暗いニュースばかりが流れたコロナ禍の初期のころに、一つの心温まる話が世間に広まった。
人間は家に閉じ込められ、野生の動物にとって世界は再び安全になった。だから、それまでは人であふれていた都会の街並みや駐車場、それに畑も、自由に動き回れるようになったというものだった。
でも、事実はそんなに単純ではなかったようだ。人間と野生生物の活動を撮影したリモートカメラの映像を分析した世界規模の新しい研究論文に、そう記されている。
「私たちも、取り組みの初めのころは、いささか単純化して考えていた」とこの研究を主導したコール・バートンは認める。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の野生生物の生態学者で、保全生物学者でもある。
「人の活動が止まる。動物たちは安堵(あんど)のため息をつき、もっと自然に動き回るようになる――と思っていたが、調べてみると実体はかなり違っていた」
ロックダウンの間に、人影が消えた場所もあったが、より大勢が集まるようになったところもあったことに研究者たちは気づいた。例えば、閉鎖されなかったごく一部の公園がそうだ。
野生の哺乳類が人間の行動の変化にどう対応したかとなると、はるかに多様で複雑だった。人里離れた場所にすむ動物や肉食動物などの場合は、人の姿が消えるとより活発に動くようになった。
しかし、大きな草食動物や都会で暮らす野生動物は、一般的にその正反対だった。この研究をまとめた論文が2024年3月、オンライン限定の生態学・生物学ジャーナル「Nature Ecology & Evolution(ネイチャーエコロジー&エボリューション)」で発表された。
それは、新型コロナウイルスの大流行によるロックダウンで人類の活動形態が根本的に変化した「人類休止期(anthropause)」と呼ばれる期間についての科学者の理解を深めつつ、複雑にもしている。
さらには、人間が野生生物のそれぞれの暮らしに微妙に異なる影響を与えている様子を明らかにし、多様で多角的な保護活動が求められていることも浮き彫りにした、と論文の筆者たちは述べている。
「人間の行動が野生動物に与える影響を和らげる上で、『万能薬』なんてありえない」。やはりブリティッシュコロンビア大学の野生生物生態学者で保全生物学者のケイトリン・ゲイナーは、こう明言する。「すべての種が、人間に対して同じように反応するのではないことが分かっているからだ」
動作や体温をセンサーで感知し、自動的に野生動物を撮影するカメラトラップが、この調査をした野生生物学者たちの切り札となった。その結果をまとめた今回の論文は、21カ国・102地点での撮影調査の分析をもとにしている(ほとんどは北米や欧州だが、南米やアフリカ、アジアも含まれている)。
このデータにより、研究者たちは163種の野生の哺乳類の行動パターンを把握した。さらに、同じ場所に人間がどれだけの頻度で現れたかもつかむことができた。
「この論文の強みの一つは、人と動物の双方の情報を入手できることだ」とオランダのラドバウド大学の生態学者マーリー・タッカーは指摘する(今回の研究にはかかわっていない)。
コロナ禍のロックダウン中に人間の活動が減った撮影場所もあったが、逆に増えたところもあった。研究陣は、ロックダウン中だったか否かにかかわらず、人間の動きが活発だったときと活発でなかったときに動物がどれだけの頻度で写っているかをそれぞれの場所ごとに比べた。
まず、オオカミやボブキャット(訳注=北米などにすむ中型のヤマネコ)などの肉食動物。こちらは人間にかなり敏感なようで、人の活動が増えると、その動きは最も大きく減っていた。
「肉食動物は、とくに大型になるほど人間と対立してきた長い歴史がある」と先のブリティッシュコロンビア大学のバートンは説明する。「人間と鉢合わせたり接近しすぎたりした結果は、しばしば死を意味してきた」
対照的だったのは大型の草食動物だ。シカやヘラジカは、人間が家から外出できるようになると、活動を活発化させた。
単純に、人波を避けるために、より多く動く必要があったと見ることもできよう。でも、人間が肉食動物を遠ざけてくれるので、草食動物にとってはすみかから出て行動する際の安全性が増したということも考えられる。
「草食動物の方が、人間をそれほど恐れない傾向がある。実際、肉食動物から身を守る盾として利用しているのかもしれない」。先のラドバウド大学のタッカーはこう話しながら、「人間が与えるさまざまな影響のすべてを読み解くことを可能にしてくれた」と今回の論文の研究陣をたたえた。
場所も重要だった。人の手がもともとの景観をあまり変えていない片田舎や未開発地では、人間の活動が活発になると、動物の動きは一般的に鈍くなった。しかし、都会や開発が進んだところでは、人間が活動を増やすと、野生の哺乳類は動きがより活発になる傾向があった。
「これは、それまでの『常識』に少し反しており、意外だった」と先のブリティッシュコロンビア大学のゲイナーは語る。「もっと詳しく調べると、そうした活動の多くは夜間になされていた。動物は、夜行性の度合いを増していた」
いくつかの現象が、こうした傾向を裏付けるだろう、と研究陣は考えている。おそらく、このような自然環境で生存している種や個体は、人間に対して最も耐性があり、人慣れしているのだろう。
逆に、そうではないクズリ(訳注=北米や北欧、中国などに生息するイタチ科の食肉類。別名クロアナグマ)のようなタイプは、人の足跡が少ないところにしか存在していなかった。
人間社会の周りにまとわりついている動物は、食べ物や生ごみといった「人的資源」にひかれているのかもしれない。こうした「資源」が豊富なときは活動もより活発になる。ただし、人と出くわす可能性を減らすために、エサをあさる時間帯を夕方にずらしているのかもしれない。
「こうして動物は、人間と共存するために適応しているように見える」とバートンはいう。「これが、共存のために動物の方が果たそうとしている役割なんだ」
それでも、例外はここにもある。最も開発が進んだところでは、人間の活動が増えるほどクマやイノシシなど大型の雑食動物を見かける頻度は減った。これらの動物も、ごみ箱や果樹といった「人的資源」に引き寄せられる点に変わりはない。
しかし、体が大きい動物にとって、多くの人間が周辺にいるときはリスクが大きすぎるということだろう。
「裏庭にフクロネズミがいるぐらいなら、私たちは寛容でいられる。でも、クマともなれば、そうはいかない」とブリティッシュコロンビア大学のゲイナーは例える。
野生動物に人間が与える影響についての研究は、限られた種や場所に焦点をあてた事例が多い。しかし、今回のように一般的なパターンを解明することは、科学論文への真の貢献になる、と米ミシガン州立大学の野生生物保全生態学者ジェロルド・ベラントは語る(この論文の執筆にはかかわっていない)。
「ものごとを俯瞰(ふかん)することは大切だ。それは、広い範囲に及ぶ洞察を可能にし、そこから一般的な法則を導き出す源になる」とベラントは位置づける。
そして、こう期待する。「それを一つのパッケージにして示しているこの論文は実に有意義で、目に見える研究の進展をこれからもたらしてくれることだろう」(抄訳、敬称略)
(Emily Anthes)©2024 The New York Times
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