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寡頭制 - Wikipedia

寡頭せい(かとうせい、寡頭政治かとうせいじまれ: λらむだγがんま-αρχία)とは、くに支配しはいする権力けんりょく少数しょうすうひと政党せいとう、つまり寡頭にぎられる政治せいじ体制たいせいのことをす。

寡頭の権力けんりょくはその「かず」と緊密きんみつてきつながり、寡頭の総数そうすうおおければおおいほど、かく寡頭の権力けんりょくちいさくなる[1][2][3]団体だんたい独裁どくさいともい、権力けんりょくしゃが2めい場合ばあいとう政治せいじ、3めい場合ばあいさんとう政治せいじ、4めい場合ばあいテトラルキアともう。少数しょうすうがわの寡頭が支配しはいそうになるため、独裁どくさいせい一種いっしゅとみなされる。対比たいひ民主みんしゅせいあたませいなど、いわゆる多数たすうがわ国民こくみん支配しはいそうになる制度せいど

ほとんどの場合ばあいには、寡頭は国家こっかひょうあらわわれることがく、政府せいふ裏側うらがわ暗躍あんやくしながら君主くんしゅせい共和きょうわせい議会ぎかいせい民主みんしゅせいなどのかわをかぶって政治せいじおこな[4]。寡頭の存在そんざい支持しじする社会しゃかいダーウィン主義しゅぎポピュリズムなどの理論りろんによれば「どんな制度せいどでも最終さいしゅうてきに寡頭せいになってしまい、それは独裁どくさいせいであろうとも民主みんしゅせいであろうとも関係かんけいない。独裁どくさいせい場合ばあいにはすうにんのみでくに支配しはいし、民主みんしゅせい場合ばあいにはだい政党せいとうのみでこく支配しはいする」と主張しゅちょうしている[5]

権力けんりょくにぎっている少数しょうすう人々ひとびとは、財産ざいさん軍事ぐんじりょく家系かけい人脈じんみゃく冷酷れいこくさ、あるいは政治せいじてき影響えいきょうりょくめん優越ゆうえつしていることがおおい。「oligarchy(寡頭せい)」という言葉ことばはもともとギリシアで、「oligo(少数しょうすう)」と「arkhos(支配しはい)」からる(オリガルヒ語源ごげんでもある)。

少数しょうすうちからのある家系かけい政権せいけん支配しはいし、その子供こどもたちが政権せいけん後継こうけいしゃになるようそだてられ、訓練くんれんされる、ということが寡頭せいではよくられる。貴族きぞくせい語源ごげんてきには「最上さいじょうものによる支配しはい」)とはことなり、こうした権力けんりょく公開こうかいてきには行使こうしされず、支配しはいしゃは「かげ権力けんりょく」にとどまることをこのみ、経済けいざいてき手段しゅだん支配しはいおこなう。アリストテレスはこの用語ようごを、「ゆたかなものによる支配しはい」と同義どうぎとして使用しようしたが、寡頭せい富裕ふゆうもの支配しはいによる必要ひつようはなく、たん特権とっけんった集団しゅうだんによる支配しはいであればよい(正確せいかくには、ゆたかなものによる支配しはいは、「金権きんけん政治せいじ (plutocracy)」の用語ようご使用しようされる)。

寡頭せい発生はっせい

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寡頭せいによる国家こっか制度せいどは、王政おうせいローマ共和きょうわせいローマにおける元老げんろういん有名ゆうめいである。

たがいにたたか部族ぶぞく族長ぞくちょうたちが次第しだい連合れんごうむことで、社会しゃかい自然しぜんと寡頭せいてきになってゆく。またあらゆる政体せいたい政府せいふはその成長せいちょう過程かていで寡頭せい変化へんかしてゆくことがある。もっともありうる寡頭せいへの変化へんかのメカニズムは、外部がいぶからのチェックをけない経済けいざいてきちから次第しだい集積しゅうせきしてゆくことによるものだろう。ポリュビオスほかおおくのギリシア思想家しそうかは、貴族きぞくせい堕落だらくすることで寡頭せいになるとかんがえていた。寡頭せいは、少数しょうすう支配しはいする家系かけいのうちの一家いっか家族かぞくたいして優越ゆうえつてきちからをもつ結果けっか、より古典こてんてき権威けんい主義しゅぎてき政体せいたいへと変化へんかしてゆくこともある。ヨーロッパ中世ちゅうせい後期こうき成立せいりつした君主くんしゅおおくはこのように成立せいりつした。

黄金おうごん自由じゆう」とばれる貴族きぞく共和きょうわせい成立せいりつしたポーランド・リトアニア共和きょうわこくは、貴族きぞくのみが国王こくおう選挙せんきょなどの政治せいじ関与かんよできる寡頭せいでもあったが、貴族きぞくかずそう人口じんこうの1わりにもたっした。フィレンツェ共和きょうわこくのような中世ちゅうせい都市とし国家こっかでは市民しみんによる共和きょうわせいっていたが、そのなかから有力ゆうりょく家族かぞくによる寡頭政治かとうせいじ発生はっせいし、やがてメディチ代表だいひょうされる僭主せんしゅ支配しはいシニョリーア)が確立かくりつするにいたった。

寡頭せいには、君主くんしゅ独裁どくさいしゃたいして社会しゃかいほか階層かいそうが、門戸もんこひらいて権力けんりょくあたえるように主張しゅちょうして、過渡かとてき成立せいりつすることにより、変化へんか手段しゅだんになることもある。このれいひとつは、1215ねんイングランド貴族きぞく名家めいか結集けっしゅうして、権力けんりょく譲渡じょうとすすまない国王こくおうジョンマグナ・カルタだい憲章けんしょう)への署名しょめいつよい、ジョンおう政治せいじりょく衰退すいたい初期しょきの寡頭せい存在そんざい暗黙あんもくのうちに了解りょうかいさせたことである。イングランド社会しゃかい成長せいちょうともない、マグナ・カルタは1216ねん、1217ねん、1225ねんなん改正かいせいされ、よりおおくの人々ひとびとによりおおきな権利けんりみとめさせ、イングランドの立憲りっけん君主くんしゅせいへの変化へんか用意よういした。

近代きんだいの寡頭せい

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20世紀せいきには、アジアラテン・アメリカをはじめとした世界中せかいじゅうおおくのくにでは、政治せいじ一家いっか親族しんぞくによる縁故えんこ主義しゅぎや、権力けんりょく世襲せしゅうされないが特定とくてい政党せいとうだけが主権しゅけんち、政治せいじ国民こくみんによって選出せんしゅつされない寡頭共和きょうわせいれいソビエト連邦れんぽう中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくなどの社会しゃかい主義しゅぎこく国民党こくみんとういちとう独裁どくさい台湾たいわんシンガポールなどの「開発かいはつ独裁どくさいがた国家こっか)がられる。また、縁故えんこ主義しゅぎや寡頭共和きょうわせいのあるなしに関係かんけいなく、官僚かんりょう軍部ぐんぶだい資本しほんふくめたかぎられたエリートたちによる支配しはいも寡頭せいといえる。

20世紀せいきみなみアフリカ共和きょうわこくにも、近代きんだいにおける寡頭せい一種いっしゅられる。みなみアフリカの寡頭せい人種じんしゅもとづいていた。だい2ボーア戦争せんそうのあと、イギリスじんアフリカーンスはなボーアじんという2種類しゅるい白人はくじん暗黙あんもく同意どういたっした。かれらはわせてそう人口じんこうの20%をめる程度ていどだったが、少数しょうすうながら教育きょういく交易こうえき機会きかいのほとんどを占有せんゆうし、多数たすう黒人こくじんにはこれらをみとめないようになった。こうした人種じんしゅ隔離かくりは18世紀せいきなかばからあったが、1948ねんには公式こうしき政府せいふ政策せいさくとなって「アパルトヘイト」としてられるようになり、1994ねんまでつづいた。

なお、名目めいもくじょう民主みんしゅてき共和きょうわせいであっても、選挙せんきょ制度せいどほう制度せいど不正ふせい選挙せんきょとう要因よういんにより実質じっしつてきには寡頭せい性格せいかくびることもある。ぜん国民こくみん投票とうひょうけんがありながらも、特定とくていものへの投票とうひょう事実じじつじょう強制きょうせいされるなど不正ふせい選挙せんきょ横行おうこうしているくにや、選挙せんきょ制度せいど極端きょくたんいがんだくになどは、事実じじつじょうの寡頭共和きょうわせいといえる。

政党せいとうせいと寡頭せい

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ヴィルフレド・パレートガエターノ・モスカロベルト・ミヒェルスといった学者がくしゃは、すべての政治せいじ体制たいせいは寡頭せい変化へんかするとしている(ミヒェルスは『政党せいとう社会しゃかいがく』 (1911ねん) のなかでいかなる民主みんしゅてき組織そしきであれだい規模きぼするにつれて必然ひつぜんてき少数しょうすう支配しはいへと変質へんしつするとドイツやイタリアの社会しゃかい民主党みんしゅとう分析ぶんせきからあきらかにし「寡頭せい鉄則てっそく」を提唱ていしょうした[6])。これらのかんがえによれば、近代きんだいてき民主みんしゅせい選挙せんきょえらばれた寡頭せいるべきである。この制度せいどのもとで登場とうじょうする政治せいじてきライバル同士どうし実際じっさいてきにはほとんどちいさく、れやすく立派りっぱであるとされる政治せいじてき意見いけん構成こうせいする基本きほんてきなアイデアは、とう上層じょうそうなどの寡頭てき支配しはいしゃによってきびしい制約せいやくせられる。さらに、政治せいじ経歴けいれきは、選挙せんきょえらばれない経済けいざいかいやマスメディアのエリートが決定けっていすることになるのである。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ "ὀλίγος", Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek–English Lexicon, on Perseus Digital Library
  2. ^ "ἄρχω", Liddell/Scott.
  3. ^ "ὀλιγαρχία". Liddell/Scott.
  4. ^ Coleman, James; Rosberg, Carl (1966). Political Parties and National Integration in Tropical Africa. Los Angeles: University of California Press. pp. 681–683. ISBN 978-0520002531. https://archive.org/details/politicalparties0000cole 
  5. ^ Winters, Jeffrey; Page, Benjamin (2009). “Oligarchy in the United States?”. Perspectives on Politics 7 (4): 731–751. December 2009. doi:10.1017/S1537592709991770. https://www.researchgate.net/publication/231898807 2022ねん3がつ12にち閲覧えつらん. "the concept of oligarchy can be fruitfully applied not only to places like Singapore, Colombia, Russia, and Indonesia, but also to the contemporary United States." 
  6. ^ ブリタニカ国際こくさいだい百科ひゃっか事典じてん しょう項目こうもく事典じてん寡頭せい』 - コトバンク

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