“やっと夫婦ふうふになれる”中村なかむら獅童しどう＆寺島てらしましのぶ

──もとは落語らくごで、歌舞伎かぶきでも人気にんき作さくである「文ぶん七なな元結もとゆい」が、山田やまだ洋次ようじ監督かんとくの新あらたな脚本きゃくほん・演出えんしゅつのもと「文ぶん七なな元結もとゆい物語ものがたり」として上演じょうえんされます。監督かんとくはかつて、十じゅう八はち世せい中村なかむら勘三郎かんざぶろうさんの「人情噺にんじょうばなし文ぶん七なな元結もとゆい」（2007年ねん、新橋しんばし演舞えんぶ場じょう初演しょえん）で補綴ほてつを手てがけ、シネマ歌舞伎かぶき化かでは監督かんとくもされました。改あらためて、この作品さくひんの魅力みりょくを伺うかがえますか？

山田やまだ洋次ようじ　僕ぼくは子供こどもの頃ころからこの落語らくごが大好だいすきで、芝居しばいも好すきでした。うんと笑わらいながら、人間にんげんの心しんの中なかには、キラリと光ひかる善意ぜんいがあることを信しんじたくなるような物語ものがたりなんですね。古典こてん落語らくごの中なかでも語かたり口くちも作さく劇げきも大変たいへんに巧妙こうみょう、よくできた噺はなしだと思おもいます。

──主人公しゅじんこうである左官さかんの長兵衛ちょうべえは博打ばくち好すきで、女房にょうぼうお兼けんとはケンカばかり。貧乏びんぼう生活せいかつを送おくる家族かぞくの苦境くきょうを見みかねた娘むすめのお久ひさは、自分じぶんが吉原よしはらに身みを売うることを決意けついし……という人情にんじょう劇げきです。

山田やまだ　その昔むかし、勘三郎かんざぶろうさんとお話はなしする中なかで「お久ひさが吉原よしはらに現あらわれるところから始はじまる、そういう語かたり口くちもあるのでは」と。彼かれも「それ、面白おもしろそうだから映画えいがにしましょう、吉原よしはらの大門おおもんに貧まずしい少女しょうじょが心細こころぼそそうに立たっているオープニングなんてどうかな」なんておっしゃっていたけれど、結局けっきょく実現じつげんする前まえに彼かれはこの世よを去さってしまった。そんな思おもいをずっと抱だいていた僕ぼくが、獅童しどうさんとしのぶさんのお二人ふたりでもう一度いちど「文ぶん七なな元結もとゆい」を演出えんしゅつできる、ありがたい機会きかいを頂戴ちょうだいしました。観客かんきゃくが温あたたかい思おもいを抱だいて劇場げきじょうをあとにする、そんな作品さくひんになればと思おもっています。

──獅童しどうさんとしのぶさんは若わかかりし頃ころに映像えいぞうで共演きょうえんされたり、勘三郎かんざぶろうさん座長ざちょうの「浅草あさくさパラダイス」シリーズでもご一緒いっしょされていましたが、夫婦ふうふ役やくは初はつです。

中村なかむら獅童しどう　以前いぜん、映画えいが「男おとこたちの大和やまと/YAMATO」で思おもいを寄よせ合あう兵士へいしと芸者げいしゃの役やくでご一緒いっしょしたことはありましたが、やっと夫婦ふうふになれるわけですね（笑）。1年ねんほど前まえ、山田やまだ監督かんとくと打うち合あわせをさせていただいたとき、「女優じょゆうさんが出でるのもありではないでしょうか」という提案ていあんをしました。しのぶちゃんとは同おない年どしで、若わかい頃ころから芝居しばいの話はなしをしたり、映画えいがの話はなしをしたり、なんでも言いい合あえる間柄あいだがら。二に十じゅう代だいのとき、一緒いっしょに飲のんでいて、「自分じぶんがもし男おとこだったら歌舞伎かぶきをやりたかった、自分じぶんだけ仲間外なかまはずれのような気分きぶんだった」なんて打うち明あけてくれた言葉ことばがずっと心しんの中なかにあって。僕ぼくの勝手かってな、余計よけいなお世話せわかもしれないけれど、そんな彼女かのじょと「歌舞伎座かぶきざで一緒いっしょにお芝居しばいしたい」と思おもい、そのときに名前なまえを挙あげさせていただきました。「女性じょせいが歌舞伎座かぶきざに」ということばかりがクローズアップされると戸惑とまどいますが、僕ぼくたちとしてはごく自然しぜんな流ながれで決きまり、コツコツ時間じかんをかけて準備じゅんびしてきました。

──過去かこの歌舞伎座かぶきざの歌舞伎かぶき興行こうぎょうでは、二に世せい尾上おがみ松緑しょうろくさんと山田やまだ五十鈴いすずさんが共演きょうえんした「シラノ・ド・ベルジュラック」、初代しょだい水谷みずたに八重子やえこさんが十じゅう一いち世せい市川いちかわ團だん十郎じゅうろうさんや十じゅう七なな世せい勘三郎かんざぶろうさんらと共演きょうえんした舞台ぶたいなどいくつか前例ぜんれいもありますしね。しのぶさんの現在げんざいの思おもいも伺うかがえますか。

寺島てらしましのぶ　今いまの思おもい……そうですね。歌舞伎かぶきの世界せかいは3・4日にちの稽古けいこで初日しょにちが空あいてしまう恐おそろしいプロ集団しゅうだんじゃないですか。その中なかに私わたしが入はいるわけで、とにかく山田やまだ監督かんとくによる新あたらしい「文ぶん七なな元結もとゆい物語ものがたり」に一生懸命いっしょうけんめい没入ぼつにゅうして、腹はらをくくってがんばろうと思おもっています。チラシもできあがり、ポスターもできて、なんかこう周まわりからじわじわと迫せまってきて（笑）、いよいよ実感じっかんも湧わいてきました。覚悟かくごはできています。

──お二に人にんは、「文ぶん七なな元結もとゆい」のどういった部分ぶぶんに魅力みりょくを感かんじますか？

獅童しどう　長兵衛ちょうべえはどうしようもない人ひとだけど、金かねを盗とられて身投みなげをしようという初対面しょたいめんの若者わかものに、せっかく娘むすめがこしらえてくれた五ご十じゅう両りょうをパッとやってしまう。「バカだけど、その気持きもちわかるな」と共感きょうかんしますね。まあ、家いえに帰かえったら女房にょうぼうに怒おこられるんですけど（笑）。

寺島てらしま　登場とうじょう人物じんぶつたちはみんな、目めを見合みあって真剣しんけんに対話たいわして、罵声ばせいと唾つばを飛とばし合あい（笑）、誰だれが何なにをしているのかあっという間まに伝つたわってしまうような長屋ながやに住すんでいますよね。その界隈かいわい全体ぜんたいが家族かぞくのように助たすけ合あい、ときには悪口わるぐちもいいながら生いきている。人間にんげん同士どうしの関かかわりがどんどん少すくなくなっていく現代げんだい、ここに描えがかれる夫婦ふうふがお互たがいに熱ねつを持もって生いきる姿すがたには大おおきな魅力みりょくを感かんじます。

──近年きんねん、獅童しどうさんは、落語らくご「唐茄子とうなす屋や政談せいだん」をもとにした宮藤くどう官かん九郎くろうさんによる歌舞伎かぶき「唐茄子とうなす屋や～不思議ふしぎ国こく之の若旦那わかだんな」（2022年ねん10月がつ平成へいせい中村なかむら座ざ）で情じょうに厚あつい江戸えどっ子こも演えんじられましたし、博打ばくち好すきの勝五郎かつごろうを演えんじた「次郎じろう長ちょう外伝がいでん 裸はだか道中どうちゅう」（8月がつ歌舞伎座かぶきざ）では、女房にょうぼうみきを演えんじた中村なかむら七之助しちのすけさんとのやり取とりに泣なかされました。人情にんじょう劇げきにご縁えんがありますね。

獅童しどう　そうなんですよね。人情にんじょう劇げきは僕ぼく自身じしん、大好だいすきです。余談よだんですけど「裸はだか道中どうちゅう」で、パッと電気でんきが消きえて明あかるくなったら（勝五郎かつごろうが博打ばくちに負まけて）ふんどし一いち丁ちょうになっているアイデアは七之助しちのすけくんが考かんがえてくれたんですよ。

──あそこは客席きゃくせきがどっと湧わきましたね！

「文ぶん七なな元結もとゆい物語ものがたり」で描えがく“家族かぞく”の姿すがた

──広ひろい歌舞伎座かぶきざの空間くうかんをどう使つかうか、現在げんざいの演出えんしゅつプランについても教おしえてください。

山田やまだ　歌舞伎座かぶきざの舞台面ぶたいめんは横よこに長ながく、あの広ひろさは途方とほうに暮くれます（笑）。僕ぼくは映画えいが監督かんとくなので、どうしてもフレームのサイズ感かんで画が作づくりを考かんがえるんですね。美術びじゅつの金井かない勇一郎ゆういちろうさんに工夫くふうしてもらって、抽象ちゅうしょう性せいも加くわえる方向ほうこうで相談そうだんしています。芝居しばいの空間くうかんはリアルに表現ひょうげんしますし、基本きほん的てきなイメージは歌舞伎かぶきの世話物せわものですが、「いつもと少すこし違ちがう」と感かんじていただくことが大事だいじですから。音楽おんがくの使つかい方かたも、田中たなか傳でん左衛門さえもんさんといろいろ相談そうだんしているところです。横笛よこぶえを使つかおうと考かんがえていて、笛ふえの高音こうおんがお兼けんのイメージに合あうと考かんがえているんですね。従来じゅうらいの歌舞伎かぶき音楽おんがくとうまくミックスしたいと思おもっています。

──監督かんとくは落語らくごにもお詳くわしいので、セリフや人物じんぶつ設定せっていに、落語らくごから取とり入いれるエッセンスもありそうです。

山田やまだ　落語らくごからは、随所ずいしょでアイデアをもらっています。三さん遊ゆう亭てい圓えん生せいという名人めいじんは、お兼けんを長兵衛ちょうべえの後妻ごさい、つまりお久ひさを継子けいしに設定せっていしているんですね。血ちのつながりがなくても彼女かのじょは深ふかい愛情あいじょうを持もって娘むすめに接せっしている。僕ぼくは家族かぞくというものは、そういう意志いし的てきにつながっていく、仲良なかよくしようとする努力どりょくが必要ひつようだと思おもっています。

──圓えん生せいの「文ぶん七なな元結もとゆい」では、お兼けんが「自分じぶんの腹はらを痛いためた子こではない。しかし、あんな良よい娘むすめはいない」とお久ひさを褒ほめます。「義理ぎりの仲なかですが、それだからこそなおかばい合あい、いたわり合あう」……“なさぬ仲なか”である母はは娘むすめの情じょうを描えがきたいと語かたった芸談げいだんも残のこっています。

山田やまだ　優すぐれた工夫くふうですよね。僕ぼくは、やたら血ちのつながりを重視じゅうしする考かんがえは、ちょっと人間にんげんとして冷つめたいんじゃないかな、と思おもっているんです。お兼けんは人間にんげんとしてお久ひさを愛あいしていると思おもうから。「男おとこはつらいよ」の寅とらさんとさくらだって、腹違はらちがいの兄妹きょうだいでしょう？ おじちゃんとおばちゃんは兄あにの子供こどもたちを面倒めんどうみたわけですし……しょっちゅう「とらや」にやってくるタコ社長しゃちょうなんて、全まったくの他人たにんじゃないですか（笑）。

獅童しどう　思おもい返かえすと、ご近所きんじょ付つき合あいとか長屋ながや文化ぶんかって、僕ぼくが小ちいさな頃ころにはまだ少すこしその名残なごりがありましたね。醤油じょうゆがなければ借かりに行いっていました。

山田やまだ　新あたらしく引ひっ越こしてきた人ひとが近所きんじょの人ひとと仲良なかよくなるために、かつては醤油じょうゆをわざわざ借かりに行いっていたという説せつがあるんですよ。ちゃんと返かえす人間にんげんだということがわかってもらえるし、何なにかを添そえて戻もどせば交流こうりゅうも生うまれる。人ひとと人ひとが仲良なかよくなっていくための知恵ちえですね。

寺島てらしま　なるほど、知恵ちえなんですね。

獅童しどう　小ちいさい頃ころ、近所きんじょでシクシク泣ないている男おとこの子こに声こえをかけて、うちで一緒いっしょにご飯はんを食たべた……なんてこともありました。翌日よくじつきれいなお母かあさんがあいさつに来きて。夜よるのお仕事しごとをされている方ほうでした。あの男おとこの子こは、夜よる1人ひとりで家いえにいるのが心細こころぼそかったんだろうな。

山田やまだ洋次ようじ監督かんとくが構想こうそうする、中村なかむら獅童しどう・寺島てらしましのぶの映画えいが

──ある程度ていど人生じんせい経験けいけんを積つんだお二に人にんが、今いま、この年齢ねんれいでご共演きょうえんされるというのもステキなことです。

獅童しどう　気きづけば50年ねん生いきてきましたからね。四よん十じゅう代だいでやるのとはまったく違ちがう長兵衛ちょうべえとお兼けんになると思おもいます。

寺島てらしま　みきちゃん（獅童しどうの本名ほんみょう・幹弘みきひろ）とは小ちいさな頃ころからの付つき合あいですから、私わたし、そのときから時間じかんが止とまっていたんですよ。でも記者きしゃ会見かいけんなんかで堂々どうどうとお話はなしされる姿すがたがすごく立派りっぱで、「頼たのもしいな、大人おとなになったなあ」と感心かんしんしながら眺ながめました（笑）。

獅童しどう　あははは、しのぶちゃんはプレッシャーもあるかもしれないけど、一度いちどきりの人生じんせい、やっぱりお互たがいに気持きもちよくスタートを切きって、思おもい切きりチャレンジしたいからね。

山田やまだ　お二に人にんの様子ようすを見みていて、こういう映画えいがのプロットを思おもいつきましたよ。幼馴染おさななじみの2人ふたりがいて、お互たがいにケンカばかりしているけれども、ある日ひふっと恋心こいごころが芽生めばえる……どうですか？

寺島てらしま　あら、色いろっぽいですねえ。みきちゃんと大人おとなの恋愛れんあいものなんて……。

獅童しどう　「笑わらっちゃう」って顔かおしてる（笑）。でもね、うちの亡なくなったお袋ふくろは、しのぶちゃんのことが大好だいすきだったんですよ。竹たけを割わったようなチャキチャキした性格せいかくだったから、「しのぶちゃんをお嫁よめさんに欲ほしい」と常つねに言いっていました。

寺島てらしま　みきちゃん本人ほんにんがそんなこと考かんがえもしなかったでしょー？（笑） でも私わたしもおばちゃまをものすごくリスペクトしています。（尾上おのえ）眞秀まほの舞台ぶたいのために夢中むちゅうになっていると、ふとあの姿すがたを思おもい出だすんですよ。まだみきちゃんが小ちいさかったころ、大おおきなつづらを担かついで歌舞伎座かぶきざの2階かいまで運はこんでいらしたでしょう？

獅童しどう　鏡台きょうだいを背負せおって運はこんでくれていたんですよ。

寺島てらしま　すごいですよねえ。お着物きもののセンスもカッコよくて、達筆たっぴつで……みきちゃんが、ちょっとヘコんで「歌舞伎かぶきを辞やめる」というたびに「ああ、辞やめればいいよ」と言いいつつ、最後さいごに決きまって「負まけ犬いぬ！」と付つけ加くわえるのが忘わすれられないって教おしえてくれたじゃない？ 今いま私わたし、それを眞秀まほに使つかわせてもらっています（笑）。

獅童しどう　「負まけ犬いぬ」なんて、そう言いわれる言葉ことばじゃないから強烈きょうれつなんだよ（笑）。21歳さいぐらいのとき、京都きょうと公演こうえんの途中とちゅうで大だいゲンカして、母ははが怒おこって東京とうきょうに帰かえっちゃったんですね。でもホテルに帰かえったら「あなたは自分じぶんを信しんじて自分じぶんの道みちを行いきなさい。あなたならできる」って置おき手紙てがみがあって……思おもい出だすと涙なみだぐんじゃうんだけど。

山田やまだ　「負まけ犬いぬ」と言いっていたのが「あなたならできる」と書かき置おきするんだから、お母様かあさまは大たいしたものだね。

寺島てらしま　とにかくカッコいいんですよ、おばちゃまは。

──しのぶさんは今回こんかい、鏡台きょうだいはどうされるんですか？

寺島てらしま　今いまは眞秀まほが使つかわせてもらっている祖父そふ（七なな世せい尾上おがみ梅幸ばいこう）の鏡台きょうだいを借かります……そういえば今回こんかい、私わたしは誰だれの部屋へやに入はいるの？

獅童しどう　そりゃ、一人ひとり部屋へやでしょう。

寺島てらしま　……みきちゃんの部屋へやでいいよ。お互たがい目めの前まえで着替きがえたって全然ぜんぜん平気へいきなんだから（笑）。

獅童しどう　失礼しつれいしちゃう。

一同いちどう　あははは！

山田やまだ　たとえケンカしてもちゃんと回復かいふくできる自信じしんを持もっている、好すき勝手かってなことを言いい合あえる仲なかなんですね。「笠かさ碁ご」という落語らくごがあってね、毎日まいにち一緒いっしょに碁ごを打うっていた男おとこ2人にんがケンカをする。でも数日すうじつ経たつとまた一緒いっしょに碁ごを打うちたくてうずうずしてくるって噺はなしなんだけど……まんまその“碁ご仇かたき（ごがたき）”ですね（笑）。

齋藤さいとう雅文まさふみが語かたる黙阿弥もくあみ・前編ぜんぺん

河竹かわたけ黙阿弥もくあみの一人娘ひとりむすめ、糸いとを主人公しゅじんこうにした新派しんぱの新作しんさく舞台ぶたい「糸桜いとざくら～黙阿弥もくあみ家かの人々ひとびと～」（参照さんしょう：波なみ乃久里子さとご「糸桜いとざくら」決定けってい版ばんが上演じょうえんへ、齋藤さいとう雅文まさふみ「今いま、見みるべきです、走はしり続つづける波なみ乃久里子さとごを！」）が、10月12日にちと13日にちに再演さいえんされる。本ほん作さくは、河竹かわたけ登志夫としお（黙阿弥もくあみの曾孫そうそん、歌舞伎かぶき研究けんきゅう家か）の著書ちょしょ「作者さくしゃの家いえ」を原作げんさくとし、波なみ乃久里子さとごに当あてて書かき下おろされた作品さくひんで、劇げき中ちゅうでは、生涯しょうがい独身どくしんで黙阿弥もくあみの著作ちょさくを守まもり抜ぬいた娘むすめ、糸いと女おんなの情熱じょうねつが描えがかれる。10月の上演じょうえんに向むけ、同どう作さくの脚本きゃくほん・演出えんしゅつを手てがける新派しんぱ文芸ぶんげい部ぶの齋藤さいとう雅文まさふみに、作品さくひんに込こめた思おもいを聞きく。

──「糸桜いとざくら」は2016年ねん、黙阿弥もくあみ生誕せいたん200年ねん記念きねんとして初演しょえんされた作品さくひんです。今回こんかい、同どう作さくを上演じょうえんする思おもいを伺うかがえますか。

この舞台ぶたいは、黙阿弥もくあみの長女ちょうじょであるお糸いとさんが黙阿弥もくあみの全ぜん作品さくひんを守まもり、新劇しんげき青年せいねんだった養子ようしの繁俊しげとし先生せんせいと妻つまみつさんに託たくすまでの物語ものがたりです。おそらく、この人ひとたちの愛情あいじょうと働はたらきがなければ、黙阿弥もくあみの劇げき作家さっかとしての幅はばの広ひろさと深ふかさを伝つたえる資料しりょうが現在げんざいのようには残のこらなかったでしょう。そこをどうしても取とり上あげたかったという思おもいが大おおきいですね。

それと、お糸いとさんの偉大いだいさと情熱じょうねつを通とおして、伝統でんとう芸能げいのうにおける女性じょせいの関かかわり方かたについて表現ひょうげんしたいと強つよく思おもいました。劇団げきだん新派しんぱは女流じょりゅうが中心ちゅうしんの珍めずらしい劇団げきだんですし、女性じょせいがショービジネスを渡わたっていくことには、楽たのしさと面白おもしろさと華はなやかさと同時どうじに、大変たいへんな困難こんなんが伴ともないますから。

──再々さいさい演えんじとなる今回こんかい、「新編しんぺん」としてアップデートされる部分ぶぶんを教おしえてください。

原作げんさくでは、関東大震災かんとうだいしんさいから4日間にちかん、お糸いとさん、繁俊しげとし先生せんせい、みつの3人にんが生いき別わかれとなり、再会さいかいする部分ぶぶんが描えがかれています。血ちのつながらない彼かれらが、本当ほんとうの親子おやことして抱だき合あう場面ばめんがどうしても作つくりたかったんです。その画がを、今回こんかいはセリフではなく、画がとしてお見みせしたいと思おもっています。それともう1つの眼目がんもくは、ストレートプレイ初はつ挑戦ちょうせんの尾上おがみ菊之丞きくのじょうさんという、魅力みりょく的てきな人材じんざいと出会であえたこと。舞踊ぶよう家かは、季き節ぶしも人物じんぶつも、風かぜの音おとでさえ身一みひとつで表現ひょうげんできてしまうすごい存在そんざいです。今回こんかいは久ひさ里子さとごも含ふくめて、モノローグをいくつか書かきました。そのモノローグを読よむ菊之丞きくのじょうさんが素敵すてきなんです！ ご期待きたいください。

──繁俊しげとしと菊之丞きくのじょうさんだけではなく、糸いとと久ひさ里子さとこさん、みつと大和やまと悠ゆう河かわさん、それぞれが役やくとご本人ほんにんが肉薄にくはくする、齋藤さいとう先生せんせいならではの“当あて書がき”部分ぶぶんも想像そうぞうして観みると面白おもしろそうだなと。

僕ぼくは新派しんぱの文芸ぶんげい部ぶとして、現場げんばで育そだって学まなんだことが多おおいので、役者やくしゃさんに当あてて書かくこと以外いがい、やったことがないんですよ。久ひさ里子さとごは、女性じょせいとして十じゅう七なな代目だいめ（父ちちである十じゅう七なな世せい中村なかむら勘三郎かんざぶろう）の遺志いしを継ついでいると思おもいますし、逆ぎゃくに言いうと、十じゅう七なな代目だいめが男おとこだからできなかったことをやろうとしている気きがしています。僕ぼくの中なかで糸いとと久ひさ里子さとごは、もう限かぎりなく二に重じゅう写うつしになっていますね。だから、どのセリフもお糸いとさんであり、久ひさ里子さとごである。この虚実きょじつ皮膜ひまくなところが、当あて書がきの楽たのしいところです。大和やまとさんは、宝塚たからづかを辞やめた後のちも芸事げいごとを続つづけられています。女性じょせいであるからこそ受うける困難こんなんも含ふくめての思おもい、阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさいで大変たいへんご苦労くろうなさったことなどを、この作品さくひんに重かさね合あわせてくださいとお伝つたえしました。

──久ひさ里子さとこさんがもし歌舞伎かぶき俳優はいゆうだったら演えんじてほしい黙阿弥もくあみ作品さくひんを教おしえてください。

「髪結かみゆい新しん三さん」ですね。（久ひさ里子さとごは）優やさしいけれど、やっぱり怖こわいところがありますから。本当ほんとうに良よいものを見みて育そだってしまった、幸しあわせと不幸ふしあわせ、選えらばれた者ものの不安ふあんと恍惚こうこつみたいな……僕ぼくなんかが生意気なまいき言いっちゃいけませんが、十じゅう七なな代目だいめのどこか草くさ書体しょたいのような柔やわらかさと我流がりゅうが久ひさ里子さとごにもある気きがします。リアルなキャラクターが似合にあうと思おもいますね。

──今月こんげつ、歌舞伎座かぶきざで上演じょうえんされる「水戸黄門みとこうもん」も齋藤さいとうさんの演出えんしゅつ。2つの作品さくひんを観みられます。

黄門こうもん様さまは、近代きんだい日本にっぽんの庶民しょみんが憧あこがれた典型てんけい的てきなヒーロー、痛快つうかいなエンタテインメントですね。これは黙阿弥もくあみ作品さくひんが受うけ入いれられる構造こうぞうと同おなじで、庶民しょみんがつらくて苦くるしくて悲かなしいときに「じゃあいっそ盗賊とうぞくにでもなって好すき放題ほうだいやりたい」と思おもうと同時どうじに、「誰だれか偉えらい人ひとがドーンと現あらわれて、悪人あくにんを全部ぜんぶやっつけてほしい」とも思おもうじゃないですか。陰かげと陽ひ、両方りょうほうとも王道おうどうなんです。だから、どちらも堂々どうどうとやらせていただきます（笑）。