ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん

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ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん(ロンドンちかてつ ろせんず、London Underground Map or the TFL Services Map)またはチューブ・マップ英語えいご:tube map)は、ロンドン地下鉄ちかてつ通称つうしょう:チューブ)の路線ろせんえき、ゾーンをえがいた図式ずしきてき配置はいちダイアグラム路線ろせん)である。

図式ずしきてき配置はいちダイアグラムであるため、地理ちりてき正確せいかくせいではなく、路線ろせんじょうえき相対そうたいてき位置いちえき同士どうし接続せつぞく関係かんけい、および料金りょうきんゾーンの範囲はんいしめされている。その設計せっけい思想しそうとく地理ちりてき正確せいかくせいよりもトポロジー(位相いそう幾何きかがくもとづいたかんがかたは、世界中せかいじゅうのネットワーク地図ちず幅広はばひろ採用さいようされている。

歴史れきし[編集へんしゅう]

初期しょき路線ろせん[編集へんしゅう]

1908ねん当時とうじ地下鉄ちかてつ路線ろせん
1926ねん当時とうじ地下鉄ちかてつ路線ろせん

現在げんざい単一たんいつ組織そしきによって管理かんりされているロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんネットワークは、19世紀せいきから20世紀せいき初頭しょとうにかけて路線ろせん建設けんせつした独立どくりつ地下鉄ちかてつ会社かいしゃ集合しゅうごうたいとしてはじまった。それらの会社かいしゃはそれぞれ独自どくじ路線ろせん発行はっこうしていたが、共同きょうどうでそれらを統合とうごうした地図ちずつくることはなかった。初期しょき路線ろせんは、地理ちりてき標準ひょうじゅん地図ちずもとづいた、地理ちりてき特徴とくちょうおよび主要しゅよう道路どうろうえ路線ろせん方向ほうこうえき位置いちしめしただけのものであった。

最初さいしょ統合とうごうされた路線ろせんは、1908ねん、4つの地下鉄ちかてつ会社かいしゃ合併がっぺい会社かいしゃとして誕生たんじょうしたロンドン地下ちか電気でんき鉄道てつどう英語えいご:Underground Electric Railways Company of London Limited、略称りゃくしょう:UERL)によって「アンダーグラウンド」 (Underground) ブランドのした発行はっこうされた[1]統合とうごう路線ろせんには8路線ろせんえがかれており、4路線ろせんはロンドン地下ちか電気でんき鉄道てつどう運営うんえいのこり4路線ろせんかく地下鉄ちかてつ会社かいしゃ運営うんえいしていた:

この初期しょき路線ろせんでは地理ちりてき地図ちず利用りようしたため、いくつかの制限せいげん余儀よぎなくされた。たとえば路線ろせん中央ちゅうおうった部分ぶぶん詳細しょうさいえがくためにディストリクトせんとメトロポリタンせん末端まったん路線ろせん省略しょうりゃくされ、このため完全かんぜんなネットワークとはならなかった[2]

その路線ろせん様々さまざまなフォーマットとスタイルで作成さくせいされつづけ、1920ねんマクドナルド・ギル英語えいごばん作成さくせいしたはじめて地理ちりてき背景はいけい省略しょうりゃくされた路線ろせん発行はっこうされた[3]。ギルの路線ろせんは、デザイン路線ろせんえき配置はいち自由じゆう大幅おおはば向上こうじょうした。路線ろせんはより図式ずしきてきになったが、依然いぜんとして地理ちりてき配置はいちのこっていた。1932ねん発行はっこうされたはんは、ダイアグラムによる路線ろせん導入どうにゅうされるまえ最後さいご地理ちりベースの路線ろせんだった。

ベックの路線ろせん[編集へんしゅう]

ゾーン 1地理ちりベースの非公式ひこうしき路線ろせん
(ベックの路線ろせんとの対比たいひ英語えいごばん記事きじ参照さんしょう
ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんのデザインにならってつくられた路線ろせん乗換のりかええき通常つうじょうえきはこのようにあらわされる

最初さいしょのダイアグラムによる路線ろせんは、1931ねんハリー・ベック英語えいごばんによってデザインされた[4]。ベックは地下鉄ちかてつ従業じゅうぎょういんであったが、地下鉄ちかてつはほとんど地下ちかはしるため、あるえきからべつえきへのかた鉄道てつどう路線ろせんトポロジーだけ)をりたいとおもっている利用りようしゃにとってえき物理ぶつりてき位置いち意味いみがない、ということに気付きづいていた。このアプローチは電気でんき回路かいろのデザインとている。ベックのダイアグラムはそこから着想ちゃくそうたものではないが、かれ同僚どうりょうたちはその類似るいじせい指摘してきした。このためベックは冗談じょうだんで、「ベーカールーせん」から「フェノール樹脂じゅし」へのように、各駅かくえき電気でんき回路かいろ部品ぶひん用語ようごえた路線ろせんつくったことがある[5]

ベックは、えきとそれらをむす直線ちょくせん、そしてテムズがわから構成こうせいされる路線ろせん考案こうあんした。その路線ろせんでは、すべての路線ろせん垂直すいちょく水平すいへいまたはかたむき45直線ちょくせんえがかれている。路線ろせんをよりシンプルかつ路線ろせん同士どうし接続せつぞく強調きょうちょうするため、通常つうじょうえきチェックマーク表現ひょうげん)と乗換のりかええき菱形ひしがた表現ひょうげん)は区別くべつしてえがかれた。当初とうしょロンドン地下鉄ちかてつかれ提案ていあん懐疑かいぎてきだったため、ベックの路線ろせん作成さくせい作業さぎょう正式せいしき業務ぎょうむとしてではなく余暇よか時間じかんおこなわれた。1933ねん、ベックの路線ろせん試験しけんてきしょう冊子さっし紹介しょうかいされるとそれはまたた人気にんきとなった。それ以来いらいロンドン地下鉄ちかてつは、そのネットワークをえがくためにトポロジー・ベースの路線ろせん使用しようしている。

ベックはこの最初さいしょ成功せいこう以降いこう1960ねんまで地下鉄ちかてつ路線ろせんのデザインをつづけた(1939年版ねんばんのみハンス・シェガーがデザインした)[6]。 このあいだ、ベックはあたらしい路線ろせんえき建設けんせつ対応たいおうすると同時どうじにデザインの改良かいりょうつづけた。たとえば、乗換のりかええき記号きごう菱形ひしがたからえんえ、路線ろせんいろ変更へんこうした。 セントラルせん橙色だいだいいろからあかへ、 ベーカールーせんあかから茶色ちゃいろへとかわった。1960ねんのベックによる最終さいしゅうデザインは、現在げんざい路線ろせんちかいものになっていた[7]

ベック[編集へんしゅう]

1960ねんまで、ベックはロンドン地下鉄ちかてつ広報こうほう担当たんとうハロルド・ハッチンソン英語えいごばん(Harold Hutchinson) と不和ふわだった。ハッチンソンはデザイナーではなかったが、1960ねんにロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんかれ独自どくじはん作成さくせいした。それはベックのデザインにおけるなめらかなかくり、いくつかの窮屈きゅうくつ区域くいきたとえばリバプール・ストリートえき周辺しゅうへん)をつくし、さらにおおくの路線ろせん直線ちょくせんでなくなった[8]。ハッチンソンはまた、複数ふくすう路線ろせんとおすことができるくろ乗換のりかええき記号きごう地下鉄ちかてつのみの場合ばあいえんイギリス国鉄こくてつとの乗換のりかええき四角よつかど)を導入どうにゅうした。それは、乗換のりかええきでは1つのえんを1つの路線ろせん配置はいちしその路線ろせんいろ配色はいしょくしたベックのスタイルとはことなるものだった。

1964ねん路線ろせんのデザインはポール・ガルバット (Paul Garbutt) にがれた。かれはハッチンソンのデザインがらず、ベックと同様どうよう余暇よか時間じかん路線ろせん作成さくせいした。ガルバットの路線ろせんは、カーブと湾曲わんきょく復活ふっかつさせたが、ハッチンソンの乗換のりかええきしめくろえんのこした(しかし四角よつかどあみけされたえんえられた)。ガルバットはそのすくなくとも20年間ねんかん路線ろせん作成さくせいつづけた。ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんは、1986ねんにデザイナーの名前なまえ表示ひょうじすることをめた。このときまでに、路線ろせん現在げんざいのものにかなり近付ちかづいていた[9]現在げんざい路線ろせんみぎ下角したすみには、「このダイアグラムは、1931ねんにハリー・ベックが考案こうあんしたオリジナル・デザインの発展形はってんけいである」という説明せつめい表示ひょうじされている。

現在げんざい[編集へんしゅう]

路線ろせん更新こうしん長年ながねんにわたっておこなわれている。最近さいきんのものは、ドックランズ・ライト・レイルウェイジュビリーせん延伸えんしんといったロンドン地下鉄ちかてつネットワークの変化へんか反映はんえいしている。また2002ねん以降いこう旅客りょかく料金りょうきん簡単かんたん調しらべることができるように切符きっぷゾーン追加ついかされた。それにもかかわらず、ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん依然いぜんとしてベックの構図こうずのこしており、おおくの交通こうつう機関きかんもベックに影響えいきょうけた図式ずしきてき路線ろせん使用しようしている。ベックのオリジナル・デザインのコピーが、かれ地元じもとえきであるフィンチリー中央ちゅうおうえきみなみきプラットフォームに展示てんじされている。ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん現在げんざいLSカンパニーのアラン・フォアレ(Alan Foale)によって保守ほしゅ更新こうしんされている。

長年ながねんにわたりおおくのはん作成さくせいされたが、おおくの利用りようしゃは、現在げんざい路線ろせんは1930ねんのベックのオリジナル・デザイン以上いじょうでも以下いかでもない、と認識にんしきしている。これはそのオリジナル・デザインの有効ゆうこうせいしめ明確めいかくあかしである。一方いっぽうでベックはべつのフォーマットでもいくつかのはん作成さくせいしている。そのなかには斜線しゃせんかたむきが45ではなく22.5のもの(パリのメトロは22.5)、 1948ねんロンドン・オリンピックのためにつくられた使用しようはん、などがある。

技術ぎじゅつてき側面そくめん[編集へんしゅう]

路線ろせんのデザイナーは情報じょうほうをできるだけかりやすく表示ひょうじするため、様々さまざま問題もんだいいどみ、ときにはことなる方法ほうほう採用さいようした。

駅名えきめいふく路線ろせんでは1916ねんエドワード・ジョンストン開発かいはつした Johnston Sans を1977ねん河野こうの英一ひでかず改良かいりょうしたニュー・ジョンストン書体しょたい採用さいようされている[10]

路線ろせんいろ[編集へんしゅう]

下記かきひょうはベックの最初さいしょ路線ろせんにおけるいろ使つかけをしめしている。現在げんざいいろはロンドン交通こうつうきょくしょく標準ひょうじゅんガイド[11]したがっている。そこでは正確せいかくいろロンドン交通こうつうきょく (TfL) のさだめる固有こゆういろ命名めいめい規則きそく定義ていぎされている。初期しょき路線ろせんには印刷いんさつされたさい明確めいかく区別くべつできるようにするためいろすう制限せいげんがあったが、カラー印刷いんさつ技術ぎじゅつ進歩しんぽによりこの問題もんだい低減ていげんし、あたらしい路線ろせんおおきな問題もんだいなく追加ついかすることができるようになった。

路線ろせん 現在げんざいいろ
(ロンドン交通こうつうきょくめい
歴史れきし
ベーカールーせん コーポレイト・ブラウン  
セントラルせん コーポレイト・レッド
サークルせん コーポレイト・イエロー 当初とうしょはメトロポリタンせんとディストリクトせん一部いちぶだった。1948ねんからみどりくろ輪郭りんかくせん)、1951ねんから1987ねんまではくろ輪郭りんかくせん)。
ディストリクトせん コーポレイト・グリーン  
イーストロンドンせん アンダーグラウンド・オレンジ 当初とうしょしろふとしろ輪郭りんかくせん)、1970ねんまではメトロポリタンせん一部いちぶみどりののちむらさき)、1990ねんまではしろふとむらさき輪郭りんかくせん
ハマースミス&シティーせん アンダーグラウンド・ピンク 1990ねんまではメトロポリタンせん一部いちぶ。2009ねん12月からサークルせん一部いちぶ[12][13]
ジュビリーせん コーポレイト・グレイ ベイカー・ストリート以北いほく開業かいぎょうはメトロポリタンせん一部いちぶ、その1939ねんから1979ねんまではベーカールーせん一部いちぶだった。
メトロポリタンせん コーポレイト・マジェンタ 1930年代ねんだいから1940年代ねんだいにかけてディストリクトせんとメトロポリタンせんはともにみどり表示ひょうじされていた。
ノーザンせん コーポレイト・ブラック
ピカデリーせん コーポレイト・ブルー
ヴィクトリアせん コーポレイト・ライト・ブルー
ウォータールー&シティーせん コーポレイト・ターコイズ 1994ねんまでイギリス国鉄こくてつしろくろ輪郭りんかくせん
トラムリンク
標準ひょうじゅん路線ろせんには掲載けいさい
トラムズ・グリーン
(ダブル・ストライプ)
ドックランズ・ライト・レイルウェイ DLRターコイズ
(ダブル・ストライプ)
1994ねんまではしろふと紺青こんじょう輪郭りんかくせん)。
ロンドン・オーバーグラウンド オレンジ
(ダブル・ストライプ)
ロンドン・オーバーグラウンド設立せつりつまえかく路線ろせんはネットワーク・レールのいろおよびイースト・ロンドンせんいろ表示ひょうじされていた。
ネットワーク・レール
(2007ねん11がつまではかぎられたせんのみ掲載けいさいされていた)
ブラック
(ダブル・ストライプ)
1985ねんからだいだい、1987ねんから1990ねんしろだいだい輪郭りんかくせん
ノーザン・シティせん 現在げんざいはネットワーク・レールが運営うんえい 当初とうしょしろふとむらさき輪郭りんかくせん)、ノーザンせん一部いちぶとしてくろ、1970ねんからはふたたしろふとくろ輪郭りんかくせん

運行うんこう情報じょうほう以下いか書式しょしきしめされる。

  • 地色じいろ - 通常つうじょう運行うんこう
  • 輪郭りんかくせん - 限定げんてい運行うんこう
  • 地色じいろ輪郭りんかくせん交互こうご配色はいしょく - 建設けんせつちゅうまたは修繕しゅうぜんのため閉鎖へいさされている路線ろせん

えきマーク[編集へんしゅう]

ベックの導入どうにゅうした重要じゅうよう記号きごうの1つは、えきしめす「ティック」(合印あいいん、tick)である。ティックは、路線ろせんしめ線上せんじょう駅名えきめいかれた場所ばしょちかがわにのみ表示ひょうじされるため、識別しきべつせいたもったままえき同士どうしちかくに配置はいちすることが可能かのうになった(駅名えきめい中央ちゅうおうそろえが理想りそうてきだが、配置はいちじょう制約せいやくからそれができない場合ばあいおおい)。

当初とうしょから乗換のりかええきにはその重要じゅうようせいしめすために特別とくべつなマークがしるされてきたが、そのかたち長年ながねんにわたり変更へんこうされてきた。1960ねんからはイギリス国鉄こくてつ現在げんざいナショナル・レール)との乗換のりかええきにもマークが使つかわれるようになった。以下いか形状けいじょう使用しようされた:

  • ちゅうきのえんかく路線ろせんまたは各駅かくえきに1つ) - 標準ひょうじゅんのマーク
  • ちゅうきのえん各駅かくえきに1つ) - 1938ねん実験じっけんてき路線ろせん
  • ちゅうきの菱形ひしがたかく路線ろせんに1つ) - 1930年代ねんだい初頭しょとう
  • ちゅうきの四角よつかど - イギリス国鉄こくてつとの乗換のりかええき(1960ねんから1964ねんまで)
  • 内部ないぶあみけのえん - イギリス国鉄こくてつとの乗換のりかええき(1964ねんから1970ねんまで)

1970ねん以来いらい本線ほんせんとの乗換のりかええき駅名えきめいにはイギリス国鉄こくてつの「ダブル・アロー」マークが表示ひょうじされている。1977ねん以降いこう本線ほんせんえき駅名えきめい地下鉄ちかてつえきことなる場合ばあいには四角よつかどなか表示ひょうじされている。現在げんざい本線ほんせんえき地下鉄ちかてつえきとの距離きょりしめされている。

近年きんねん路線ろせんには、 車椅子くるまいす利用りようしゃのための段差だんさのない経路けいろがあるえきしろ車椅子くるまいす記号きごう内部ないぶにあるあおえんしめしているものもある。

空港くうこう接続せつぞくしているロンドン地下鉄ちかてつえきロンドン・ヒースロー空港くうこう接続せつぞくするヒースロー・ターミナルズ1,2,3えきターミナル4えきターミナル5えき , そしてロンドン・シティ空港くうこうえき)にはくろ飛行機ひこうき記号きごう表示ひょうじされている。空港くうこう接続せつぞくするイギリス国鉄こくてつとの乗換のりかええきにはあか飛行機ひこうき記号きごう表示ひょうじされている。

2000ねん以降いこう、ロンドン交通こうつうきょくあたらしいロンドン・リバー・サービシズ宣伝せんでんするため、テムズがわのリバー・バス埠頭ふとうへの乗換のりかええきにはちいさなボートの記号きごう表示ひょうじされている。

ユーロスターウォータールー国際こくさいえき使用しようしていた期間きかんは、ユーロスターのロゴウォータールーえきとなり表示ひょうじされていた。2007ねん11月14にちにユーロスターはセント・パンクラスえき発着はっちゃくとなり、 キングス・クロス・セント・パンクラスえきには現在げんざい「セント・パンクラス国際こくさいえきへ」という案内あんない表示ひょうじされているが、ユーロスターのロゴはない。

乗換のりかええきなかには便利べんりなところとそうでないところがある。そこで路線ろせんのデザイナーは、より不便ふべん乗換のりかええきしめそうとこころみてきた。たとえば、はなれた乗換のりかええきにはほそくろせんえきあいだ表示ひょうじしたが、簡略かんりゃくのために犠牲ぎせいにされることもある。ベーカールーせん/ノーザンせん乗換のりかええきチャリング・クロスえきはあまり便利べんりではなく、利用りようきゃくはエンバンクメントえきえる。しかしインナー・ロンドン地区ちく簡略かんりゃくしようとした結果けっか路線ろせん図上ずじょうはチャリング・クロスえき便利べんり乗換のりかええきのようにえてしまっている。

路線ろせん運行うんこう系統けいとう[編集へんしゅう]

路線ろせん複雑ふくざつ運行うんこうネットワークを簡単かんたん理解りかいできるようにつくられている。しかしかく路線ろせん運行うんこう系統けいとうかんする情報じょうほうをよりおお表示ひょうじしたほう便利べんり場合ばあいもあるかもしれない。

その古典こてんてきれいがディストリクトせんである。路線ろせん図上ずじょうは1つの路線ろせんとして表示ひょうじされているが、アップミンスターえき=イーリングえきリッチモンドえき英語えいごばんウィンブルドンえきあいだエッジウェア・ロードえき=ウィンブルドンえきあいだ、そしてハイ・ストリート・ケンジントンえきからケンジントン・オリンピアえきまでのシャトル運行うんこう、といった様々さまざま運行うんこう系統けいとうふくまれている。歴史れきしじょうほとんどの期間きかん、それら運行うんこう系統けいとうちがいは路線ろせん図上ずじょう区別くべつされていないが、利用りようしゃにとっては誤解ごかいまね不親切ふしんせつかもしれない。最近さいきん路線ろせんではこの問題もんだい対応たいおうするために、アールズ・コートえきことなる運行うんこう系統けいとう分離ぶんりして表示ひょうじしている。

メトロポリタンせんチェシャムえき英語えいごばんかう支線しせんられるようなラッシュのみの運行うんこうされる支線しせんなどの限定げんてい運行うんこうルートは、あみけのせんしめされてきた。しかし1980年代ねんだい初頭しょとう以降いこう利用りようきゃく増加ぞうかしているため、限定げんてい運行うんこうのルートすう近年きんねん減少げんしょう傾向けいこうにある。いまではかずすくなくなったため、特別とくべつせんやマークではなくおも文字もじ表示ひょうじされている。

公式こうしきばんロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん[編集へんしゅう]

ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんはロンドン地下鉄ちかてつ利用りようするためにつくられたものであるが、ロンドン市内しない移動いどうする人々ひとびとのためにより幅広はばひろ役割やくわりたすべきだとのこえがある。とくにインナー・ロンドンでは本線ほんせん鉄道てつどうえがかれるべきというものであるが、ロンドン交通こうつうきょくはそれらを標準ひょうじゅん路線ろせん追加ついかすることにつよ抵抗ていこうしている。そのわりにことなる情報じょうほう掲載けいさいするべつバージョンの路線ろせん提供ていきょうしている:

かく路線ろせんことなるサイズでつくられている。もっと一般いっぱんてきなのは、クワッド・ロイアル (Quad Royal) ポスター・サイズとジャーニー・プランナー (Journey Planner) ポケット・サイズである。すべてのナショナル・レールの路線ろせん掲載けいさいしている路線ろせん情報じょうほう豊富ほうふ便利べんりだが、やく 700 ものえきふくむために複雑ふくざつせい大幅おおはばしていて、A3サイズ印刷いんさつしたときでさえみにくい。

標準ひょうじゅん路線ろせん図上ずじょう地下鉄ちかてつ以外いがい路線ろせん[編集へんしゅう]

標準ひょうじゅん路線ろせん図上ずじょうには、ロンドン地下鉄ちかてつ以外いがい路線ろせんもいくつか掲載けいさいされている:

現在げんざい掲載けいさいされている地下鉄ちかてつ以外いがい路線ろせんは、DLR とロンドン・オーバーグラウンドのみである。

ロンドン交通こうつうきょく2007ねん12月からイーストロンドンせん運休うんきゅうし、延伸えんしんじょうロンドン・オーバーグラウンド編入へんにゅうする工事こうじすすめており、2010ねん運行うんこう再開さいかいにはイーストロンドンせん無地むじ橙色だいだいいろから橙色だいだいいろのダブル・ストライプに変更へんこうされる予定よていである[15]。2007ねん提案ていあんによると、ロンドン・オーバーグランドへのサウス・ロンドンせん追加ついかにより、2010ねんには路線ろせん南側みなみがわのループが追加ついかされることになるようである[16]

地理ちりてき地図ちずじょう地下鉄ちかてつ路線ろせん[編集へんしゅう]

ロンドン交通こうつうきょくは、多数たすうのバス路線ろせん発行はっこうしている。そこには主要しゅよう道路どうろロンドン・バスの経路けいろ関係かんけいする地下鉄ちかてつ路線ろせんのおおよその経路けいろが描掲載けいさいされている[17]。それらの路線ろせんは、文化ぶんか施設しせつ地理ちりてきなランドマークの位置いち掲載けいさいしている。

文化ぶんかめんでの参照さんしょう[編集へんしゅう]

ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんのデザインは、ロンドンを即座そくざ把握はあくすることができるものとして幅広はばひろられることとなった。それはTてぃーシャツや絵葉書えはがき、その土産物みやげものげられている。2006ねん、そのデザインはあるテレビ局てれびきょく調査ちょうさで、「もっともよくられたイギリスのデザイン」でだい2となった[18]。そのデザインは研究けんきゅうしゃやデザイナーによって「もっとすぐれたデザイン」として幅広はばひろ参照さんしょうされており[19][20][21][22]、これら文化ぶんかめんでの影響えいきょう考慮こうりょして、ロンドン交通こうつうきょく通常つうじょういかなる目的もくてきたいしてもそのデザインの使用しよう変更へんこう許可きょかしていない。いくつかの場合ばあいにのみその使用しよう公式こうしき許可きょかされている:

  • デイヴィッド・ブース(David Booth)が1986ねん発表はっぴょうした「The Tate Gallery by Tube」は、ロンドン地下鉄ちかてつ広報こうほうポスター・シリーズの1つである[23]
  • 1987ねん、ポール・ミドルウィック (Paul Middlewick) は路線ろせんなか路線ろせんえき乗換のりかええきむすぶことによって動物どうぶつつくることができることを「発見はっけん」した。これらのロンドン地下鉄ちかてつひそ動物どうぶつたちはウェブサイトでることができる[24]
  • テート・モダンには、美術家びじゅつかサイモン・パターソン (Simon Patterson) による、1992ねん制作せいさくの『グレート・ベアー』という絵画かいががある。現代げんだい路線ろせんデザインの巧妙こうみょうなパロティであり、1992ねんはじめて展示てんじされた。地下鉄ちかてつ路線ろせん駅名えきめいはすべて有名ゆうめい人物じんぶつえられている。
  • 2003ねんロンドン交通こうつう博物館はくぶつかん世界中せかいじゅうからあつめたロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんかんするほん発行はっこう同時どうじに、「世界せかい地下鉄ちかてつ路線ろせん(ワールド・メトロ・マップ)」のポスターを発行はっこうした。それはロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんのダイアグラムにもとづおり、ロンドン交通こうつうきょく承認しょうにんている。
  • 2006ねんガーディアンかみは、20世紀せいき音楽家おんがくかとジャンルの関係かんけいしめすためにロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんもとづくデザインを発表はっぴょうした[25]
  • 2007ねん1がつ11にちロード・アドニス (Lord Adonis) は2007ねんロンドン学生がくせいしょう一部いちぶとして GCSE レベルにもとづいて評価ひょうかたか学校がっこう生徒せいと名前なまえいた路線ろせん発表はっぴょうした。
  • 2007ねんロイヤル・シェイクスピア・カンパニーは、複雑ふくざつせいにおいてロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんているシェイクスピアの登場とうじょう人物じんぶつ相関そうかん関係かんけいをダイアグラムでえがいた相関そうかん地図ちずつくった。

ロンドンのダイアグラムの特徴とくちょう路線ろせんいろとスタイル、えきのティックや乗換のりかええき記号きごう)は、しばしば広告こうこく使つかわれている。ロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせんの「外観がいかん」(45のアングル、均等きんとう配置はいちされたえき地理ちりてき制約せいやくしばられないデザイン)は、おおくの地下鉄ちかてつ模倣もほうされている[26][27]

ロンドン交通こうつうきょくはロンドン地下鉄ちかてつ路線ろせん著作ちょさくけん保持ほじしているが、一方いっぽうでそのコンセプトを交通こうつう当局とうきょく共有きょうゆうしようともしている。アムステルダムアムステルダム市営しえい交通こうつう会社かいしゃ (GVB) は、路線ろせんなかでロンドン交通こうつうきょくたいする謝意しゃいあらわしている[28]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Badsey-Ellis, Antony. London's Lost Tube Schemes. Capital Transport. pp. 282–283. ISBN 1-85414-293-3 
  2. ^ 省略しょうりゃくによる問題もんだいはん世紀せいきちかつづいた。ディストリクトせんとピカデリーせん西部せいぶのすべての支線しせんは1933ねんのベックの最初さいしょ路線ろせんえがかれていたが、リクマンズワースえき以遠いえんのメトロポリタンせんは1938ねんまで、ディストリクトせんひがしはしは1950年代ねんだい中頃なかごろまで路線ろせんえがかれていなかった。
  3. ^ 1920 map Archived 2009ねん2がつ7にち, at the Wayback Machine. from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  4. ^ 1933 map Archived 2007ねん8がつ19にち, at the Wayback Machine. from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  5. ^ Train, Omnibus and Tram Staff Magazine, March 1933 – Garland, Ken. Mr Beck's Underground Map. Capital Transport. p. 25. ISBN 1-85414-168-6 
  6. ^ a b 1939 map Archived 2007ねん8がつ19にち, at the Wayback Machine. from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  7. ^ 1960 map from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  8. ^ 1963 map Archived 2007ねん8がつ19にち, at the Wayback Machine. from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  9. ^ 1986 map Archived 2007ねん8がつ19にち, at the Wayback Machine. from A History of the London Tube Maps”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  10. ^ “ニュー・ジョンストン書体しょたいつくげた日本人にっぽんじん河野こうの英一ひでかずく” (日本語にほんご). 週刊しゅうかんジャーニー. (2009ねん4がつ2にち). p. 12 
  11. ^ TfL Colour Standards” (PDF). TfL (2007ねん3がつ2にち). 2008ねん2がつ28にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2008ねん1がつ22にち閲覧えつらん
  12. ^ Subsurface network (SSL) upgrade”. Always Touch Out (2008ねん2がつ12にち). 2008ねん7がつ12にち閲覧えつらん
  13. ^ "District Dave". “Proposals for the Upgrade of the Sub-surface lines”. 2008ねん7がつ12にち閲覧えつらん
  14. ^ 1977 map from en:Template:Cite webThe London Tube Map Archive”. 2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  15. ^ Creating London Overground leaflet” (PDF) (2007ねん11月). 2008ねん4がつ9にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2007ねん11月16にち閲覧えつらん
  16. ^ Transport for London (2006ねん). “The Tube in 2010”. 2011ねん7がつ15にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2007ねん11月3にち閲覧えつらん(2006ねんにロンドン交通こうつうきょくによって提案ていあんされた将来しょうらい開発かいはつしめした路線ろせん変更へんこうされる可能かのうせいあり)
  17. ^ Central London Bus Map” (PDF). TfL. 2009ねん1がつ17にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  18. ^ The Tube Map - The Tube Map - Icons of England Archived 2010ねん5がつ25にち, at the Wayback Machine.
  19. ^ The London Underground Map - Harry Beck's Design Icon
  20. ^ London Transport / Designing Modern Britain - Design Museum Exhibition : Design Patron (1933-) - Design/Designer Information
  21. ^ BBC - h2g2 - Life and Times of the London Underground Map
  22. ^ Harry Beck and the London Underground Map - The background to the designing of a 'Design Icon' - London Underground Map changing through time but remaining true to Beck's original principle - Designers & Designing - Design & Technology On The Web support resource for students and teachers of Design & Technology at KS3, KS4, A-Level and beyond
  23. ^ The Tate Gallery by Tube from The London Tube Map Archive”. 2009ねん2がつ8にち閲覧えつらん
  24. ^ animalsontheunderground.com
  25. ^ Lynskey, Dorian (2006ねん2がつ3にち). “Going Underground”. Guardian Unlimited. The Guardian. 2008ねん4がつ1にち閲覧えつらん
  26. ^ Underground Railway Maps[リンク]
  27. ^ Observer review: Metro Maps of the World by Mark Ovenden | By genre | guardian.co.uk Books
  28. ^ Metro map : GVB

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Ken Garland, Mr Beck's Underground Map (Capital Transport, 1994): ISBN 1-85414-168-6
  • Mark Ovenden, Metro Maps Of The World (Capital Transport, 2005): ISBN 1-85414-288-7
  • Maxwell Roberts, Underground Maps After Beck (Capital Transport, 2003): ISBN 1-85414-286-0
  • David Leboff and Tim Demuth, No Need to Ask! (Capital Transport, 1999): ISBN 1-85414-215-1
  • Andrew Dow, Telling the Passenger where to get off (Capital Transport, 2005): ISBN 1-85414-291-7
  • Douglas Rose, The London Underground: A Diagrammatic History (Capital Transport, 2005): ISBN 1-85414-219-4

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]