ダウン症だうんしょうの娘むすめと40年ねんを共ともにする母ははが感動かんどうした「知的ちてき障害しょうがい者しゃの深ふかく尊とうとい愛あい」

5歳さいから書道しょどうを始はじめ20歳さいで初はつの個展こてんを開催かいさい、その後ご、伊勢神宮いせじんぐう、法隆寺ほうりゅうじ、東大寺とうだいじといった著名ちょめいな神社じんじゃ仏閣ぶっかくで奉納ほうのう揮毫きごうを実現じつげんしているダウン症だうんしょうの書家しょか・金澤かなざわ翔子しょうこさん。母ははの泰子やすこさんは長年ながねん一緒いっしょに暮くらす中なかで、娘むすめが持もち合あわせている"深ふかい愛あい"になんども感動かんどうしてきたといいます。翔子しょうこさんの「魂たましいの書しょ」とともに、泰子やすこさんのエッセイが綴つづられた書籍しょせき『いまを愛あいして生いきてゆく』より一部いちぶをご紹介しょうかいします。

※本稿ほんこうは、『いまを愛あいして生いきてゆく』（PHP研究所けんきゅうじょ）から一部いちぶ抜粋ばっすい・編集へんしゅうしたものです

すべてが穏おだやか

芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの「蜘蛛くもの糸いと」を翔子しょうこと一緒いっしょに読よんだ。何なん度どもなんども読よみ返かえし、「犍陀多た(かんだた)は悪わるい人ひとで、せっかく助たすけた蜘蛛くもの糸いとも切きれちゃって、恐こわしい地獄じごくから出でられないんだね」などと丁寧ていねいに説明せつめいした。翔子しょうこも一ひとつぐらい物語ものがたりが話はなせたらいいなと思おもい真剣しんけんに説明せつめいをした。

お終おわりいに「では、翔しょうちゃん、犍陀多たのお話はなしをしてください」と言いうと、いきなり「犍陀多たは謝あやまればいいのよ！」と言いう。「誰だれに？」と聞きくと「地獄じごくに」と言いい、「地獄じごくは天国てんごくに謝あやまればいいのよ」と意味いみ不明ふめい。

今いままで2時間じかん以上いじょうも費ついやして説明せつめいしたことがまったくわかっていない。

やはり翔子しょうこには悪人あくにんや地獄じごくは存在そんざいしない。悪あくや狡ずるさの仕組しくみや勝かち負まけが決けっしてわからない。これが翔子しょうこの知的ちてき障害しょうがいの核心かくしんだ。すべてが穏おだやかなのだ。限かぎりなく無知むちなまでの平和へいわ主義しゅぎ者しゃ。

愛あいに輝かがやく

「全すべての人ひとが幸しあわせでないと困こまってしまう」という、知的ちてき障害しょうがい者しゃが持もつ深ふかく尊とうとい愛あいに感動かんどうすることがままある。私わたしはこんな崇高すうこうな想おもいがこの世よに存在そんざいすることを多おおくの人ひとに語かたり継ついでいきたい。

彼等かれらのこの屹立きつりつしている想おもいは、人々ひとびとに上手うまく伝つたえられることもなく「おかしな人ひとだ」と思おもわれ、認みとめられることなく潰ついえることが多おおい。翔子しょうこという娘むすめもまた、愛あいで輝かがやいている。傍かたわらにいた私わたしはこの愛あいを伝つたえる「語かたり部べ」であった。

悲かなしい人ひとを見みつけ「愛あいしている」と呪文じゅもんをかけ、多おおくの人ひとが目めの前まえで救すくわれていく不思議ふしぎの力ちからを私わたしは見みてきた。

娘むすめが「お母様かあさま、私わたしを産うんでくれてありがとう」と言いうけれど、私わたしはよくぞ翔しょうちゃん、母かあさんのところに生うまれて来きてくれたね、と思おもう。娘むすめの愛あいの「語かたり部べ」として本懐ほんかいを遂とげた母親ははおやだと思おもう。

人類じんるいの繁栄はんえいをもたらす一助いちじょに

「神かみはこの世よに不要ふようなものを創つくらない」

何なにをしても最下位さいかいの翔子しょうこの傍かたわらで、私わたしはこの言葉ことばに救すくわれていた。翔子しょうこにも何なにか役目やくめがあるのではないかと。

かつて輝てるしく繁榮はんえいしていた文明ぶんめい国こくが地球ちきゅう上じょうに存在そんざいしていたけれど、その国くには科学かがくの発達はったつが愛あいの量りょうをはるかに超こえてしまったので滅ほろびてしまった、と聞きいたことがある。科学かがくや経済けいざい優先ゆうせんの発展はってんを目指めざす文明ぶんめい社会しゃかいは精神せいしんの荒廃こうはいを招まねき、疲弊ひへいして行いくのでしょう。

お金かねの価値かちが分わからず競きそうことも無なく、愛あいだけで暮くらす知的ちてき障害しょうがいを持もつ翔子しょうこはまるでマイナスの存在そんざいのように思おもわれる。けれど、この稀有けうな愛あいの知性ちせいは経済けいざい優先ゆうせんで進すすんでいる世界せかいの速度そくどを少すこし遅おくらせる役目やくめを果はたすかもしれない。緩慢かんまんではあるけれど真しんの人類じんるいの繁栄はんえいをもたらす助たすけになるような気きがする。