ヴァシュタグ・ジェルジュ (英語 えいご 版 ばん ) 作 さく 、「ジプシー少年 しょうねん のバイオリン弾 ひ き(Hegedűs Cigány Fiú)」
「ヴァイオリンの創造 そうぞう 」(ドイツ語 ご : Die Erschaffung der Geige )は、トランシルヴァニア 地方 ちほう ・ハンガリー南部 なんぶ 地方 ちほう のロマ (ジプシー)のおとぎ話 ばなし 。「バイオリンはどうして出来 でき たか」 の邦題 ほうだい で訳文 やくぶん が出版 しゅっぱん されている[1] 。
ポーランド の類 るい 話 ばなし に「魔法 まほう の箱 はこ 」 がある。
ドイツ語 ご 訳 わけ 版 ばん は、民俗 みんぞく 学者 がくしゃ ハインリヒ・フォン・ヴィスロッキ (ドイツ語 ご 版 ばん ) により『さすらいのチゴイナーについて:トランシルヴァニア・チゴイナーの生活 せいかつ 風景 ふうけい Vom wandernden Zigeunervolke. Bilder aus dem Leben der Siebenbürger Zigeuner 』(1890年 ねん )に発表 はっぴょう された[2] 。
ヴィスロッキはトランシルヴァニアのジプシーより採取 さいしゅ したとするが、同 おな じ話 ばなし はハンガリー南部 なんぶ の放浪 ほうろう ジプシー(kortorar [3] )にも知 し られていると述 の べている。
のちにハンガリー南部 なんぶ のジプシー語 ご (ロマ語 ご )の原文 げんぶん が、ドイツ訳 やく と附 ふ してアントン・ヘルマン(ヘルマン・アンタル (ハンガリー語 ご 版 ばん ) )の1894年 ねん 論文 ろんぶん に掲載 けいさい されている[5] 。
貧 まず しい夫婦 ふうふ に子供 こども ができず、妻 つま が森 もり で出会 であ った老女 ろうじょ に不平 ふへい をもらす。老婆 ろうば は知恵 ちえ を授 さづ け、「家 いえ に帰 かえ ってカボチャ(ドイツ語 ご : Kürbis ; ロマ語 ご :dudum )を割 わ り、ミルクを注 そそ いで飲 の め。そうすれば男 おとこ の子 こ を授 さず かり、その子 こ は運 うん と富 とみ に恵 めぐ まれるだろう」と教示 きょうし する。立派 りっぱ な男 おとこ の子 こ は生 う まれるが、母親 ははおや は産後 さんご まもなく病没 びょうぼつ する[2] [5] 。
20歳 さい になった青年 せいねん は、立身 りっしん のため世界 せかい を旅 たび し、裕福 ゆうふく な王 おう が治 おさ める大都市 だいとし にたどりつく。王 おう には自慢 じまん の王女 おうじょ がいたが、世界 せかい で誰 だれ も成 な したためしのない何 なに かを披露 ひろう できる人物 じんぶつ にこれを嫁 とつ がせようと決 き めていた[2] [5] 。
これまで多 おお くの挑戦 ちょうせん 者 しゃ が失敗 しっぱい し、処刑 しょけい されてきた。青年 せいねん は、王女 おうじょ をもらいたいのですが何 なに をすればよいか教 おし えてくださいと不躾 ぶしつけ に聞 き き、王 おう の命 いのち で地下 ちか 牢 ろう に放 ほう り込 こ まれる。するとマトゥヤ(Matuyá; ロマ語 ご 原文 げんぶん :Matuja )という妖精 ようせい の女王 じょおう が現 あらわ れ、手助 てだす けをする。青年 せいねん に箱 はこ と棒 ぼう を与 あた えた妖精 ようせい は、さらに自分 じぶん の髪 かみ の毛 け を何 なん 本 ほん か抜 ぬ いて渡 わた し、箱 はこ と棒 ぼう にそれぞれ弦 つる のように張 は れ、と指示 しじ した。こうしてできた楽器 がっき に弓 ゆみ をつがえて演奏 えんそう すると、音楽 おんがく にあわせて、聴衆 ちょうしゅう に喜怒哀楽 きどあいらく が沸 わ き起 お こった(妖精 ようせい がそのつど笑 わら いや嘆 なげ きを楽器 がっき に吹 ふ き込 こ んでいたので、そのしわざである)。楽 らく 才 ざい を王 おう に認 みと められ、青年 せいねん は王女 おうじょ を妻 つま にもらいうけた。「こうしてこの世 よ にヴァイオリンは出来 でき たとさ Kade avelas schetra andre lime」と物語 ものがたり は締 し めくくる[2] [5] [注 ちゅう 1] 。
民話 みんわ から発祥 はっしょう する魔法 まほう 譚 たん 。おとぎ話 ばなし の定番 ていばん である老婆 ろうば と善 ぜん なる妖精 ようせい が登場 とうじょう し、いずれとも魔法使 まほうつか いである。妖精 ようせい マトゥヤは、インド に伝 つた わる魔法 まほう 物語 ものがたり に由来 ゆらい する(ロマの物語 ものがたり には多 おお い)が、トランシルヴァニア、ハンガリー 、ポーランド 、ロシア 、セルビア のロマ神話 しんわ ではウルシトリ (英語 えいご 版 ばん ) の女王 じょおう とされる。ウルシトリは山肌 やまはだ の御殿 ごてん にすむ妖精 ようせい たちで、歌 うた や舞踏 ぶとう を好 この み、音楽 おんがく の象徴 しょうちょう である[7] 。
よく似 に た内容 ないよう の話 はなし がポーランドの作家 さっか イェジィ・フィツォフスキ による再話 さいわ 「魔法 まほう の箱 はこ Zaczarowana skrzynka 」である(『太陽 たいよう の木 き の枝 えだ 』所収 しょしゅう 、1961年 ねん )。このポーランド版 ばん では、マトゥヤ(Matuja)という名 な のブナ の木 き の精霊 せいれい が、同 おな じくくりぬいたカボチャにミルクを注 そそ いで飲 の めと勧 すす め、無事 ぶじ に男 おとこ の子 こ が誕生 たんじょう し、「幸運 こううん 」を意味 いみ する「バフタロー(Bachtalo)」と名付 なづ けられる[8] [9] 。
これは楽器 がっき の発祥 はっしょう を伝 つた える由来 ゆらい 譚 たん は、他 た の地域 ちいき や文化 ぶんか にもみられ、他 た 例 れい にハンガリーの「ヴァイオリン」のおとぎ話 ばなし やモンゴル の「モリンホール 」の由来 ゆらい 譚 たん が挙 あ げられるが、いずれもトランシルヴァニアのヴァイオリン起源 きげん との共通 きょうつう 性 せい は乏 とぼ しい。ギリシア神話 しんわ では、パーン に追 お われたシューリンクス (英語 えいご 版 ばん ) が葦 あし 、ついで楽器 がっき の葦笛 あしぶえ (パンフルート )となった変身 へんしん 譚 たん が有名 ゆうめい である[10] 。
同 どう 題名 だいめい の説話 せつわ [ 編集 へんしゅう ]
トランシルヴァニアおとぎ話 ばなし には、もうひとつ同 どう 題名 だいめい の「ヴァイオリンの創造 そうぞう 」があるが(これもヴィスロッキが刊行 かんこう 、のちにグルームが英訳 えいやく )[11] [12] 、これはハッピーエンド を欠 か き、話 はなし 筋 すじ も脈絡 みゃくらく がもつれるため、知名度 ちめいど は低 ひく い[要 よう 出典 しゅってん ] 。あらすじでは、若 わか い女 おんな が裕福 ゆうふく な狩人 かりゅうど に恋慕 れんぼ するが振 ふ り向 む いてもらえずに悪魔 あくま と接触 せっしょく する。家族 かぞく を犠牲 ぎせい に悪魔 あくま のヴァイオリンを入手 にゅうしゅ し狩人 かりゅうど を誘惑 ゆうわく する。彼女 かのじょ の父親 ちちおや が楽器 がっき の函 はこ となり、4人 にん の男 おとこ の兄弟 きょうだい は弦 つる 、母親 ははおや は弓 ゆみ となる。結末 けつまつ には、若 わか い女 おんな は悪魔 あくま を崇拝 すうはい することを拒 こば み連 つ れ去 さ られる。森林 しんりん に置 お き去 ざ りにされたヴァイオリンは、やがてジプシーの旅人 たびびと に拾 ひろ われる[11] [13] 。こちらはグリム童話 どうわ KHM28 「歌 うた う骨 ほね 」の類 るい 話 ばなし とされており[12] 、 ハンガリー のロマ(ジプシー)の説話 せつわ が、これと酷似 こくじ したものとして(英訳 えいやく で)発表 はっぴょう されている
[14] 。
ロマ人 じん のなかでも有名 ゆうめい 屈指 くっし なおとぎ話 ばなし で、幾 いく つものおとぎ話 ばなし 集 しゅう に所収 しょしゅう されている[15] [16] [17] 。朗読 ろうどく やラジオドラマ 化 か 、おとぎ芝居 しばい 化 か され、教材 きょうざい にも使 つか われる[18] [19] [20] [21] 。
解釈 かいしゃく 学 がく の応用 おうよう [ 編集 へんしゅう ]
音楽 おんがく 療法 りょうほう 士 し で民話 みんわ と音楽 おんがく の関連 かんれん の研究 けんきゅう 家 か でもあるローゼマリー・テュプカー (ドイツ語 ご 版 ばん 、英語 えいご 版 ばん ) は、この物語 ものがたり についての現代 げんだい の聴衆 ちょうしゅう の反応 はんのう をデータにとり、解釈 かいしゃく 学 がく を用 もち いて解析 かいせき を試 こころ みている。手法 しゅほう としては研究 けんきゅう 対象 たいしょう 者 しゃ から物語 ものがたり 全体 ぜんたい についての感想 かんそう に加 くわ え、各 かく テーマ(貧困 ひんこん 、子宝 こだから に恵 めぐ まれない夫婦 ふうふ 、裕福 ゆうふく な王 おう とその美 うつく しい王女 おうじょ 、前人未到 ぜんじんみとう の事績 じせき の達成 たっせい )についての意見 いけん を収集 しゅうしゅう している[22] 。
テュプカーによれば、これは「貧困 ひんこん と富裕 ふゆう 」など、対極 たいきょく する世界 せかい を描 えが く物語 ものがたり である。裕福 ゆうふく な王 おう は、王女 おうじょ を物品 ぶっぴん のように所有 しょゆう ・支配 しはい し、その心情 しんじょう を汲 く むことはせず、意 い のままに褒賞 ほうしょう として利用 りよう する。ここでは物欲 ぶつよく 、成功 せいこう と挫折 ざせつ 、英断 えいだん などがテーマとなっており、物語 ものがたり 中 ちゅう では競技 きょうぎ の場面 ばめん がその最 さい たる例 れい である。そして世 よ の中 なか 無理 むり なものはしょせん無理 むり なのであって、老婆 ろうば や妖精 ようせい など魔法 まほう の助力 じょりょく がなくばおいそれと達成 たっせい はできない[22] 。
そうした競争 きょうそう 社会 しゃかい と隔絶 かくぜつ した世界 せかい が、すなわちヴァイオリンの世界 せかい であるが、ここでは単 たん なる楽器 がっき というより、音楽 おんがく の黎明 れいめい そのものを意味 いみ している。心 こころ 動 うご かされ、互 たが いの心 しん の琴線 きんせん に触 ふ れ、視覚 しかく にも聴覚 ちょうかく にも訴 うった える刺激 しげき が「世 よ にも初 はじ めてのもの」として披露 ひろう されたことを、この物語 ものがたり は、象徴 しょうちょう している[22] 。
このおとぎ話 ばなし は、性欲 せいよく のない世界 せかい における男女 だんじょ 共存 きょうぞん も表象 ひょうしょう している。精神 せいしん 分析 ぶんせき 学 がく の観点 かんてん からすれば、「生殖 せいしょく 性 せい (英語 えいご 版 ばん ) 」(または「世代 せだい 発生 はっせい 性 せい 」ドイツ語 ご : Generativität )や、トライアンギュレーション (英語 えいご 版 ばん ) の領域 りょういき である。感情 かんじょう に訴 うった える音楽家 おんがくか の力 ちから とは、王 おう の権力 けんりょく と根本 こんぽん 的 てき に異 こと なっている[22] 。
貧 まず しい青年 せいねん も、王女 おうじょ も、不完全 ふかんぜん な家庭 かてい という境遇 きょうぐう にあることが指摘 してき される。青年 せいねん の両親 りょうしん のうち夫 おっと のほうは「父親 ちちおや 」として紹介 しょうかい されることはなく、王女 おうじょ の母親 ははおや はまったく登場 とうじょう しない[23] 。
ヴァイオリンは、笑 わら いと涙 なみだ 、喜楽 きらく と悲哀 ひあい 、愛 あい と死 し という二元 にげん 性 せい を表現 ひょうげん できる、感情 かんじょう 的 てき な楽器 がっき とされている。しかし、おとぎ話 ばなし と違 ちが って、現実 げんじつ には長年 ながねん の練習 れんしゅう を経 へ ずには、そうした感情 かんじょう を聴衆 ちょうしゅう に伝 つた えるには至 いた らないものである[23] 。
^ ヘルマンの解釈 かいしゃく によれば、この schetra と言 い う語 かたり 「ヴァイオリン」の意味 いみ としてハンガリー南部 なんぶ 地方 ちほう のロマが使用 しよう する語 かたり であり、トランシルヴァニア地方 ちほう のロマはヴァイオリンを hegedive 、 ハンガリー全般 ぜんぱん のロマは lávuta と呼 よ ぶ、としている。
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