王おう翦

王おう 翦（おう せん、生なま没年ぼつねん不ふ詳しょう）は、中国ちゅうごく戦国せんごく時代じだいの秦はたの将軍しょうぐん。頻しき陽ひ県けん東郷とうごう（現在げんざいの陝西せんせい省しょう渭南市し富平とみひら県けんの北東ほくとう）の人ひと。王おう賁の父ちち。王おう離はなれの祖父そふ。秦はた王政おうせい（後ごの始皇帝しこうてい）に仕つかえた戦国せんごく時代じだい末期まっきを代表だいひょうする名将めいしょうで、趙ちょう・楚すわえを滅ほろぼすなど、秦はたの天下てんか統一とういつに貢献こうけんした。白しろ起おこり・廉れん頗・李り牧まきと並ならぶ戦国せんごく四よん大だい名将めいしょうの一人ひとり。

王おう翦
秦はた 将軍しょうぐん
出生しゅっしょう	不ふ詳しょう 頻しき陽ひ県けん東郷とうごう
死去しきょ	不ふ詳しょう
主君しゅくん	秦はた王政おうせい（始皇帝しこうてい）
子こ	王おう賁

生涯しょうがい

紀元前きげんぜん236年ねん（始はじめ皇すめらぎ11年ねん）、桓齮・楊端和わらと趙ちょうの鄴を攻せめて、先まず9城しろを取とる。王おう翦は一人ひとりで閼与などを攻せめる。それから、皆兵かいへいをあわせて一軍いちぐんとした。将軍しょうぐんになると18日間にちかんで軍ぐん中ちゅうの斗と食しょく以下いかの功労こうろうのない者ものを帰かえらせ、軍ぐんをおよそ5分ぶんの1に減へらし精鋭せいえい揃ぞろいに編成へんせいした。そして、それまで落おとせなかった鄴などを落おとす。

紀元前きげんぜん229年ねん（始はじめ皇すめらぎ18年ねん）、秦はたは王おう翦に大軍たいぐんの指揮しきを執とらせ、羌瘣・楊端和わとともに趙ちょうを攻せめさせた。王おう翦は上郡かみごおり地方ちほうの軍ぐんの将しょうとして、趙ちょうの井い陘を降くだした。趙ちょう将すすむ李り牧まきと司馬しば尚しょうが王おう翦の相手あいてとなったが、讒言ざんげんによって李り牧まきは誅殺ちゅうさつ、司馬しば尚しょうは更迭こうてつされた。その後ご、趙ちょう葱ねぎと斉ひとし将はた顔かお聚が彼かれらの地位ちいに代かわった。

紀元前きげんぜん228年ねん（始はじめ皇すめらぎ19年ねん）、王おう翦は李り牧まき誅殺ちゅうさつの3か月げつ後ごに趙ちょう葱ねぎ・顔かお聚を破やぶり、趙ちょう都みやこの邯鄲かんたんを陥落かんらくさせた。また、羌瘣とともに東陽とうようを平定へいていし、逃にげていた趙ちょうの幽かそけ繆王を捕とらえた。しかし、趙ちょうの公子こうし嘉よしみが自立じりつして代だい王おうになる。さらに兵へいを指揮しきして燕つばめを攻せめようとして中山なかやま（現在げんざいの山西さんせい省しょう北部ほくぶ）に駐屯ちゅうとんした。

紀元前きげんぜん227年ねん（始はじめ皇すめらぎ20年ねん）、辛勝しんしょうとともに燕つばめを攻せめて、燕つばめ・代だい連合れんごう軍ぐんを易えき水すいの西にしに破やぶった。

紀元前きげんぜん226年ねん（始はじめ皇すめらぎ21年ねん）、子この王おう賁とともに燕つばめ都との薊あざみを攻せめ、燕つばめの太子たいし丹にの軍ぐんを破やぶって、薊あざみを平定へいていした。このとき、太子たいし丹にの首くびを得えた。しかし、燕つばめ王おう喜きは遼東りゃおとんに逃にげて、なお命脈めいみゃくを保たもった。この年とし、老病ろうびょうの故ゆえをもって、将軍しょうぐんを辞じして帰かえる。

紀元前きげんぜん224年ねん（始はじめ皇すめらぎ23年ねん）、秦はた王政おうせいより要請ようせいを受うけ、再ふたたび軍ぐんの将しょうとして、楚すわえを攻せめた。河南かなんの陳ひねから南みなみの平ひら輿こしまでの地ちを占領せんりょうして、楚すわえ王おう負ふ芻を捕とらえる。

紀元前きげんぜん223年ねん（始はじめ皇すめらぎ24年ねん）、蒙こうむ武たけと楚すわえを攻せめる。楚すわえ王おうとなっていた（楚すわえの公子こうしで、秦しんで呂りょ不ふ韋の補佐ほさをしていた）昌平しょうへい君くんは戦死せんしし、将軍しょうぐんの項こう燕つばめは自殺じさつした。

紀元前きげんぜん222年ねん（始はじめ皇すめらぎ25年ねん）、秦はたは大おおいに兵へいを輿こしして、王おう翦と蒙こうむ武たけはついに楚すわえの江南こうなんを平定へいていする。また、東ひがし越こしの王おうを降くだして、ここに会かい稽郡を置おいた。翌年よくねん、秦はたは斉ひとしを滅亡めつぼうさせ、中華ちゅうか圏けんを統一とういつする。

人物じんぶつ・逸話いつわ

秦はた王政おうせいの11年ねんに初はじめて史書ししょに登場とうじょうし、同僚どうりょうの楊端和わらと共ともに鄴を攻せめて、さまざまな計略けいりゃくを用もちいてこれを陥落かんらくさせている。これ以降いこう、政せいに重用じゅうようされていたが、老年ろうねんになってからは重用じゅうようされなくなった。

趙ちょうを破やぶった後のち、秦はたの覇業はぎょうを妨さまたげうるのは、もはや楚すわえのみとなった。その平定へいていに当あたり、政せいから諸しょ将しょうへ見通みとおしを問とわれた際さい、王おう翦は「楚すわえは広ひろく兵へいも多おおい。兵へい60万まんが必要ひつようでしょう」と慎重しんちょうな意見いけんを述のべたが、政せいは若わかい将軍しょうぐんの李り信しんの「兵へい20万まんで十分じゅうぶんです」という積極せっきょく的てきで勇猛ゆうもうに聞きこえる意見いけんを採用さいようし、楚すわえへの侵攻しんこうを任まかせた。ここで王おう翦は自みずから引退いんたいを申もうし出でて隠居いんきょする。しかし、楚すわえへ侵攻しんこうした秦はた軍ぐんは、楚すわえ軍ぐんの奇襲きしゅうを受うけて大敗たいはいした。楚すわえ軍ぐんはその勢いきおいのままに秦しんへ向むけて進軍しんぐんし、楚すわえの平定へいていどころか秦はたが滅亡めつぼうしかねない程ほどの危機ききとなった。政せいは楚すわえを破われるのは王おう翦しかいないと判断はんだんし、王おう翦の邸宅ていたくを自みずから訪たずねて将軍しょうぐんの任にんを与あたえ、王おう翦が先さきに述のべた通とおり60万まんの兵へいを与あたえる。これは秦はたのほぼ全ぜん軍ぐんであり、反乱はんらんを起おこすには十分じゅうぶん過すぎる数かずだったため、臣下しんかには疑うたがいを抱いだく者ものも多数たすういた。

王おう翦は、楚すわえ軍ぐんの迎撃げいげきに出でるが、政せい自みずから見送みおくった席せきで「秦はた王様おうさま、戦勝せんしょうの褒美ほうびには美田びでん屋敷やしきを賜たまわりたい」と言いった。政せいは「何なにを将軍しょうぐんに不足ふそくさせようか」と答こたえたが、王おう翦は「今いままで戦功せんこうを上あげても美田びでんを賜たまわったものはおりません。この機会きかいに得えておきたいのです」と返かえし、政せいはこれを聞きいて笑わらい、改あらためて確約かくやくした。王おう翦はその席せきのみならず、行軍こうぐんの途中とちゅうですら、勝利しょうり後ごの褒美ほうびは何なにがいいか、一族いちぞくの今後こんごの安泰あんたいは確たしかかなどを問とう使者ししゃを政せいに逐一ちくいち送おくった。そして国境こっきょう付近ふきんに到着とうちゃくすると、堅固けんごな砦とりでを築きずいて楚すわえ軍ぐんを待まち受うけた。楚すわえ軍ぐんもここへ到着とうちゃくし砦とりでを攻せめ始はじめたが、その堅牢けんろうさに手てを焼やいた。一方いっぽうの秦しん軍ぐんも防御ぼうぎょに徹てっして砦とりでから出でなかったため、膠着こうちゃく状態じょうたいとなった。楚すわえ軍ぐんは、攻せめても挑発ちょうはつしても秦はた軍ぐんの出でてくる気配けはいが全まったくなく、砦とりでも堅牢けんろうなため、これでは戦せんにならないと引ひき上あげ始はじめた。しかし、これこそ王おう翦の待まっていた機会きかいであった。追撃ついげき戦せんで楚すわえ軍ぐんを破やぶるために、砦とりでに篭こめる間あいだも兵へい達たちに食料しょくりょうと休息きゅうそくを十分じゅうぶんに与あたえ、英気えいきを養やしなっていたのである。英気えいきが余あまって遊あそびに興きょうじる兵へい達たちを見みて、王おう翦は「我わが兵へいは、ようやく使つかえるようになったぞ」と喜よろこんだという。王おう翦が指揮しきを執とる秦しん軍ぐんは、戦闘せんとう態勢たいせいになかった楚すわえ軍ぐんの背後はいごから襲おそい掛かかり、散々さんざんに打うち破やぶった。王おう翦は更さらに楚すわえへ侵攻しんこうし、翌年よくねんにこれを滅ほろぼした。

王おう翦は、政せいに逐一ちくいち送おくった使者ししゃについて、部下ぶかから「余あまりに度々たびたび過すぎます。貴方あなたはもっと欲よくの無ない人ひとだと思おもっていましたが」と訊たずねられた際さい、「お前まえは秦はた王様おうさまの猜疑心さいぎしんの強つよさを知しらない。今いま、私わたしは反乱はんらんを起おこそうと思おもえば、たやすく秦はたを征せいし得えるだけの兵へいを指揮しきしている。秦はた王様おうさまは自みずから任まかせたものの、疑うたがいが絶たえないだろう。私わたしは戦後せんごの恩賞おんしょうで頭あたまが一いち杯はいであると絶たえず知しらせることで、反乱はんらんなど全まったく考かんがえていないことを示しめしているのだ」と答こたえた。

王おう翦は政せいの猜疑心さいぎしんの強つよさと冷酷れいこくさを良よく理解りかいしていた。引退いんたいを申もうし出でたのも、政せいは役やくに立たつ人間にんげんには丁重ていちょうだが、役やくにたないと判断はんだんした人間にんげんには冷淡れいたんで、特とくに権勢けんせいがあるものはどれだけ功績こうせきがあろうとも些細ささいな疑うたがいで処刑しょけい・一族いちぞく皆殺みなごろしにしかねなかったためである（樊於期きという実例じつれいもある）。自分じぶんの意見いけんが採用さいようされなかったことで、政せいが「王おう翦は老おいて衰おとろえ、弱気よわきになった」と思おもっていると察さっし、素早すばやく将軍しょうぐんの座ざから退しりぞいた。実際じっさいに引退いんたいを申もうし出でた際さい、政せいは「許ゆるす」と言いっただけで全まったく引ひき止とめなかった。このため、政せい本人ほんにんから将軍しょうぐんに請こわれ、ほぼ全ぜん軍ぐんを与あたえられてもいい気きにならず、猜疑さいぎを打うち消けす心配こころくばりを絶たやさなかったのである。

王おう翦は、楚すわえの平定へいてい後ごも政せいに疑うたがいを持もたれることなく、天寿てんじゅを全まっとうすることが出来できたと言いわれる。

子孫しそん

死後しご、子この王おう賁が跡あとを継ついだ。王おう賁の子こに王おう離はなれがいる。

『新しん唐とう書しょ』宰相さいしょう世よ系けい表ひょう二に中ちゅうによると、王おう離はなれは秦はたの武たけ城しろ侯こうとなり、彼かれには王おう元はじめ・王おう威たけしという息子むすこがいたという。息子むすこたちは秦はたの戦乱せんらんを避さけて山東さんどうに移住いじゅうし、その末裔まつえいからは、後世こうせいに漢かんの王おう吉よし・王おう駿しゅん・王おう崇たかし、三国みくに魏たかしの王おう雄つよし、晋すすむの王おう祥さち・王おう導しるべ・王おう敦あつし・王羲之おうぎしらを輩出はいしゅつした。いわゆる魏ぎ晋すすむ南北なんぼく朝あさ時代じだいに名なを馳はせた琅邪王おう氏しである。つまり、琅邪王おう氏しは、王おう離はなれの末裔まつえいとされるのである。ただし、『漢書かんしょ』王おう吉よし伝つたえでは王おう離はなれと王おう吉きちの関係かんけいについて触ふれておらず、『新しん唐とう書しょ』の系図けいずの信憑しんぴょう性せいには疑問ぎもんがある。

参考さんこう文献ぶんけん

• 司馬しば遷『史記しき』

登場とうじょう作品さくひん

漫画まんが

• 鄭てい問とい『東あずま周あまね英雄えいゆう伝でん』『始はじめ皇すめらぎ』
• 森もり秀樹ひでき『墨ぼく攻おさむ』（原作げんさく 酒見さかみ賢一けんいち・脚本きゃくほん久保田くぼた千せん太郎たろう）
• 横山よこやま光輝みつてる 『史記しき』
• 原はら泰久やすひさ『キングダム』

当初とうしょは蒙こうむ驁の副将ふくしょうにして、王おう翦軍を率ひきいている。その後ご、新あらたな秦はた国こく六ろく大将軍だいしょうぐんの一人ひとりとなる。