帝国ていこく大学だいがく（読よみ）テイコクダイガク（英語えいご表記ひょうき）The Imperial Universities

［近代きんだい国家こっかと帝国ていこく大学だいがく］

1886年ねん（明治めいじ19）3月，勅みことのり令れい帝国ていこく大学だいがく令れいにより設立せつりつされた大学だいがくを指さす。帝国ていこく大学だいがくは「国家こっかノ須要しゅようニ応おうスル学術がくじゅつ技芸ぎげいヲ教授きょうじゅシ及其蘊奥うんおうヲ攷究スルヲ以テ目的もくてきトス」（帝国ていこく大学だいがく令れい第だい1条じょう）にその性格せいかくが明確めいかくに規定きていされているように，「国家こっかノ須要しゅようニ応おうスル」人材じんざい養成ようせいが一義的いちぎてきな目的もくてきであり，またそれに応おうじた学問がくもん研究けんきゅうが最さい重要じゅうような機能きのうとして掲かかげられた。また当初とうしょ，帝国ていこく大学だいがくは法科ほうか，医科いか，工科こうか，文科ぶんか，理科りかの五いつつの分科ぶんか大学だいがく（colleges）が置おかれたが，技術ぎじゅつや工学こうがくなどの実学じつがくは大学だいがくの外そとに置おかれた当時とうじのヨーロッパの大学だいがく理念りねんとは異ことなるものであった。しかし市民しみん的てきな商業しょうぎょう実務じつむを中心ちゅうしんとした商学しょうがくは長ながらく帝国ていこく大学だいがく設立せつりつ時じには加くわえられなかった（経済けいざい学がくが学部がくぶとして東京とうきょう・京都きょうと両りょう帝みかど大だいに新設しんせつされるのは1919年ねん［大正たいしょう8］のことである）。帝国ていこく大学だいがくの創設そうせつの背景はいけいとしては，明治めいじ初年しょねんに喫緊きっきんの人材じんざい養成ようせいに応こたえるために現業げんぎょう部門ぶもんごとに設もうけられた多様たような教育きょういく機関きかんが財政ざいせい的てきにも維持いじすることが難むずかしくなっており，それらを整理せいりして一貫いっかんした教育きょういく体系たいけいを構築こうちくする時期じきに当あたっていたこと，さらに1890年ねんの国会こっかい開設かいせつに備そなえプロイセン的てき立憲りっけん君主くんしゅ制せいを採用さいようするために法律ほうりつ知識ちしきを備そなえた官僚かんりょうの養成ようせいが求もとめられていたことなど，政治せいじ的てき経済けいざい的てきな状況じょうきょうも深ふかく関かかわっていた。

　帝国ていこく大学だいがくは分科ぶんか大学だいがくのほかに，法制ほうせい上じょう独立どくりつの機関きかんとして大学院だいがくいん（日本にっぽん）（university hall）が創設そうせつされた。しかしその規程きていはたびたび改正かいせいされた上うえに，課程かてい内容ないようの充実じゅうじつが図はかられることもなく，国家こっか試験しけん準備じゅんびや就職しゅうしょく浪人ろうにんのため，あるいは有職ゆうしょく者しゃが大学だいがくとの関係かんけいを保たもつために籍せきを置おくというのが実情じつじょうであった。また1893年ねん（明治めいじ26）の帝国ていこく大学だいがく令れい改正かいせいの際さいに，大学だいがくの教育きょういく・研究けんきゅう上じょうの単位たんいとして講座こうざ制せいが創設そうせつされた。講座こうざ制せいは，一ひとつの専門せんもん教科きょうかを一人ひとりの教授きょうじゅに担当たんとうさせてそれを講座こうざと呼よぶという制度せいどであるが，この導入どうにゅうを行おこなった井上いのうえ毅あつし文相ぶんしょうは大学だいがく教官きょうかんの専攻せんこう責任せきにんの明確めいかく化かと俸給ほうきゅう適正てきせい化かをその利点りてんとして挙あげている。この講座こうざ制せいは大学だいがく教官きょうかんに研究けんきゅうと教育きょういくの二ふたつの責任せきにんを果はたさせ，また専門せんもん分野ぶんやの後継こうけい者しゃ養成ようせいに大おおきな権限けんげんを与あたえる一方いっぽうで，帝国ていこく大学だいがくの研究けんきゅう・教育きょういく内容ないように国家こっか権力けんりょくが関与かんよ・介入かいにゅうする方便ほうべんを設定せっていすることになった。

［帝国ていこく大学だいがくの拡充かくじゅう］

京都きょうとに第だい2の帝国ていこく大学だいがくを置おくという建議けんぎ案あんが帝国ていこく議会ぎかいに提出ていしゅつされたのは，1892年ねん（明治めいじ25）のことであるが，その建議けんぎ案あんの趣旨しゅしは競争きょうそう相手あいてがいない大学だいがくは衰退すいたいするというものであった。94年ねん，西園寺さいおんじ公望きんもち文相ぶんしょうは日にち清しん戦争せんそう後ごの重要じゅうような政策せいさくの一ひとつとして高等こうとう教育きょういく拡充かくじゅうを掲かかげ，第だい2の帝国ていこく大学だいがく創設そうせつに着手ちゃくしゅした。この結果けっか，97年ねんに京都きょうと帝国ていこく大学だいがくが設置せっちされる。京都きょうと帝みかど大だいに当初とうしょ導入どうにゅうされた教育きょういくシステムは，東京帝大とうきょうていだいの3学期がっき制せいに対たいして2学期がっき制せい，また学年がくねん制せいに対たいして科目かもく制せいを採とるなど，東京帝大とうきょうていだいのそれとは対照たいしょう的てきであったが，高等こうとう文官ぶんかん試験しけん合格ごうかく者しゃが過少かしょうであったことから，こうした改革かいかくは長ながくは続つづかず1907年ねんには京都きょうと帝みかど大だいの教育きょういく体制たいせいは東京帝大とうきょうていだいとほぼ同おなじになってしまった。

　京都きょうと帝みかど大だい設置せっち以後いご，東北とうほくと九州きゅうしゅうにも帝国ていこく大学だいがくを設置せっちするべきであるという議論ぎろんが高たかまった。創設そうせつの理由りゆうとして，①欧米おうべいに較くらべ大学だいがく数すうが少すくない，②進学しんがく希望きぼう者しゃ数すうの増加ぞうか，③学生がくせい数すう増加ぞうかによる教育きょういく環境かんきょうの悪化あっか，④九州きゅうしゅうや東北とうほくなど遠隔えんかく地ちの学生がくせいの進学しんがく不利ふりなどが挙あげられた。帝国ていこく大学だいがく増設ぞうせつ案あんは予算よさん削減さくげんから一時いちじ実現じつげん不可能ふかのうとなったが，古河ふるかわ家かからの寄付きふの申もうし出でがあり，これを契機けいきに増設ぞうせつが決きまった。1907年ねん（明治めいじ40）札幌さっぽろ農のう学校がっこうの設備せつびを充実じゅうじつさせた農のう科か大学だいがくと仙台せんだいに新あらたに設もうけられた理科りか大学だいがくの2分科ぶんか大学だいがくで東北とうほく帝国ていこく大学だいがくが設立せつりつされた。また1910年ねん，九州きゅうしゅう帝国ていこく大学だいがくの設置せっちが公布こうふされ工科こうか大学だいがくが新設しんせつされ，さらに福岡ふくおか医科いか大学だいがくが京都きょうと帝国ていこく大学だいがくから分離ぶんりされて九州きゅうしゅう帝国ていこく大学だいがくの一いち分科ぶんか大学だいがくとなった。この工科こうか大学だいがくの設置せっちは石炭せきたん・製鉄せいてつ・造船ぞうせんなど九州きゅうしゅう地方ちほうの主要しゅよう産業さんぎょうに合あわせたものであった。なお，東北とうほく帝みかど大だいでは専門せんもん学校がっこう卒業そつぎょう者しゃへの大学だいがく門戸もんこ開放かいほうが女子じょしにも及および，1913年ねん（大正たいしょう2）には3人にんの女子じょし学生がくせいが入学にゅうがくし，また九州きゅうしゅう帝みかど大だいでは東南とうなんアジアからの留学生りゅうがくせいの受入うけいれを積極せっきょく的てきに行いった。こうした新あらたな試こころみにより，それぞれの大学だいがくは帝国ていこく大学だいがく体制たいせいの中なかでその個性こせいや特色とくしょくを打うち出だすこととなった。

　1918年ねん（大正たいしょう7）に東北とうほく帝みかど大農だいのう科か大学だいがくを東北とうほく帝みかど大だいから分離ぶんりして北海道ほっかいどう帝国ていこく大学だいがくが設立せつりつされ，医学部いがくぶも新設しんせつされた。なお，これらの帝国ていこく大学だいがくのほかにも1911年ねん（明治めいじ44）に北陸ほくりく帝国ていこく大学だいがく，1916年ねんには中国ちゅうごく帝国ていこく大学だいがくの設立せつりつを求もとめる建議けんぎが帝国ていこく議会ぎかいに提出ていしゅつされたが，厳きびしい国家こっか財政ざいせいのもとでは帝国ていこく大学だいがくの新設しんせつは各かく地域ちいきの財政ざいせい的てき能力のうりょくに左右さゆうされざるを得えず，実現じつげんしなかった。そうした負担ふたん能力のうりょくを持もった地域ちいきとして大阪おおさかに1931年ねん（昭和しょうわ6），名古屋なごやに1939年ねんにそれぞれ帝国ていこく大学だいがくが設立せつりつされた。日本にっぽん国外こくがいでは1924年ねん（大正たいしょう13）に京きょう城じょう帝国ていこく大学だいがく，1928年ねん（昭和しょうわ3）に台北たいぺい帝国ていこく大学だいがくが設置せっちされたが，これら帝みかど大だいの創設そうせつは帝国ていこく主義しゅぎ的てきな植民しょくみん地ち政策せいさくによるものである。なお，戦後せんご改革かいかくに伴ともなう1947年ねん（昭和しょうわ22）の国立こくりつ総合大学そうごうだいがく令れいにより，国内こくないの帝国ていこく大学だいがくはそれぞれ改称かいしょうされ，「帝国ていこく」の名称めいしょうが抜ぬけ落おち現在げんざいに至いたっている。
著者ちょしゃ: 橋本はしもと鉱こう市し

参考さんこう文献ぶんけん: 中山なかやま茂しげる『帝国ていこく大学だいがくの誕生たんじょう』中公新書ちゅうこうしんしょ，1978．

参考さんこう文献ぶんけん: 天野あまの郁夫いくお『高等こうとう教育きょういくの時代じだい―戦せん間あいだ期き日本にっぽんの大学だいがく』上じょう・下した，中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ，2013．