楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう

楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう（そかんしゅんじゅう）は、古代こだい中国ちゅうごくの前漢ぜんかん代だい、紀元前きげんぜん2世紀せいきに陸りく賈が著あらわした歴史れきし書しょである。秦はたの末期まっきから漢かんの初はじめまでを扱あつかう。全ぜん9篇へん。失うしなわれた。逸文いつぶんが伝つたわる。

解説かいせつ

陸りく賈は劉邦りゅうほうに仕つかえた儒者じゅしゃで、『新語しんご』12篇へんを著あらわして国くにの興亡こうぼうを筋道すじみちだてて説といた人ひとである。

『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』9篇へんは、『漢書かんしょ』芸文げいぶん志こころざしが載のせる書籍しょせき一覧いちらんの中なかで挙あげられており、後こう漢かんの書庫しょこに収蔵しゅうぞうされていたのであろう。「楚すわえ漢かん」の楚すわえは、秦はたの滅亡めつぼう後ごに劉邦りゅうほうの漢かんと天下てんかを争あらそった項羽こううの西にし楚すわえを指さす。『春秋しゅんじゅう』は孔子こうしが編纂へんさんしたとされる歴史れきし書しょである。『史記しき索さく隠かくれ』や『史記しき集しゅう解かい』といった『史記しき』の注釈ちゅうしゃく書しょのほか、北きた宋そう時代じだいの『太平たいへい御覧ごらん』で参照さんしょうされるので、10世紀せいきまで読よまれたことは確たしかだが、今いまでは失うしなわれた。書籍しょせきに引用いんようされた逸文いつぶんを、清きよし代だいに茆泮林りんが集あつめたのが『十じゅう種しゅ古こ逸書いっしょ』である。

逸文いつぶんを通つうじて知しられる内容ないようでもっとも古ふるいのは、滅亡めつぼう直前ちょくぜんの楚すわえのために戦たたかった将軍しょうぐん項こう燕つばめが殺ころされたことである。もっとも新あたらしい内容ないようは、文ぶん帝みかど時代じだいの呉ごの太子たいし劉りゅう賢けんの名なである。よって、対象たいしょうにした時代じだいはおおよそこの範囲はんいであろう。そのほか、項こう梁はりの蜂起ほうき、鴻おおとり門もんの会かい、項羽こううが劉邦りゅうほうの父ちちを殺ころすと脅おどしたこと、垓下の戦たたかい、韓かん信しんが若わかい頃ころある亭ちん長ちょうの家いえに寄食きしょくしてその妻つまに冷遇れいぐうされたこと、背水はいすいの陣じん、王おうとなった韓かん信しんが失脚しっきゃくして淮陰侯こうとなること、劉邦りゅうほうの太子たいし（後ごの恵めぐみ帝みかど）が廃はいされそうになったときに輔佐ほさ役やくとなった4人にんの賢者けんじゃのことなど、『史記しき』に見みえる多おおくの有名ゆうめいなエピソードが『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』にも記しるされていた。

『史記しき』による利用りよう

司馬しば遷は楚すわえ漢かんの時代じだいを扱あつかうときに『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』を「述のべた」と、『漢書かんしょ』司馬しば遷伝にはある。「述のべて作つくらず」は当時とうじの美徳びとくであり、司馬しば遷自身じしんも「故事こじを述のべるのであり」「作つくるのではない」と答こたえたことがある。さらに言いえば『漢書かんしょ』も、『史記しき』と重かさなるところでは同おなじ文章ぶんしょうで綴つづることが多おおい。『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』と『史記しき』の関係かんけいでも、材料ざいりょうとして利用りようしただけにとどまらず、同どうじ文ぶんで書かいた箇所かしょが含ふくまれる可能かのう性せいがある。『史記しき索さく隠かくれ』や『史記しき集しゅう解かい』は、『史記しき』と『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』の違ちがいをいちいち記しるしており、これは違ちがいが多おおいことと同時どうじに、違ちがわない点てんもまた多おおいことを裏うらから示唆しさするものである。劉りゅう知とも幾いくは、8世紀せいき初はじめの『史ふみ通どおり』で、『史記しき』と『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』には異ことなる点てんが多おおいと評ひょうし、特とくに酈食其が劉邦りゅうほうに面会めんかいしたときの話はなし、劉邦りゅうほうが鴻鵠こうこくを歌うたった話はなしはまったく異ことなると指摘してきした。酈食其についての異い伝つては逸文いつぶんで伝つたわる。結局けっきょく、『史記しき』は『楚すわえ漢かん春秋しゅんじゅう』を利用りようしているが、まったく引ひき写うつしたというわけではなく、他たの多おおくの資料しりょうの中なかの一ひとつとして使つかったのであろう。

参考さんこう文献ぶんけん

• 班はん固かた著しる、小竹こだけ武夫たけお訳わけ『漢書かんしょ』3（ちくま学芸がくげい文庫ぶんこ）、筑摩書房ちくましょぼう、1998年ねん。
• 茆泮林りん『十じゅう種しゅ古こ逸書いっしょ』、梅うめ瑞みずほ軒のき、1834年ねん。google booksで公開こうかい。
• 福井ふくい重しげる雅みやび『陸りく賈「新語しんご」の研究けんきゅう』汲古書院しょいん、2002年ねん。
• 藤田ふじた勝久かつひさ『史記しき秦はた漢かん史しの研究けんきゅう』、汲古書院しょいん、2015年ねん。