鋸のこ挽ひき

鋸のこ挽ひき（のこぎりびき）は、死刑しけいの一種いっしゅで、罪人ざいにんの体からだを鋸のこで挽ひく刑罰けいばつである。紀元前きげんぜんから中世ちゅうせいおよび近世きんせいの日本にっぽんで行おこなわれた。また、ヨーロッパや中国ちゅうごく（『五ご車しゃ韻いん瑞みず』、『塵ちり添壒嚢鈔』11、また『北きた斉ひとし書しょ』文宣ふみのぶ皇帝こうてい本紀ほんぎ（穆きよし嵩かさ）と薛嬪伝つて（薛嬪の姉あね））でも行おこなわれた。

ヨーロッパの鋸のこ挽ひき

日本にっぽんの事例じれい

天てん暦れき年間ねんかん（947年ねん-957年ねん）、厨子ずし王丸おうまる（対たい王丸おうまるとも）が丹後たんごの領主りょうしゅとなって、由良ゆらの湊みなとの山椒さんしょう大夫たいふを捕とらえ、竹たけ鋸のこでその首くびを断たたせたという伝説でんせつがある（「安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる」を参照さんしょう）。

復讐ふくしゅう刑けいとしての意味合いみあいも強つよく、縛しばり付つけた罪人ざいにんの首くびに浅あさく傷きずをつけ、その血ちをつけた鋸のこを近ちかくに置おいて、被害ひがい者しゃ親族しんぞくや通行人つうこうにんに一いち回かいか二に回かいずつ挽ひかせ、ゆっくりと死しなせる刑罰けいばつであり、江戸えど時代じだいより以前いぜんには実際じっさいに首くびを鋸のこで挽ひかせていた。

だが、江戸えど時代じだいになると形式けいしき的てきなものになり、『御ご定じょう書しょ百ひゃく箇条かじょう』において正せい刑けいのひとつ、且かつ最もっとも重おもい死刑しけいとして掲かかげられた。すなわち、その七なな十じゅう一いちに、

「人ひと殺ころせ竝なみ疵きず附ふ御ご仕置しおき之の事こと、一いち、主しゅ殺ころせ。二日ふつか晒さらし一いち日にち引廻、鋸のこ挽之上じょう磔はりつけ。同どう百ひゃく三さん、御ご仕置しおき仕形しかた之の事こと、従前じゅうぜん々之の例たとえ、一いち、鋸のこ挽、享とおる保ほ六ろく年ねん極ごく、一いち日にち引廻。両りょう之これ肩かたに刀かたな目めを入いれ。竹たけ鋸のこに血ちを附ふ、そばに立たて置おけ。二日ふつか晒さらし。挽可_レ申さるもの有ゆう_レ之これ時じは為ため挽候事ごと。但ただし田畑たはた家か屋敷やしき家財かざい共ども欠かけ所しょ」 — （_レは返かえり点てん）

とある。日本橋にほんばしの南みなみの広場ひろばに、方かた3尺しゃく、深ふかさ2尺しゃく5寸すんの穴あな晒さらし箱ばこという箱はこをなかば土中どちゅうに埋うめ、箱はこに罪人ざいにんを入いれ、首くびだけが地面じめんから出でるようにした上うえで3日間にちかん（2晩ばん）見みせ物ものとして晒さらした（穴あな晒さらし）。その際さい、罪人ざいにんの首くびの左右さゆうにタケの鋸のこと鉄てつの鋸のこを立たてかけておいたが実際じっさいに鋸のこで首くびを挽ひくことはなく、晒さらした後のちは市中しちゅう引ひき回まわしをしたうえで磔はりつけとした。元禄げんろく時代じだいに罪人ざいにんの横よこに置おかれた鋸のこを挽ひく者ものがおり、慌あわてた幕府ばくふはその後ご、監視かんしの役人やくにんを置おくようにしたという。

江戸えど時代じだいに科かされていた6種類しゅるいの死刑しけいの中なかで最もっとも重おもい刑罰けいばつであり、主人しゅじん殺ごろしにのみ適用てきようされた。

この刑けいは1869年ねん（明治めいじ2年ねん）7月がつ8日にちに出だされた刑法けいほう官かん指令しれいにより廃止はいしされた。

鋸のこ挽ひきで処刑しょけいされた人物じんぶつ

• 藤原ふじわら経けい清きよし - 1062年ねん、前ぜん九きゅう年ねんの役やくに敗北はいぼくして捕とらえられ、意図いと的てきに刃はこぼれさせた太刀たちで鋸のこ引びきのように処刑しょけい。
• 和田わだ新五郎しんごろう - 三好みよし家か被官ひかん。1544年ねん、将軍家しょうぐんけ侍女じじょとの不義ふぎ密通みっつうにより、細川ほそかわ晴はる元もとらにより処刑しょけい。
• 菅沼すがぬま定じょう直じき、今泉いまいずみ道善どうぜん - 武田たけだ家か家臣かしん菅沼すがぬま定じょう忠ただしの叔父おじ・家臣かしん。長篠ながしのの戦たたかいで敗走はいそうした定てい忠ちゅうの帰還きかんに際さいし入城にゅうじょう拒絶きょぜつしたかどで、後のちに処刑しょけい。
• 杉谷すぎたに善よし住じゅう坊ぼう - 1573年ねん、織田おだ信長のぶながを狙撃そげきしたとして処刑しょけい。
• 大賀おおが弥四郎やしろう - 徳川とくがわ家か家臣かしん。1574年ねん、武田たけだ家かに内通ないつうしたとして処刑しょけい。
• 豊臣とよとみ秀吉ひでよしに仕つかえる女房にょうぼうの両親りょうしん - 文ぶん禄ろく2年ねん（1593年ねん）11月7日にち、女房にょうぼうが秀吉ひでよしの勘気かんきを蒙こうむり連座れんざ（『時どき慶けい卿きょう記き』同年どうねん11月がつ4日にち条じょう）。
• 豊田とよだ五郎右衛門ごろうえもん - 九鬼くき家か家臣かしん。1600年ねん、九鬼くき守まもる隆たかしにより、父ちちの嘉隆よしたかを自害じがいに追おいやったとして処刑しょけい。
• 徳川とくがわ家光いえみつ家臣かしん中川なかがわ某ぼう - キリシタン崇拝すうはいのかどで処刑しょけい。
• 直ちょく助じょ権兵衛ごんべえ - 強盗ごうとう。1721年ねんに捕縛ほばくされ、日本橋にほんばしで鋸のこ引びきで晒さらされた後のち、鈴ヶ森すずがもり刑場けいじょうで磔刑たっけいに処しょせられた。

紀元前きげんぜんの事例じれい

のこぎりで挽ひき殺ころされるイザヤ

旧約きゅうやく聖書せいしょに登場とうじょうする預言よげん者しゃイザヤは鋸のこ挽ひきで処刑しょけいされ殉教じゅんきょうとされている。

鋸のこ引びきを題材だいざいにした作品さくひん

東映とうえい映画えいが『徳川とくがわ女おんな刑罰けいばつ絵巻えまき 牛うし裂さきの刑けい』(1976)では、夜間やかんの見張みはり役やくに雇やとわれた乞食こじきが居眠いねむりしている隙すきに、気きの触ふれた酔漢すいかんが通とおりかかって主人公しゅじんこうの首くびを引ひいてしまう趣向しゅこうになっており（タイトルの牛うし裂さき刑けいはこれとは別べつエピソード）、こうした歴史れきし的てき経緯けいいがかなり忠実ちゅうじつに反映はんえいされている。ちなみに同どう作さく主演しゅえんの川谷かわたに拓三たくぞうは、後年こうねんの大河たいがドラマ『黄金おうごんの日日ひび』では、形式けいしき化かしていない戦国せんごく時代じだいの鋸のこ挽ひきで殺ころされる役やくも演えんじている。

聖人せいじんイザヤの殉教じゅんきょうとして中世ちゅうせいヨーロッパでは多おおくの絵えが描えがかれている。

関連かんれん項目こうもく

• 刑罰けいばつの一覧いちらん
• 死罪しざい - 火刑かけい/獄門ごくもん/磔はりつけ
• 下手人げしゅにん - 近世きんせい期きの用語ようご
• 山椒さんしょう大夫たいふ - 童話どうわ「安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる」を元もとに森もり鴎外おうがいが執筆しっぴつした小説しょうせつ