両りょう墓はか制せい

両りょう墓はか制せい（りょうぼせい）とは、遺体いたいの埋葬まいそう地ちと墓参ぼさんのための地ちを分わける日本にっぽんの墓はか制せい習俗しゅうぞくの一ひとつである。遺体いたいを埋葬まいそうする墓地ぼちと詣まいいるための墓地ぼちを一ひとつずつ作つくる葬そう制せいで、一いち故人こじんに対たいし二ふたつの墓はかを作つくることから両りょう墓はか制せいと呼よばれる。遺体いたいの埋葬まいそう墓地ぼちのことを埋うめ墓ぼ（葬そう地ち）、墓参ぼさんのための墓地ぼちを詣まいり墓はか（まいりはか、祭まつり地ち）と言いう。

基本きほん的てきに一般いっぱん民衆みんしゅうの墓はかを対象たいしょうにし、その成立せいりつ、展開てんかいは近世きんせい期き以降いこうである。両りょう墓はか制せいは土葬どそうを基本きほんとし、遺体いたい処理しょりの方法ほうほうがほとんど火葬かそうに切きり替かわった現在げんざいでは、すでに行おこなわれなくなった習俗しゅうぞくと言いってよい。しかし、両りょう墓はか制せい墓地ぼち自体じたいは現在げんざいも各地かくちに残のこっている。 葬送そうそう習俗しゅうぞく、祭祀さいし習俗しゅうぞくとあわせて各地かくちに様々さまざまな特色とくしょくがあり、特とくに近畿きんき地方ちほうに濃厚のうこうに存在そんざいしている。その特徴とくちょう的てきな墓はか制せいは、大正たいしょう期きより複数ふくすうの報告ほうこくがなされたが、民俗みんぞく学者がくしゃの柳田やなぎだ國男くにおが昭和しょうわ4年ねん(1929年ねん)に「墓はか制せいの沿革えんかくに就ついて」（『人類じんるい学がく雑誌ざっし』500号ごう）で両りょう墓はか制せいを取とり上あげて以来いらい、両りょう墓はか制せいの諸しょ問題もんだいは民俗みんぞく学がくの範疇はんちゅうとなった。 ただ、柳田やなぎだはこの習俗しゅうぞくに関かんしては「葬そう地ち」と「祭まつり地ち」といった呼よび方かたをし、「両りょう墓はか制せい」という言葉ことば自体じたいは柳田やなぎだの下したで山村さんそん調査ちょうさにあたった民俗みんぞく学者がくしゃの大間知おおまち篤三とくぞうが使つかい始はじめた語かたりである。

両りょう墓はか制せいは必かならずしも一定いっていの決きまりを持もった習俗しゅうぞくではなく、各地かくちで様々さまざまな特色とくしょくがある。ただ、大おおきく捉とらえると両りょう墓はか制せいの特徴とくちょうは「埋うめ墓はか」という遺体いたい埋葬まいそう地ちと「詣まいり墓はか」という遺体いたいのない墓参ぼさん用よう墓地ぼちの二ふたつが存在そんざいしていることにある。

墓地ぼち

両りょう墓はか制せい

両りょう墓はか制せいの埋うめ墓ぼ(左ひだり)と詣まいり墓はか(右みぎ) 埼玉さいたま県けん新座にいざ市し大和田おおわだ地区ちく

埋うめ墓はか

遺体いたいを埋うめる埋葬まいそう地ち。多おおくは土葬どそうを基本きほんとするが、稀まれに火葬かそうや改葬かいそうを伴ともなうものも見みられる。人里ひとざと離はなれた山林さんりんなどが多おおく、墓標ぼひょうをまったく建たてずに埋葬まいそうする場合ばあい、自然しぜん木き、石いし、木製もくせい角柱かくちゅう墓標ぼひょう、卒塔婆そとうばを墓標ぼひょうに用もちいる場合ばあい、あるいは詣まいり墓はかと同おなじように石塔せきとうを建たてる場合ばあいなど様々さまざまなパターンがある。集落しゅうらくごとの共同きょうどう墓地ぼちであることが多おおく、その埋葬まいそう地ちは家いえや年齢ねんれいなどによって区画くかく分わけされる場合ばあいもあれば、まったく決きまりが無むく空あいた土地とちに埋うめたり、古ふるい墓地ぼちを掘ほり起おこして追おい葬そうする場合ばあいなど様々さまざまである。 埋うめ墓ぼに参まいる期間きかんも、埋葬まいそう後ごは一切いっさい埋うめ墓ぼに参まいらない場合ばあいから、四よん十じゅう九きゅう日にち、一いち周忌しゅうき、さらには五ご年ねん、七なな年ねんと言いう長ながい期間きかんを経へて弔とむらい上あげをする場合ばあいなど様々さまざまである。いずれにせよ、弔ちょうい上あげの終了しゅうりょう後ごは詣まいり墓はかへ墓参ぼさんをするようになる。また、埋うめ墓ぼの土どを詣まいり墓はかへ盛もっていく風習ふうしゅうも少すくなからず存在そんざいする。 埋うめ墓ぼの呼称こしょうとしては様々さまざまなものがあるが、多おおい事例じれいとしてはミハカ、サンマイ（三昧ざんまい）、ボチ（墓地ぼち）、ヒキバカなどがある（これらの呼称こしょうが詣まいり墓はかの呼称こしょうと逆ぎゃくの場合ばあいもある）。

詣まいり墓はか

定期ていき的てきな墓参ぼさんや先祖せんぞ供養くよう、盆ぼんなどに参まいるための墓はかである。通常つうじょう、石塔せきとうを建たてる。遺体いたいや遺骨いこつはない。寺院じいんの境内けいだいに存在そんざいする場合ばあいも多おおく、石塔せきとうは五輪ごりん塔とう、多宝塔たほうとう、宝たから篋印塔とうのような仏塔ぶっとうから一般いっぱん的てきな角かく塔とう墓はか、笠りゅう塔婆とうばなど様々さまざまである。遺体いたい埋葬まいそうの必要ひつようがないので、石塔せきとうだけが緊密きんみつに並ならべられることが多おおい。

詣まいり墓はかの呼称こしょうとしては、ラントウバ（卵塔場らんとうば）、ラントウ、タッチョウバ、サンマイなどがある。

隣接りんせつ両りょう墓はか

両りょう墓はか制せいの基本きほんは埋うめ墓はかと詣まいり墓はかが距離きょりを隔へだてていることにあるが、全国ぜんこくの例れいでは二ふたつの墓はかがかなり近ちかい位置いちにある場合ばあいが多おおく見受みうけられる。これは埋うめ墓はかと詣まいり墓はかが道みち一ひとつ挟はさんで並ならび合あっている場合ばあいや、詣まいり墓はかが小高こだかい壇上だんじょうにあり、その下したの平場ひらばに埋うめ墓ぼがある場合ばあい、あるいは完全かんぜんに同おなじ土地とちに埋うめ墓ぼの区画くかくと詣まいり墓はかの区画くかくが隣接りんせつしている場合ばあいがある。このような隣接りんせつ両りょう墓はかは、通常つうじょうの単たん墓はか制せいとの区別くべつが曖昧あいまいである。

琉球りゅうきゅう地方ちほうの両りょう墓はか制せい

「洗あらい骨こつ#日本にっぽん」および「風葬ふうそう#日本にっぽんの風葬ふうそう」も参照さんしょう

かつての琉球りゅうきゅう地方ちほうにおいては、洗あらい骨こつの前後ぜんごで墓所はかしょを移動いどうするという形式けいしきの両りょう墓はか制せいが存在そんざいした。 これは親族しんぞくの手てによる洗あらい骨こつを経へることによって死者ししゃの穢けがれが浄化じょうかされ、祖そ霊れいとして成仏じょうぶつするという信仰しんこうに基もとづくものとされる。 典型てんけい的てきな例れいでは、遺体いたいはまず後生ごしょう（ぐそー＝あの世よの意い）と呼よばれる不浄ふじょうの地ちで風葬ふうそうに付ふされ、一定いってい期間きかんの後のちに洗あらい骨こつを行おこない厨子ずし甕う（骨壷こつつぼ）に収おさめられた後のち、別べつの地ちに設もうけられた共同きょうどう墓地ぼちあるいは先祖せんぞ代々だいだいの墓はかに葬ほうむられる。

ただし現在げんざいの沖縄おきなわ・奄美あまみにおいては、後生ごしょうと詣まいり墓はかを分わけることは行おこなわれていない。 一部いちぶ地域ちいきに残のこる風葬ふうそうや土葬どそう後ごに洗あらい骨こつ・改葬かいそうを行おこなうケースでも、同おなじ墓所はかしょ内ないで行おこなわれるのが通例つうれいである。

発生はっせい要因よういん

両りょう墓はか制せいがなぜ発生はっせいしたのかということに関かんしては、不明ふめいな点てんが多おおくはっきりしない。

代表だいひょう的てきな意見いけんとしては、死し穢けがれの観念かんねんや遺体いたい恐怖きょうふから遺体いたい埋葬まいそう地ちを人里ひとざと離はなれた場所ばしょに作つくり、人ひとの住すむ場所ばしょの近ちかくや寺院じいん境内けいだいに死者ししゃ供養くようのための石塔せきとう墓地ぼちを別べつに作つくったというものがある。

現実げんじつに、土葬どそう習慣しゅうかんにおける腐敗ふはいした遺体いたいの臭気しゅうきを避さけるため、また昔むかしは医療いりょうが発達はったつしておらず死因しいんが殆ほとんど判わからないために、遺体いたいより伝染病でんせんびょうなどに感染かんせんする確かく率りつが非常ひじょうに高たかく、さらには都市とし部ぶでは人口じんこうが多おおいため住宅じゅうたくが現代げんだいのように密集みっしゅうしており、また長屋ながや暮くらしの者ものには庭にわはなく、我わが家やの庭にわへご遺体いたいを埋うめるわけにはいかないので遺体いたいは埋うめ墓ぼへ埋葬まいそうするが、埋葬まいそう後ご遺体いたいがある程度ていど、土どへ還かえれば他者たしゃの遺体いたいもその場所ばしょへ埋葬まいそうしなければ用地ようちが足たりない。しかしそうなれば、我わが家やのお墓はかを永久えいきゅう的てきに保たもつことは出来できないので、埋葬まいそう地ちを別べつにしたとも考かんがえられる。

柳田やなぎだは、埋うめ墓ぼにおいて個人こじんの埋うめた場所ばしょが曖昧あいまいであったり、わからないといった例れいを用もちいて、死し穢けがれや魂たましいの問題もんだいから埋うめ墓はかを墓はかとして認識にんしきしておらず、詣まいり墓はかこそが本来ほんらいの墓はかであると考かんがえた。また、改葬かいそう、風葬ふうそう習慣しゅうかんから両りょう墓はか制せいが発生はっせいしたとした。

また、大間知おおまちは死し穢けがれを畏おそれる古ふるい習慣しゅうかんがもともと存在そんざいし、同時どうじに死者ししゃ供養くようのための石塔せきとうを受容じゅようして両りょう墓はか制せいは発生はっせいしたとした。

柳田やなぎだらの考かんがえ方かたでは、祖そ霊れい信仰しんこうに基もとづいて日本にっぽん固有こゆうの古ふるい習俗しゅうぞくとして位置いちづけるものがあったが、一方いっぽうで庶民しょみんの墓はかに石塔せきとうを墓標ぼひょうとして建たてる習慣しゅうかんが中世ちゅうせい末すえより近世きんせい期きに一般いっぱん的てきになったことや、両りょう墓はか制せいが近畿きんき地方ちほうにのみ濃密のうみつで、他たの地域ちいきでは極端きょくたんに例れいが少すくなくなることを踏ふまえて、両りょう墓はか制せいはそれほど古ふるい習俗しゅうぞくではないという考かんがえ方かたもある。

分布ぶんぷ

両りょう墓はか制せいは近畿きんき地方ちほうに濃厚のうこうに存在そんざいし、関東かんとう、中部ちゅうぶ、中国ちゅうごく、四国しこくには散在さんざい、点在てんざいの形かたちである。民俗みんぞく資料しりょう緊急きんきゅう調査ちょうさによる『都道府県とどうふけん民俗みんぞく地図ちず』によると調査ちょうさ時じに確認かくにんされた両りょう墓はか制せい習俗しゅうぞくを持もつ集落しゅうらくは、滋賀しが県けん(60)、奈良なら県けん(59)、京都きょうと府ふ(42)、兵庫ひょうご県けん(39)など近畿きんき地方ちほうに圧倒的あっとうてきに多おおい。その他たの都道府県とどうふけんでは三重みえ県けん(45)、福井ふくい県けん(39)、静岡しずおか県けん(22)を除のぞくと少すくない。

現存げんそんする両りょう墓はか制せい墓地ぼちの例れい

• 埼玉さいたま県けん新座にいざ市し大和田おおわだ
  • かつての川越かわごえ街道かいどう、大和田おおわだ宿やどの集落しゅうらくに土葬どそうによる両りょう墓はか制せいの習俗しゅうぞくが、昭和しょうわ期きまで存在そんざいしていた。大和田おおわだ4丁目ちょうめの普あまね光明寺こうみょうじに詣まいり墓はかがあり、大和田おおわだ1丁目ちょうめの岾上（はけうえ）墓地ぼちと3丁目ちょうめの三本木さんぼんぎ墓地ぼちが埋うめ墓はかとなっていた。現在げんざいでは両りょう墓地ぼちとも使つかわれていない。埼玉さいたま県けんでは入間川いりまがわの流域りゅういきにも両りょう墓はか制せい習俗しゅうぞくがあった。
• 長野ながの県けん佐久さく地域ちいき
  • 北きたは北佐久きたさく郡ぐん御代田みよた町まち小田井おだい、南みなみは佐久さく市し清川きよかわにかけて両りょう墓はか制せい墓地ぼちが見みられた。
• 奈良なら県けん大和やまと高原こうげん地方ちほう
  • 柳生やぎゅう、都祁つげなど。奈良なら県けんは緊密きんみつな両りょう墓はか制せい習慣しゅうかんがあった。この地域ちいきの両りょう墓はか制せいは、埋うめ墓はかを年齢ねんれいや男女だんじょで分わけるという特徴とくちょうがある。
• 瀬戸内海せとないかい塩飽諸島しわくしょとう
  • 佐柳さなぎ島とう、志々島ししじま、高見島たかみじまなどに両りょう墓はか制せいの墓地ぼちが2014年ねん2月がつ現在げんざいの時点じてんで現存げんそんする。埋うめ墓ぼの上うえに霊屋たまやを建たてるという特徴とくちょうがある。現在げんざいは火葬かそうに切きり替かわっているが、墓地ぼち自体じたいは使つかわれている。佐柳島さなぎじまでは現在げんざいでも埋うめ墓はかと参まいり墓はかを作つくることが多おおく、両りょう墓はか制せいが風習ふうしゅうとして現存げんそんしていると言いえる。なお、佐柳島さなぎじまでは埋うめ墓ぼに霊屋たまやは建たてず木きを削けずり出だして作つくった人形にんぎょうを立たてる。

両りょう墓はか制せい墓地ぼちは現在げんざい でも見みることはできるが、近年きんねん は使つかわれていない場合ばあいが多おおい。それは両りょう墓はか制せいが土葬どそうを基本きほんとするため、火葬かそうが一般いっぱん的てきとなった現在げんざい では土葬どそうの両りょう墓はか制せいは役割やくわりを終おえたと言いえる。現在げんざい では特とくに埋うめ墓ぼは地域ちいきの共同きょうどう墓地ぼちとして解釈かいしゃくされている場合ばあいが多おおく、近年きんねん は土地とち利用りようの観点かんてんから埋うめ墓はかを再さい整備せいびして、石塔せきとう(墓石はかいし)を持もつ単たん墓はか制せいの通常つうじょうの火葬かそう墓ぼに切きり替かえるケースが多おおくなっている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 大間知おおまち篤三とくぞう　「増補ぞうほ　両りょう墓はか制せいの資料しりょう」『葬送そうそう墓はか制せい研究けんきゅう集成しゅうせい』、第だい4巻かん、墓はかの習俗しゅうぞく、名著めいちょ出版しゅっぱん、1979年ねん（「両りょう墓はか制せいの資料しりょう」の初出しょしゅつは『山村さんそん生活せいかつ調査ちょうさ第だい二に回かい報告ほうこく書しょ』、1936年ねん）
• 柳田やなぎだ國男くにお　「先祖せんぞの話はなし」『柳田やなぎだ國男くにお全集ぜんしゅう』15巻かん、筑摩書房ちくましょぼう、1998年ねん（「先祖せんぞの話はなし」の初出しょしゅつは1945年ねん）
• 柳田やなぎだ國男くにお　「葬そう制せいの沿革えんかくについて」『定本ていほん 柳田やなぎだ國男くにお集しゅう』15巻かん、所収しょしゅう　筑摩書房ちくましょぼう、1969年ねん（初出しょしゅつは『人類じんるい学がく雑誌ざっし』500号ごう、1929年ねん）
• 最上もがみ孝たかし敬けい編へん『葬送そうそう墓はか制せい研究けんきゅう集成しゅうせい』第だい4巻かん、墓はかの習俗しゅうぞく、名著めいちょ出版しゅっぱん、1979年ねん
• 最上もがみ孝たかし敬けい　『詣まいり墓はか』、名著めいちょ出版しゅっぱん、1980年ねん
• 新谷しんたに尚紀なおき　『両りょう墓はか制せいと他界たかい観かん』、吉川弘文館よしかわこうぶんかん、1991年ねん

関連かんれん項目こうもく

• 石塔せきとう
• 祖そ霊れい信仰しんこう
• 墓はか
• 民俗みんぞく学がく
• 柳田やなぎだ國男くにお