慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の廣瀬陽子さんは、「旧ソ連」の研究者だ。20世紀末にソ連が崩壊した後にできたロシアと周辺の国家群の関係を見てきた。現在、進行中の「ロシアによるウクライナ侵攻」の背景を、より広く厚く理解することを目標にして、まずは廣瀬さんのもっともコアな研究対象である、旧ソ連の紛争や未承認国家について教えてもらおう。
「旧ソ連の国家の中で、わたしが一番の専門として見ているのはコーカサスと呼ばれる地域なんです」と廣瀬さんは切り出した。
慶応大学総合政策学部教授の廣瀬陽子さんは、様々な民族が暮らし、紛争の絶えないコーカサス地方を「国際関係の十字路」と呼ぶ。
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ちょうど「侵攻」の開始から4カ月がすぎた頃の、慶應義塾大学藤沢湘南キャンパスの研究室だった。6月だというのに最高気温が35度に近い酷暑の午後で、建物全体が熱を帯びていた。そんな中で、日本から何千キロも離れた、あまり馴染みのない地域について、話を伺っていくことになった。
「コーカサス地域とは、その名の通りコーカサス山脈の南北の地域のことで、北コーカサスはロシア連邦のチェチェン共和国や北オセチア・アラニヤ共和国などを含みます。南コーカサスは、東西をカスピ海と黒海に区切られて、南側にはトルコ、イランとの国境線があり、ここには、ソ連崩壊後に独立国となった、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアの3国があります」
地図を見てみよう。近頃、わたしたちはメディアに掲載されるウクライナの地図をよく見ることが多いけれど、コーカサス地方はその「見慣れた地図」からさらに東側に視線を移したところにある。東西をカスピ海と黒海に挟まれ、中央部分にはコーカサス山脈があって、その南北に広がる地域をコーカサス地方と呼んでいる。なお、「コーカサス」は英語読みで、ロシア語では「カフカス」だ。ナショジオでは「カフカス」を使っているが、今回は、ロシア領内ではない南コーカサスの話が中心となるため、「コーカサス」と呼ぶ。
黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地域。エレバンはアルメニアの首都。この地図ではクリミア半島も見える。
ジョージアとアゼルバイジャンの北側、ロシア連邦内の北コーカサス。(出典:外務省 海外安全ホームページ(https://www.anzen.mofa.go.jp/info/map/2022T027_1_Detail.html)から抜粋)
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さて、南コーカサスには、コーカサス3国、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアがある。これらの国々は、それぞれ国内に未承認国家を抱えていたり(アゼルバイジャン、ジョージア)、密接な関係にある未承認国家を隣接国に持ったり(アルメニア)している未承認国家問題の当事者国だ。ということは、紛争の当事者国でもある。一方、北コーカサスは、ロシア連邦内だが、チェチェン紛争の舞台となってきたチェチェン共和国など「紛争」と密接に関連した名が見える。
「わたしは、アゼルバイジャンに留学して、旧ソ連の小国からロシアの外交政策を検討する研究をしてきました。その中で、主権国家であると宣言しながらも国際的に承認されていない『未承認国家』が、ロシアにとっての『近い外国』、つまり、旧ソ連諸国を勢力圏に留めるために利用されていることを見てきたんです」
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