市川いちかわ團だん十郎じゅうろう

「め組ぐみの喧嘩けんか」が出でると、座ざ組ぐみ全体ぜんたいが盛もり上あがって活気かっきづく

火事かじと喧嘩けんかは江戸えどの華はな──大紋だいもんしょった背中せなかで着きるはんてん姿すがた、“長ながいもん短みじかくして着きる稼業かぎょう”の男おとこたちの生いき様ざま、勇いさみで粋いきな鳶とんびたちの生いき生いきとした息遣いきづかいを、そのまま舞台ぶたいに乗のせた「め組ぐみの喧嘩けんか」。この芝居しばいで團だん十郎じゅうろうは、命懸いのちがけで力士りきしと意気地いくじを張はり合あう、鳶とんび頭あたまの辰五郎たつごろうを演えんじる。神田かんだ祭さいに三さん社しゃ祭さい、憎にくい“コの字じ”の影響えいきょうで中止ちゅうしや縮小しゅくしょうを余儀よぎなくされていた夏なつ祭まつりが今年ことし、一挙いっきょに再開さいかいしたのはうれしいニュースであったが、前まえに進すすみ始はじめた東京とうきょうを体感たいかんすべく、威勢いせいの良よい江戸えどっ子こたちの芝居しばいで夏なつを始はじめるのはいかがだろう。

「音羽屋おとわやのおじさん（尾上おがみ菊五郎きくごろう）が辰五郎たつごろう、父ちち（十じゅう二に世せい團だん十郎じゅうろう）が四よんツ車しゃ大八だいはちを演えんじた舞台ぶたいに出演しゅつえんしたこともありますし、また、若わかい頃ころに鳶とんびの役やくを勤つとめたこともあり、とにかく楽たのしく、この演目えんもくが出でたら座ざ組ぐみ全体ぜんたいが盛もり上あがって活気かっきづく記憶きおくがあります。出演しゅつえん者しゃも多おおいですから、小ちいさい頃ころは舞台裏ぶたいうらで仲間なかまたちとヤンチャないたずらをした思おもい出でもありますね（笑）」（團だん十郎じゅうろう、以下いか同どう）

“1人ひとりの男おとこの生いき様ざま”に色気いろけを感かんじる

大詰おおづめ、火事場かじば装束しょうぞくを身みに纏まつわった鳶とんびが勢せいぞろいして見みせる、息いきもつかせぬ大立おおたち廻まわりは文句もんくなしの見みどころ。だが、そこに至いたるまでの細緻さいちな物語ものがたりも見事みごとな流ながれになっていることにご注目ちゅうもくいただきたい。

「喧嘩けんかの発端ほったんとなる場面ばめんで辰五郎たつごろうは、グッとこらえているんです。“1人ひとりの男おとこの生いき様ざま”というか、男おとことして、鳶とんび頭あたまとして、収おさめないといけないけれど収おさまらない……という様子ようすに、なんとも言いえない色気いろけを感かんじていました。鳶とんびと力士りきしが、お互たがい我慢がまんをし続つづけたあげくに喧嘩けんかを重かさねていく物語ものがたりですが、江戸えどっ子こたちが、どのように生いきて、どのようにぶつかって、また喧嘩けんかをどのように収おさめるのか。そういった江戸えどの風情ふぜいや喧嘩けんかのルールのようなものも、見みどころの1つなのではないでしょうか」

「め組ぐみの喧嘩けんか」特別とくべつポスター

家族かぞくの前まえで酔よっ払ぱらいのふりをする辰五郎たつごろう。しかしその心しんは…

力士りきしへの仕返しかえしを心しんに決きめた辰五郎たつごろうと、そんな辰五郎たつごろうを案あんじて意見いけんする兄貴あにき分ぶん、喜三郎きさぶろうとのグッとくるやり取とりを描えがく「喜三郎きさぶろう内ない」が上演じょうえんされると世話物せわものとしての面白おもしろさが盛もり上あがる。芝居しばい好すきはこの機会きかいにぜひ目撃もくげきしておきたい。続つづく「辰五郎たつごろう内ない」では、命いのちを捨すてる覚悟かくごを決きめた辰五郎たつごろうが、女房にょうぼうと息子むすこにそれと知しらせず、別わかれの水みず盃さかずきを“酔よい覚ざましの水みず”のふりで酌くみ交かわす。辰五郎たつごろうが涙なみだをそっと隠かくし、生酔なまえいのこなしで言いう「下戸げこの知しらねえ、旨むねえ味あじだなァ」は、なんともシビれるセリフだ。

「私わたしが『め組ぐみの喧嘩けんか』を上演じょうえんする際さいは、そのあとのドラマがわかりやすくなるように、なるべく『喜三郎きさぶろう内ない』を付つけるようにしています。ここは命懸いのちがけの喧嘩けんかに向むかう決心けっしんを固かためていく場面ばめんでもあるんですよね。腹はらを決きめた辰五郎たつごろうが、家族かぞくの前まえで駄目だめな酔よっ払ぱらいのふりをする姿すがたは、なんとも言いえない格好かっこう良よさもありますし、チャーミングでもあって。江戸えどっ子こらしくて、私わたしは好すきですね」

「静せいの法楽ほうらく舞まい」はエンタテインメントとして楽たのしんで！

続つづく九きゅう世せい市川いちかわ團だん十じゅう郎ろう歿後ぼつご百ひゃく二に十じゅう年ねん「鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう静せいの法楽ほうらく舞まい」は、2018年ねん1月がつ、新橋しんばし演舞えんぶ場じょう公演こうえんで海老蔵えびぞう時代じだいに復活ふっかつした舞踊ぶよう劇げき。明治めいじの激動げきどうの時代じだい、近代きんだい歌舞伎かぶきの歴史れきしに大おおきな影響えいきょうを与あたえ、劇げき聖ひじりとうたわれた九きゅう世せい團だん十じゅう郎ろうが家いえの芸げいを集あつめて制定せいていした新しん歌舞伎かぶき十じゅう八はち番ばんの1つを、新あらたな着想ちゃくそうによって復活ふっかつ上演じょうえんした作品さくひんだ。團だん十郎じゅうろうは、静御前しずかごぜんや源義経みなもとのよしつね、そして新しん歌舞伎かぶき十じゅう八はち番ばんにも選えらばれている「釣つり狐きつね」の白しろ蔵主くらぬしや「油あぶら坊主ぼうずのだんまり」の油あぶら坊主ぼうずら、七なな変化へんかを見みせる。

左ひだりは「静せいの法楽ほうらく舞まい」より九きゅう世せい市川いちかわ團だん十郎じゅうろう（「舞臺ぶたい之の團だん十郎じゅうろう」より。資料しりょう提供ていきょう：公益こうえき財団ざいだん法人ほうじん松竹しょうちく大谷おおや図書館としょかん）、右みぎは「静せいの法楽ほうらく舞まい」より当代とうだい市川いちかわ團だん十じゅう郎ろう。

「新しん歌舞伎かぶき十じゅう八はち番ばん『鏡かがみ獅子じし』や『紅葉狩もみじがり』のように完成かんせいされた作品さくひんに匹敵ひってきする作品さくひんを……と考かんがえたときに、四よん代目だいめ、七なな代目だいめの團だん十郎じゅうろうのようなケレン味あじを加くわえた舞台ぶたいを復活ふっかつしたいと思おもい、新あらたな工夫くふうを加くわえて作つくり上あげた作品さくひんです。ものの怪けが現あらわれる鎌倉かまくらの荒あれ寺てらを舞台ぶたいに次々つぎつぎと妖怪ようかいたちが集あつまってくる物語ものがたりでもありますし、エンタテインメントとして楽たのしんでいただければうれしいですね」

團だん十郎じゅうろうを押戻おしもどすのは…

今回こんかいは、娘むすめの市川いちかわぼたん、息子むすこの市川いちかわ新之助しんのすけも出演しゅつえんし、新あらたな趣向しゅこうが用意よういされている。

「最後さいご、化生けしょうとなった私わたしを2人ふたりに押戻おしもどしてもらう構成こうせいを考かんがえています。昨年さくねん12月がつの襲名しゅうめい興行こうぎょうで、尾上おがみ菊之助きくのすけさんと中村なかむら勘九郎かんくろうさんによる『京鹿子きょうがのこ娘むすめ二に人にん道成寺どうじょうじ』の最後さいごに（團だん十郎じゅうろう演えんじる大館おおだて左ひだり馬ば五ご郎ろうによる）『押戻おしもどし』がありました。子供こどもたちに『パパがやっていた、あれ、できる？』と聞ききましたら、2人ふたりとも最初さいしょは『えー！』と驚おどろいていました（笑）。改あらためて日々ひびの生活せいかつを振ふり返かえってみると、いつも私わたしを押戻おしもどしているのは子供こどもたちですからね。彼かれらも3役やくを演えんじ分わけることになりますし、新あたらしい構成こうせいに合あわせて衣裳いしょうやセリフも工夫くふうしたいと考かんがえています」

「鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう静せいの法楽ほうらく舞まい」特別とくべつポスター

夜よるの部ぶで、“歌舞伎かぶきの幅広はばひろさ”を堪能たんのうしよう

五ご方ぽう掛かけ合あいの音楽おんがくも大おおきな“聴ききどころ”。厚あつみある邦楽ほうがくのコラボレーションは、前回ぜんかい公演こうえんでも多おおくの観客かんきゃくを魅了みりょうした。

「河東かわとう節たかし、常磐津ときわづ、清元きよもと、竹本たけもと、長唄ながうた囃子ばやしの五ご重奏じゅうそうですから、前回ぜんかい初はじめて上演じょうえんしたときはいろいろと大変たいへんでした。基本きほん的てきには前回ぜんかい作つくり上あげたものを生いかしてお届とどけします。日本にっぽんの音楽おんがくの違ちがいや多様たよう性せいを感かんじていただければと思おもいます。夜よるの部ぶは時代物じだいもの『神霊しんれい矢口やぐち渡わたる』で始はじまり、世話物せわもの『め組ぐみの喧嘩けんか』で一致いっち団結だんけつして戦たたかう姿すがたをご覧らんいただき、最後さいごはエンタテインメントとしての『鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう静せいの法楽ほうらく舞まい』で帰路きろについていただく。歌舞伎かぶきの幅広はばひろさを、じっくりとお楽たのしみいただければと思おもいます」

市川いちかわ團だん十郎じゅうろう

黙阿弥もくあみの弟子でし・竹柴たけしば其水きすいの“師匠ししょう譲ゆずり”の技巧ぎこうとは

豊原とよはら国周くにちか「恋慕れんぼ相撲すもう春はる顔がお触さわ」より、左ひだりから五ご代目だいめ尾上おがみ菊五郎きくごろう演えんじる鴉からすノ長吉ちょうきち、四よん代目だいめ中村なかむら芝翫しかん演えんじる淀よどみ車しゃ浪なみ五ご郎ろう、六ろく代目だいめ坂東ばんどう三津五郎みつごろう演えんじる女房にょうぼうおさき。

文化ぶんか2（1805）年ねんに芝しば神明しんめいの境内けいだいで実際じっさいに起おこった、鳶とんびと力士りきしの喧嘩けんかを芝居しばいに仕組しくんだ「神かみ明恵あきえ和合わごう取組とりくみ め組ぐみの喧嘩けんか」の初演しょえんは、明治めいじ23（1890）年ねん3月がつ新富しんとみ座ざ。作者さくしゃは河竹かわたけ黙阿弥もくあみの弟子でし、竹柴たけしば其水きすい。この芝居しばいにはいくつかの先行せんこう作品さくひんが存在そんざいし、明治めいじ5（1872）年ねん1月がつ中村なかむら座ざ初演しょえんの「恋慕れんぼ相撲すもう春はる顔がお触さわ（こいずもうはるのかおぶれ）」は黙阿弥もくあみ作さくだ。「め組ぐみの喧嘩けんか」も其水きすい作さくとはいえ、序幕じょまくを兄弟子あにでしの三さん世せい河竹かわたけ新七しんしち、三さん幕まく目めを黙阿弥もくあみが助じょ筆ふでしたと言いわれ、「喜三郎きさぶろう内ない」「辰五郎たつごろう内ない」では人情味にんじょうみある黙阿弥もくあみのセリフ術じゅつが味あじわえる。しかし弟子でしの其水きすいも、威勢いせいの良よい啖呵たんかのセリフでは負まけていない。芝居しばい小屋こやの前まえで力士りきしに放はなつ辰五郎たつごろうのセリフ「若わかいやつらが火ひの中なかへ、飛とび込こむ所ところをおれが扱あつかい、済すましてやったをいい気きになり、消口けしくちとった気きだろうが、また燃もえ上あがったそのごたく、ごもっともとは聞きかれねえから、あおりをくっておっこちるか、ただしはこのまま焼やけ止とまるか」なんて火事かじにちなんだ物もの尽つくしのセリフに、師匠ししょう譲ゆずりの技巧ぎこうを凝こらす。

初演しょえんでは、辰五郎たつごろうを演えんじた五ご世せい尾上おがみ菊五郎きくごろうが持もち前まえの凝こり性しょうを発揮はっきし、「辰五郎たつごろう内ない」の場ばに用もちいる小道具こどうぐはすべて本物ほんものを使つかい、喧嘩けんかの際さいの草履ぞうりは鳶とんびの組合くみあいから贈おくられたもの。万事ばんじ、古老ころうの鳶とんびから細こまかい指導しどうを得えたという。力士りきしたちの見物けんぶつもあり、終始しゅうしにぎやかな興行こうぎょうとなった……というエピソードも伝つたわっている。