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女性じょせい手帳てちょう

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

女性じょせい手帳てちょう』(じょせいてちょう)は、1967ねん4がつ10日とおかから1982ねん3月25にちまでNHK総合そうごうテレビジョン平日へいじつひる放送ほうそうされたインタビュー番組ばんぐみである。

概要がいよう

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この番組ばんぐみ毎週まいしゅう1にんのゲストをピックアップしていき、しゅう5日間にちかん合計ごうけい2あいだはんにわたってNHKのアナウンサーたちがゲストにたいしてったインタビューを放送ほうそうしていた。

番組ばんぐみ開始かいしから1年間ねんかんは、毎月まいつき最終さいしゅう金曜日きんようびのみNHK大阪おおさか放送ほうそうきょく制作せいさくった。その、1967ねん4がつからは原則げんそく東京放送とうきょうほうそうきょく製作せいさくとし、2 - 3ヶ月かげつに1間隔かんかくで1週間しゅうかんとおして大阪おおさか放送ほうそうきょく製作せいさくかたち変更へんこうされたのち、1970ねん10がつからは、大阪おおさか放送ほうそうきょくのほか、名古屋放送局なごやほうそうきょく不定期ふていきあらたに制作せいさく参加さんか同時どうじ大阪おおさか放送ほうそうきょく担当たんとうスケジュールも原則げんそくとして隔月かくげつで1しゅうずつ(とし6かい)のかたち変更へんこうされた)。

さらに1972ねんからは8がつ福岡放送局ふくおかほうそうきょくはじめて1週間しゅうかん製作せいさくったのを皮切かわきりに、札幌さっぽろ広島ひろしま仙台せんだいなどかく地方ちほう地域ちいき拠点きょてんきょく不定期ふていき製作せいさく担当たんとうするようになった。

これをに、日本にっぽん代表だいひょうする芸術げいじゅつから家庭かてい知識ちしき、そして地方ちほうつたわる風習ふうしゅう伝承でんしょう特定とくてい地域ちいきにのみ生息せいそく確認かくにんされている動植物どうしょくぶつ生態せいたいにいたるまで、幅広はばひろ分野ぶんや話題わだい網羅もうらする硬派こうはのインタビュー番組ばんぐみとして長年ながねんしたしまれることになった。

番組ばんぐみ1982ねん3がつどうタイトルでの放送ほうそう終了しゅうりょう同年どうねん4がつに『訪問ほうもんインタビュー』へと衣替ころもがえした。

放送ほうそう時間じかん

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  • 放送ほうそう開始かいし - 1969ねん3がつつき - 金曜きんよう 13:15 - 14:15
  • 1969ねん4がつ - 1972ねん3がつつき - 金曜きんよう 13:40 - 14:20
    • 日本にっぽん万国博覧会ばんこくはくらんかい期間きかんちゅう(1970ねん3がつ16にち - 9月11にち)は万博ばんぱく関連かんれん番組ばんぐみ『ナショナルデーへの招待しょうたい』を月曜げつよう水曜すいよう金曜きんよう放送ほうそうしたため、火曜かよう木曜もくようのみ放送ほうそう[1][2]
  • 1972ねん4がつ - 1974ねん3がつつき - 金曜きんよう 13:55 - 14:30
  • 1974ねん4がつ - 放送ほうそう終了しゅうりょうまで:つき - 金曜きんよう 14:00 - 14:30

歴代れきだい司会しかいしゃ(ききて

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期間きかん キャスター
1967.4.1 1968.3 伊藤いとうこう 山田やまだ幸子さちこ
1968.4 1970.3 はらよし三郎さぶろう
1970.4 1972.3 杉澤すぎさわ陽太郎ようたろう 広瀬ひろせ修子のぶこ
1972.4 1974.3 室町むろまち澄子すみこ
1974.4 1975.3 森本もりもとあつしろう 高橋たかはし美紀子みきこ
1975.4 1977.3 上安かみやすたいら洌子きよこ
1977.4 1979.3 飯窪いいくぼちょう 山根やまねはじめ
1979.4 1981.3 かわかち 広瀬ひろせ修子のぶこ
1981.4 1982.3.25 伊集院いじゅういん礼子あやこ
大阪おおさか製作せいさくぶん
期間きかん キャスター
1967年度ねんどつき1かい)・1968年度ねんど(4がつ・6がつ[3] 山川やまかわ静夫しずお 檜山ひやま紀美子きみこ
1968年度ねんど(9がつ・10月・1969ねん2がつ)・1969年度ねんど(8がつ 秋山あきやま和平わへい[4] 村田むらた幸子さちこ
1969年度ねんど(10がつ・12月、1970ねん1がつ 長島ながしま澄子すみこ
1970年度ねんど(10がつ・1971ねん1がつ・3がつ)・1971年度ねんど(5がつ・7がつ 小谷おたにつたえ
1971年度ねんど(10がつ・11月・1972ねん1がつ・3がつ)・1972年度ねんど(5がつ・7がつ・9月・11月・1973ねん2がつ 山根やまねはじめ
1973年度ねんど(5がつ・7がつ・9月・11月)・1974年度ねんど(4がつ・5がつ みね武男たけお[5]
1974年度ねんど(7がつ・9月・11月)・1975年度ねんど(4がつ 福田ふくだ康子やすこ
1975年度ねんど(6がつ・7がつ・10月・12月・1976ねん3がつ)・1976年度ねんど(3がつ・5月・7がつ・11月・1977ねん1がつ・3がつ)・1977年度ねんど(6がつ・8がつ 向後こうご英紀ひでのり[6]
1977年度ねんど(9がつ・12月・1978ねん2がつ)・1978年度ねんど(5がつ・7がつ・12月・1979ねん1がつ)・1979年度ねんど(4がつ・5がつ 安藤あんどうめぐみ[7]
1979年度ねんど(9がつ・11月・1980ねん1がつ・3がつ)・1980年度ねんど(5がつ 山口やまぐちひろしさん[8] 堀内ほりうち裕子ゆうこ
1980年度ねんど(9がつ・11月・1981ねん1がつ)・1981年度ねんど(4がつ 西阪にしさかひろ[9]
1981年度ねんど(10がつ・11月・1982ねん2がつ・3がつ 村田むらた幸子さちこ 西阪にしさかひろ
その

東京とうきょう大阪おおさか以外いがい地方ちほうきょく製作せいさくぶん女性じょせい司会しかいしゃかんしては、かく地域ちいき拠点きょてん活動かつどうするフリーアナウンサー起用きようされていた。

制作せいさくきょく 期間きかん キャスター
札幌放送局さっぽろほうそうきょく 1972.10 山中やまなかいさむ 黒沢くろさわ久美子くみこ
1974.2 野村のむらひろししん 照屋てるや真樹子まきこ
1975.2 野村のむらひろししん 青池あおいけ光子みつこ
1976.1 河内かわうちただし 木村きむらゆき
1977.2 西橋にしはしただしやすし 須磨すま佳津江かつえ
1977.7
1978.11 本田ほんだまこと 沢井さわいたか良子りょうこ
1980.8 鈴木すずきこう 竹本たけもと寿美子すみこ
仙台放送局せんだいほうそうきょく 1977.6 草柳くさやなぎ隆三りゅうぞう 小松こまつ直子なおこ
1980.2 おもね世知せち幸男ゆきお 宮部みやべ博子ひろこ
青森放送あおもりほうそうきょく 1978.11 鈴木すずきこう 黒滝くろたき郁子いくこ
1981.11 桜井さくらい芳朗よしろう 梶浦かじうら美枝子みえこ
秋田放送局あきたほうそうきょく 1976.7 草柳くさやなぎ隆三りゅうぞう
福井放送局ふくいほうそうきょく 1974.1 木村きむら光一こういち
富山放送局とやまほうそうきょく 1981.3 後藤ごとう晴美はるみ 中村なかむら速雄はやお
名古屋放送局なごやほうそうきょく 1970.10 本田ほんだまこと 尾関おぜき(中原なかはら)成子しげこ
1971.11 秋山あきやまたかし
1972.9 田崎たさき峯男みねお
1973.3 小沼おぬま俊男としお
1973.6 中野なかの道生みちお
1973.7
1974.12 児玉こだままこと 青木あおき裕子ゆうこ
1975.4 児玉こだままこと
1975.9 阿部あべひろし 近森ちかもり一枝かずえ
1976.4 加藤かとう英明ひであき
1977.5 松田まつだ輝雄てるお 小林こばやし洋子ようこ
1977.7
1978.5 加瀬かせ次男つぐお 河原かわはら秀子ひでこ
1978.8 小沢おざわ一郎いちろう 小林こばやし洋子ようこ
1979.4 こうこし正久まさひさ
1980.5 青木あおきあつし 近森ちかもり一枝かずえ
1980.9 みね陽子ようこ 
1981.9 服部はっとり雅子まさこ
広島放送局ひろしまほうそうきょく 1979.5 根岸ねぎし久治きゅうじ 岩崎いわさき有子ゆうこ
1979.10 川口かわぐち正八しょうはち
1981.2 だんうえしげる 杉本すぎもと雅子まさこ
1981.10 川口かわぐち正八しょうはち 浜本はまもと一枝かずえ
松山放送局まつやまほうそうきょく 1974.3 白鳥しらとり元雄もとお
1979.2 福本ふくもと義典よしのり 宮内みやうち淑子としこ
1979.3
1979.12
1980.11 村田むらたあきら 西村にしむら澄子すみこ
1981.12 草柳くさやなぎ隆三りゅうぞう 宮内みやうち淑子としこ
高松放送局たかまつほうそうきょく 1978.4 山田やまだまことひろし 土井どい昌子まさこ
福岡放送局ふくおかほうそうきょく 1972.8 川口かわぐち正八しょうはち 上田うえだ暁子あきこ
1974.5 川口かわぐち正八しょうはち
1975.7 中村なかむら速夫はやお 松尾まつおみどり
佐賀放送局さがほうそうきょく 1981.7 佐々木ささき謙介けんすけ
1982.3 小林こばやし弘明ひろあき
沖縄放送局おきなわほうそうきょく 1977.12 草柳くさやなぎ隆三りゅうぞう 上原うえはら利恵子りえこ
1975.3 吉川よしかわ精一せいいち
1976.10 平岩ひらいわあつし
1977.4 重松しげまつ和美かずみ
1977.11
1978.12 平岩ひらいわあつし

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 日本にっぽん放送ほうそう協会きょうかい総合そうごう放送ほうそう文化ぶんか研究所けんきゅうじょ 放送ほうそう編修へんしゅうしつ へんNHK年鑑ねんかん'70日本にっぽん放送ほうそう出版しゅっぱん協会きょうかい、1970ねん9がつ20日はつか、88ぺーじNDLJP:2525970/62https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2525970 
  2. ^ 日本にっぽん放送ほうそう協会きょうかい総合そうごう放送ほうそう文化ぶんか研究所けんきゅうじょ 放送ほうそう編修へんしゅうしつ へん『NHK年鑑ねんかん'71』日本にっぽん放送ほうそう出版しゅっぱん協会きょうかい、1971ねん9がつ20日はつか、75ぺーじ 
  3. ^ かく1しゅうずつ(以下いかおなじ)。
  4. ^ 1969ねん5がつ担当たんとうしゅう内田うちだあきらがリリーフ登板とうばん
  5. ^ 1974ねん2がつ担当たんとうしゅうかわなべひろしが、1975ねん2がつ担当たんとうしゅう蕪木かぶらき弘道ひろみちがリリーフ登板とうばん
  6. ^ 1975ねん11月の担当たんとうしゅう生方うぶかた文彦ふみひこが、1977ねん7がつ担当たんとうしゅう蕪木かぶらき弘道ひろみちが、1978ねん3がつ・9月・1979ねん7がつ担当たんとうしゅう木村きむら知義ともよしがリリーフ登板とうばん
  7. ^ 1975ねん11月の担当たんとうしゅう生方うぶかた文彦ふみひこが、1977ねん7がつ担当たんとうしゅう蕪木かぶらき弘道ひろみちがリリーフ登板とうばん
  8. ^ 80ねん7がつ担当たんとうしゅう木村きむら知義ともよしがリリーフ登板とうばん
  9. ^ 1981ねん5がつ担当たんとうしゅう井上いのうえ善夫よしおが、1981ねん8がつ担当たんとうしゅう木村きむら知義ともよしがリリーフ登板とうばん

外部がいぶリンク

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