モラル・ハザード (英 えい : moral hazard )には、以下 いか の3つの異 こと なる意味 いみ がある。ただし、3.の意味 いみ は英語 えいご の「moral hazard」にはなく日本 にっぽん 独自 どくじ のものであり、誤用 ごよう とされることが多 おお い。また、論者 ろんしゃ によって意味 いみ が大 おお きく異 こと なり、扱 あつか いの難 むずか しい用語 ようご である。
プリンシパル=エージェント理論 りろん 。経済 けいざい 学 がく のプリンシパル=エージェント関係 かんけい (「使用 しよう 者 しゃ と被用者 ひようしゃ の関係 かんけい 」など)において、情報 じょうほう の非対称 ひたいしょう 性 せい によりエージェントの行動 こうどう についてプリンシパルが知 し りえない情報 じょうほう や専門 せんもん 知識 ちしき がある(片方 かたがた の側 がわ のみ情報 じょうほう と専門 せんもん 知識 ちしき を有 ゆう する)ことから、エージェントの行動 こうどう に歪 ゆが みが生 しょう じ効率 こうりつ 的 てき な資源 しげん 配分 はいぶん が妨 さまた げられる現象 げんしょう 。「隠 かく された行動 こうどう 」によって起 お きる。
保険 ほけん におけるモラル・ハザード。保険 ほけん に加入 かにゅう していることにより、リスクをともなう行動 こうどう が生 しょう じること。広義 こうぎ には、1.に含 ふく まれる。
倫理 りんり の欠如 けつじょ 。倫理 りんり 観 かん や道徳 どうとく 的 てき 節度 せつど がなくなり、社会 しゃかい 的 てき な責任 せきにん を果 は たさないこと(「バレなければよい」という考 かんが えが醸成 じょうせい されるなど)。
プリンシパル=エージェント問題 もんだい [ 編集 へんしゅう ]
プリンシパル=エージェント関係 かんけい におけるモラル・ハザードを、わかりやすくい換 いか えれば以下 いか の例 れい が挙 あ げられる。
外回 そとまわ りの営業 えいぎょう マン (エージェント)が、上司 じょうし (プリンシパル)の目 め を盗 ぬす んで、勤務 きんむ 時間 じかん 中 ちゅう に仕事 しごと を怠 おこた る場合 ばあい 。
医師 いし または薬剤師 やくざいし が不 ふ 必要 ひつよう に多 おお くの薬 くすり を患者 かんじゃ に与 あた え、利益 りえき を増 ふ やそうとする場合 ばあい 。
会社 かいしゃ の株主 かぶぬし (プリンシパル)が経営 けいえい 者 しゃ (エージェント)を、業績 ぎょうせき に連動 れんどう する報酬 ほうしゅう で任用 にんよう した場合 ばあい 、経営 けいえい 者 しゃ は会社 かいしゃ に大 おお きな利益 りえき をもたらせば高額 こうがく の報酬 ほうしゅう を得 え るが、多額 たがく の損失 そんしつ を会社 かいしゃ に与 あた えても(あからさまな過失 かしつ ・故意 こい が立証 りっしょう されない限 かぎ りは)損失 そんしつ を負担 ふたん する義務 ぎむ はなく、最悪 さいあく でも解任 かいにん されるのみである。このとき経営 けいえい 者 しゃ の収入 しゅうにゅう 期待 きたい 値 ち を最大 さいだい 化 か する経営 けいえい 判断 はんだん は、会社 かいしゃ にとって最 もっと も合理 ごうり 的 てき な判断 はんだん よりも、よりハイリスク・ハイリターンなものとなる。しかし、株主 かぶぬし は経営 けいえい 判断 はんだん のための十分 じゅうぶん な情報 じょうほう をもたないため経営 けいえい 者 しゃ の判断 はんだん に任 まか せるほかない。
建設 けんせつ 工事 こうじ 請負 うけおい 契約 けいやく 等 とう 日本 にっぽん の請負 うけおい 契約 けいやく の現場 げんば においては、信義 しんぎ 則 そく が「契約 けいやく 当事 とうじ 者 しゃ によるモラルハザードを禁止 きんし する規則 きそく 」として扱 あつか われている[1] 。
伝統 でんとう 的 てき なプリンシパル=エージェント理論 りろん におけるモラル・ハザードは、エージェントの行動 こうどう についてプリンシパルが知 し りえない情報 じょうほう や専門 せんもん 知識 ちしき がある場合 ばあい を対象 たいしょう としてきた。これに対 たい して、プリンシパルとエージェントの両者 りょうしゃ が、それぞれの努力 どりょく 水準 すいじゅん が相手 あいて に観測 かんそく されないことを利用 りよう して自 みずか らの利益 りえき を追求 ついきゅう するような状況 じょうきょう をダブルモラルハザード (英 えい :double-sided moral hazard)と呼 よ ぶ。
保険 ほけん におけるモラル・ハザード[ 編集 へんしゅう ]
参議院 さんぎいん 報告 ほうこく 書 しょ 。
保険 ほけん 契約 けいやく 者 しゃ 側 がわ のモラル・ハザード[ 編集 へんしゅう ]
「モラル・ハザード」は本来 ほんらい は保険 ほけん 業界 ぎょうかい で使 つか われていた用語 ようご で、「保険 ほけん によって事故 じこ が補償 ほしょう される」という考 かんが えが醸成 じょうせい され、被 ひ 保険 ほけん 者 しゃ のリスク回避 かいひ や注意 ちゅうい 義務 ぎむ を阻害 そがい するという現象 げんしょう を指 さ す。この場合 ばあい の例 れい としては以下 いか が挙 あ げられる。
自動車 じどうしゃ 保険 ほけん において、保険 ほけん によって交通 こうつう 事故 じこ の損害 そんがい が補償 ほしょう されることにより、「軽度 けいど の事故 じこ なら保険 ほけん 金 きん が支払 しはら われる」という考 かんが えが醸成 じょうせい され、加入 かにゅう 者 しゃ の注意 ちゅうい 義務 ぎむ が散漫 さんまん になり、かえって事故 じこ の発生 はっせい 確 かく 率 りつ が高 たか まる場合 ばあい 。
金融 きんゆう において、金融 きんゆう 機関 きかん の倒産 とうさん に伴 ともな う連鎖 れんさ 倒産 とうさん を防 ふせ ぐため、あるいは預金 よきん 保護 ほご のために行 おこな う政府 せいふ の資金 しきん 注入 ちゅうにゅう を予見 よけん し、金融 きんゆう 機関 きかん の経営 けいえい 者 しゃ 、株主 かぶぬし や預金 よきん 者 しゃ らが、経営 けいえい や資産 しさん 運用 うんよう 等 とう における自己 じこ 規律 きりつ を失 うしな う場合 ばあい 。この実例 じつれい がコスモ信用組合 しんようくみあい である。
医療 いりょう 保険 ほけん において、診察 しんさつ 料 りょう の半分 はんぶん 以上 いじょう が保険 ほけん で支払 しはら われるために、加入 かにゅう 者 しゃ が健康 けんこう 維持 いじ の注意 ちゅうい を怠 おこた って、かえって病気 びょうき にかかりやすくなる場合 ばあい 。
「火災 かさい 保険 ほけん をかけたために、注意 ちゅうい 義務 ぎむ を怠 おこた り、結果 けっか として火事 かじ のリスクが高 たか まる」などのリスク回避 かいひ を疎 おろ かにすることを「モラー ル・ハザード」(morale hazard)、「火災 かさい 保険 ほけん をかけておいて放火 ほうか する」などの意図 いと 的 てき に事件 じけん を起 お こすことを「モラル・ハザード」(moral hazard)と分 わ ける場合 ばあい もある。
特 とく に、保険 ほけん 金 きん 詐取 さしゅ を目的 もくてき として故意 こい に惹起 じゃっき される事故 じこ をモラルリスク (moral risk)と言 い い分 わ ける。保険 ほけん 金 きん 詐欺 さぎ 行為 こうい は刑法 けいほう 246条 じょう の詐欺 さぎ 罪 ざい に該当 がいとう する犯罪 はんざい 行為 こうい である。
また、一部 いちぶ の社会 しゃかい 主義 しゅぎ 国 こく で見 み られるような努力 どりょく しても努力 どりょく しなくても生活 せいかつ 水準 すいじゅん に変化 へんか や差 さ があまり生 しょう じないのことから、全体 ぜんたい が怠 なま けていくことの例 たと えにも用 もち いられる。
2008年 ねん のサブプライムショック を緩和 かんわ するため、アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 連邦 れんぽう 政府 せいふ が金融 きんゆう 機関 きかん に公的 こうてき 資金 しきん を投入 とうにゅう しようとした時 とき に、アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 議会 ぎかい で「モラルハザードが発生 はっせい する」との反対 はんたい 意見 いけん が出 で て、予算 よさん 案 あん が否決 ひけつ されたこともある。一方 いっぽう 、保険 ほけん 者 しゃ と契約 けいやく 者 しゃ 、また弁護士 べんごし などが共謀 きょうぼう して損害 そんがい を過小 かしょう に評価 ひょうか させようとするケースもある。
保険 ほけん 者 しゃ 側 がわ のモラル・ハザード[ 編集 へんしゅう ]
生損保 せいそんぽ 業界 ぎょうかい は2005年 ねん から2007年 ねん の3年間 ねんかん でも、損害 そんがい 保険 ほけん では128 万 まん 件 けん 以上 いじょう 、生命 せいめい 保険 ほけん では164 万 まん 件 けん 以上 いじょう の保険 ほけん 金 きん 不払 ふばら いが検出 けんしゅつ され、延 の べ200件 けん 以上 いじょう の金融 きんゆう 庁 ちょう の行政 ぎょうせい 処分 しょぶん が行 おこな われている。
また、2010年 ねん には、不本意 ふほんい な保険 ほけん を掛 か けられた状態 じょうたい の被 ひ 保険 ほけん 者 しゃ が「契約 けいやく の解除 かいじょ 」を請求 せいきゅう できる被 ひ 保険 ほけん 者 しゃ 離脱 りだつ 制度 せいど が導入 どうにゅう されたが、窓口 まどぐち 職員 しょくいん には周知 しゅうち されていない保険 ほけん 会社 かいしゃ もあるという。
「倫理 りんり の欠如 けつじょ 」 [ 編集 へんしゅう ]
この「倫理 りんり の欠如 けつじょ 」という意味 いみ でのモラルハザードは、英語 えいご のmoral hazardにはない日本 にっぽん 独特 どくとく の用法 ようほう であり、海外 かいがい ではほぼ通用 つうよう しない。先述 せんじゅつ の「プリンシパル=エージェント問題 もんだい 」や「保険 ほけん におけるモラル・ハザード」も含 ふく む考 かんが えである。
「モラル・ハザード」を日本語 にほんご に翻訳 ほんやく する際 さい 、直訳 ちょくやく されたため「道徳 どうとく 的 てき 危険 きけん 」と訳 やく された。そして、
保険 ほけん に加入 かにゅう して自 みずか らが火災 かさい を起 お こす保険 ほけん 金 きん 詐欺 さぎ
給食 きゅうしょく 費 ひ を払 はら わない親 おや の増加 ぞうか
といった例 れい をモラル・ハザードとして説明 せつめい する際 さい に、節度 せつど を失 うしな った非 ひ 道徳 どうとく 的 てき な利益 りえき 追求 ついきゅう を指 さ すという解釈 かいしゃく がなされた。日本 にっぽん で「モラル・ハザード」といえばこの意味 いみ をさすことが多 おお い。しかし、このような「倫理 りんり ・道徳 どうとく 観 かん の欠如 けつじょ ・崩壊 ほうかい ・空洞 くうどう 化 か 」という用法 ようほう は、以前 いぜん から誤用 ごよう として識者 しきしゃ に指摘 してき されていた。2003年 ねん 11月13日 にち 、国立 こくりつ 国語 こくご 研究所 けんきゅうじょ による『第 だい 二 に 回 かい 「外来 がいらい 語 ご 」い換 いか え提案 ていあん 』によって、モラル・ハザードは「倫理 りんり 崩壊 ほうかい 」「倫理 りんり の欠如 けつじょ 」との意味 いみ で用 もち いられていた状況 じょうきょう が報告 ほうこく されている。
本来 ほんらい 、「モラル・ハザード」には道徳 どうとく 的 てき な意味合 いみあ いはない。そもそも、英語 えいご の “moral” には「道徳 どうとく 的 てき 」のほかに「心理 しんり 的 てき 」「教訓 きょうくん 的 てき 」といった用法 ようほう もあり、モラルが「道徳 どうとく 」を意味 いみ するかどうかも一概 いちがい には言 い えない。保険 ほけん 業 ぎょう や経済 けいざい 学 がく における専門 せんもん 用語 ようご としての「モラル・ハザード」には上述 じょうじゅつ の通 とお り経済 けいざい 学 がく 的 てき ・保険 ほけん 業 ぎょう 的 てき な特別 とくべつ な意味 いみ があるので、この語 かたり を倫理 りんり ・道徳 どうとく と関連 かんれん させて使 つか う用法 ようほう は正 ただ しくない。
しかし、近年 きんねん では国語 こくご 辞典 じてん に「倫理 りんり の欠如 けつじょ 」と定義 ていぎ されるなど[3] 、数多 あまた あるカタカナ語 ご の一 ひと つとして定着 ていちゃく しつつある[4] 。
実 じつ は欧米 おうべい においてもこの用語 ようご の意味 いみ には混乱 こんらん がある。デンベとボーデンの調査 ちょうさ によれば[5] 、この用語 ようご が初 はじ めて現 あらわ れたのは 1600年代 ねんだい であり、1800年代 ねんだい 終盤 しゅうばん にはイギリスの保険 ほけん 業界 ぎょうかい で広 ひろ く使 つか われていた。この言葉 ことば の初期 しょき の用法 ようほう にはネガティブな意味合 いみあ いがあり、(通常 つうじょう は保険 ほけん 加入 かにゅう 者 しゃ 側 がわ の)詐欺 さぎ や非 ひ 倫理 りんり 的 てき な行為 こうい を指 さ していた。しかし、デンベとボーデンの指摘 してき では、1700年代 ねんだい に意思 いし 決定 けってい 過程 かてい を研究 けんきゅう した著名 ちょめい な数学 すうがく 者 しゃ たちが “moral” を “subjective” (主観 しゅかん の)という意味 いみ で使 つか い、これが言葉 ことば の中 なか の真 しん に倫理 りんり 的 てき な側面 そくめん を覆 おお い隠 かく したものらしい[6] 。
モラル・ハザードの概念 がいねん は1960年代 ねんだい の経済 けいざい 学者 がくしゃ たちにより新 あら たな研究 けんきゅう テーマとなったが、このときは非 ひ 倫理 りんり 的 てき な行為 こうい や詐欺 さぎ は意味 いみ しなかった。経済 けいざい 学者 がくしゃ たちがこの言葉 ことば で意味 いみ したのはリスクが把握 はあく されない場合 ばあい に生 しょう じ得 え る非 ひ 効率 こうりつ のことであり、関与 かんよ する人々 ひとびと の倫理 りんり や道徳 どうとく のことではなかった。
^ 小林 こばやし 潔 きよし 司 し 、大本 おおもと 俊彦 としひこ 、横松 よこまつ 宗 そう 太 ふとし 、若 わか 公 おおやけ 崇 たかし 敏 さとし 「建設 けんせつ 請負 うけおい 契約 けいやく の構造 こうぞう と社会 しゃかい 的 てき 効率 こうりつ 性 せい 」『土木 どぼく 学会 がっかい 論 ろん 文集 ぶんしゅう 』第 だい 2001巻 かん 第 だい 688号 ごう 、土木 どぼく 学会 がっかい 、2001年 ねん 10月 がつ 、89-100頁 ぺーじ 、doi :10.2208/jscej.2001.688_89 、2022年 ねん 8月 がつ 2日 にち 閲覧 えつらん 。
^ コトバンクモラルハザード デジタル大辞泉 だいじせん 、大辞林 だいじりん 第 だい 三 さん 版 はん 、2015年 ねん 9月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。
^ 10分 ふん で分 わ かる「モラル」の意味 いみ と使 つか い方 かた 三省堂 さんせいどう 、2015年 ねん 9月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。
^ Dembe & Boden 2000 , pp. 257–279
^ David Anderson, Ph. D. "The Story of the moral" (2009年 ねん 1月 がつ 10日 とおか 時点 じてん のアーカイブ )
出典 しゅってん は列挙 れっきょ するだけでなく、脚注 きゃくちゅう などを用 もち いてどの記述 きじゅつ の情報 じょうほう 源 げん であるかを明記 めいき してください。記事 きじ の信頼 しんらい 性 せい 向上 こうじょう にご協力 きょうりょく をお願 ねが いいたします。(2016年 ねん 6月 がつ )
Varian, H. R., Microeconomic Analysis, New York, W. W. Norton & Co. Inc., 1978; 2nd ed., 1984.
甲斐 かい , 睦 むつみ 朗 ろう et al. (2003-11), 第 だい 2回 かい 「外来 がいらい 語 ご 」い換 いか え提案 ていあん , 国立 こくりつ 国語 こくご 研究所 けんきゅうじょ , http://www.ninjal.ac.jp/gairaigo/Teian2/iikae_teian2.pdf 2010年 ねん 6月 がつ 28日 にち 閲覧 えつらん 。
Dembe, Allard E; Boden, Leslie I (2000). “Moral hazard: a question of morality?” . New Solutions: A Journal of Environmental and Occupational Health Policy (SAGE Publications Sage CA: Los Angeles, CA) 10 (3): 257-279. doi :10.2190/1GU8-EQN8-02J6-2RXK . https://doi.org/10.2190/1GU8-EQN8-02J6-2RXK .
井上 いのうえ 涼子 りょうこ 「生損保 せいそんぽ 業界 ぎょうかい における保険 ほけん 金 きん 不払 ふばら い問題 もんだい :求 もと められる信頼 しんらい 回復 かいふく へ向 む けた取組 とりくみ 」『立法 りっぽう と調査 ちょうさ 』第 だい 274号 ごう 、参議院 さんぎいん 事務 じむ 局 きょく 、2007年 ねん 10月 がつ 、39-46頁 ぺーじ 、ISSN 09151338 、国立 こくりつ 国会図書館 こっかいとしょかん 書誌 しょし ID :8964984 、2023年 ねん 5月 がつ 26日 にち 閲覧 えつらん 。