孔子こうし紀年きねん

孔子こうし紀年きねん（こうしきねん）とは、儒教じゅきょうの大成たいせい者しゃである孔子こうしの没年ぼつねんあるいは生年せいねんを元年がんねんとした紀年きねん法ほうである。清きよし末すえ、変へん法ほう派はの康有為こうゆういが主張しゅちょうした。西洋せいよう国家こっかがキリスト教きりすときょうを国家こっか宗教しゅうきょうとするのを模倣もほうして儒教じゅきょうを国教こっきょうとしようとした孔あな教きょう運動うんどうを展開てんかいするなかで唱となえられた。

孔子こうし卒そつ後ご紀年きねん

康有為こうゆうい一派いっぱが最初さいしょに採用さいようした孔子こうし紀年きねんで、孔子こうしの没年ぼつねんを元年がんねんとする紀年きねん法ほうである。光ひかり緒いとぐち21年ねん（1895年ねん）、上海しゃんはいで発行はっこうされた『強つよし学がく報ほう』初号しょごう表紙ひょうしに「孔子こうし卒そつ後ご二に千せん三さん百ひゃく七なな十じゅう三さん年ねん」と記しるしたのが最初さいしょの使用しよう例れいと見みられる（ただし光ひかり緒いとぐち紀年きねんも並ならべ記しるす）。

また同どう雑誌ざっしには「孔子こうし紀年きねん説せつ」を掲載けいさいし、この紀年きねん法ほうを採用さいようした理由りゆうを以下いかのように記しるす。すなわち『史記しき』には「孔子こうし卒そつ」や「孔子こうし卒そつ後ご○○年ねん」と記しるすが、これは董ただし仲なか舒から公おおやけ羊ひつじ学がくの微ほろ言げん大義たいぎをうけた司馬しば遷が孔子こうし紀年きねんを実践じっせんしたものだという。その後ご約やく二に千せん年ねんも埋うずもれていたこの紀年きねん法ほうを『強つよし学がく報ほう』に復活ふっかつさせたのだと述のべている。

また光ひかり緒いとぐち24年ねん（1898年ねん）の百ひゃく日にち維新いしんの時ときには、「孔あな聖ひじりを尊たっとんで国教こっきょうと為なし教きょう部ぶ教会きょうかいを立たて孔子こうし紀年きねんを以もって淫祠いんしを廃はいするを請こうの摺すり」を上奏じょうそうして孔子こうし紀年きねんを採用さいようさせようとした。上奏じょうそう文ぶんでは1.（皇帝こうていごとに年号ねんごうが変かわると不便ふべんであるため、孔子こうしでもって年号ねんごうを統一とういつし）人にんの記憶きおく力りょくの無駄むだを省はぶき便利べんりとなる、2.（孔子こうしに対たいする）人々ひとびとの信仰しんこう心しんを高たかめやすくするためである、と理由りゆうを述のべている（ただしこの上奏じょうそう文ぶんは戊つちのえ戌いぬ変へん法ほうより後ごの宣せん統みつる3年ねん（1911年ねん）に出版しゅっぱんされており、必かならずしも戊つちのえ戌いぬ当時とうじの考かんがえを反映はんえいしたとはいえない、とする説せつもある）。

しかしこの試こころみは成功せいこうしなかった。『強つよし学がく報ほう』はわずか二に号ごうを出だしただけで頓挫とんざし、後ごを承うけた『時務じむ報ほう』には採用さいようされなかった。編集へんしゅう部ぶの内外ないがいから強つよい批判ひはんを被こうむったからである。そのため孔子こうし紀年きねんを採用さいようするかどうかはその後ごの変へん法ほう派は内ないの分裂ぶんれつを促うながす原因げんいんの一ひとつとなった。

年号ねんごうを変更へんこうすることに強つよい反感はんかんが示しめされるのは、無理むりのないことといわねばならない。元々もともと年号ねんごう制定せいていとは『礼れい記き』の「正せい朔ついたちを改あらため、服ふく色しょくを易えき」えるという一節いっせつに基もとづき、君主くんしゅが新しん王朝おうちょうを開ひらく際さいに新しん体制たいせいとなったことを世よに知しらしめる手段しゅだんであった。そのため新年しんねん号ごうを使用しようすることは、それを定さだめた時ときの王朝おうちょうの支配しはいに服ふくすることを意味いみする。来らい華はなした朝貢ちょうこう使節しせつに暦こよみを授与じゅよするのは、その典型てんけい的てきな例れいで、暦こよみを受うけ取とるということはその中国ちゅうごく王朝おうちょうに服属ふくぞくすることなのである。逆ぎゃくに言いえば時ときの王朝おうちょうの年号ねんごうを使用しようしないことは、その王朝おうちょうに対たいし異い志こころざしを抱いだくことと同義どうぎとなる。

康有為こうゆうい自身じしんは清朝せいちょうに対たいし反抗はんこうの意思いしなどなく、孔子こうし紀年きねん採用さいようは孔子こうし神格しんかく化かのための単たんなる布石ふせきに過すぎなかった。しかし周囲しゅういからあらぬ疑うたがいをかけられることを避さける手立てだてはなかったのである。変へん法ほう派はは革命かくめいではなく、改革かいかくを志こころざしていたのであるからその躊躇ちゅうちょは当然とうぜんであったといえよう。

孔子こうし生後せいご紀年きねん

孔子こうしの没年ぼつねんを元年がんねんとする孔子こうし卒そつ後ご紀年きねんに対たいし、生うまれた年としを元年がんねんとするものもある。それが孔子こうし生後せいご紀年きねんである。これは康有為こうゆういの弟子でし梁りょう啓あきら超ちょうが日本にっぽんに亡命ぼうめいした後のちに著あらわした『紀年きねん公理こうり』（『清きよし議ぎ報ほう』第だい16冊さつ、1898年ねん）で紹介しょうかいした説せつである。これは「其その生なまに法のっとり、其その死しに法のっとらず」（『公おおやけ羊ひつじ伝でん』隠かくれ公こう元年がんねん何なん休きゅう注ちゅう）に基もとづいており、以後いご変へん法ほう派ははこの紀年きねん法ほうを統一とういつして用もちいるようになる。

ただこの紀年きねん法ほうも普及ふきゅうしなかった。実じつは孔子こうし紀年きねんが発表はっぴょうされて以来いらい、康有為こうゆういの思惑おもわくを超こえて独自どくじの紀年きねん法ほうが流行りゅうこうしたからに他たならない。年号ねんごうを変かえることが時ときの王朝おうちょうに刃向はむかうことを意味いみすると先さきに述のべたが、それを正ただしく理解りかいし行おこなう集団しゅうだんがあって様々さまざまな新年しんねん号ごうを提案ていあんしていた。言いうまでもなく孫まご文ぶんら革命かくめい派はである。有名ゆうめいな黄き帝みかど紀年きねんや唐から堯紀年ねん、夏なつ禹紀年ねん、秦はた統一とういつ紀年きねん、亡国ぼうこく紀年きねん、共和きょうわ紀年きねん等々とうとう、多おおくの私わたし紀年きねんが登場とうじょうし、どれもが自みずからの正当せいとう性せいを主張しゅちょうした。その中なかにあって孔子こうし紀年きねんは埋没まいぼつしかねない勢いきおいであったのである。

ただ康有為こうゆうい自身じしんは生涯しょうがい孔子こうし紀年きねんへの執着しゅうちゃくを捨すてなかった。たとえば辛からし亥い革命かくめい後ごの1912年ねんに康有為こうゆういが創刊そうかんした雑誌ざっし『不ふ忍にん』でも孔子こうし紀年きねんが使つかわれている。それには孔あな教きょうへの康有為こうゆういの強つよい信念しんねんが込こめられているのである。