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いそふうがた駆逐くちくかん

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
いそふうがた(天津てんしんふうがた)駆逐くちくかん
天津風(推定1927年10月[1])
天津てんしんふう(推定すいてい1927ねん10がつ[1])
基本きほん情報じょうほう
種別しゅべつ 一等いっとう駆逐くちくかん[2]
運用うんようしゃ  大日本帝国だいにっぽんていこく海軍かいぐん
同型どうけいかん 天津てんしんふういそふう濱風はまかぜ時津風ときつかぜ[2]
まえきゅう うらふうがた駆逐くちくかん
つぎきゅう こうかぜがた駆逐くちくかん
要目ようもく計画けいかく
基準きじゅん排水はいすいりょう 公表こうひょう 1,105トン[3]
常備じょうび排水はいすいりょう 1,227トン[4]
全長ぜんちょう 326 ftin (99.52 m)[5]
水線すいせんちょう 317 ft 0 in (96.62 m)[5][注釈ちゅうしゃく 1]
垂線すいせんあいだちょう 310 ft 0 in (94.49 m)[4]
最大さいだいはば 28 ft 0 in (8.53 m)[4]
または 8.52m[6]
ふか 18 ft 5 in (5.61 m)[5]
吃水きっすい 9 ft 3+12 in (2.83 m)[4]
ボイラー ごうかん本式ほんしきかん 重油じゅうゆせんしょう3どうこんしょう2[7]
おも 直結ちょっけつタービン(高圧こうあつ低圧ていあつ低圧ていあつ減速げんそくギア連結れんけつ巡航じゅんこうタービン2[8])[9] 1くみ
推進すいしん 3じく[4] x 750rpm[9]
直径ちょっけい6 ft 6 in (1.98 m)、ピッチ6 ft 2 in (1.88 m)(いそふう)[10]
出力しゅつりょく 27,000馬力ばりき[4]
速力そくりょく 34.0ノット[4]
航続こうぞく距離きょり 2,800カイリ / 14ノット[5]
または 3,360カイリ / 14ノット[6]
燃料ねんりょう 重油じゅうゆ297トン、石炭せきたん147トン[4]
または 重油じゅうゆ220トン、石炭せきたん220トン[5]
または 重油じゅうゆ297トン、石炭せきたん92トン[よう出典しゅってん]
乗員じょういん 竣工しゅんこう定員ていいん 145めい[11][4]
へいそう 40口径こうけいよん一式いっしき12cmたんそうほう 4もん[4]
さんねんしきほう 2てい[4]
よんよんしき45cm連装れんそう水上すいじょう発射はっしゃかん[9] 36もん[5]
よんよんしきごう魚雷ぎょらい12ほん[5]
搭載とうさいてい 4せき[4]
トンはえいトン
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いそふうがた駆逐くちくかん(いそかぜかたくちくかん)は、大日本帝国だいにっぽんていこく海軍かいぐん駆逐くちくかんかんきゅう[12]日本にっぽん海軍かいぐん正式せいしき類別るいべつ天津てんしんふうがた駆逐くちくかん(あまつかぜがたくちくかん)[13][14]

計画けいかく

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天津てんしんふうがた駆逐くちくかん4せき天津てんしんふういそふう浜風はまかぜ時津風ときつかぜ)は[15]海風かいふうがた駆逐くちくかんにつぐ国産こくさん一等いっとう駆逐くちくかん[16]はちよん艦隊かんたいあん第一歩だいいっぽとなる大正たいしょう4ねん成立せいりつした軍備ぐんび補充ほじゅう予算よさん追加ついか要求ようきゅう計画けいかくされた[17]予算よさん大正たいしょう5年度ねんどどう6年度ねんど新造しんぞう艦艇かんてい製造せいぞうから、4せき合計ごうけい8,113,660まんえん説明せつめいされている[18]海軍かいぐん工廠こうしょうで2せき三菱みつびし長崎造船所なかざきぞうせんじょで1せき川崎かわさき造船ぞうせんしょで1せき建造けんぞうされ、4せきとも1917ねん(大正たいしょう6ねん)に竣工しゅんこうした[19]起工きこうから5カ月かげつほどで竣工しゅんこうしたかばがたたいし、「浜風はまかぜ」で進水しんすいから竣工しゅんこうまで5カ月かげつかっていて、より慎重しんちょう工事こうじすすめられたことをしめしている[20][注釈ちゅうしゃく 2]

かんがた

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基本きほん計画けいかく番号ばんごうF24[21]海風かいふうがた拡大かくだいがたといえるかんきゅうである[22]

船体せんたい海風かいふうがたつづ船首せんしゅろうがたかんくびはいわゆるスプーンがた[23]日本にっぽん海軍かいぐんでは大正たいしょう4年度ねんど計画けいかく駆逐くちくかんから採用さいようされており、一等いっとう駆逐くちくかんにはほんがたから採用さいようされた[24]しのげなみせいはまだ十分じゅうぶんでなく[20]、1919ねん(大正たいしょう8ねん)のだい演習えんしゅうで「浜風はまかぜ」が波浪はろうによって艦橋かんきょう破壊はかい被害ひがいけている[25]船体せんたい構造こうぞう重量じゅうりょう軽減けいげんさくとしてたてどおり構造こうぞうとしたが、工作こうさく面倒めんどう以後いご駆逐くちくかんには採用さいようされなかった[26]

ほうは40口径こうけい12cmほう統一とういつし(海風かいふうがたは12cmと8cmほう混載こんさい)、4もんすべてを中心ちゅうしんせんじょう配置はいちした[26]魚雷ぎょらい発射はっしゃかん連装れんそう36もんとして海風かいふうがた(連装れんそう24もん)より強化きょうかされた[20][注釈ちゅうしゃく 3]

ボイラー海風かいふうがたおな重油じゅうゆせんしょうかん石炭せきたん重油じゅうゆこんしょうかん搭載とうさい前部ぜんぶ2小型こがたこんしょう後部こうぶ3重油じゅうゆせんしょうのロごうかん本式ほんしきボイラーけい5(海風かいふうがたはイごうかん本式ほんしきけい8[27])となり、煙突えんとつも3ほん(どう4ほん[27])となった[16]

おも海風かいふうがた同様どうよう直結ちょっけつタービンを搭載とうさいした3じくかん中央ちゅうおうじくこうあつタービン、りょうふなばたじく低圧ていあつタービンかく1接続せつぞくした。 さら減速げんそくギア接続せつぞく巡航じゅんこうタービンがかく1ずつ搭載とうさいされ、りょうふなばたじく接続せつぞくされた[28]巡航じゅんこうタービンは「うらふう」(竣工しゅんこう装備そうび)に先駆さきがけて装備そうびされた[9]。タービンよう減速げんそくギアは日本にっぽん海軍かいぐんはじめての採用さいようで、これは海軍かいぐん工廠こうしょう三菱みつびし製造せいぞうした[28]。ギアの騒音そうおん危惧きぐされたが竣工しゅんこう問題もんだいとくかった[28]。またタービン形式けいしきは「天津てんしんふう」「時津風ときつかぜ」にはブラウン・カーチスしき、「いそふう」「浜風はまかぜ」にはパーソンズしき採用さいよう燃料ねんりょう消費しょうひりょうなどの成績せいせきはパーソンズしきほう良好りょうこうだった[28]

スクリューは「天津てんしんふう」「いそふう」が直径ちょっけい6ft6in・ピッチ6ft2in、「時津風ときつかぜ」がどう6ft6in・6ft0in、「浜風はまかぜ」がどう6ft4in・5ft10in1/4とことなり、それぞれの比較ひかく実験じっけんおこなった結果けっか、「天津てんしんふう」のそれが一番いちばん推進すいしん効率こうりつく、「浜風はまかぜ」のが最低さいていだった[10]。またおおやけためし検査けんさではスクリューに最大さいだいで1/2インチ(やく13mm)の腐食ふしょくつかり、一時いちじてきではあるが、連続れんぞく航行こうこうで7,000馬力ばりき短時間たんじかんで6/10全力ぜんりょく(16,200馬力ばりき程度ていど)に出力しゅつりょく制限せいげんされた[10]だいかんの「時津風ときつかぜ」(後述こうじゅつ)はおおやけためしで32ノットにとどかず、推進すいしん交換こうかんでようやく33ノットをえる速力そくりょくとなった[29]新造しんぞう同艦どうかん(速力そくりょくは35.56ノット)のスクリューつばさあつさは3インチ3/4でだいかんのそれは5インチと4インチとなっていて、つばさあつさが速力そくりょくおおきく影響えいきょうすることが判明はんめいした[29]

運用うんよう

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4ばんかん時津風ときつかぜ竣工しゅんこう翌年よくねん九州きゅうしゅう座礁ざしょう船体せんたい破壊はかいだいかん建造けんぞうしている。ただし名目めいもくじょうだい修理しゅうりとされてしんかんとされなかった[12]

1935ねん(昭和しょうわ10ねん)4がつ1にちに4せきそろって除籍じょせき[30]かんめいは4せきとも陽炎かげろうがた駆逐くちくかん継承けいしょうされた[31]

同型どうけいかん

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いそふう(いそかぜ)

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1915ねん大正たいしょう4ねん)7がつ10日とおか一旦いったん時津風ときつかぜ」と命名めいめい同年どうねん8がつ25にちに「いそふう」と改名かいめい[32][33]海軍かいぐん工廠こうしょうにおいて1916ねん大正たいしょう5ねん4がつ5にち起工きこう同年どうねん10月5にち進水しんすい天津てんしんふう同日どうじつ[34]1917ねん大正たいしょう6ねん2がつ28にち竣工しゅんこう[35][36][37]天津てんしんふうがた2ばんかん[13]1935ねん昭和しょうわ10ねん4がつ1にち除籍じょせき[14][38]

浜風はまかぜ(はまかぜ)

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1915ねん大正たいしょう4ねん)7がつ10日とおか濱風はまかぜ命名めいめい[32]三菱みつびし長崎造船所なかざきぞうせんじょにおいて1916ねん大正たいしょう5ねん4がつ1にち起工きこう同年どうねん10月30にち進水しんすい[39]、1917ねん大正たいしょう6ねん3月28にち竣工しゅんこう[40][41][42][37]天津てんしんふうがた3ばんかん[13]1919ねん大正たいしょう8ねん)、だい演習えんしゅう波浪はろうにより艦橋かんきょう破壊はかい事故じここす。この事故じこ笹尾ささおはじめすすむ司令しれい負傷ふしょうし、そのこのきずもと殉職じゅんしょくする。1935ねん4がつ1にち除籍じょせき[14][43]

天津てんしんふう(あまつかぜ)

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1915ねん大正たいしょう4ねん)7がつ10日とおか、「天津てんしんふう」と命名めいめい[32]天津てんしんふうがた駆逐くちくかんネームシップ[13]海軍かいぐん工廠こうしょうで1916ねん大正たいしょう5ねん4がつ5にち起工きこういそふう同日どうじつ)、同年どうねん10月5にち進水しんすいいそふう同日どうじつ[34]、1917ねん大正たいしょう6ねん4がつ14にち竣工しゅんこう[44][37]。1935ねん4がつ1にち除籍じょせき[14][45]

時津風ときつかぜ(ときつかぜ)

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1915ねん大正たいしょう4ねん)7がつ10日とおか、「いそふう」と命名めいめいされたが[32]、8がつ25にちで「時津風ときつかぜ」と改名かいめい[33]。1916ねん大正たいしょう5ねん3がつ10日とおか起工きこう[37]12月27にち進水しんすい[46]。1917ねん大正たいしょう6ねん)5がつ31にち川崎かわさき造船ぞうせんしょ竣工しゅんこう[47][37]1918ねん大正たいしょう7ねん3月30にち九州きゅうしゅう宮崎みやざきけん折生迫おりうざこ(おりうざこ)海岸かいがん座礁ざしょう船体せんたい破壊はかいへいそう備品びひんはずして放棄ほうき同年どうねん12月2にち舞鶴まいづる海軍かいぐん工廠こうしょうだいかん起工きこう[48]1919ねん大正たいしょう8ねん3月31にち進水しんすい[49]1920ねん大正たいしょう9ねん2がつ27にち竣工しゅんこう[50][51]天津てんしんふうがた4ばんかん[13]。1935ねん4がつ1にち除籍じょせき[14][45]

駆逐くちくたい変遷へんせん

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いそふうがたは4せきそろって1個いっこ駆逐くちくたい編成へんせいした。

だいいち駆逐くちくたいだいさんじゅうさん駆逐くちくたいだいじゅうはち駆逐くちくたい

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大正たいしょう6ねん4がつ1にち横須賀よこすか鎮守ちんじゅせきいそふう浜風はまかぜ天津てんしんふう時津風ときつかぜの4せき編成へんせい同日どうじつ春雨はるさめがた駆逐くちくかん神風かみかぜがた駆逐くちくかんからなる先代せんだいだいいち駆逐くちくたいだいよん駆逐くちくたいにスライドし、代目だいめだいいち駆逐くちくたいとなる。大正たいしょう7ねん10がつ13にちには舞鶴まいづる鎮守ちんじゅ転籍てんせきだいさんじゅうさん駆逐くちくたいとなった[52]大正たいしょう11ねん12月1にちには鎮守ちんじゅ転籍てんせき[53]大正たいしょう7ねん4がつ1にち春雨はるさめがた駆逐くちくかん白雲しらくもがた駆逐くちくかんからなる先代せんだいだいじゅうなな駆逐くちくたいとなって以来いらい代目だいめだいじゅうはち駆逐くちくたいとなった。所属しょぞく部隊ぶたい所属しょぞく駆逐くちくかん変遷へんせん以下いかのとおり。かくかんかんれきかくかん項目こうもく参照さんしょう

1917ねん大正たいしょう6ねん)4がつ1にち:いそふう浜風はまかぜ編成へんせい[54]だい艦隊かんたいだい水雷すいらい戦隊せんたい[55]
1917ねん大正たいしょう6ねん)4がつ14にち:竣工しゅんこうした天津てんしんふう編入へんにゅう[56]
1917ねん大正たいしょう6ねん)5がつ31にち:竣工しゅんこうした時津風ときつかぜ編入へんにゅう[57]
1918ねん大正たいしょう7ねん)3がつ25にち:宮崎みやざきけん折生迫おりうざこ(おりうざこ)海岸かいがん時津風ときつかぜ座礁ざしょう[58]。30にち放棄ほうき
1918ねん大正たいしょう7ねん)4がつ17にち:時津風ときつかぜ駆逐くちくたいから離脱りだつ[59]
1919ねん大正たいしょう8ねん)10がつ24にち:浜風はまかぜ八丈島はちじょうじま東方とうほう波浪はろうにより艦橋かんきょう破壊はかいだい一駆逐隊司令笹尾源之丞中佐(海兵かいへい28負傷ふしょう(11がつ20日はつか殉職じゅんしょく)。
1920ねん大正たいしょう9ねん)2がつ19にち:時津風ときつかぜ駆逐くちくたい復帰ふっき[60]
1920ねん大正たいしょう9ねん)5がつ1にち:横須賀よこすか鎮守ちんじゅ予備よびかん[61]
1920ねん大正たいしょう9ねん)10がつ13にち:舞鶴まいづる鎮守ちんじゅ転籍てんせきだいさんじゅうさん駆逐くちくたい改称かいしょう[52]舞鶴まいづる鎮守ちんじゅ予備よびかん
1922ねん大正たいしょう11ねん)12月1にち:鎮守ちんじゅ転籍てんせきだいじゅうはち駆逐くちくたい改称かいしょう[53]舞鶴まいづる要港ようこう部隊ぶたい[62]
1923ねん大正たいしょう12ねん)12月1にち:鎮守ちんじゅ予備よびかん[63]
1924ねん大正たいしょう13ねん)4がつ1にち:大湊おおみなと要港ようこう部隊ぶたい[64]
1925ねん大正たいしょう14ねん)4がつ1にち:鎮守ちんじゅ予備よびかん[65]
1927ねん昭和しょうわ2ねん)2がつ5にち:だいいち遣外けんがい艦隊かんたい[66]
1927ねん昭和しょうわ2ねん)9がつ20日はつか:鎮守ちんじゅ予備よびかん[67]
1935ねん昭和しょうわ10ねん)4がつ1にち:所属しょぞくかん除籍じょせきかいたい[68]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ #軍艦ぐんかん基本きほん計画けいかく資料しりょうSheet15によると天津てんしんふう完成かんせい常備じょうび状態じょうたい水線すいせんちょう96.676m
  2. ^ #日本にっぽん駆逐くちくかん物語ものがたりpp.70では『だいいち世界せかい大戦たいせんにおける駆逐くちくかんのいちじるしい不足ふそくさいし、かばがた急造きゅうぞうについで、とう駆逐くちくかんももがた併行へいこうして建造けんぞうされた』とある。
  3. ^ #海軍かいぐん造船ぞうせん技術ぎじゅつ概要がいよう(1987)p.380では3連装れんそう2としているがあやまり。

出典しゅってん

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  1. ^ #日本にっぽん海軍かいぐんぜん艦艇かんてい下巻げかんp.556、No.1482の写真しゃしん解説かいせつ
  2. ^ a b #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく8(1971)pp.88-92『大正たいしょうじゅうねんじゅういちがつじゅうきゅうにち(うちれいさんはち) 艦艇かんてい類別るいべつ等級とうきゅうべつひょうつうていム(別表べっぴょう省略しょうりゃく)』| 驅逐くちくかん | 一等いっとう | 天津てんしんふうがた | 天津てんしんふういそふう濱風はまかぜ時津風ときつかぜ |
  3. ^ #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかくまき11-2(1972)pp.1068-1069、昭和しょうわ3ねん2がつ14にち(うちれい43)、艦船かんせん要目ようもく公表こうひょう範囲はんい
  4. ^ a b c d e f g h i j k l #戦史せんし叢書そうしょ31海軍かいぐんぐん戦備せんび1付表ふひょうだいいちその大正たいしょう九年三月調艦艇要目等一覧表 その 駆逐くちくかん
  5. ^ a b c d e f g #海軍かいぐん造船ぞうせん技術ぎじゅつ概要がいようp.388
  6. ^ a b #昭和しょうわ造船ぞうせん1pp.788-789、ひょうだい2 艦艇かんてい要目ようもくひょう
  7. ^ #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)下巻げかんp.546(だいさんかんよんろくぺーじ)
  8. ^ #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)別冊べっさつひょう20、『(だいいちいちひょう)』
  9. ^ a b c d #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)下巻げかんp.544(だいさんかんよんよんぺーじ)
  10. ^ a b c #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)下巻げかんpp.549-550(だいさんかんよんきゅう-よんろくぺーじ)、 推進すいしん
  11. ^ #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく10-1(1972)pp.567-568、大正たいしょう5ねん10がつ12にちないれい223、「天津てんしんふういそふう」の定員ていいん制定せいてい將校しょうこう機關きかん將校しょうこう8にん特務とくむ士官しかんじゅん士官しかん3にん下士かし37にんそつ97にん同書どうしょp.568、大正たいしょう6ねん1がつ20にちないれい5で「、濱風はまかぜ追加ついか同日どうじつないれい9で「、時津風ときつかぜ追加ついか
  12. ^ a b #幕末ばくまつ以降いこう帝国ていこく軍艦ぐんかん写真しゃしん史実しじつp.95『いそふうがた(よんせき) かんしゅ一等いっとう驅逐くちくかん いそふう(いそかぜ) 昭和しょうわ10ねん4がつ除籍じょせき 濱風はまかぜ(はまかぜ) (同上どうじょう) 天津てんしんふう(あまつかぜ)同上どうじょう) 時津風ときつかぜ(ときつかぜ) 大正たいしょう7ねん3がつ九州きゅうしゅう宮崎みやざきおき坐礁ざしょう舞鶴まいづるにてだい修理しゅうり昭和しょうわ10ねん4がつ除籍じょせき
  13. ^ a b c d e #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく(まき8、1940)p.64『艦艇かんてい類別るいべつ等級とうきゅうひょう|驅逐くちくかん|一等いっとう|天津てんしんふうがた|天津てんしんふういそふう濱風はまかぜ時津風ときつかぜ
  14. ^ a b c d e #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく(まき8、1940)p.69『昭和しょうわじゅうねんよんがついちにち(うちれいいちさんろく) 艦艇かんてい類別るいべつ等級とうきゅうべつひょうちゅうひだりつう改正かいせいス 軍艦ぐんかん海防かいぼうかんこうちゅう日進にっしん、」ヲそぎル|驅逐くちくかん一等いっとうちゅう天津てんしんふうがた及谷ふうこうそぎリ、どうとうちゅう椿つばきこうそぎル|潜水せんすいかんとうちゅう海中かいちゅうさんがたこうちゅうりょごうだいじゅうさんりょごうだいじゅうよん、ヲそぎル』
  15. ^ #こく駆逐くちくかん本邦ほんぽう注文ちゅうもん(2)p.2『駆逐くちくかん|天津てんしんふうがた|4|(以下いかりゃく)』
  16. ^ a b #日本にっぽん駆逐くちくかん物語ものがたりpp.70-71
  17. ^ #戦史せんし叢書そうしょ31海軍かいぐんぐん戦備せんび1pp.242-243
  18. ^ #戦史せんし叢書そうしょ31海軍かいぐんぐん戦備せんび1pp.244
  19. ^ #戦史せんし叢書そうしょ31海軍かいぐんぐん戦備せんび1pp.244-245
  20. ^ a b c #日本にっぽん駆逐くちくかん1992p.48
  21. ^ #日本にっぽん駆逐くちくかん物語ものがたりp.284
  22. ^ 駆逐くちくかん系譜けいふ1』p.28
  23. ^ 駆逐くちくかん系譜けいふ1』p.29、かんがた
  24. ^ #日本にっぽん駆逐くちくかん2012p.56
  25. ^ #銘銘めいめいでん2014pp.325
  26. ^ a b #海軍かいぐん造船ぞうせん技術ぎじゅつ概要がいよう(1987)上巻じょうかんp.380
  27. ^ a b #日本にっぽん駆逐くちくかん物語ものがたりp.68
  28. ^ a b c d #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)下巻げかんpp.545-546(だいさんかんよん-よんろくぺーじ)、 しゅ機械きかい制式せいしき
  29. ^ a b #帝国ていこく海軍かいぐん機関きかん(1975)下巻げかんpp.552-553(だいさんかんよんろく-よんろくさんぺーじ)
  30. ^ #S9恩給おんきゅう叙勲じょくん調査ちょうさ(した)/除籍じょせき艦艇かんてい駆逐くちくかん(1)画像がぞう3-5
  31. ^ #銘銘めいめいでん2014pp.300-302,303-304,318-319,325-326
  32. ^ a b c d #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく(まき8、1940)p.206『◎驅逐くちくかん天津てんしんふう時津風ときつかぜいそふう濱風はまかぜももやなぎやなぎかしひのき命名めいめいけん 大正たいしょうよんねんなながつじゅうにち(たちきゅうなな)軍備ぐんび補充ほじゅうヲ以テ製造せいぞうスヘキ驅逐くちくかんはちせきひだりつう命名めいめいス|海軍かいぐん工廠こうしょうニ於テ製造せいぞう 一等いっとう驅逐くちくかんせき{天津てんしんふうアマツカゼ 時津風ときつかぜトキツカゼ|神戸こうべ川崎かわさき造船ぞうせんしょニ於テ製造せいぞう 一等いっとう驅逐くちくかんいちせき いそふうイソカゼ|長崎ながさき三菱みつびし造船ぞうせんしょニ於テ製造せいぞう 一等いっとう驅逐くちくかん 濱風はまかぜハマカゼ|佐世保させぼ海軍かいぐん工廠こうしょうニ於テ製造せいぞう とう驅逐くちくかんせき{ももモモ やなぎヤナギ|舞鶴まいづる海軍かいぐん工廠こうしょうニ於テ製造せいぞう とう驅逐くちくかんせき{かしカシ ひのきヒノキ
  33. ^ a b #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく(まき8、1940)p.206『大正たいしょうよんねんはちがつじゅうにち(たちいちいちさん)ほんたちきゅうじゅうななごうヲ以テ命名めいめいシタル驅逐くちくかんちゅうくれ海軍かいぐん工廠こうしょうニ於テ製造せいぞうノ「時津風ときつかぜ」ヲ「いそふう」ニ川崎かわさき造船ぞうせんしょニ於テ製造せいぞうノ「いそふう」ヲ「時津風ときつかぜ」ニあらためム』
  34. ^ a b #いそふう浜風はまかぜ天津てんしんふう時津風ときつかぜ(1)p.43『天津てんしんふういそふうかちりょく本日ほんじつ無事ぶじ進水しんすいセリ じゅうがつにち 鎮守ちんじゅ司令しれい長官ちょうかん
  35. ^ #いそふう浜風はまかぜ天津てんしんふう時津風ときつかぜ(2)p.8『いそふう竣工しゅんこう本日ほんじつ授受じゅじゅゆいりょう がつ廿にじゅうはちにち 長官ちょうかん
  36. ^ #海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく(まき11、1940)p.560『いそふう|一等いっとう驅逐くちくかん|全長ぜんちょう(べい)94.49|はば(べい)8.53|吃水きっすい(べい)2.83|排水はいすいりょう(とん)常備じょうび12,227/基準きじゅん1,105|速力そくりょく(ふし)34|定員ていいんすう145|短艇たんていすう-|造船ぞうせんしょ くれ工廠こうしょう|竣工しゅんこう年月日ねんがっぴ 大正たいしょう5-4-5|進水しんすい年月日ねんがっぴ 大正たいしょう5-10-5|竣工しゅんこう年月日ねんがっぴ 大正たいしょう6-2-28|大砲たいほう12c/m 4|機銃きじゅう2|發射はっしゃかん6|探照燈たんしょうとう4|(機関きかん)種類しゅるいタービン/すう3|(かん)種類しゅるい かん本式ほんしき/すう3|推進すいしんすう3|備考びこう
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参考さんこう文献ぶんけん

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    • 海軍かいぐん大臣だいじん官房かんぼう海軍かいぐん制度せいど沿革えんかく. まき11(1940ねん印刷いんさつ) info:ndljp/pid/1886713』海軍かいぐん大臣だいじん官房かんぼう、1940ねん 
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    • いそふう浜風はまかぜ天津てんしんふう時津風ときつかぜ(1)』。ref.C08020923000。 
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  • 海軍かいぐん歴史れきし保存ほぞんかい日本にっぽん海軍かいぐんだい7かん第一法規出版だいいちほうきしゅっぱん、1995ねん
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  • 防衛庁ぼうえいちょう防衛ぼうえい研修けんしゅうしょ戦史せんししつ海軍かいぐんぐん戦備せんび<1> 昭和しょうわじゅうろくねんじゅういちがつまで』 戦史せんし叢書そうしょだい31かんあさくも新聞しんぶんしゃ、1969ねん 
  • ほり元美もとみ駆逐くちくかん その技術ぎじゅつてき回顧かいこ』(はら書房しょぼう、1969ねんISBN 4-562-01873-9
  • 牧野まきのしげる福井ふくい静夫しずお へん海軍かいぐん造船ぞうせん技術ぎじゅつ概要がいよう今日きょう話題わだいしゃ、1987ねん5がつISBN 4-87565-205-4 
  • 艦船かんせん模型もけいスペシャル No.17 日本にっぽん海軍かいぐん 駆逐くちくかん系譜けいふ 1
  • 官報かんぽう

関連かんれん項目こうもく

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