「ジョゼと虎と魚たち」は原作で他収録作品も読まないともったいない!
「田辺聖子の小説」というと、いくつか読んだことのある人だと、関西弁が飛び交うユーモア小説のイメージがあるという方が多いのではないでしょうか。
もちろん登場人物たちの丁々発止の会話は漫才のように楽しく田辺文学の大きな魅力です。本作でも、全編飛び交う関西弁が、恋愛話をべたつかせず、絶妙なスパイスになっています。ただ、それは魅力の一面です。
表題作をはじめ、ここに収められた9本の短編小説には、男と女の駆け引きや別れが、生き生きと気張らずに描かれているのです。主人公の女性たちは、年齢も立場もそれぞれ異なるものの、男性に対する優しさとともに、鋭い洞察力や批評眼を併せもっています。女のこわさ、すごさに何度もうならされるでしょう。
この後から、その魅力をさらに詳しく紹介していきます!
そもそも短編集『ジョゼと虎と魚たち』にはどんな作品が収録されている?あらすじは?
まずは短編集『ジョゼと虎と魚たち』に収められた他8編すべてを簡単にご紹介しましょう。
最も有名なのは表題作の、足の不自由な女性と健常者の青年を描いた恋愛小説でしょう。車椅子がないと自由に動けないジョゼ(本名山村クミ子)と、彼女が「管理人」と呼ぶ年下の青年・恒夫との、出会いと同棲生活を描いた名作です。ふたりの不思議な関係性に、生きる意味を考えさせられます。
また、これ以外の作品も、いずれもさまざまな仕事をもった大人の女性の恋愛が描かれます。
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「お茶が熱くて飲めません」
あぐりは32歳のテレビドラマ作家。むかし結婚の約束までした男が、売れっ子になったあぐりの前に7年ぶりに現れます。別れたふたり。さて、捨てたのはどちらでしょう。
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「うすうす知ってた」
梢(こずえ)は地味な会社の地味なOL。行き遅れ感がある28歳。2歳下の妹が結婚することになり、それまで腹に溜めていたものがふつふつと湧いてきます。
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「恋の棺」
インテリアアドバイザーの宇禰(うね)は、バツイチの29歳。いま付き合っているのは19歳の予備校生。自分の甥でもある彼は、彼女がいる六甲山のホテルにやって来る勇気があるのでしょうか。
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「それだけのこと」
ブライダルフラワーづくりをしている香織は30歳既婚。6歳年下の、出入り業者の男のことが気になっています。香織には、照れるようなことをかわりに話してくれる、ブタの指人形という強い味方がいて……。
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「荷造りはもうすませて」
PR雑誌の制作会社で働いていた42歳のえり子。夫は前妻との間の子どもが問題を起こすと前妻の実家に機嫌悪く出かけていくのですが、えり子にはそれがい訳がましく感じられ……。
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「いけどられて」
婦人服の製造販売会社に勤める梨枝は35歳。結婚して8年になる32歳の夫・稔を、「花婿」として送り出すところです。稔が若い女を妊娠させてしまい、その女と結婚することになったのです。稔に梨枝は弁当を作ってやるのですが、それは未練などではなくて……。
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「男たちはマフィンが嫌い」
31歳のイラストレーター・ミミは、別荘で男を待っています。別荘の持ち主でもある42歳の連です。結局、仕事人間の彼は現れず、ミミの休暇は台無し。しかも連は、ミミに心を寄せている自分の甥を用心棒として寄こしてきました。
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「雪の降るまで」
服地問屋に勤める以和子46歳。京都の材木業者である51歳の大庭と逢瀬を重ねています。地味に見える彼女ですが、実は、自分の何かを見破って近付いてくる男だけを選り好みして付き合っていました。そのなかでも、なぜこの大庭だけ飽きを感じないのか、以和子は考えます。
これ以降は、表題作と、特におすすめの3篇の見所をご紹介します。気になった作品が記事で紹介されていなかった場合は、ぜひご自身で読んでみてくださいね。
「ジョゼと虎と魚たち」~名短編集のなかでも異質な一品~
ジョゼは、2歳年下の恒夫と海の見える九州の島へ新婚旅行に向かっています。
ジョゼの本名は山村クミ子。大好きなフランソワーズ・サガンの小説にジョゼというヒロインが出てくるので、恒夫にそう呼ばせています。ジョゼは機嫌がいいと恒夫を「管理人」と呼び、恒夫もそう呼ばれてまんざらではありません。
ジョゼは25歳。いちまさん(おかっぱ頭が可愛い京人形)のような女性です。下肢に麻痺があるため、車いすがないと動くこともままなりません。
2人は、恒夫がまだ大学生だったとき、ジョゼの大ピンチを彼が救ったことで知り合いました。17歳のときから父方の祖母に引き取られたジョゼにとって、恒夫だけが外の風を運んでくる存在でした。その祖母も亡くなり、彼らは急接近。「共棲み」を始めます。
高飛車なジョゼと、その裏にある本当の気持ちをしっかり受け止めている、心優しい恒夫。2人の言葉のやり取りと行動が全編を通して面白く、心があたたかくなります。
タイトルにある「虎」。ジョゼを外に連れ出そうとする恒夫に、動物園で虎を見たいと言うジョゼ。なぜ虎なのか、その理由が可愛らしいので、ぜひご注目ください。
そして「魚」。籍も入れていないものの、新婚旅行をしている2人。魚は、その先で訪れた水族館と関係があります。ジョゼは水族館の魚たちを見て、完全無欠な幸せについて考えを巡らせます。
ジョゼはなぜ恒夫を管理人と呼ぶのか。ジョゼが共棲みをはじめて、手に入れたものは何なのか。
本短編集の他作品とはやや異なる、ファンタジーのようなふたりの関係性が胸にしみます。幸福とは何なのか、振り返るきっかけをくれる作品です。
また、2003年に妻夫木聡と池脇千鶴で実写映画化され、一気に有名になった作品でもあります。映画だけ見た事のある人も多いのではないでしょうか。どちらも絶妙な空気感に引き込まれる名作ですが、ストーリーの始まりと終わりがまったく異なるので、ある意味別物ともいえるかもしれません。
その違いが、ストーリーの印象をガラッと変えています。原作は幸せな様子にフォーカスされていますが、映画は苦い部分が巧みに織り込まれた内容です。
また、映像化はこれだけでなく、2020年夏にはアニメ映画化(監督タムラコータロー)もされます。公式サイトに「ある晩、ジョゼは恒夫と出会い、意を決して彼とともに外の世界へ飛び出すことに決める」とあります。
出会いから外の世界へ飛び出す流れは映画と同じく原作から変更があるよう。しかしアニメということで、より世界観の色付けの自由度が高まるので、また異なる魅力があるでしょう。この名作にどのような解釈を新たに加えたのかに注目してみてください。
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- 著者
- 田辺 聖子
- 出版日
- 1987-01-01