不可視ふかしインク

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不可視ふかしインク(ふかしインク)や隠顕いんけんインク(いんけんインク)はった時点じてん、もしくはすこ時間じかんをおいたのちえなくなる物質ぶっしつ使つかったインクであり、特定とくてい処理しょりほどこすことによって可視かしされる。ステガノグラフィー一種いっしゅとしてスパイによっても利用りようされてきた。ほかにも情報じょうほう標識ひょうしきさい入場にゅうじょう防止ぼうしする押印おういん製品せいひん同定どうていのためのしるしなどにもちいられる。

歴史れきし[編集へんしゅう]

紀元前きげんぜん1世紀せいき古代こだいギリシア戦術せんじゅつ・アイネイアースが言及げんきゅうし、包囲ほういせんびるための議論ぎろんをしているものの、使用しようしたインクの種類しゅるいについては不明ふめいとされる(英語えいごばん参照さんしょう)。

日本にっぽんにおいては忍者にんじゃ方法ほうほうじゅつ記録きろくのこしており、『甲賀こうがりゅう武術ぶじゅつ秘伝ひでんないの「白文はくぶん文法ぶんぽう」に、「大豆だいずこまかくきざんでみずひたし、そのしるかみき、またはさけいて、し、ときなべすみをふりかけ、すみときは、水火すいかはい当座とうざしょにして、ふうじせずして、主将しゅしょうより忍者にんじゃあずかう」、「みずてつじるしんはい大豆だいずじるから荏の」と記述きじゅつされている[1]

関東かんとういにしえせんろくまき3「たけしゅう松山まつやまじょう攻防こうぼう」において、えいろく4ねん1561ねん)12がつ上旬じょうじゅんに、てき松山まつやまじょう付近ふきんじんき、しのびでもけられない大軍たいぐん包囲ほういしたため、太田おおたただし原文げんぶん三楽さんらくとき)が訓練くんれんませた5ひきあしはやイヌしろからいわちくまでの30さと往復おうふくさせていた)にふうれた竹筒たけづつくびむすけ、よるした逸話いつわがあるが、この密書みっしょは「みずひたすと文字もじる」仕組しくみになっていたと記述きじゅつされる。

不可視ふかし文字もじ」というてんのみであれば、特殊とくしゅ事例じれいとして、『日本書紀にほんしょきさとしたち天皇てんのう元年がんねん572ねん)5がつじょうに、高麗こうらいこく使カラスはね上表じょうひょうぶんいたものをってきたが、くろくてめなかったため、これを炊飯すいはん湯気ゆげし、やわらかい上等じょうとうきぬぬのはねけ、うつったはなし記述きじゅつされており、史実しじつかはべつとして、この逸話いつわ後代こうだいにまで日本にっぽん国内こくないつたえられ、『ぞく日本にっぽんのべれき9ねん790ねん)7がつ17にちじょうにおいてもはなし引用いんようられる。この場合ばあいすみおないろのものにくことによって、不可視ふかしにしている。

用途ようと応用おうよう[編集へんしゅう]

不可視ふかしインクは、万年筆まんねんひつ爪楊枝つまようじ綿棒めんぼうなどを使つかうか、あるいはゆびひたしてそのままりつけるなどして使用しようされる。塗布とふし、乾燥かんそうしたあとは無色むしょくとなってまわりの質感しつかん見分みわけがつかないようになる。

たんなる白紙はくしでは秘密ひみつのメッセージがかくされているのではないかという疑念ぎねんいだかせる可能かのうせいがあるため、えなくなったぶんおぎなうための文章ぶんしょうけたす必要ひつようがある。万年筆まんねんひつによる筆記ひっきでは不可視ふかしインクのせん横切よこぎったさいにインクがにじみ、その存在そんざい暗示あんじしてしまう危険きけんがあるため、この目的もくてきにはボールペンがよりてきしている。同様どうよう方眼ほうがんも、かれているせん変色へんしょくさせたりかすれさせたりするおそれがあるため、使用しようけるべきである。

可視かしする方法ほうほうもちいた不可視ふかしインクの種類しゅるいによってことなるが、加熱かねつ薬品やくひんによる化学かがく反応はんのう紫外線しがいせんなどがある。このうち化学かがく反応はんのうとしては、一般いっぱんてき青写真あおじゃしん製造せいぞう過程かてい類似るいじしたさん塩基えんき反応はんのうもちいる。展開てんかいえきはスプレーをもちいてけるが、フェノールフタレインインクを発色はっしょくさせるアンモニアのように、蒸気じょうきのものもある。

市販しはん不可視ふかしインク[編集へんしゅう]

1ほんえない文書ぶんしょくためのペン、もう1ほんはそれを可視かしするためのもの、という2しゅのペンからなる玩具おもちゃ市販しはんされている。この手法しゅほうもちいたほんもあり、付属ふぞくする「デコーダー・ペン」とばれるもので白紙はくし部分ぶぶんをなぞることによって、かくされていた一部分いちぶぶん文章ぶんしょうあらわれる。普通ふつうのインクでかれた質問しつもんたいするこたえ確認かくにんしたり、欠損けっそんしている完成かんせいさせることによってあそぶ。

紫外線しがいせん照射しょうしゃすると蛍光けいこうはっするインクを使つかったペンも市販しはんされている。普通ふつうのペンのようにいたあと、ブラックライトなどで紫外線しがいせんて、筆跡ひっせきかびがらせる。このたねのインクは裸眼らがんではえず、発光はっこうしているときだけあらわれる。おも犯罪はんざい行為こういへの対応たいおうさくなどとしてひろもちいられる。こののインクをもちいるペンの場合ばあい、キャップにUV発光はっこうがたLEDライト[2]そなえられていることおおい。このの"秘密ひみつペン"がひゃくえんショップで市販しはんされるさいには"シークレットペン"とばれる商品しょうひんめい販売はんばいされる。

あるしゅ材質ざいしつめんったときだけえなくなるが、そののものには普通ふつうける、という赤色あかいろインクもある。

コンピュータのインクジェットプリンターようえないインクも開発かいはつされており、普通ふつう紫外線しがいせん照射しょうしゃでのみ視認しにんできる。文面ぶんめん邪魔じゃまにならないように書類しょるい印刷いんさつ情報じょうほうなどを付加ふかすることができる。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく郵便ゆうびん公社こうしゃ集配しゅうはいでは(日本にっぽん郵政ゆうせい公社こうしゃでも)このたねのインクをもちいて書状しょじょうにバーコードを印刷いんさつし、経路けいろ情報じょうほうなどをくわえることによって区分くぶんによる郵便ゆうびんぶつ配達はいたつさき区分くぶん自動じどう利用りようしている。

ごくまれに不可視ふかしインクが芸術げいじゅつ作品さくひん使つかわれることもある。たいていの場合ばあい可視かしされるが、そうでないこともある。不可視ふかしインクと化学かがく反応はんのうインクをわせ、紫外線しがいせん照射しょうしゃすることによって様々さまざま効果こうかすような作品さくひんつくられている。

種別しゅべつ[編集へんしゅう]

紫外線しがいせん蛍光けいこうはっするもの[編集へんしゅう]

ブラックライトによるUV不可視ふかしインクの発光はっこう

紫外線しがいせんてると蛍光けいこうによってひかるもので、普段ふだん無色むしょくブラックライトなどで発光はっこう発色はっしょくする蛍光けいこう物質ぶっしつ蛍光けいこう染料せんりょう蛍光けいこう顔料がんりょう)をもちいたインクが市販しはんされている(暗闇くらやみでブラックライト照射しょうしゃするとよりつよ発光はっこう確認かくにんされる)。様々さまざまいろのものがあり、ガラスやプラスチックなど極性きょくせい表面ひょうめん使用しようできるインクもある。通常つうじょう蓄光せいい。

一方いっぽう蛍光けいこうはっするのではなく、紫外線しがいせん吸収きゅうしゅうすることによって可視かしされるものもある。これを使つかって蛍光けいこうざいふくかみきこむと、その筆跡ひっせき周囲しゅういよりも蛍光けいこうよわくなる。黄色おうしょく染料せんりょうはすべてこの性質せいしつそなえている。

ねつによって可視かしされるもの[編集へんしゅう]

加熱かねつすると酸化さんかされていろ(たいていは茶色ちゃいろ)が展開てんかいされる有機ゆうき化合かごうぶつなどがこれにふくまれる。これらの「ねつ固定こていせい」のインクは酸性さんせい液体えきたいによってもおなじような効果こうかられる。展開てんかいなんとかえる程度ていどまでみずなどでうすめて使つかうのがコツであるとされる。

んだかみ暖房だんぼう器具きぐにかざしたり、アイロンけしたり、オーブンにれたりして加熱かねつし、ていしょくさせる。100ワットの電球でんきゅう使つかうとかみいためにくい。

化学かがく反応はんのうによるもの[編集へんしゅう]

さん塩基えんきれさせるといろわる物質ぶっしつもちいたものがだい部分ぶぶんである。

かみ表面ひょうめん変質へんしつさせるもの[編集へんしゅう]

ほとんどすべての不可視ふかしインクはここに分類ぶんるいされるが、純粋じゅんすい蒸留じょうりゅうすい同様どうよう利用りようできる。どのような液体えきたいってもかみ表面ひょうめん繊維せんいサイジングめ)は変質へんしつする。

ヨウもと結晶けっしょうねっした蒸気じょうきによって、筆跡ひっせき茶色ちゃいろあらわれる。これは、かみ変質へんしつしている部分ぶぶんにはヨウもとがより吸着きゅうちゃくされやすいためである。つよ日光にっこう漂白ひょうはくざいにさらすともともどる。

まえみずふくませたスポンジや水蒸気すいじょうきかみすこ湿しめらせたのちかわかしておくと、この方法ほうほう筆跡ひっせきあらわれるのをふせことができる。しかし、湿しめらせすぎると、かみ処理しょりくわえたことがあきらかになってしまう。

秘密ひみつ情報じょうほう奪取だっしゅ[編集へんしゅう]

不可視ふかしインクの存在そんざいかっているものはこれを可視かしすることができるが、しばしばこる障害しょうがいは、いくつもの紙片しへんについてなんあいだもかけて調しらべていくことができない、などといった時間じかん制限せいげんである。疑念ぎねんいだかせないこと不可視ふかしインクをうまく使つかうために重要じゅうようてんである。

不可視ふかしインクの使用しようがあらわになる兆候ちょうこうとして、シャープペンシルのっかきあとかみ表面ひょうめんあらさや反射はんしゃりつ変化へんか(インクをうすめずに使つかうとくらめまたはあかるめにわる)などがげられ、これらはつよ照明しょうめい拡大鏡かくだいきょう使つかった注意深ちゅういぶか観察かんさつによって、あるいはかん見出みいだすことができる。文脈ぶんみゃくじょう奇妙きみょうなところにあらわれる「あかキャベツ」や「ねつ」などといったキーワードも、かくされた文書ぶんしょ存在そんざい示唆しさしてしまう。また、光沢こうたくざいふくかみなめらかぎるかみけるべきである。これは、かみふくまれるめのためにインクが繊維せんい奥深おくふかくまでみとおらず、とくひかりてたときなどに発見はっけんされやすくなるためである。しかしながら、紫外線しがいせんによって可視かしされる極性きょくせい表面ひょうめんようのインクも市販しはんされており、そのようなかみ使つかっても、通常つうじょう状態じょうたいでは視認しにんできない。

不可視ふかしインクでかれた文書ぶんしょは、紫外線しがいせんかヨウ蒸気じょうきたされた容器ようきもちいることによってすぐにことができ、また、ふたたえない状態じょうたいもどせる。すなわち、もし第三者だいさんしゃがこの方法ほうほうによって文書ぶんしょぬすたとしても、情報じょうほう漏洩ろうえいさとらせることなく受取うけとりじん手紙てがみわたすことができる。

理想りそうてきには、「検閲けんえつしょ」では視覚しかく嗅覚きゅうかくによる検査けんさ紫外線しがいせんでの試験しけん、オーブンでの加熱かねつ、そして最終さいしゅうてきにはヨウ蒸気じょうき使用しようする必要ひつようがある。いくつかの不可視ふかしインクは赤外線せきがいせんカメラで感知かんちできる、というせつもある。

最終さいしゅうてきには、紫外線しがいせん赤外線せきがいせん交互こうごてる方法ほうほうでほとんどの不可視ふかしインクはやぶられることになった。

理想りそうてき不可視ふかしインク[編集へんしゅう]

普通ふつう不可視ふかしインクは機密きみつ保持ほじには不十分ふじゅうぶんである。だい世界せかい大戦たいせんちゅうのイギリス特殊とくしゅ作戦さくせん執行しっこう (Special Operations Executive, SOE) のエージェントは、おもだいいち世界せかい大戦たいせん使つかふるされた、機密きみつせい不確ふたしかなインクにたよってみずからのいのち危険きけんにさらさないよう教育きょういくけていた。SOEの訓練くんれんマニュアルは理想りそうてき不可視ふかしインクがそなえる条件じょうけんとして以下いかものげている[3]

  1. 非常ひじょう水溶すいようせいたかい、すなわち油性ゆせいでないこと。
  2. 揮発きはつせいたない、すなわち無臭むしゅうであること。
  3. かみ結晶けっしょうさない、すなわち多少たしょうひかりたっても目立めだたないこと。
  4. 紫外線しがいせん照射しょうしゃしても発光はっこうしないこと。
  5. かみ分解ぶんかい脱色だっしょくさせないこと。たとえば硝酸銀しょうさんぎん不可ふか
  6. ヨウもとなどの一般いっぱんてき発色はっしょくざい反応はんのうしないこと。
  7. 可視かし必要ひつようとするものができるだけすくないこと。
  8. ねつ発色はっしょくしないこと。
  9. 容易ようい入手にゅうしゅでき、所持しょじしていてもあやしまれない用途ようとがあること。
  10. 複数ふくすう化合かごうぶつ混合こんごうぶつでないこと。7と矛盾むじゅんしないようにするため。

実際じっさいには、通常つうじょう6と9が同時どうじにはたされない。SOEはにち用品ようひんから即席そくせきられるような化学かがく薬品やくひんにはたよらず、そのエージェントに特殊とくしゅなインクをあたえていたことられている。

不可視ふかしインクは本質ほんしつてきに「安全あんぜん」なものとはいえないが、郵便ゆうびんぶつぜん検査けんさおこなうのは技術ぎじゅつてきむずかしい、というてん斟酌しんしゃくする必要ひつようがある。なにひゃくまんもの電気でんき通信つうしん露見ろけんしないようにおおがかりに検閲けんえつするほうが、少量しょうりょう伝統でんとうてき封筒ふうとうりの手紙てがみ手作業てさぎょう検査けんさするよりも容易よういである。組織そしきとして多数たすう保安ほあん要員よういんかかえる独裁どくさい国家こっかでないならば、郵便ゆうびんぶつ検閲けんえつ特殊とくしゅ状況じょうきょうたとえば特定とくてい容疑ようぎしゃ手紙てがみや、特定とくてい施設しせつ出入でいりするさい検査けんさにとどめるべきである。

機密きみつせい指針ししんとしていえば、ここでげたインクのほとんどすべてはだいいち世界せかい大戦たいせんわりにはられていた。アメリカ中央ちゅうおう情報じょうほうきょく (CIA) は、1999ねん不可視ふかしインクは安全あんぜん保障ほしょうにいまだ必要ひつようであるという、論争ろんそう余地よちある主張しゅちょうもとづき、だいいち世界せかい大戦たいせん不可視ふかしインク技術ぎじゅつかんして機密きみつ情報じょうほうリストからの除外じょがい命令めいれいおこなわないでおくようアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく情報じょうほう安全あんぜん保障ほしょう監督かんとくきょく要請ようせいし、これがみとめられた[4]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 山田やまだ雄司ゆうじ忍者にんじゃ歴史れきし角川かどかわ選書せんしょ 2016ねん p.175.
  2. ^ 構造こうぞうてきにはUVレジンよう硬化こうかようライトと同一どういつのもの。したがって、時間じかんかるがUVレジン硬化こうかようにももちいること可能かのう
  3. ^ SOE Syllabus: Lessons in Ungentlemanly Warfare, World War II, Surrey: Public Record Office, 2001.
  4. ^ http://www.fas.org/sgp/news/1999/06/spt062399.html

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]