アルグン部ぶ

アルグン部ぶとは、現在げんざいのキルギス共和きょうわ国こくセミレチエ地方ちほう一帯いったいに居住きょじゅうしていた集団しゅうだんの名称めいしょう。集団しゅうだんとしてのアルグンに関かんする記録きろくはほとんどないが、13-14世紀せいきにアルグン出身しゅっしん者しゃがモンゴル帝国ていこくあるいは大だい元もとウルスに仕つかえ活躍かつやくしたことで知しられる。

概要がいよう

モンゴル帝国ていこく時代じだいに東ひがしアジアに移住いじゅうしたいわゆる「色目いろめ人じん」は自みずからの出身しゅっしん部族ぶぞく名めいや出身しゅっしん都市とし名めいを本籍ほんせきとするが、その一ひとつとして「アルグン」の名ながしばしば挙あげられる。漢文かんぶん史料しりょう中ちゅうでは阿児あご渾・阿児あご温あつし・阿おもね剌温・阿おもね魯温・阿おもね魯虎・合ごう魯温・阿おもね剌渾などと表記ひょうきされており、Arγがんまunという単語たんごを転写てんしゃしたものとみられる。また、『輟耕録ろく』の「色目いろめ三さん十じゅう一いち種しゅ」にも哈剌魯（カルルク）・欽察（キプチャク）・康かん里さと（カンクリ）などと並ならんで名なが挙あげられている。

古ふるくからアルグンという概念がいねんについてモンゴル史し研究けんきゅう者しゃは注目ちゅうもくしていたが、「アルグン」という部族ぶぞく名めいも都市とし名めいも知しられていなかったため、その位置いちについては諸説しょせつあった。最もっとも早期そうきにアルグンについて言及げんきゅうした研究けんきゅう者しゃは日本人にっぽんじんの箭内やない亙わたで、箭内やないは「阿おもね魯渾・阿おもね魯虎・阿おもね魯温・阿おもね剌温は、字面じめんの上うえよりするも、又またその近隣きんりん諸しょ部ぶとの関係かんけいに察さっするも、同どう一いち地名ちめいの音おとたること、略ほぼぼ疑うたぐなかるべし。然しかれども、之これを今いまの何いずれの地ちに比定ひていすべきかに就ついては、記事きじの不備ふびなると、西にし史しにも所見しょけんなきとによりて、容易よういに臆測おくそくすべきにあらず。ただ畏かしこ吾われ児じに隣となりれる西域せいいきの地ちなること、之これを推測すいそくするに難かたからざれば、恐おそらくは今いまの中央ちゅうおう亜細亜あじあの一部いちぶにして、当時とうじの所謂いわゆる回かい回かい又またはSart-aghul内ないに在ありしなるべし」と論ろんじた。屠ほふ寄よせは『蒙こうむ兀児史記しき』でアルメニアの首都しゅとエレバンであると考証こうしょうしたが､諸しょ史料しりょうの記述きじゅつからみてアルグンは中央ちゅうおうアジアに近ちかい地域ちいきとみるべきで、従したがい難がたい。ブレッドシュナイダーはケルマーンシャーとバグダードの中間ちゅうかんにあるHolvan城じょうに比定ひていしたが、音おと価かの類似るいじ以外いがいに確かくたる証拠しょうこもない。以上いじょうの諸説しょせつが傍証ぼうしょうに欠かける推論すいろんに過すぎないのに対たいし、フランスの研究けんきゅう者しゃポール・ペリオはマフムード・カーシュガリーが「ベラサグンとタラスの間あいだの地方ちほう（正確せいかくにはisfijāb＝白水しろみず城じょう）」を「Arġu部落ぶらく」と呼よんでいることに注目ちゅうもくし、現代げんだいのArgïn/Arġun族ぞくと同おなじ集団しゅうだんであると論ろんじた。また、ペリオはトゥルファン文書ぶんしょにもArγがんまunの名なが見みられることに注目ちゅうもくし、アルグンはキルギスに属ぞくする一いち氏族しぞくではないかと推測すいそくした。以上いじょうの議論ぎろんを踏ふまえ、楊志玖は「アルグン」という地域ちいきは現在げんざいのセミレチエ地方ちほうチュイ川がわ流域りゅういきであると論ろんじている。なお、「Arγがんまu」と「Arγがんまun」が同おなじ地域ちいきを指さすことは『元もと史し』薛タラカイ伝つてで「阿おもね魯虎」が明あきらかに中央ちゅうおうアジア方面ほうめんの一いち地域ちいきとして挙あげられていることからも立証りっしょうされる。

セミレチエ地方ちほうは10世紀せいきにカラハン朝あさの下したでイスラム化かが進すすんだ地域ちいきであり、実際じっさいにアルグン出身しゅっしんを称しょうする者ものはムスリム名めいを持もつ者ものが多おおい。元もと代だいの漢文かんぶん史料しりょうにはアルグン出身しゅっしんを称しょうする人物じんぶつが70名めい近ちかく記録きろくされており、特とくにハッジ・ハーシム家いえ、チェリク・テムル家いえなどが著名ちょめいである。

また、マルコ・ポーロの『東方とうほう見聞けんぶん録ろく』には「ここにはまたアルゴンと称しょうする種族しゅぞくが住すんでいる。アルゴンとは『雑種ざっしゅ』という意味いみだが、実際じっさいそのとおり、彼かれらはテンドゥクの偶像ぐうぞう教徒きょうととイスラーム教徒きょうとの混血こんけつから生うまれた者ものたちである。彼かれらは当地とうちの住民じゅうみん中ちゅうで最もっとも容貌ようぼうも整ととのい聡明そうめいでかつ商売しょうばい上手じょうずである」という記述きじゅつがある。これに対応たいおうする記述きじゅつとして、『元もと史し』フスン伝つてには「オゴデイ・カアンの時代じだいに至いたって命めいじられて阿児あご渾軍ならびにを回かい回かい人じん匠たくみ3,000戸こを領りょうし、蕁麻いらくさ林りんに駐ちゅうした（至いたり太ふと宗時むねとき、仍命領りょう阿児あご渾軍、並なみ回かい回かい人じん匠たくみ三さん千戸駐於蕁麻林）」とあり、この「アルグン（阿児あご渾）軍ぐん」こそ『東方とうほう見聞けんぶん録ろく』に見みられる「アルゴン」に相当そうとうすると考かんがえられる。なお、ここで「アルゴン」が「混血こんけつ児じを意味いみする」とされるのは、テュルク語ごで「野良のらの牡馬ぼばと家畜かちくの雌めす馬ばから生うまれた馬うま」を意味いみするarqunと混同こんどうしたためではないかと指摘してきされている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 愛宕あたご松男まつお『東方とうほう見聞けんぶん録ろく 1』平凡社へいぼんしゃ、1970年ねん
• 箭内やない亙わた「元もと代だい社会しゃかいの三さん階かい級きゅう」『蒙こうむ古史こし研究けんきゅう』、1930年ねん
• 楊志玖『元もと代だい回かい族ぞく史し稿こう』南開みなみびらき大学だいがく出版しゅっぱん社しゃ、2003年ねん