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モラル・ハザード

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

モラル・ハザードえい: moral hazard)には、以下いかの3つのことなる意味いみがある。ただし、3.の意味いみ英語えいごの「moral hazard」にはなく日本にっぽん独自どくじのものであり、誤用ごようとされることがおおい。また、論者ろんしゃによって意味いみおおきくことなり、あつかいのむずかしい用語ようごである。

  1. プリンシパル=エージェント理論りろん経済けいざいがくプリンシパル=エージェント関係かんけい(「使用しようしゃ被用者ひようしゃ関係かんけい」など)において、情報じょうほう非対称ひたいしょうせいによりエージェントの行動こうどうについてプリンシパルがりえない情報じょうほう専門せんもん知識ちしきがある(片方かたがたがわのみ情報じょうほう専門せんもん知識ちしきゆうする)ことから、エージェントの行動こうどうゆがみがしょう効率こうりつてき資源しげん配分はいぶんさまたげられる現象げんしょう。「かくされた行動こうどう」によってきる。
  2. 保険ほけんにおけるモラル・ハザード。保険ほけん加入かにゅうしていることにより、リスクをともなう行動こうどうしょうじること。広義こうぎには、1.にふくまれる。
  3. 倫理りんり欠如けつじょ倫理りんりかん道徳どうとくてき節度せつどがなくなり、社会しゃかいてき責任せきにんたさないこと(「バレなければよい」というかんがえが醸成じょうせいされるなど)。

プリンシパル=エージェント問題もんだい[編集へんしゅう]

プリンシパル=エージェント関係かんけいにおけるモラル・ハザードを、わかりやすくいいかえれば以下いかれいげられる。

  • 外回そとまわりの営業えいぎょうマン(エージェント)が、上司じょうし(プリンシパル)のぬすんで、勤務きんむ時間じかんちゅう仕事しごとおこた場合ばあい
  • 医師いしまたは薬剤師やくざいし必要ひつようおおくのくすり患者かんじゃあたえ、利益りえきやそうとする場合ばあい
  • 会社かいしゃ株主かぶぬし(プリンシパル)が経営けいえいしゃ(エージェント)を、業績ぎょうせき連動れんどうする報酬ほうしゅう任用にんようした場合ばあい経営けいえいしゃ会社かいしゃおおきな利益りえきをもたらせば高額こうがく報酬ほうしゅうるが、多額たがく損失そんしつ会社かいしゃあたえても(あからさまな過失かしつ故意こい立証りっしょうされないかぎりは)損失そんしつ負担ふたんする義務ぎむはなく、最悪さいあくでも解任かいにんされるのみである。このとき経営けいえいしゃ収入しゅうにゅう期待きたい最大さいだいする経営けいえい判断はんだんは、会社かいしゃにとってもっと合理ごうりてき判断はんだんよりも、よりハイリスク・ハイリターンなものとなる。しかし、株主かぶぬし経営けいえい判断はんだんのための十分じゅうぶん情報じょうほうをもたないため経営けいえいしゃ判断はんだんまかせるほかない。

建設けんせつ工事こうじ請負うけおい契約けいやくとう日本にっぽん請負うけおい契約けいやく現場げんばにおいては、信義しんぎそくが「契約けいやく当事とうじしゃによるモラルハザードを禁止きんしする規則きそく」としてあつかわれている[1]

ダブルモラルハザード[編集へんしゅう]

伝統でんとうてきなプリンシパル=エージェント理論りろんにおけるモラル・ハザードは、エージェントの行動こうどうについてプリンシパルがりえない情報じょうほう専門せんもん知識ちしきがある場合ばあい対象たいしょうとしてきた。これにたいして、プリンシパルとエージェントの両者りょうしゃが、それぞれの努力どりょく水準すいじゅん相手あいて観測かんそくされないことを利用りようしてみずからの利益りえき追求ついきゅうするような状況じょうきょうダブルモラルハザードえい:double-sided moral hazard)とぶ。

保険ほけんにおけるモラル・ハザード[編集へんしゅう]

参議院さんぎいん報告ほうこくしょ[2]

保険ほけん契約けいやくしゃがわのモラル・ハザード[編集へんしゅう]

「モラル・ハザード」は本来ほんらい保険ほけん業界ぎょうかい使つかわれていた用語ようごで、「保険ほけんによって事故じこ補償ほしょうされる」というかんがえが醸成じょうせいされ、保険ほけんしゃのリスク回避かいひ注意ちゅうい義務ぎむ阻害そがいするという現象げんしょうす。この場合ばあいれいとしては以下いかげられる。

  • 自動車じどうしゃ保険ほけんにおいて、保険ほけんによって交通こうつう事故じこ損害そんがい補償ほしょうされることにより、「軽度けいど事故じこなら保険ほけんきん支払しはらわれる」というかんがえが醸成じょうせいされ、加入かにゅうしゃ注意ちゅうい義務ぎむ散漫さんまんになり、かえって事故じこ発生はっせいかくりつたかまる場合ばあい
  • 金融きんゆうにおいて、金融きんゆう機関きかん倒産とうさんともな連鎖れんさ倒産とうさんふせぐため、あるいは預金よきん保護ほごのためにおこな政府せいふ資金しきん注入ちゅうにゅう予見よけんし、金融きんゆう機関きかん経営けいえいしゃ株主かぶぬし預金よきんしゃらが、経営けいえい資産しさん運用うんようとうにおける自己じこ規律きりつうしな場合ばあい。この実例じつれいコスモ信用組合しんようくみあいである。
  • 医療いりょう保険ほけんにおいて、診察しんさつりょう半分はんぶん以上いじょう保険ほけん支払しはらわれるために、加入かにゅうしゃ健康けんこう維持いじ注意ちゅういおこたって、かえって病気びょうきにかかりやすくなる場合ばあい

火災かさい保険ほけんをかけたために、注意ちゅうい義務ぎむおこたり、結果けっかとして火事かじのリスクがたかまる」などのリスク回避かいひおろかにすることを「モラル・ハザード」(morale hazard)、「火災かさい保険ほけんをかけておいて放火ほうかする」などの意図いとてき事件じけんこすことを「モラル・ハザード」(moral hazard)とける場合ばあいもある。

とくに、保険ほけんきん詐取さしゅ目的もくてきとして故意こい惹起じゃっきされる事故じこモラルリスク(moral risk)とける。保険ほけんきん詐欺さぎ行為こうい刑法けいほう246じょう詐欺さぎざい該当がいとうする犯罪はんざい行為こういである。

また、一部いちぶ社会しゃかい主義しゅぎこくられるような努力どりょくしても努力どりょくしなくても生活せいかつ水準すいじゅん変化へんかがあまりしょうじないのことから、全体ぜんたいなまけていくことのたとえにももちいられる。

2008ねんサブプライムショック緩和かんわするため、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく連邦れんぽう政府せいふ金融きんゆう機関きかん公的こうてき資金しきん投入とうにゅうしようとしたときに、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく議会ぎかいで「モラルハザードが発生はっせいする」との反対はんたい意見いけんて、予算よさんあん否決ひけつされたこともある。一方いっぽう保険ほけんしゃ契約けいやくしゃ、また弁護士べんごしなどが共謀きょうぼうして損害そんがい過小かしょう評価ひょうかさせようとするケースもある。

保険ほけんしゃがわのモラル・ハザード[編集へんしゅう]

生損保せいそんぽ業界ぎょうかいは2005ねんから2007ねんの3年間ねんかんでも、損害そんがい保険ほけんでは128 まんけん以上いじょう生命せいめい保険ほけんでは164 まんけん以上いじょう保険ほけんきん不払ふばらいが検出けんしゅつされ、べ200けん以上いじょう金融きんゆうちょう行政ぎょうせい処分しょぶんおこなわれている[2]

また、2010ねんには、不本意ふほんい保険ほけんけられた状態じょうたい保険ほけんしゃが「契約けいやく解除かいじょ」を請求せいきゅうできる保険ほけんしゃ離脱りだつ制度せいど導入どうにゅうされたが、窓口まどぐち職員しょくいんには周知しゅうちされていない保険ほけん会社かいしゃもあるという。

倫理りんり欠如けつじょ[編集へんしゅう]

この「倫理りんり欠如けつじょ」という意味いみでのモラルハザードは、英語えいごのmoral hazardにはない日本にっぽん独特どくとく用法ようほうであり、海外かいがいではほぼ通用つうようしない。先述せんじゅつの「プリンシパル=エージェント問題もんだい」や「保険ほけんにおけるモラル・ハザード」もふくかんがえである。

「モラル・ハザード」を日本語にほんご翻訳ほんやくするさい直訳ちょくやくされたため「道徳どうとくてき危険きけん」とやくされた。そして、

  • 保険ほけん加入かにゅうしてみずからが火災かさいこす保険ほけんきん詐欺さぎ
  • 給食きゅうしょくはらわないおや増加ぞうか

といったれいをモラル・ハザードとして説明せつめいするさいに、節度せつどうしなった道徳どうとくてき利益りえき追求ついきゅうすという解釈かいしゃくがなされた。日本にっぽんで「モラル・ハザード」といえばこの意味いみをさすことがおおい。しかし、このような「倫理りんり道徳どうとくかん欠如けつじょ崩壊ほうかい空洞くうどう」という用法ようほうは、以前いぜんから誤用ごようとして識者しきしゃ指摘してきされていた。2003ねん11月13にち国立こくりつ国語こくご研究所けんきゅうじょによる『だいかい外来がいらい」いいか提案ていあん』によって、モラル・ハザードは「倫理りんり崩壊ほうかい」「倫理りんり欠如けつじょ」との意味いみもちいられていた状況じょうきょう報告ほうこくされている。

本来ほんらい、「モラル・ハザード」には道徳どうとくてき意味合いみあいはない。そもそも、英語えいごの “moral” には「道徳どうとくてき」のほかに「心理しんりてき」「教訓きょうくんてき」といった用法ようほうもあり、モラルが「道徳どうとく」を意味いみするかどうかも一概いちがいにはえない。保険ほけんぎょう経済けいざいがくにおける専門せんもん用語ようごとしての「モラル・ハザード」には上述じょうじゅつとお経済けいざいがくてき保険ほけんぎょうてき特別とくべつ意味いみがあるので、このかたり倫理りんり道徳どうとく関連かんれんさせて使つか用法ようほうただしくない。 しかし、近年きんねんでは国語こくご辞典じてんに「倫理りんり欠如けつじょ」と定義ていぎされるなど[3]数多あまたあるカタカナひとつとして定着ていちゃくしつつある[4]

用語ようご歴史れきし[編集へんしゅう]

じつ欧米おうべいにおいてもこの用語ようご意味いみには混乱こんらんがある。デンベとボーデンの調査ちょうさによれば[5]、この用語ようごはじめてあらわれたのは 1600年代ねんだいであり、1800年代ねんだい終盤しゅうばんにはイギリスの保険ほけん業界ぎょうかいひろ使つかわれていた。この言葉ことば初期しょき用法ようほうにはネガティブな意味合いみあいがあり、(通常つうじょう保険ほけん加入かにゅうしゃがわの)詐欺さぎ倫理りんりてき行為こういしていた。しかし、デンベとボーデンの指摘してきでは、1700年代ねんだい意思いし決定けってい過程かてい研究けんきゅうした著名ちょめい数学すうがくしゃたちが “moral” を “subjective” (主観しゅかんの)という意味いみ使つかい、これが言葉ことばなかしん倫理りんりてき側面そくめんおおかくしたものらしい[6]

モラル・ハザードの概念がいねんは1960年代ねんだい経済けいざい学者がくしゃたちによりあらたな研究けんきゅうテーマとなったが、このときは倫理りんりてき行為こうい詐欺さぎ意味いみしなかった。経済けいざい学者がくしゃたちがこの言葉ことば意味いみしたのはリスクが把握はあくされない場合ばあいしょう効率こうりつのことであり、関与かんよする人々ひとびと倫理りんり道徳どうとくのことではなかった。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 小林こばやしきよし大本おおもと俊彦としひこ横松よこまつそうふとしわかおおやけたかしさとし建設けんせつ請負うけおい契約けいやく構造こうぞう社会しゃかいてき効率こうりつせい」『土木どぼく学会がっかいろん文集ぶんしゅうだい2001かんだい688ごう土木どぼく学会がっかい、2001ねん10がつ、89-100ぺーじdoi:10.2208/jscej.2001.688_892022ねん8がつ2にち閲覧えつらん 
  2. ^ a b 井上いのうえ涼子りょうこ 2007.
  3. ^ コトバンクモラルハザードデジタル大辞泉だいじせん大辞林だいじりん だいさんはん、2015ねん9がつ26にち閲覧えつらん
  4. ^ 10ふんかる「モラル」の意味いみ使つかかた三省堂さんせいどう、2015ねん9がつ26にち閲覧えつらん
  5. ^ Dembe & Boden 2000, pp. 257–279
  6. ^ David Anderson, Ph. D. "The Story of the moral"(2009ねん1がつ10日とおか時点じてんアーカイブ

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]