イラー

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イラーサンスクリット: इला Ilā)は、インド神話しんわ女神めがみヴェーダにおいてはイダー(Iḍā)あるいはイラー(Iḷā)といい、牛乳ぎゅうにゅうやバターの供物くもつ神格しんかくされたものであった。後世こうせいにはおとこでもありおんなでもある神秘しんぴてき存在そんざいとされるようになった。

起源きげん[編集へんしゅう]

イラーないしイダーとは「栄養えいよう」を意味いみし、もともとめすうしによって供給きょうきゅうされる牛乳ぎゅうにゅうやバター(もしくはギー)による供物くもつしたが、『リグ・ヴェーダ』においてすでに女神めがみされ、「バターのつ」(まき7のだい16賛歌さんか)あるいは「バターのあしつ」(まき10のだい70賛歌さんか)と形容けいようされている[1]。『リグ・ヴェーダ』まき3のだい29賛歌さんかではアグニをイラーの息子むすこんでいる[1]

系譜けいふ[編集へんしゅう]

マハーバーラタまき1の系譜けいふによると、プラジャーパティのひとりマリーチからカシュヤパまれ、カシュヤパと女神めがみアディティあいだ太陽たいようしんヴィヴァスヴァットまれ、ヴィヴァスヴァットからヴァイヴァスヴァタ・マヌまれ、マヌからイラーがまれた。イラーはつきしゅ始祖しそプルーラヴァスちちでもありははでもあった[2]:1.103-104。しかしながらまき13ではプルーラヴァスをイラーとブダとする[2]:8.290

『リグ・ヴェーダ』の有名ゆうめいなプルーラヴァスとウルヴァシーわかれのまき10のだい95賛歌さんか)の末尾まつびでプルーラヴァスを「アイラ」とんでいる箇所かしょがあり、このかたりはイラーのという意味いみ解釈かいしゃく可能かのうである。イラーの系譜けいふはこの名前なまえ説明せつめい神話しんわとして発生はっせいした可能かのうせいがある[3]:300

シャタパタ・ブラーフマナ』1.8.1.7以下いかではだい洪水こうずいからのがれて唯一ゆいいつ人間にんげんとなったマヌが子孫しそんつくることをほっしてバターなどの乳製品にゅうせいひんきょう犠に祭儀さいぎおこなった結果けっかイダーがまれ、マヌとイダーから人類じんるいまれたとしている[4]

イラーはミトラヴァルナむすめとされることもある[5]上記じょうきのシャタパタ・ブラーフマナでははっきりしないが、『ヴァーユ・プラーナ』によるとイラーはマヌがミトラ=ヴァルナのためにった儀礼ぎれいによってまれ、ミトラ=ヴァルナは彼女かのじょ養女ようじょとしてむかえたとする[1]

両性りょうせい具有ぐゆう[編集へんしゅう]

上記じょうきのように『マハーバーラタ』では、イラーはプルーラヴァスちちでもありははでもあるとっている。

ラーマーヤナまき7ではイラ(イラーではなく、マヌのでもない)というおうがシヴァのもりにかけられたのろいによっておんなになり、のちつきごとにおとこになったりおんなになったりしたという伝説でんせつせる[6]

バーガヴァタ・プラーナ英語えいごばん』によると、マヌはおとこをさずかるようにいのったが、おんなのイラーがまれた。マヌのねがいによってヴァシシュタ彼女かのじょおとこえ、スデュムナとづけられた。しかしシヴァのろいのかかったもりであるシャラヴァナにあしみいれた結果けっかふたたおんなにされた。イラーは水星すいせいしんブダと結婚けっこんしてプルーラヴァスをんだが、おんなであることをこのまず、ヴァシシュタが介入かいにゅうすることによってシヴァしんつきごとにイラーがおとこになったりおんなになったりすることをゆるした[1]

プラーナ文献ぶんけんによってイラーの性別せいべつ転換てんかんには3つのパターンがあり、だい1はおとこのイラとしてまれたがシヴァのもりのろいによっておんなのイラーになったとするもの、だい2はおんなのイラーとしてまれ、ブダと結婚けっこんしてプルーラヴァスをんだのちおとこのスデュムナになったが、シヴァのもりのろいでふたたおんなになったとするもの、だい3はだい2と基本きほんてきおなじだがおとこのスデュムナになったのちにシヴァのもりのろいでふたたおんなになってそのにブダと結婚けっこんしたとするもの(『バーガヴァタ・プラーナ』はこのパターン)である。だい2とだい3がより一般いっぱんてきである[3]:253-254

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b c d Dalal, Roshen (2010). “Ila/Ida”. Hinduism: An Alphabetical Guide. Penguin Books India. p. 162. ISBN 0143414216 
  2. ^ a b 『マハーバーラタ』山際やまぎわおとこわけさんいち書房しょぼう、1991-1998。 
  3. ^ a b Pargiter, F.E. (1922). Ancient Indian Historical Tradition. Oxford University Press. https://archive.org/details/ancientindianhis00parguoft 
  4. ^ The Satapatha Brahmana, Part I. The Sacred Books of the East. translated by Julius Eggeling. Oxford: The Clarendon Press. (1882). pp. 218-219. https://archive.org/details/satapathabrahmana00egge/page/218/mode/2up 
  5. ^ Monier-Williams (1872). “Iḍā”. Sanskrit-English Dictionary. p. 138 
  6. ^ Ramayana of Valmiki: Book 7, Chapter 87 - The Story of Ila, Wisdom Library, https://www.wisdomlib.org/hinduism/book/the-ramayana-of-valmiki/d/doc424861.html