沼ぬま正三しょうさん

沼ぬま 正三しょうさん（ぬま しょうぞう）は、日本にっぽんの小説しょうせつ家か。主おもに、1956年ねんから『奇き譚たんクラブ』に連載れんさいされた小説しょうせつ『家畜かちく人じんヤプー』により知しられる。覆面ふくめん作家さっかとして活動かつどうし、覆面ふくめんであるため外国がいこく人じん説せつ含ふくめその正体しょうたいには諸説しょせつある。これまでに沼ぬま正三しょうさんの正体しょうたいと見みなされた人物じんぶつは、三島みしま由紀夫ゆきお、奥野おくの健男たけお、武田たけだ泰淳たいじゅん、澁澤しぶさわ龍彦たつひこ、会田あいだ雄次ゆうじ、遠藤えんどう周作しゅうさく、倉田くらた卓たく次じ、そして沼ぬま正三しょうさんの代理人だいりにんと称しょうする天野あまの哲夫てつおである。

沼ぬまの正体しょうたいに関かんする議論ぎろん

倉田くらた卓たく次じ説せつ

1982年ねんに森下もりした小太郎こたろうが『諸君しょくん!』11月がつ号ごうに元もと判事はんじの倉田くらた卓たく次じが著者ちょしゃだとの記事きじを発表はっぴょうした。しかし倉田くらたは、自伝じでん的てき著作ちょさく『続々ぞくぞく裁判官さいばんかんの戦後せんご史し 老ろう法曹ほうそうの思おもい出で話ばなし』（悠々ゆうゆう社しゃ、2006年ねん）で、自身じしんが沼ぬま正三しょうさんであることを完全かんぜんに否定ひていしている。ただし、その中なかで、自身じしんがヤプー連載れんさい当時とうじの『奇き譚たんクラブ』の愛読あいどく者しゃであったこと、そして『奇き譚たんクラブ』を通つうじて天野あまの、森下もりしたと互たがいの該博がいはくな知識ちしきの共有きょうゆうを主おも目的もくてきとする文通ぶんつうを行おこなっていたことは事実じじつとして認みとめており、ヤプーの創作そうさく過程かていにおける複数ふくすう人じんの関与かんよ、殊ことに三島みしま由紀夫ゆきおの匿名とくめいによる関与かんよの可能かのう性せい＝『家畜かちく人じんヤプー』が複数ふくすう人じんによる共同きょうどう作品さくひんである可能かのう性せいを示唆しさした記述きじゅつもある。

内藤ないとう三津子みつこ『薔薇ばら十じゅう字じ社しゃとその軌跡きせき』（論ろん創そう社しゃ、2013年ねん）では、インタビュアーの小田おだ光雄みつおが沼ぬま正三しょうさんの正体しょうたいは倉田くらた卓たく次じであると断定だんてい。その根拠こんきょとして「天野あまのと沼ぬまの文章ぶんしょうを比くらべると、その文章ぶんしょう、語学ごがく力りょく、教養きょうようなどからして、二人ふたりがまったく別人べつじんであることは歴然れきぜん」と、小田おだはいう。また、『家畜かちく人じんヤプー』刊行かんこうの半年はんとし後ごに倉田くらたが退官たいかんしたのも、正体しょうたいが露見ろけんしたことによる衝撃しょうげきが原因げんいんであり、彼かれは『ある夢想むそう家かの手帖てちょうから』刊行かんこう後ごは天野あまのに沼ぬま名義めいぎの著作ちょさく権けんなど一切いっさいを譲ゆずってしまったのではないか、と推測すいそくしている。

天野あまの哲夫てつお説せつ

1982年ねん、森下もりしたによる記事きじ発表はっぴょうの後のちに天野あまの哲夫てつおが『潮しお』1983年ねん1月がつ号ごうで自分じぶんが沼ぬま正三しょうさんであると宣言せんげんした。しかしこの宣言せんげんは虚偽きょぎではないかとの指摘してきがあり、議論ぎろんは紛糾ふんきゅうした。ただし、天野あまの哲夫てつおは「沼ぬま正三しょうさんは私わたしです。しかし、私わたし一人ひとりとも言いえない。当時とうじ、『奇き譚たんクラブ』の仲間なかまで合言葉あいことばのようにして作つくりあげた、共同きょうどうペンネームなのです」とも、語かたっている。

主おもな否定ひてい派はの意見いけんとしては、天野あまの哲夫てつおが書かいたことがはっきりしている『家畜かちく人じんヤプー』の後半こうはん部分ぶぶん（当初とうしょ、『続ぞく・家畜かちく人じんヤプー』として冒頭ぼうとう部分ぶぶんのみが発表はっぴょうされ、中断ちゅうだんした部分ぶぶん以降いこう）が、前半ぜんはん部分ぶぶんと大おおきく異ことなっていること、天野あまの哲夫てつおの他ほかの作品さくひんと『家畜かちく人じんヤプー』の前半ぜんはん部分ぶぶんが大おおきく異ことなること、天野あまの哲夫てつおは以前いぜんより性せい風俗ふうぞくを扱あつかった文章ぶんしょうや小説しょうせつを天野あまの哲夫てつお名義めいぎで発表はっぴょうしており、覆面ふくめん作家さっかとして沼ぬま正三しょうさんを名乗なのる必然ひつぜん性せいが感かんじられないこと、宣言せんげん以前いぜんの沼ぬま正三しょうさんの文章ぶんしょうや代理人だいりにんを名乗なのっていた頃ころの天野あまの哲夫てつおの文章ぶんしょうと、宣言せんげん後ごの天野あまの哲夫てつおの文章ぶんしょうの矛盾むじゅん、などが挙あげられる。

団だん鬼おに六ろくは、天野あまのが沼ぬまを自称じしょうして続編ぞくへんを書かいたがヤプーファンからは相手あいてにされなかったと切きり捨すて、澁澤しぶさわ龍彦たつひこも倉田くらた卓たく次じが沼ぬま正三しょうさんだと考かんがえていた。なお、武藤むとう康史やすしはヤプーの文体ぶんたいから、天野あまのが書かいたものを、倉田くらたが添削てんさくしたのではないかと、推測すいそくしている。

天野あまの哲夫てつおの代理人だいりにん的てき存在そんざいであった山田やまだ陽一よういちは、沼ぬま正三しょうさんが天野あまの哲夫てつおであることには疑問ぎもんを挟はさむ余地よちがないと、否定ひてい派はに対たいして、反論はんろんしている。

康かん芳夫よしおは『綺あやぎぬ譚たんクラブ』のオーナーから沼ぬま正三しょうさんの連絡れんらく先さきを知しらされて『家畜かちく人じんヤプー』の最初さいしょの版はんである都市とし出版しゅっぱん社しゃ版ばんの発行はっこうに携たずさわっており、沼ぬまの正体しょうたいを確実かくじつに知しる人物じんぶつの1人ひとりである。その康やすしは、1974年ねんの著書ちょしょ『虚業きょぎょう家か宣言せんげん』で、『家畜かちく人じんヤプー』の一部いちぶは沼ぬま正三しょうさんの許可きょかを得えて、天野あまのが執筆しっぴつしたのだから、天野あまの哲夫てつお説せつは完全かんぜんな間違まちがいではないとしている。さらに同書どうしょの中なかで、沼ぬま正三しょうさんは文壇ぶんだんとは一切いっさい関係かんけいない人物じんぶつで、1974年ねん時点じてんで40代だい、東京大学とうきょうだいがく法学部ほうがくぶ出身しゅっしんで某ぼう官庁かんちょうの高級こうきゅう官僚かんりょうであると人物じんぶつ像ぞうの一端いったんを明あかしていた。しかし、2008年ねんに天野あまの哲夫てつおが死去しきょすると、これを翻ひるがえして、生前せいぜんの天野あまのが主張しゅちょうしていたように、やはり天野あまのが沼ぬまであり、別べつのペンネームを用もちいたのは他たの人ひとたちの助言じょげんを取とり入いれて執筆しっぴつしたからであり、彼かれら協力きょうりょく者しゃとの微妙びみょうな関係かんけいがあったからだとしている。

映画えいが監督かんとくの中島なかじま貞夫さだおは、2004年ねんの著書ちょしょ『遊ゆう撃げきの美学びがく 映画えいが監督かんとく中島なかじま貞夫さだお』で都市とし出版しゅっぱん社しゃから『家畜かちく人じんヤプー』の単行本たんこうぼんが出版しゅっぱんされる前まえに沼ぬま正三しょうさんと会あっていると明あかしている。中島なかじまが1969年ねんに監督かんとくしたドキュメント映画えいが『にっぽん'69 セックス猟奇りょうき地帯ちたい』に出演しゅつえんしたマゾヒストが実じつは沼ぬま正三しょうさん本人ほんにんなのだという。中島なかじまが『家畜かちく人じんヤプー』の映画えいが化かを希望きぼうすると、沼ぬまは自分じぶんは表ひょうに出でたくないからと代理人だいりにんを立たてて来きた。その人物じんぶつが康かん芳夫よしおであった。天野あまの哲夫てつおは2008年ねんに死去しきょしたが、中島なかじま貞夫さだおは2009年ねんに取材しゅざいされた『映画えいが秘宝ひほう』誌しで沼ぬま正三しょうさんはこの間あいだ亡なくなったと語かたっている。

2021年ねんの丸山まるやまゴンザレスによる康かん芳夫よしおへのインタビューでは、「沼ぬま正三しょうさんは5人にんからなる」「その内うち2人にんは天野あまの哲夫てつおと倉田くらた卓たく次じ」「メインライターは天野あまの」「他たの3人にんはまだ非公開ひこうかい」「全権ぜんけん代理人だいりにんである康かんの死後しごに明あきらかになる」と語かたった。

作品さくひん

• 『家畜かちく人じんヤプー』幻冬舎げんとうしゃ 全ぜん5巻かん
• 『家畜かちく人じんヤプー』（コミック） 辰巳たつみ出版しゅっぱん 作画さくが：シュガー佐藤さとう ／石ノ森いしのもり章太郎しょうたろう　全ぜん4巻かん
• 『家畜かちく人じんヤプー』（コミック） 幻冬舎げんとうしゃ 作画さくが：江川えがわ達也たつや 全ぜん9巻かん
• 『集成しゅうせい「ある夢想むそう家かの手帖てちょうから」』　太田出版おおたしゅっぱん 上下じょうげ　　
• 『マゾヒストMの遺言ゆいごん』　筑摩書房ちくましょぼう 　　
• 『懺悔ざんげ録ろく - 我がは如何いかにしてマゾヒストとなりし乎』　ポット出版しゅっぱん