢ゆめを見みているうちにやったことです。ウルフ医師いしを殺ころすつもりなど毛頭もうとうありませんでした」「ウルフ医師いしが目めに入はいった時とき、彼かれを殺ころしていました。霧きりが目めの前まえに立たちこめていました」と語かたったが、1審しん2審しんともに責任せきにん能力のうりょくを認みとめられて死刑しけい判決はんけつを受うけた。しかしアドルフ・マイヤーの鑑定かんていで終身しゅうしん刑けいに減刑げんけいされ、1919年ねんからメリーランド州立しゅうりつ刑務所けいむしょで5年間ねんかん服役ふくえき。精神せいしん症状しょうじょうの悪化あっかに伴ともない、1924年ねんに州立しゅうりつ精神せいしん病院びょういんに移送いそうされ、1925年ねん（大正たいしょう14年ねん）には日本にっぽんに送還そうかんされて松沢まつざわ病院びょういんに入院にゅういん。松沢まつざわ病院びょういんでの主治医しゅじいのひとりに後ごの東京大学とうきょうだいがく医学部いがくぶ精神せいしん科か教授きょうじゅの秋元あきもと波なみ留夫とめおがいる。秋元あきもとは『新撰しんせん精神病せいしんびょう学がく』を学生がくせい時代じだいに読よみ、精神せいしん医学いがくを志こころざしたという。

松沢まつざわ病院びょういん入院にゅういん中ちゅうは幻聴げんちょうが活発かっぱつで、独語どくご・空そら笑わらいも盛さかんに現あらわれ、「自分じぶんは神かみである」「俺おれはクレペリンよりも偉えらい。デメンチア・コンプレックスの分類ぶんるいでは、世界せかい各国かっこくとも俺おれの説せつをとっておる。しかし、日本にっぽんでは通用つうようしない」などの誇大妄想こだいもうそう的てきな発言はつげんを行おこなうこともあった。その後ご回復かいふくすることなく、1940年ねん（昭和しょうわ15年ねん）に肺結核はいけっかくの悪化あっかにより松沢まつざわ病院びょういん内ないで死亡しぼうした。

評価ひょうか

秋元あきもとが石田いしだの復権ふっけんを願ねがい、東京とうきょう大学だいがくでの最終さいしゅう講義こうぎで触ふれるまで、石田いしだ昇のぼるをめぐる話はなしは長ながらくタブーとされてきた。 しかし石田いしだが後こうの日本にっぽんの精神せいしん医学いがく界かいに多大ただいな影響えいきょうを与あたえたことは事実じじつであり、中なかでも開放かいほう治療ちりょうと作業さぎょう療法りょうほうを早はやくから実践じっせんした歴史れきし的てき功績こうせきは大おおきい。石田いしだは若わかい頃ころより文才ぶんさいにたけ、東大とうだい在学ざいがく中ちゅうには雄島おじま濱はま太郎たろうの名なでドン・キホーテの翻訳ほんやく本ほん『世界せかい奇書きしょ ドン キホーテー』（東京とうきょう育成いくせい会かい、1902年ねん）を出版しゅっぱんし、大学だいがく卒業そつぎょう後ごにも雄島おじま濱はま太郎たろう名義めいぎで『短篇たんぺん小説しょうせつ集しゅう』（昭文あきふみ堂どう、1907年ねん）を刊行かんこうしている。石田いしだの後のちをうけ、長崎ながさき医学いがく専門せんもん学校がっこう第だい2代だい教授きょうじゅとなったのが、後輩こうはいで歌人かじんの齋藤さいとう茂吉しげよしである。

前途ぜんとを嘱望しょくぼうされた石田いしだであるが、その『新撰しんせん精神病せいしんびょう学がく』の緒言しょげん「精神病せいしんびょうは社會しゃかいの凡すべての階級かいきゅうを通つうじて發現はつげんする所ところの深刻しんこくなる事實じじつなり。如何いかなる天才てんさい、人傑じんけつといへども一度いちど本ほん病びょうの蹂躙じゅうりんに遭はゞ性格せいかくの光ひかり、暗雲あんうんの底そこに埋うもれ、昏々として迷妄めいもうなる一いち肉にく塊かたまりとなり了りょうらざるもの罕ならむ、狂きょうして存そんせんよりは寧むしろ死しするの勝すぐれるを思おもふ者ものある、洵まことに憐むべきなり。」に自みずから記しるした通とおりの人生じんせいとなったのは、まさに運命うんめいの皮肉ひにくである。なお石田いしだについては、これまで秋元あきもとの手てによるものが主おもであったが、2007年ねん長崎大学ながさきだいがく医学部いがくぶ精神せいしん神経しんけい科学かがく教室きょうしつ開講かいこう100周年しゅうねんを記念きねんして、第だい6代だい教授きょうじゅ中根なかね允まこと文ぶんが纏まとめた『長崎ながさき医い専せん教授きょうじゅ 石田いしだ昇のぼると精神病せいしんびょう学がく』が刊行かんこうされた。

係累けいるい

弟おとうとの石田いしだ基はじめは1909年ねんに東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく法科ほうか大学だいがくを卒業そつぎょう後ご、鹿児島かごしま地裁ちさい判事はんじや同どう検事けんじなどを経へて1923年ねんに東京とうきょう地裁ちさい上席じょうせき検事けんじとなり、日本にっぽん共産党きょうさんとうの第だい一いち次じ検挙けんきょ（1923年ねん6月がつ）や朴ぼく烈れつ大逆だいぎゃく事件じけん（1923年ねん）、松島まつしま遊廓ゆうかく移転いてん問題もんだい（1926年ねん2月がつ）、田中たなか義一ぎいち総裁そうさいの陸軍りくぐん機密きみつ費ひ問題もんだい（1926年ねん3月がつ）などで采配さいはいを振ふり鬼おに検事けんじと称しょうされたが、1926年ねん10月30日にち早朝そうちょうに東海道とうかいどう線せんの鉄橋てっきょう下かの小川おがわで変死へんし体たいとなって発見はっけんされた（関連かんれん項目こうもく: 陸軍りくぐん機密きみつ費ひ横領おうりょう問題もんだい）。

著書ちょしょ

• 『新撰しんせん精神病せいしんびょう学がく』1906年ねん
• 『短篇たんぺん小説しょうせつ集しゅう』（昭文あきふみ堂どう、1907年ねん）雄島おじま濱はま太郎たろう名義めいぎ
• 『健全けんぜんなる精神せいしん』1913年ねん
• 『新撰しんせん催眠さいみん療法りょうほう』1917年ねん

訳書やくしょ

• 『世界せかい奇書きしょ ドン キホーテー』（東京とうきょう育成いくせい会かい、1902年ねん）雄島おじま濱はま太郎たろう名義めいぎ