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2024年1月1日 (月) 05:00時点における版
勝浦郡(かつうらぐん)は、徳島県(阿波国)の郡。
人口5,604人、面積179.46km²、人口密度31.2人/km²。(2024年10月1日、推計人口)
以下の2町を含む。
郡域
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町のほか、下記の区域にあたる。
- 小松島市の大部分(坂野町・和田島町・和田津開町・間新田町・豊浦町・大林町・赤石町・立江町・櫛淵町を除く)
- 徳島市の一部(大原町・論田町・雑賀町・大松町・西須賀町・大谷町・北山町・方上町・勝占町・丈六町・渋野町・八多町・飯谷町・多家良町および三軒屋町の一部)
歴史
古代
平家物語[1]や源平盛衰記では、勝浦と書いて「かつら」と発音していたことや、舎人親王が浦で勝ったから勝浦となったという起源が紹介されている。
式内社
『延喜式』神名帳に記される郡内の式内社。
近世以降の沿革
- 渋野村、本庄村、宮井村、飯谷村、沼江村、中角村、森村、鶴敷地村、星谷村、久国村、棚野村、中山村、横瀬村、与川内村、坂本村、黄檗村、福川村、藤川村、傍示村、瀬津村、福原村、野尻村、久保村、樫原村、田野々村、市宇村、八重地村、大谷村、方上村、西須賀村、大松村、論田浦、大原浦[2]、鶴岡新田、江田村、田浦村、新居見村、日開野村、中田村、中郷村、小松島浦、金磯新田村、田野村、芝生村、八多村、前原村
- 明治4年
- 明治9年(1876年)(33村3浦)
- 8月21日 - 第2次府県統合により高知県の管轄となる。
- 森村・鶴敷地村が合併して生名村となる。
- 中山村・横瀬村・与川内村が合併して三渓村となる。
- 福川村・藤川村が合併して正木村となる。
- 瀬津村・野尻村・久保村・樫原村が合併して生実村となる。
- 田野々村・市宇村・八重地村が合併して旭村となる。
- 黄檗村が坂本村に合併。
- 明治12年(1879年)1月4日[3] - 郡区町村編制法の高知県での施行により行政区画としての勝浦郡が発足。「勝浦名東郡役所」が名東郡徳島寺島町に設置され、同郡とともに管轄。
- 明治13年(1880年)3月2日 - 徳島県(第2次)の管轄となる。
町村制以降の沿革
変遷表
自治体の変遷
明治22年4月1日
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明治22年 - 大正15年
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昭和1年 - 昭和29年
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昭和30年 - 現在
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現在
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小松島村
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明治40年11月1日 町制
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小松島町
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昭和26年6月1日 市制
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小松島市
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小松島市
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那賀郡 立江町
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那賀郡 立江町
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昭和26年4月1日 小松島町に編入
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棚野村
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大正15年2月11日 町制改称 横瀬町
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横瀬町
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昭和30年3月1日 勝浦町
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勝浦町
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生比奈村
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生比奈村
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生比奈村
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高鉾村
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高鉾村
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高鉾村
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昭和30年7月20日 上勝町
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上勝町
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福原村
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福原村
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福原村
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多家良村
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多家良村
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昭和26年4月1日 徳島市に編入
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徳島市
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徳島市
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勝占村
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勝占村
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行政
- 高知県勝浦・名東郡長
代 |
氏名 |
就任年月日 |
退任年月日 |
備考
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1 |
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明治12年(1879年)1月4日 |
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明治13年(1880年)3月1日 |
徳島県に移管
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- 徳島県勝浦・名東郡長
代 |
氏名 |
就任年月日 |
退任年月日 |
備考
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1 |
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明治13年(1880年)3月2日 |
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明治24年(1891年)3月31日 |
廃官
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- 勝浦郡長
代 |
氏名 |
就任年月日 |
退任年月日 |
備考
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1 |
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明治24年(1891年)4月1日 |
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大正15年(1926年)6月30日 |
郡役所廃止により、廃官
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脚注
- ^ 長門本のみ。[1]
判官これをば何といふ所ぞと尋ね給へば、
勝浦と申候、
軍に吉例とおもひて、汝は色代を申か、
さは候はず、御室御領五ヶ庄内、下臈はかつらと申候べとも、
字には勝浦と書て候、昔崇道尽敬天皇異賊を平らげ給ひしに、
軍かち給しよりして、勝浦と申伝へたりとぞ申、
判官大に悦てこれきき給へ殿原、
軍しに来る義経が勝うらに着たる不思議さよ、
- ^ 記載は大原村。
- ^ 布達は前年12月6日だが、本項では実施日とした。
注釈
- ^ 最初郡役所は、名東勝浦・麻植阿波・海部・那賀・名西・板野・美馬・三好に置かれた。(中略)本県では翌二十四年四月一日郡制を実施、その際、名東と勝浦、麻植と阿波をそれぞれ分離して、十郡役所、十郡長を設置した。『徳島県史 第5巻』44頁
出典
参考文献