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説教 - Wikipedia

説教せっきょう(せっきょう)とは、宗教しゅうきょう教義きょうぎ教典きょうてんを、その信者しんじゃ民衆みんしゅうに、口頭こうとうかすこと。また、そこではなされる内容ないようそのものを場合ばあいもある。てんじて、目下もっかものたいして、おしみちびくためにいいきかせることや、堅苦かたくるしい教訓きょうくんをいう場合ばあいもある(「おや説教せっきょうされる」など)。

本来ほんらい語義ごぎにおける説教せっきょう場面ばめんでは、説教せっきょうをするもの説教せっきょうしゃ説教せっきょう)は、一般いっぱん信徒しんと民衆みんしゅうよりも高度こうど専門せんもんてき教義きょうぎ教典きょうてんについての知識ちしき見識けんしきゆうするものであること、さらにそれをわかりやすくおしつたえる能力のうりょくけていることが期待きたいされる。

法話ほうわおこな禅師ぜんじThich Dieu Thien(2021ねん

仏教ぶっきょう

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仏教ぶっきょうにおいても説教せっきょう古来こらいからおこなわれてきたが、日本にっぽんでは「説教せっきょう」「説経せっきょう両方りょうほう表記ひょうきがあり、法話ほうわともしょうされる[よう出典しゅってん]ふつおしえをつたえることを説法せっぽうともいう[1]。「説教せっきょう」ないし「説経せっきょう」の場合ばあいは、本来ほんらい法話ほうわ意味いみのみならず、芸能げいのういち領域りょういき意味いみすることもおおい。

ことばに抑揚よくようをつけておこな説教せっきょう説経せっきょう)は6世紀せいき仏教ぶっきょう伝来でんらい以来いらい日本にっぽんでもふるくからおこなわれていたとされ、とく平安へいあん時代じだい末期まっきから鎌倉かまくら時代ときよにかけてあらわれた安居あんきょいんりゅう(あぐいりゅう)とひろしもと年間ねんかん1243ねん-1247ねん)に園城寺おんじょうじていえんがおこしたといわれる三井寺みいでらりゅう節付ふしづけ説教せっきょう唱導しょうどう)のだい流派りゅうはとして成立せいりつした[2][3]

説経せっきょう」が、伴奏ばんそう楽器がっきらし、あるいはおどりをともなったりして説経節せっきょうぶし説経せっきょう浄瑠璃じょうるりなどとして芸能げいのうしていくのにたいし、「唱導しょうどう」のほうかならずしもただちに芸能げいのうせず、説教せっきょう法話ほうわ)のかたちでのこったとかんがえられる[4]。しかし、この説教せっきょう説経節せっきょうぶしちょんがれとがむすびついて中世ちゅうせいの「節付ふしづけ説教せっきょう」、さらに近世きんせいの「ふしだん説教せっきょう」へと発展はってんしていった[4]ふしだん説教せっきょうは、江戸えど時代じだいにおいて民衆みんしゅう娯楽ごらくとなったいっぽう、浪曲ろうきょく講談こうだん落語らくごなど近世きんせい成立せいりつしょ芸能げいのう母体ぼたいとなったが、これももともと唱導しょうどう音韻おんいん抑揚よくようふしをもっていたことに由来ゆらいするとかんがえられる[4]

説教せっきょうをなりわいとするひとびとを説教せっきょうといった。落語らくごといわれる江戸えど時代じだい初期しょき安楽庵策伝あんらくあんさくでん説教せっきょうのひとりであったとされる。説教せっきょうは、明治めいじまでその役割やくわり持続じぞくし、全国ぜんこく各地かくち説教せっきょうしょ巡業じゅんぎょうする人気にんき説教せっきょうもいた。説教せっきょう話芸わげい全般ぜんぱん母体ぼたいとなったものの、同時どうじにその分化ぶんかすす過程かていで、布教ふきょう純化じゅんかてんから主流しゅりゅうからうとまれる存在そんざいとなり、昭和しょうわ以降いこう衰亡すいぼう目立めだった[注釈ちゅうしゃく 1]

キリスト教きりすときょう

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18世紀せいきロンドン集会しゅうかい説教せっきょうするクエーカー女性じょせい説教せっきょうしゃ
  • キリスト教きりすときょうにおける説教せっきょうとは、牧師ぼくし伝道でんどうしゃなどによって通常つうじょう礼拝れいはいなど、キリストきょう集会しゅうかいなかでなされる口頭こうとうによる聖書せいしょ解釈かいしゃくす。しかし、たん聖書せいしょ解釈かいしゃく口述こうじゅつするだけでは、「聖書せいしょ研究けんきゅう」といえても「説教せっきょう」にはならない。聖書せいしょ真理しんりが、ひとつの主題しゅだいもとづいてメッセージとしてかたられるとき説教せっきょう」とえるものになる。「説経せっきょう」ともう。メッセージ (message) とは、その説教せっきょう中心ちゅうしんをなす聖書せいしょ真理しんりの、ただしい釈義しゃくぎもとづいた現代げんだいてき適用てきようす。
  • 聖書せいしょ解説かいせつはなれた説教せっきょうしゃたんなる意見いけん表明ひょうめいは、正確せいかく意味いみでは「説教せっきょう」ではなく、個人こじんてき見解けんかいの「講義こうぎ」にしかぎない。方法ほうほうろんにおいては、修辞しゅうじがくおしえる手法しゅほう共通きょうつうするものがあるが、説教せっきょう演説えんぜつとの相違そういは、聖書せいしょ基礎きそとなってその真理しんり適切てきせつ解説かいせつ適用てきようされているかいないかで、それがなされているときのみ「説教せっきょう」という。
  • 説教せっきょうがくでは、真理しんり人格じんかくふたつの要素ようそがあって、説教せっきょうつとする。すなわち、聖書せいしょ真理しんりただしく解説かいせつされ、しかも、それがたんにことばによってではなく、真理しんりが、かたもの人格じんかく説教せっきょうとおしてにじるとき、説教せっきょうがなされたといえよう。「その説教せっきょう準備じゅんびするのに、どのくらいの時間じかんかりましたか」との質問しつもんたいして、そのとき40さいだいであったあるイングランドの説教せっきょうしゃが「40ねんかりました」とこたえたことは有名ゆうめいはなしである。
  • キリスト教きりすときょう史上しじょう有名ゆうめい説教せっきょうとしては、イエス・キリストによる「山上さんじょうたれくん」がある。また説教せっきょう種類しゅるいも、説教せっきょう構成こうせいしたがえば、題詞だいし説教せっきょう (Textual Sermon)、主題しゅだい説教せっきょう (Topical Sermon)、こう解説かいせつきょう (Expository Sermon) などがあり、その目的もくてきしたがって分類ぶんるいすれば、礼拝れいはい説教せっきょう伝道でんどう説教せっきょうなどがある。説教せっきょう分類ぶんるいほうはこのほかにもある。
  • 牧師ぼくしでない信徒しんと伝道でんどうしゃによる説教せっきょうを、「奨励しょうれい」「あかし」などとしょう区別くべつすることもある。
  • 説教せっきょう屋外おくがい野外やがい説教せっきょうとしておこなわれることもある。

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 昭和しょうわ説教せっきょうとして祖父江そふえしょうねん名人めいじんとしてられている。

出典しゅってん

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参考さんこう文献ぶんけん

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  • らいおも ちょ唱導しょうどう」、平凡社へいぼんしゃへんへん世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん13』平凡社へいぼんしゃ、1988ねん3がつISBN 4-582-02200-6 
  • しゃくとおるむね説教せっきょう落語らくごかんするいち考察こうさつ:芸能げいのうがもつ宗教しゅうきょう牲」『相愛そうあい大学だいがく人文じんぶん科学かがく研究所けんきゅうじょ研究けんきゅう年報ねんぽう だい5かん相愛そうあい大学だいがく人文じんぶん研究所けんきゅうじょ、2011ねん3がつ 

関連かんれん項目こうもく

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仏教ぶっきょう

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キリスト教きりすときょう

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