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第3次吉田内閣 - Wikipedia

だい3吉田よしだ内閣ないかく

日本にっぽん内閣ないかく

だい3吉田よしだ内閣ないかく(だいさんじ よしだないかく)は、衆議院しゅうぎいん議員ぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう総裁そうさい吉田よしだしげるだい49だい内閣ないかく総理そうり大臣だいじん任命にんめいされ、1949ねん昭和しょうわ24ねん2がつ16にちから1950ねん昭和しょうわ25ねん6月28にちまでつづいた日本にっぽん内閣ないかく

だい3吉田よしだ内閣ないかく
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん だい49だい 吉田よしだしげる
成立せいりつ年月日ねんがっぴ 1949ねん昭和しょうわ24ねん2がつ16にち
終了しゅうりょう年月日ねんがっぴ 1950ねん昭和しょうわ25ねん6月28にち
与党よとう支持しじ基盤きばん民主みんしゅ自由党じゆうとう民主党みんしゅとう連立れんりつ→)自由党じゆうとう、(緑風りょくふうかい[注釈ちゅうしゃく 1]
施行しこうした選挙せんきょ だい2かい参議院さんぎいん議員ぎいん通常つうじょう選挙せんきょ
内閣ないかく閣僚かくりょう名簿めいぼ首相しゅしょう官邸かんてい
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だい3吉田よしだ内閣ないかくは3内閣ないかく改造かいぞう実施じっししている。

  1. だい3吉田よしだ内閣ないかく (だい1改造かいぞう) - 1950ねん昭和しょうわ25ねん)6がつ28にちから1951ねん昭和しょうわ26ねん7がつ4にちまで。
  2. だい3吉田よしだ内閣ないかく (だい2改造かいぞう) - 1951ねん昭和しょうわ26ねん)7がつ4にちから1951ねん昭和しょうわ26ねん12月26にちまで。
  3. だい3吉田よしだ内閣ないかく (だい3改造かいぞう) - 1951ねん昭和しょうわ26ねん)12月26にちから1952ねん昭和しょうわ27ねん10月30にちまで。

内閣ないかくかおぶれ・人事じんじ

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内閣ないかく発足ほっそく

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国務大臣こくむだいじん

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1949ねん昭和しょうわ24ねん)2がつ16にち任命にんめい[1]在職ざいしょく日数にっすう106にち

職名しょくめい だい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 特命とくめい事項じこうとう 備考びこう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん 49 吉田よしだしげる   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
外務がいむ大臣だいじん兼任けんにん 再任さいにん
民主みんしゅ自由党じゆうとう総裁そうさい
法務ほうむ総裁そうさい 4 ふえ俊吉しゅんきち   民間みんかん 再任さいにん
外務がいむ大臣だいじん 70 吉田よしだしげる   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん兼任けんにん 再任さいにん
民主みんしゅ自由党じゆうとう総裁そうさい
大蔵おおくら大臣だいじん 55 池田いけだ勇人はやと   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
はつ入閣にゅうかく
文部もんぶ大臣だいじん 66 高瀬たかせ荘太そうたろう   参議院さんぎいん
緑風りょくふうかい
厚生こうせい大臣だいじん 18 はやし譲治じょうじ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん臨時りんじ代理だいり
ふく総理そうり
再任さいにん
農林のうりん大臣だいじん 11 もり幸太郎こうたろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
転任てんにん[注釈ちゅうしゃく 2]
商工しょうこう大臣だいじん 32 稲垣いながき平太郎へいたろう   参議院さんぎいん
民主党みんしゅとう連立れんりつ
はつ入閣にゅうかく
1949ねん5がつ25にちめん
商工しょうこうしょう廃止はいし 1949ねん5がつ25にちづけ
通商つうしょう産業さんぎょう大臣だいじん 通商産業省つうしょうさんぎょうしょう設置せっち 1949ねん5がつ25にち設置せっち
1 稲垣いながき平太郎へいたろう   参議院さんぎいん
民主党みんしゅとう連立れんりつ
転任てんにん
1949ねん5がつ25にちにん[2]
運輸うんゆ大臣だいじん 11 大屋おおやすすむさん   参議院さんぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
転任てんにん
逓信ていしん大臣だいじん 54 小沢おざわたすく重喜しげよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
転任てんにん[注釈ちゅうしゃく 3]
1949ねん6がつ1にちめん
逓信ていしんしょう廃止はいし 1949ねん6がつ1にちづけ
労働ろうどう大臣だいじん 4 鈴木すずき正文まさふみ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
はつ入閣にゅうかく
建設けんせつ大臣だいじん 3 えきたに秀次しゅうじ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん
経済けいざい安定あんてい本部ほんぶ総務そうむ長官ちょうかん
7 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] はつ入閣にゅうかく
国務大臣こくむだいじん
物価ぶっかちょう長官ちょうかん
7 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] はつ入閣にゅうかく
国務大臣こくむだいじん
中央ちゅうおう経済けいざい調査ちょうさちょう長官ちょうかん
3 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] はつ入閣にゅうかく
国務大臣こくむだいじん
行政管理庁ぎょうせいかんりちょう長官ちょうかん
4 本多ほんだ市郎いちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん はつ入閣にゅうかく
国務大臣こくむだいじん
地方ちほう財政ざいせい委員いいんかい委員いいんちょう
4 木村きむら小左衛門こざえもん   衆議院しゅうぎいん
民主党みんしゅとう連立れんりつ
1949ねん6がつ1にちめん
地方ちほう財政ざいせい委員いいんかい廃止はいし 1949ねん6がつ1にちづけ
国務大臣こくむだいじん
賠償ばいしょうちょう長官ちょうかん
4 といかいかいさん   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
はつ入閣にゅうかく
1949ねん3がつ11にちめん
5 山口やまぐち喜久一郎きくいちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
転任てんにん
1949ねん3がつ11にちにん
国務大臣こくむだいじん
無任所むにんしょ
- 山口やまぐち喜久一郎きくいちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
はつ入閣にゅうかく
1949ねん3がつ11にちまで
国務大臣こくむだいじん
無任所むにんしょ
- といかいかいさん   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
1949ねん3がつ11にちから
  1. 辞令じれいのある留任りゅうにん個別こべつだいとして記載きさいし、辞令じれいのない留任りゅうにん記載きさいしない。
  2. 臨時りんじ代理だいりは、大臣だいじん空位くうい場合ばあいのみ記載きさいし、海外かいがい出張しゅっちょうとう一時いちじ不在ふざい代理だいり記載きさいしない。
  3. 代数だいすうは、臨時りんじ兼任けんにん臨時りんじ代理だいりかぞえず、兼任けんにん兼務けんむかぞえる。

内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかんふく長官ちょうかん

編集へんしゅう

1949ねん昭和しょうわ24ねん)2がつ16にち任命にんめい[1]

職名しょくめい だい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 特命とくめい事項じこうとう 備考びこう
内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん 5 増田ますだ甲子きのえねなな   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう
内閣ないかく官房かんぼう次長じちょう - こおり祐一ゆういち   きゅう内務省ないむしょう 留任りゅうにん
1949ねん6がつ1にちめん[注釈ちゅうしゃく 5]
内閣ないかく官房かんぼう次長じちょう廃止はいし 1949ねん6がつ1にちづけ
  1. 辞令じれいのある留任りゅうにん個別こべつだいとして記載きさいし、辞令じれいのない留任りゅうにん記載きさいしない。
  2. 臨時りんじ代理だいりは、大臣だいじん空位くうい場合ばあいのみ記載きさいし、海外かいがい出張しゅっちょうとう一時いちじ不在ふざい代理だいり記載きさいしない。
  3. 代数だいすうは、臨時りんじ兼任けんにん臨時りんじ代理だいりかぞえず、兼任けんにん兼務けんむかぞえる。

政務次官せいむじかん

編集へんしゅう
衆議院しゅうぎいん:1949ねん昭和しょうわ24ねん)2がつ19にち任命にんめい[3]
参議院さんぎいん:1949ねん昭和しょうわ24ねん)2がつ23にち任命にんめい[注釈ちゅうしゃく 6][4]
職名しょくめい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 備考びこう
法務ほうむ政務次官せいむじかん 山口やまぐち好一よしかず 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ31にちめん
遠山とおやまへい 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ31にちめん
外務がいむ政務次官せいむじかん 近藤こんどう鶴代つるよ 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
大蔵おおくら政務次官せいむじかん 中野なかの武雄たけお 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ31にちめん
田口たぐち政五郎まさごろう 参議院さんぎいん民主党みんしゅとう連立れんりつ 1949ねん5がつ31にちめん
文部もんぶ政務次官せいむじかん 柏原かしわばら義則よしのり 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
ひだりふじ義詮よしあきら 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
厚生こうせい政務次官せいむじかん わたる四郎しろう 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
浅岡あさおか信夫しのぶ 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
農林のうりん政務次官せいむじかん 苫米地とまべち英俊ひでとし 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ31にちめん
池田いけだ宇右衛門えもん 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
商工しょうこう政務次官せいむじかん 有田ありた二郎じろう 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ25にちめん
小林こばやし英三えいぞう 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ25にちめん
商工しょうこうしょう廃止はいし 1949ねん5がつ25にちづけ
通商つうしょう産業さんぎょう政務次官せいむじかん 通商産業省つうしょうさんぎょうしょう設置せっち 1949ねん5がつ25にち設置せっち
有田ありた二郎じろう 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ25にちにん
小林こばやし英三えいぞう 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ25にちにん
運輸うんゆ政務次官せいむじかん 坂田さかたみちふとし 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
加藤かとうつね太郎たろう 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
逓信ていしん政務次官せいむじかん 武藤むとう嘉一きいち 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん5がつ31にちめん
逓信ていしんしょう廃止はいし 1949ねん6がつ1にちづけ
労働ろうどう政務次官せいむじかん 山崎やまざき岩男いわお 衆議院しゅうぎいん民主党みんしゅとう連立れんりつ
宿やどたに栄一えいいち 参議院さんぎいん緑風りょくふうかい
建設けんせつ政務次官せいむじかん 内海うつみ安吉やすきち 衆議院しゅうぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
赤木あかぎ正雄まさお 参議院さんぎいん緑風りょくふうかい
経済けいざい安定あんてい政務次官せいむじかん 中川なかがわ以良 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう
物価ぶっか政務次官せいむじかん 欠員けついん
行政ぎょうせい管理かんり政務次官せいむじかん 欠員けついん
賠償ばいしょう政務次官せいむじかん 欠員けついん
地方ちほう財政ざいせい政務次官せいむじかん ほり末治すえじ 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん6がつ1にちめん
地方ちほう財政ざいせい委員いいんかい廃止はいし 1949ねん6がつ1にちづけ

省庁しょうちょう再編さいへん

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国務大臣こくむだいじん

編集へんしゅう

1949ねん昭和しょうわ24ねん)6がつ1にち任命にんめい[5]在職ざいしょく日数にっすう393にち通算つうさん498にちだい1、2、3通算つうさん991にち)。

職名しょくめい だい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 特命とくめい事項じこうとう 備考びこう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん 49 吉田よしだしげる   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう[注釈ちゅうしゃく 7]
外務がいむ大臣だいじん兼任けんにん 留任りゅうにん
民主みんしゅ自由党じゆうとう総裁そうさい→)
自由党じゆうとう総裁そうさい
法務ほうむ総裁そうさい 4 ふえ俊吉しゅんきち   民間みんかん 留任りゅうにん
外務がいむ大臣だいじん 70 吉田よしだしげる   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん兼任けんにん 留任りゅうにん
民主みんしゅ自由党じゆうとう総裁そうさい→)
自由党じゆうとう総裁そうさい
大蔵おおくら大臣だいじん 55 池田いけだ勇人はやと   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
通商つうしょう産業さんぎょう大臣だいじん兼任けんにん 留任りゅうにん
文部もんぶ大臣だいじん 66 高瀬たかせ荘太そうたろう   参議院さんぎいん
緑風りょくふうかい
通商つうしょう産業さんぎょう大臣だいじん兼任けんにん 留任りゅうにん
1950ねん5がつ6にちめん
67 天野あまの貞祐ていゆう   民間みんかん はつ入閣にゅうかく
1950ねん5がつ6にちにん
厚生こうせい大臣だいじん 18 はやし譲治じょうじ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
内閣ないかく総理そうり大臣だいじん臨時りんじ代理だいり
ふく総理そうり
留任りゅうにん
農林のうりん大臣だいじん 11 もり幸太郎こうたろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
通商つうしょう産業さんぎょう大臣だいじん 1 稲垣いながき平太郎へいたろう   参議院さんぎいん
民主党みんしゅとう連立れんりつ
留任りゅうにん
1950ねん2がつ17にちめん[注釈ちゅうしゃく 8][6]
2 池田いけだ勇人はやと   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
大蔵おおくら大臣だいじん兼任けんにん 1950ねん2がつ17にちけん
1950ねん4がつ11にちめんけん
3 高瀬たかせ荘太そうたろう   参議院さんぎいん
緑風りょくふうかい
文部もんぶ大臣だいじん兼任けんにん 1950ねん4がつ11にちけん
運輸うんゆ大臣だいじん 11 大屋おおやすすむさん   参議院さんぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
郵政ゆうせい大臣だいじん 郵政省ゆうせいしょう設置せっち 1949ねん6がつ1にち設置せっち
1 小沢おざわたすく重喜しげよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
電気通信大でんきつうしんだいしん兼任けんにん 転任てんにん
1949ねん6がつ1にちにん[7]
電気通信大でんきつうしんだいしん 電気でんき通信つうしんしょう設置せっち 1949ねん6がつ1にち設置せっち
1 小沢おざわたすく重喜しげよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
郵政ゆうせい大臣だいじん兼任けんにん 転任てんにん
1949ねん6がつ1にちにん[7]
労働ろうどう大臣だいじん 4 鈴木すずき正文まさふみ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
建設けんせつ大臣だいじん 3 えきたに秀次しゅうじ   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
1950ねん5がつ6にちめん[注釈ちゅうしゃく 9]
4 増田ますだ甲子きのえねなな   衆議院しゅうぎいん
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 10] 1950ねん5がつ6にちにん
国務大臣こくむだいじん
経済けいざい安定あんてい本部ほんぶ総務そうむ長官ちょうかん
7 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] 留任りゅうにん
国務大臣こくむだいじん
物価ぶっかちょう長官ちょうかん
7 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] 留任りゅうにん
国務大臣こくむだいじん
中央ちゅうおう経済けいざい調査ちょうさちょう長官ちょうかん
3 青木あおき孝義たかよし   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん[注釈ちゅうしゃく 4] 留任りゅうにん
国務大臣こくむだいじん
行政管理庁ぎょうせいかんりちょう長官ちょうかん
4 本多ほんだ市郎いちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん 留任りゅうにん
国務大臣こくむだいじん
地方ちほう自治じちちょう長官ちょうかん
地方ちほう自治じちちょう設置せっち 1949ねん6がつ1にち設置せっち
1 木村きむら小左衛門こざえもん   衆議院しゅうぎいん
民主党みんしゅとう連立れんりつ
転任てんにん
1949ねん6がつ1にちにん[7]
1950ねん1がつ24にちめん[注釈ちゅうしゃく 8][6]
2 本多ほんだ市郎いちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん 1950ねん1がつ24にちけん
国務大臣こくむだいじん
北海道開発庁ほっかいどうかいはつちょう長官ちょうかん
北海道開発庁ほっかいどうかいはつちょう設置せっち 1949ねん6がつ1にち設置せっち
1 増田ますだ甲子きのえねなな   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
建設けんせつ大臣だいじん兼任けんにん
内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん[注釈ちゅうしゃく 11]
1949ねん6がつ1にちにん
国務大臣こくむだいじん
賠償ばいしょうちょう長官ちょうかん
5 山口やまぐち喜久一郎きくいちろう   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
国務大臣こくむだいじん
無任所むにんしょ
- といかいかいさん   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
留任りゅうにん
  1. 辞令じれいのある留任りゅうにん個別こべつだいとして記載きさいし、辞令じれいのない留任りゅうにん記載きさいしない。
  2. 臨時りんじ代理だいりは、大臣だいじん空位くうい場合ばあいのみ記載きさいし、海外かいがい出張しゅっちょうとう一時いちじ不在ふざい代理だいり記載きさいしない。
  3. 代数だいすうは、臨時りんじ兼任けんにん臨時りんじ代理だいりかぞえず、兼任けんにん兼務けんむかぞえる。

内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかんふく長官ちょうかん

編集へんしゅう

1949ねん昭和しょうわ24ねん)6がつ1にち任命にんめい

職名しょくめい だい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 特命とくめい事項じこうとう 備考びこう
内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん 5 増田ますだ甲子きのえねなな   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
国務大臣こくむだいじん兼任けんにん 1950ねん5がつ6にちめん
6 岡崎おかざき勝男かつお   衆議院しゅうぎいん
民主みんしゅ自由党じゆうとう→)
自由党じゆうとう
1950ねん5がつ6にちにん
内閣ないかく官房かんぼうふく長官ちょうかん 内閣ないかく官房かんぼうふく長官ちょうかん設置せっち 1949ねん6がつ1にち設置せっち
- こおり祐一ゆういち   きゅう内務省ないむしょう 1949ねん6がつ1にちにん
1950ねん2がつ16にちめん
- 菅野かんのよしまる   運輸省うんゆしょう 1949ねん11月1にちにん
- 井上いのうえ清一せいいち   きゅう内務省ないむしょう 1950ねん6がつ20日はつかにん
  1. 辞令じれいのある留任りゅうにん個別こべつだいとして記載きさいし、辞令じれいのない留任りゅうにん記載きさいしない。
  2. 臨時りんじ代理だいりは、大臣だいじん空位くうい場合ばあいのみ記載きさいし、海外かいがい出張しゅっちょうとう一時いちじ不在ふざい代理だいり記載きさいしない。
  3. 代数だいすうは、臨時りんじ兼任けんにん臨時りんじ代理だいりかぞえず、兼任けんにん兼務けんむかぞえる。

政務次官せいむじかん

編集へんしゅう

1949ねん昭和しょうわ24ねん)6がつ9にち任命にんめい

職名しょくめい 氏名しめい 出身しゅっしんとう 備考びこう
法務ほうむ政務次官せいむじかん 牧野まきのひろしさく 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
外務がいむ政務次官せいむじかん 川村かわむら松助まつすけ 参議院さんぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
大蔵おおくら政務次官せいむじかん 水田みずた三喜男みきお 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
文部もんぶ政務次官せいむじかん 平島ひらしま良一りょういち 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
厚生こうせい政務次官せいむじかん 矢野やのとりゆう 参議院さんぎいん緑風りょくふうかい
農林のうりん政務次官せいむじかん 坂本さかもとみのる 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
通商つうしょう産業さんぎょう政務次官せいむじかん みやはたやすし 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
運輸うんゆ政務次官せいむじかん はら健三郎けんざぶろう 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
郵政ゆうせい政務次官せいむじかん 吉田よしだやすし 衆議院しゅうぎいん民主党みんしゅとう連立れんりつ 1950ねん1がつ25にちめん
欠員けついん 1950ねん1がつ27にちまで
坪川つぼかわ信三しんぞう 衆議院しゅうぎいん/(民主党みんしゅとう連立れんりつ→)自由党じゆうとう 1950ねん1がつ27にちにん
電気でんき通信つうしん政務次官せいむじかん 尾形おがた六郎兵衛ろくろうべえ 参議院さんぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう 1950ねん3がつ3にちめん
図司ずし安正やすまさ 衆議院しゅうぎいん自由党じゆうとう 1950ねん3がつ3にちにん
1950ねん5がつ2にちめん
欠員けついん 1950ねん5がつ2にちから
労働ろうどう政務次官せいむじかん 新谷しんたに寅三郎とらさぶろう 参議院さんぎいん緑風りょくふうかい
建設けんせつ政務次官せいむじかん 鈴木すずきせんはち 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
経済けいざい安定あんてい政務次官せいむじかん 西村にしむら久之ひさゆき 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
物価ぶっか政務次官せいむじかん 坂田さかた英一ひでかず 衆議院しゅうぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
行政ぎょうせい管理かんり政務次官せいむじかん 一松いちまつ政二まさじ 参議院さんぎいん/(民主みんしゅ自由党じゆうとう→)自由党じゆうとう
賠償ばいしょう政務次官せいむじかん 山田やまだ佐一さいち 参議院さんぎいん民主みんしゅ自由党じゆうとう 1949ねん6がつ23にちめん
たちばな直治なおじ 衆議院しゅうぎいん/(民主党みんしゅとう連立れんりつ→)自由党じゆうとう 1949ねん6がつ23にちにん
1950ねん3がつ3にちめん
寺島てらしま隆太郎りゅうたろう 衆議院しゅうぎいん自由党じゆうとう 1950ねん3がつ3にちにん
1950ねん5がつ2にちめん
小西こにし寅松とらまつ 衆議院しゅうぎいん自由党じゆうとう 1950ねん5がつ2にちにん
地方ちほう自治じち政務次官せいむじかん 小野おのあきら 参議院さんぎいん緑風りょくふうかい

勢力せいりょく早見はやみひょう

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内閣ないかく発足ほっそく当初とうしょぜん内閣ないかく事務じむ引継ひきつぎのぞく)。

名称めいしょう 国務大臣こくむだいじん 政務次官せいむじかん その
みんしゆしゆう民主みんしゅ自由党じゆうとう 12 18 内閣ないかく総理そうり大臣だいじん衆議院しゅうぎいん議長ぎちょう内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん
国務大臣こくむだいじんのべ15
みんしゆ民主党みんしゅとう連立れんりつ 2 2
りよくふうかい緑風りょくふうかい 1 2 参議院さんぎいん議長ぎちょう
みんかん民間みんかん 1 0
- 16 22 国務大臣こくむだいじんのべ19

首班しゅはん指名しめい投票とうひょう

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だい5国会こっかい
1949ねん昭和しょうわ24ねん)2がつ11にち
  • 衆議院しゅうぎいん[8]
吉田よしだしげる民主みんしゅ自由党じゆうとう)-350ひょう浅沼あさぬま稲次郎いねじろう日本にっぽん社会党しゃかいとう)-86ひょう松本まつもとろく太郎たろう農民のうみん新党しんとう)-10ひょう白票はくひょう-1ひょう無効むこう-4ひょう[注釈ちゅうしゃく 12]
  • 参議院さんぎいん[9]
吉田よしだしげる民主みんしゅ自由党じゆうとう)-167ひょう浅沼あさぬま稲次郎いねじろう日本にっぽん社会党しゃかいとう)-28ひょう松岡まつおか駒吉こまきち日本にっぽん社会党しゃかいとう)-23ひょう小川おがわ友三ゆうぞう親米しんべい博愛はくあい勤労きんろうとう)-1ひょう

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 会派かいはとして与党よとうりしていない。
  2. ^ 国務大臣こくむだいじん無任所むにんしょ)から転任てんにん
  3. ^ 運輸うんゆ大臣だいじんから転任てんにん
  4. ^ a b c d e f 経済けいざい安定あんてい本部ほんぶ総務そうむ長官ちょうかん物価ぶっかちょう長官ちょうかん中央ちゅうおう経済けいざい調査ちょうさちょう長官ちょうかん兼任けんにん
  5. ^ 1949ねん昭和しょうわ24ねん)6がつ1にち内閣ないかく官房かんぼう職員しょくいん設置せっちせい廃止はいし内閣ないかくほう一部いちぶ改正かいせい施行しこうにより、政令せいれいしょく内閣ないかく官房かんぼう次長じちょうはいして法定ほうていしょく内閣ないかく官房かんぼうふく長官ちょうかん設置せっち
  6. ^ 民主党みんしゅとうとの調整ちょうせいにより、参議院さんぎいんからの政務次官せいむじかん任命にんめいわせて、山崎やまざき岩男いわお民主党みんしゅとう所属しょぞく衆議院しゅうぎいん議員ぎいんから唯一ゆいいつ任命にんめい
  7. ^ 1950ねん昭和しょうわ25ねん)3がつ1にち民主みんしゅ自由党じゆうとう民主党みんしゅとう連立れんりつ合流ごうりゅう自由党じゆうとう結成けっせい
  8. ^ a b 民主党みんしゅとう党内とうない事情じじょう連立れんりつ野党やとう対立たいりつ)により辞任じにん
  9. ^ 自由党じゆうとう政調せいちょう会長かいちょう就任しゅうにんするため建設けんせつ大臣だいじん辞任じにん
  10. ^ 北海道開発庁ほっかいどうかいはつちょう長官ちょうかん兼任けんにん
  11. ^ 1950ねん昭和しょうわ25ねん)5がつ6にちまでは内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん兼任けんにんし、5月6にち以降いこう内閣ないかく官房かんぼう長官ちょうかん辞任じにん建設けんせつ大臣だいじん兼任けんにん
  12. ^ 吉田よしだには民自党みんじとう263、民主党みんしゅとう66、くにきょうとう13、しゃかわとう3、諸派しょは無所属むしょぞく5が投票とうひょう浅沼あさぬまには社会党しゃかいとう44、共産党きょうさんとう35、労農ろうのうとう7が投票とうひょう松本まつもとにはのう新党しんとう6、諸派しょは無所属むしょぞく4。白票はくひょう立憲りっけんやしなえせいかい1(浦口うらぐち鉄男てつお)、無効むこう記名きめい4。

出典しゅってん

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  1. ^ a b 官報かんぽう号外ごうがい叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん2がつ16にち
  2. ^ 官報かんぽうだい6711ごう叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん5がつ31にち
  3. ^ 官報かんぽうだい6632ごう叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん2がつ23にち
  4. ^ 官報かんぽうだい6635ごう叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん2がつ26にち
  5. ^ 官報かんぽう号外ごうがい叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん6がつ1にち
  6. ^ a b 吉田よしだ自由党じゆうとう合流ごうりゅう労相ろうしょう入閣にゅうかく 「いぶしぎん調整ちょうせいやく保利ほりしげる(3)”. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん. (2011ねん10がつ2にち). https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2601B_W1A920C1000000/ 2018ねん5がつ5にち閲覧えつらん 
  7. ^ a b c 官報かんぽうだい6716ごう叙任じょにん及辞れい」、昭和しょうわ24ねん6がつ6にち
  8. ^ 官報かんぽう号外ごうがいだい5かい国会こっかい衆議院しゅうぎいん会議かいぎろくだい1ごう」、昭和しょうわ24ねん2がつ11にちづけ
  9. ^ 官報かんぽう号外ごうがいだい5かい国会こっかい参議院さんぎいん会議かいぎろくだい1ごう」、昭和しょうわ24ねん2がつ11にちづけ

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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