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タイス (古代こだいギリシアの遊女ゆうじょ)

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ペルセポリス宮殿きゅうでん破壊はかい主導しゅどうするタイスをえがいた1781ねんジョシュア・レノルズ絵画かいが「タイス」

タイス(ギリシア: Θαΐς) はアレクサンドロス3せい遠征えんせいしたがった著名ちょめい古代こだいギリシアヘタイラであり、伝承でんしょうによればペルセポリス炎上えんじょうするきっかけをつくった人物じんぶつとしてられている。当時とうじタイスはアレクサンドロス大王だいおうつかえる将軍しょうぐんであったプトレマイオス1せい恋人こいびとであった。アレクサンドロス大王だいおうがタイスをそばにくのをこのんでいたという記述きじゅつから、アレクサンドロス大王だいおう恋人こいびとでもあった可能かのうせい示唆しさされているが、これはたんにタイスとごすのをたのしんでいたという意味いみかもしれず、詳細しょうさいははっきりしない。タイスは非常ひじょう機智きちんでおり、ひとたのしませるのが得意とくい人物じんぶつだったとわれている。アテナイオスによると、アレクサンドロス大王だいおう死後しご、プトレマイオスはタイスと結婚けっこんした可能かのうせいがあり、子供こどもが3にんまれた[1]

ペルセポリス炎上えんじょう[編集へんしゅう]

タイスはアテネ出身しゅっしん遊女ゆうじょで、アレクサンドロス3せい遠征えんせいしたがっていた[2]紀元前きげんぜん330ねんアケメネスあさ王家おうけ住居じゅうきょであったペルセポリス宮殿きゅうでんをアレクサンドロスが破壊はかいしたさい、タイスがおう宮殿きゅうでんやすよう進言しんげんしたという[3]古代こだい著述ちょじゅつくわしくこのペルセポリス破壊はかいれている5めいのうち、シケリアのディオドロスプルタルコスクルティウス・ルフスアテナイオスが、破壊はかいはタイスの提案ていあんおこなわれたとしるしている[4]もっとふる記録きろくであるディオドロス『歴史れきし叢書そうしょだい17かんだい72しょうによると、タイスは酒宴しゅえん最中さいちゅうに「もしもアレクサンドロスさまわたしたちと一緒いっしょ行列ぎょうれつんで宮殿きゅうでんはなち、おんなたちのでペルシアじん栄華えいが一瞬いっしゅんのうちにしてしまったら、王様おうさまがアジアでげた偉業いぎょうなか最高さいこうのものになるでしょう[2]」とべた。ディオドロスによると、これはクセルクセス1せいペルシア戦争せんそうアクロポリスにあるアテーナー神殿しんでん現在げんざいパルテノン神殿しんでん場所ばしょにあった)をやしたことへの報復ほうふくだという[3][5]

このときはタイスはアレクサンドロス3せい恋人こいびとであったとかんがえるむきもあり、T・D・オグデンはプトレマイオスはあとでタイスを自分じぶん恋人こいびとにしたと示唆しさしているが、一方いっぽうでタイスはつねにプトレマイオスにつきしたが恋人こいびとだったとしんじるものもいる[6]

1592ねんルドヴィコ・カラッチえがいた、タイスがアレクサンドロスにはなつよう仕向しむける様子ようすえがいた絵画かいが

その人生じんせい[編集へんしゅう]

タイスのその人生じんせいについてははっきりわかっていない。アテナイオスによるとタイスはアレクサンドロス3せい死後しごエジプトおうとなった恋人こいびとプトレマイオスと結婚けっこんした[7]実際じっさい正式せいしき結婚けっこんしていなかったとしても、2人ふたり関係かんけいは「ほぼ法的ほうてきなもの」となされていたようにかんがえられる[8]。タイスとプトレマイオスのあいだには、ラゴスとレオンティスコスという2人ふたり息子むすことエイレネというむすめが1にんまれた[9]。この子供こどものうち、すくなくとも2人ふたりはアレクサンドロスがくなるまえまれていた可能かのうせいがある[10]。レオンティスコスはエイレネとともにキプロスとうにいたようであり、紀元前きげんぜん306ねんか307ねんごろデメトリオス1せいがキプロスに侵攻しんこうしたさい捕虜ほりょとなったのち、プトレマイオスのもとにおくかえされた[8]。エイレネはキプロスとうのソロイのおうだったエウノストスと結婚けっこんしたという[1][11]。タイスがくなった日時にちじ不明ふめいである。

芸術げいじゅつ作品さくひんえがかれたタイス[編集へんしゅう]

ルドヴィコ・カラッチの「アレクサンドロスとタイス

古典こてん地中海ちちゅうかい文学ぶんがく[編集へんしゅう]

プビリウス・テレンティウス・アフェル芝居しばい宦官かんがん』にはタイスという名前なまえ女性じょせい主人公しゅじんこうとしててくる[12]。この芝居しばいのタイスにかんする台詞せりふマルクス・トゥッリウス・キケローの『友情ゆうじょうについて』だい98せつ引用いんようされている[13]オウィディウスの『れたやまい治療ちりょうほう』 (383) ではタイスが忠実ちゅうじつつまかんたるアンドロマケ対比たいひされているが、藤井ふじいのぼる訳注やくちゅうによると、これは直接的ちょくせつてきには『宦官かんがん』にてくるタイスをしているかもしれない[14]

アテナイオスの『食卓しょくたく賢人けんじんたち』には、どう一人物いちじんぶつではないかとおもわれるタイスがったという発言はつげん記録きろくされている[15]

13~17世紀せいき文芸ぶんげい[編集へんしゅう]

ダンテ・アリギエーリウェルギリウス地獄じごくでタイスをている。ギュスターヴ・ドレによる『かみきょく地獄じごくへん挿絵さしえ

ダンテ・アリギエーリの『かみきょく地獄じごくへんだい18うた133-136ぎょうではタイスとばれるキャラクターが地獄じごくたび途中とちゅう登場とうじょうする[16]。ただし、つみのために地獄じごくばっされている『かみきょく』の娼婦しょうふタイスがアレクサンドロスの遠征えんせいしたがったタイスとどう一人物いちじんぶつなのかについてはあまり明確めいかくえがかれていない[17]はらはじめあきらの『かみきょく訳注やくちゅうによると、『宦官かんがん』に登場とうじょうするタイスともあまり記述きじゅつ類似るいじてんられない[16]

ボローニャ画家がかルドヴィコ・カラッチはタイスをえがいたすくなくとも2まいのこしている[18]

クリストファー・マーロウの『フォースタス博士はかせ』では、かみきよしマ帝国まていこくカール5せいたのしませる余興よきょうとしてアレクサンドロス大王だいおうとその愛人あいじん召喚しょうかんされるが、この愛人あいじんはおそらくタイスであろうとわれている[19][20]

ジョルジュ・ロシュグロスの「ペルセポリス炎上えんじょう」(1890)では、アレクサンドロス大王だいおう松明たいまつつタイスをげている。

ジョン・ドライデン「アレクサンダーの饗宴きょうえん」(1697) にはアレキサンダーの恋人こいびととしてタイスが登場とうじょうする[19][21][22]のちにこのジョージ・フレデリック・ヘンデルにより音楽おんがくがつけられ、オラトリオアレクサンダーの饗宴きょうえん』 となった[22]

ロバート・ヘリック (1591-1674) の 「どんな女性じょせい恋人こいびとにしたいだろうか」("What Kind of Mistress He Would Have") は、「わたしにとってはひるいちにちちゅうルクレティア/よるはタイスであれ/わたしえさせることもかすこともないので/そうであってほしい」 という詩句しくわっている[23]

18世紀せいき以降いこうだい[編集へんしゅう]

1781ねんジョシュア・レノルズペルセポリス宮殿きゅうでん破壊はかいするタイスをえがいた絵画かいが「タイス」をロンドンロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ展示てんじした[24]現在げんざい、このはワデスドン・マナーに所蔵しょぞうされている[25]のモデルは当時とうじ高級こうきゅう娼婦しょうふであったエミリー・ウォレンだとかんがえられている[25]。1792ねんにフランチェスコ・バルトロッツィがつくったこの版画はんが出版しゅっぱんされた[26]

1931ねん11月6にちソビエト天文学てんもんがくしゃグリゴリー・ニコラエヴィチ・ネウイミンがクリミア半島くりみあはんとうシメイズ天文台てんもんだい発見はっけんした小惑星しょうわくせいは、このタイスにちなんでタイス名付なづけられた[27][28]

1972ねんに、タイスの生涯しょうがいえがいたロシア作家さっかイワン・エフレーモフ歴史れきし小説しょうせつ『アテネのタイス』が刊行かんこうされた[29]。この小説しょうせつはロシアでは人気にんきがあり、そのためタイスはロシアでは比較的ひかくてきよくられている[29]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b アテナイオス しる柳沼やぎぬま重剛しげたけ やく食卓しょくたく賢人けんじんたち』 5かん京都大学きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい、2004ねん、13かん576e, 70ぺーじ 
  2. ^ a b ディオドロス・シクロス「ディオドロス・シクロス『歴史れきし叢書そうしょだいいちななかん 「アレクサンドロス大王だいおう歴史れきしやくおよび註(そのさん)」森谷もりたに公俊きみとしわけ、『帝京ていきょう史学しがく』27 (2012)、135-212、p. 147。
  3. ^ a b Thais and Persepolis”. penelope.uchicago.edu. シカゴ大学だいがく. 2021ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  4. ^ Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, p. 28.
  5. ^ Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, p. 29.
  6. ^ T. D. Ogden, in P. McKechnie & P. Guillaume, Ptolemy II Philadelphus and his World, 353 at 355
  7. ^ Eugene N. Borza, “Cleitarchus and Diodorus' Account of Alexander, ” PACA 11 (1968): 35 n. 47
  8. ^ a b Walter M. Ellis, Ptolemy of Egypt, Routledge, London, 1994, p. 15.
  9. ^ Collins, Nina L. (1997). “The Various Fathers of Ptolemy I”. Mnemosyne 50 (4): 436–476、p. 441. ISSN 0026-7074. https://www.jstor.org/stable/4432755. 
  10. ^ Collins, Nina L. (1997). “The Various Fathers of Ptolemy I”. Mnemosyne 50 (4): 436–476、p. 444. ISSN 0026-7074. https://www.jstor.org/stable/4432755. 
  11. ^ Ogden, Daniel (1999). Polygamy Prostitutes and Death. The Hellenistic Dynasties. London: Gerald Duckworth & Co. Ltd.. p. 150. ISBN 07156-29301 
  12. ^ テレンティウス古代こだいローマ喜劇きげきしゅうだい5かん東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱんかい、1979ねん、195-296ぺーじ 
  13. ^ マルクス・トゥッリウス・キケロー しる大西おおにし英文ひでふみ やく老年ろうねんについて・友情ゆうじょうについて』講談社こうだんしゃ、2019ねん、196-197ぺーじ 
  14. ^ オウィディウス しる藤井ふじいのぼる やくこいのてほどき・れたやまい治療ちりょうほう』わらび書房しょぼう、1984ねん、146ぺーじ 
  15. ^ アテナイオス しる柳沼やぎぬま重剛しげたけ やく食卓しょくたく賢人けんじんたち』 5かん京都大学きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい、2004ねん、13かん585d, 96ぺーじ 
  16. ^ a b ダンテ・アリギエーリ しるはらはじめあきら わけかみきょく地獄じごくへん講談社こうだんしゃ、2014ねん、274-275ぺーじ 
  17. ^ Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, p. 30.
  18. ^ Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, pp. 30-31.
  19. ^ a b Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, p. 33.
  20. ^ 『フォースタス博士はかせだい12じょう、クリストファー・マーロウ『マルタとうのユダヤじん・フォースタス博士はかせ小田島おだじま雄志ゆうしわけ白水しろみずしゃ、1995収録しゅうろく。Christopher Marlowe, Doctor Faustus and Other Plays (Oxford University Press, 2008) 所収しょしゅうはんまくじょうりではAテクスト、Bテクストともにだい4まくだい1じょうである。
  21. ^ Alexander's Feast; or, the Power of Music by John Dryden - Poems | Academy of American Poets”. poets.org. 2021ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  22. ^ a b Alexander's Feast” (英語えいご). duq.edu. 2021ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  23. ^ Foundation, Poetry (2021ねん2がつ22にち). “What Kind of Mistress He would Have by Robert Herrick” (英語えいご). Poetry Foundation. 2021ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  24. ^ "The Modern Apelles: Joshua Reynolds and the creation of celebrity" by Martin Postle in Martin Postle (Ed.) (2005) Joshua Reynolds: The creation of celebrity. London: Tate Publishing. pp. 29-30. ISBN 1854375644
  25. ^ a b Thaïs, Waddesdon Manor. Retrieved 7 Sept 2018. See also another page
  26. ^ page at Pushkin Museum of Fine Arts; image
  27. ^ Schmadel, Lutz D. (2007). “(1236) Thaïs”. Dictionary of Minor Planet Names. Springer Berlin Heidelberg. p. 103. doi:10.1007/978-3-540-29925-7_1237. ISBN 978-3-540-00238-3. https://archive.org/details/dictionaryminorp00schm 
  28. ^ 1236 Thais (1931 VX)”. Minor Planet Center. 2017ねん1がつ25にち閲覧えつらん
  29. ^ a b Alex McAuley, "Violence to Valour: Visualizing Thais of Athens", Irene Berti, Maria G. Castello and Carla Scilabra, ed., Ancient Violence in the Modern Imagination: The Fear and the Fury (Bloomsbury, 2020), 27-40, p. 37.

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]