とりかへばや物語ものがたり

『とりかへばや物語ものがたり』（とりかえばやものがたり）は、平安へいあん時代じだい後期こうきに成立せいりつした物語ものがたりである。作者さくしゃは不ふ詳しょう。「とりかへばや」とは「取とり替かえたいなあ」と言いう意いの古語こご。

あらすじ

関白かんぱく左大臣さだいじんには2人ふたりの子供こどもがいた。1人ひとりは内気うちきで女性じょせい的てきな性格せいかくの男児だんじ、もう1人ひとりは快活かいかつで男性だんせい的てきな性格せいかくの女児じょじ。父ちちは2人ふたりを「取とり替かえたいなあ」と嘆なげいており、この天性てんせいの性格せいかくのため、男児だんじは「姫君ひめぎみ」として、女児じょじは「若君わかぎみ」として育そだてられることとなった。

男装だんそうの女児じょじである「若君わかぎみ」は男性だんせいとして宮廷きゅうていに出仕しゅっしするや、あふれる才気さいきを発揮はっきし、若わかくして出世しゅっせ街道かいどうを突つき進すすむ。また、女装じょそうの男児だんじである「姫君ひめぎみ」も女性じょせいとして後宮こうきゅうに出仕しゅっしを始はじめる。

その後ご、「若君わかぎみ」は右大臣うだいじんの娘むすめと結婚けっこんするが、事情じじょうを知しらない妻つまは「若君わかぎみ」の親友しんゆうである宰相さいしょう中将ちゅうじょうと通つうじ、夫婦ふうふの仲なかは破綻はたんする。一方いっぽう、「姫君ひめぎみ」は主君しゅくん女おんな東宮とうぐうに恋慕れんぼし密ひそかに関係かんけいを結むすんで、それぞれ次第しだいに自みずからの天性てんせいに苦悩くのうし始はじめる。そして、とうとう「若君わかぎみ」が宰相さいしょう中将ちゅうじょうに素性すじょうを見破みやぶられてしまうことで、事態じたいは大おおきく変化へんかしていく。

宰相さいしょう中将ちゅうじょうの子こを妊娠にんしんし、進退しんたい窮きわまった「若君わかぎみ」は、宰相さいしょう中将ちゅうじょうに匿かくまわれて女おんなの姿すがたに戻もどり、密ひそかに出産しゅっさんする。一方いっぽう「姫君ひめぎみ」も元もとの男性だんせいの姿すがたに戻もどり、行方ゆくえ知しれずとなっていた「若君わかぎみ」を探さがし当あてて宰相さいしょう中将ちゅうじょうの下したからの逃亡とうぼうを手助てだすけする。その後ご2人にんは、周囲しゅういに悟さとられぬよう互たがいの立場たちばを入いれ替かえる。

本来ほんらいの性せいに戻もどった2人ふたりは、それぞれ自みずからの未来みらいを切きり開ひらき、関白かんぱく・中宮なかみやという人臣じんしんの最高さいこう位いに至いたった。

成立せいりつ過程かてい

とりかへばや物語ものがたりの原型げんけいは1180年ねん以前いぜんに成立せいりつしたと考かんがえられているが、その後ご、後世こうせいの手てにより改作かいさくが加くわえられ、現在げんざいの形かたちのものが伝つたわっている。この経緯けいいについては、13世紀せいき初頭しょとうに成立せいりつした『無名むめい草子ぞうし』や同どう世紀せいき後半こうはんに成立せいりつした『風葉ふうよう和歌集わかしゅう』の記述きじゅつから推測すいそく可能かのうであり、鈴木すずき弘道ひろみちらによる考証こうしょうがなされている。

作品さくひんの意義いぎ

この作品さくひんは、男性だんせいと女性じょせいが入いれ替かわるという非ひ現実げんじつ的てきな設定せっていである反面はんめん、2人ふたりを中心ちゅうしんとする人間にんげん関係かんけいの描写びょうしゃは現実げんじつ的てきかつ重層じゅうそう的てきであり、現在げんざいでも十分じゅうぶんに味あじわい深ぶかく鑑賞かんしょうできる。特とくに男装だんそうの女児じょじである「若君わかぎみ」が宰相さいしょう中将ちゅうじょうに素性すじょうを知しられ身みを許ゆるしてしまうシーンは、本ほん作品さくひんのクライマックスの一ひとつでもあり、本ほん作品さくひんが文学ぶんがく史しの中なかで「変態へんたい的てき」という評価ひょうかの一因いちいんともなっているといい、「ポストモダーン」の知恵ちえを提供ていきょうしてくれるという。この点てんが、当時とうじ書かかれた数量すうりょうに対たいして現存げんそん作品さくひんの少すくないジャンルであるにもかかわらず、人々ひとびとへ強つよい印象いんしょうを残のこし、当時とうじ、数多かずおおく作つくられた物語ものがたりの中なかで本ほん作品さくひんを現在げんざいまで命脈めいみゃくを保たもたせる原因げんいんとなったのであろう。河合かわい隼雄はやおは、著書ちょしょの中なかで、日本にっぽん文学ぶんがくというと「わび」、「さび」など深遠しんえんすぎて理解りかいしがたいものだと思おもっていたが、全まったく違ちがったもので、そこで語かたられる「知恵ちえ」は相当そうとうに深ふかく、現代げんだいでも通用つうようするし、現代げんだいでこそ生いかしたいほどのものである旨むね、述のべている。河合かわいはのちの1988年ねんのエラノス会議かいぎの場ばで、この作品さくひんについて発表はっぴょうしてみたところ反響はんきょうが上々じょうじょうで、欧米おうべい人じんにも通用つうようすることが分わかったと述のべている。

また、古ふるくから読よみ続つづけられてきた作品さくひんではあるが、近代きんだいの一時期いちじき批判ひはん的てきに扱あつかわれていた。明治めいじ時代じだいの国文学こくぶんがく史上しじょうでは例たとえば藤岡ふじおか作太郎さくたろうから「怪奇かいき」「読者どくしゃの心しんを欺あざむく」「小説しょうせつになっていない」「嘔吐おうとを催もよおす」などと評ひょうされる事こともあったが、近年きんねんジェンダーの視点してんから再さい評価ひょうかされた。当時とうじの社会しゃかいならではの制約せいやくや類型るいけい的てき展開てんかいはあるものの、本来ほんらい的てき個人こじん的てき性質せいしつと社会しゃかい的てきに期待きたいされる役割やくわりとの差異さいを浮うき彫ぼりにする本ほん作品さくひんは、ジェンダーという枠わくを越こえて、近代きんだい的てき小説しょうせつに近ちかい重要じゅうような要素ようそを持もつと言いわれている。

原文げんぶん・訳注やくちゅう・関連かんれん書しょ

• 市古いちこ貞次ていじ『中世ちゅうせい王朝おうちょう物語ものがたり全集ぜんしゅう 第だい12巻かん』（笠間かさま書院しょいん）
• 大槻おおつき修おさむ、今井いまい源みなもと衛まもる、森下もりした純じゅん昭あきら、辛島からしま正雄まさお・校こう注ちゅう『新しん日本にっぽん古典こてん文学ぶんがく大系たいけい26　堤つつみ中納言ちゅうなごん物語ものがたり　とりかへばや物語ものがたり』（岩波書店いわなみしょてん、1992年ねん）
• 川端かわばた康成やすなり「とりかへばや物語ものがたり」（『文藝ぶんげい讀物よみもの』1948年ねん1〜7,10月がつ号ごう）
• 桑原くわばら博史ひろふみ『とりかへばや物語ものがたり 全ぜん訳注やくちゅう1〜4』（講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ）
• 田中たなか新一しんいち他た『新釈しんしゃくとりかへばや』（風間かざま書房しょぼう）
• 友久ともひさ武文たけふみ、西本にしもと寮りょう子こ『とりかへばや（中世ちゅうせい王朝おうちょう物語ものがたり全集ぜんしゅう）』（笠間かさま書院しょいん）
• 鈴木すずき弘道ひろみち『とりかへばや物語ものがたりの研究けんきゅう』（笠間かさま書院しょいん）
• 河合かわい隼雄はやお『とりかへばや、男おとこと女おんな』（新潮社しんちょうしゃ）

現代げんだい語ご訳やく・アレンジ

現在げんざい手しゅに入はいるとりかへばや物語ものがたりの現代げんだい語ご訳やくとしては、中村なかむら真一郎しんいちろうによるちくま文庫ぶんこ版はん、田辺たなべ聖子せいこによる『とりかえばや物語ものがたり (21世紀せいき版ばん・少年しょうねん少女しょうじょ古典こてん文学ぶんがく館かん) 』（講談社こうだんしゃ）や田辺たなべのダイジェスト『古典こてんまんだら』上じょう（新潮社しんちょうしゃ）などが挙あげられる。講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ版はんは、原文げんぶんとともに現代げんだい語ご訳やくが付ふされている。

また、氷室ひむろ冴子さえこの小説しょうせつ『ざ・ちぇんじ!』は、とりかへばや物語ものがたりを少女しょうじょ小説しょうせつにアレンジしたものであり、山内やまうち直実なおみによって漫画まんが化かされている。唐から十郎じゅうろうによる〈唐とう版ばん とりかえばや物語ものがたり〉『きみと代かわる日ひ』（主婦しゅふと生活社せいかつしゃ）も1998年ねんに発行はっこうされている。木原きはら敏江としえは舞台ぶたいを戦国せんごく時代じだいに移うつし、『プチフラワー』1984年ねん6月がつ号ごう～10月がつ号ごうにて夢ゆめの碑いしぶみシリーズで『とりかえばや異聞いぶん』として連載れんさいした。これが1987年ねんに宝塚歌劇たからづかかげきにてミュージカル・ロマン『紫むらさき子こ（ゆかりこ）』－とりかえばや異聞いぶん－として上演じょうえんされた。2010年代ねんだいに入はいり、さいとうちほが『とりかえ・ばや』というタイトルで『月刊げっかんフラワーズ』にて2012年ねん～2018年ねんまで連載れんさいし、全ぜん13巻かんのコミックスとなった。 2016年ねんに公開こうかいされた新海しんかい誠まこと監督かんとくのアニメーション映画えいが『君きみの名なは。』は、とりかへばや物語ものがたりからヒントを得えて制作せいさくされている。

関連かんれん項目こうもく

• TSF (ジャンル)（異性いせい変身へんしん譚たん）
• おれがあいつであいつがおれで - 映画えいが化か『転校生てんこうせい』（大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとく）
• 双子ふたごの騎士きし - 手塚てづか治虫おさむ作さく「リボンの騎士きし」の続編ぞくへん。男女だんじょの双子ふたごが入いれ替かわる。
• へんしん!ポンポコ玉だま
• LGBT
• 君きみの名なは。 - 『とりかへばや物語ものがたり』と古今ここん和歌集わかしゅうにある小野小町おののこまちの和歌わかが、ストーリーのヒントとなっている。
• トリカヘチャタテ - 2014年ねんに発見はっけんされたチャタテムシで、和名わみょうは本ほん作さくに由来ゆらい。性せいの役割やくわりと生殖せいしょく器きの形状けいじょうが通常つうじょうの両性りょうせい動物どうぶつと逆転ぎゃくてんしている。

外部がいぶリンク

• 原文げんぶん：[1]
• 訳文やくぶん：[2]