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違警罪即決例 - Wikipedia

たがえ警罪即決そっけつれい(いけいざいそっけつれい、明治めいじ18ねん9がつ24にち太政官だじょうかん布告ふこくだい31ごう)は、きゅう刑法けいほうだい9じょうさだめるたがえ警罪(拘留こうりゅうまたは科料かりょうをもっておもけいとなすつみおよ刑法けいほう施行しこうほうだい31じょうによりきゅう刑法けいほうたがえ警罪とみなされるつみについて警察官けいさつかんしょによる即決そっけつ処分しょぶんみとめた太政官だじょうかん布告ふこく[1]

たがえ警罪即決そっけつれい
日本国政府国章(準)
日本にっぽん法令ほうれい
法令ほうれい番号ばんごう 明治めいじ18ねん太政官だじょうかん布告ふこくだい31ごう
種類しゅるい 刑法けいほう
効力こうりょく 廃止はいし
公布こうふ 1885ねん9がつ24にち
おも内容ないよう きゅう刑法けいほうじょう拘留こうりゅう科料かりょうに該するつみおよび警察けいさつはん処罰しょばつれいつみについて警察けいさつ署長しょちょう分署ぶんしょちょうまたはその代理だいりかんたがえ警罪を即決そっけつすること
関連かんれん法令ほうれい 刑事けいじ訴訟そしょうほう警察けいさつはん処罰しょばつれい
条文じょうぶんリンク NDLJP:2943880/1
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裁判所さいばんしょほう施行しこうほう昭和しょうわ22ねん4がつ16にち法律ほうりつだい60ごうだい1じょう[2]により廃止はいしされた。

概要がいよう

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たがえ警罪即決そっけつれい大日本帝国だいにっぽんていこく憲法けんぽう発布はっぷまえ法規ほうき太政官だじょうかん布告ふこく)であり、きゅう刑法けいほう明治めいじ13ねん太政官だじょうかん布告ふこくだい36ごう)がさだめていた拘留こうりゅうまたは科料かりょうすとされたたがえ警罪についてつみしつ刑期けいき軽微けいび犯罪はんざいであることから特殊とくしゅかつ簡便かんべん裁判さいばん制度せいどとしてもうけた制度せいどである[3]

たがえ警罪とはきゅう刑法けいほうだい9じょうさだめられた拘留こうりゅうまたは科料かりょうをもっておもけいとなすつみをいう[4]

きゅう刑法けいほうしん刑法けいほう明治めいじ40ねん法律ほうりつだい45ごう)の施行しこうにより廃止はいしされ、刑法けいほう施行しこうほうだい31じょうは「拘留こうりゅうまた科料かりょうニ該ルざい法律ほうりつ適用てきようづけテハきゅう刑法けいほうたがえ警罪ト做ス」とさだめた[4]具体ぐたいてきには警察けいさつはん処罰しょばつれいその拘留こうりゅう科料かりょう罰則ばっそく規定きていゆうする警察けいさつ法令ほうれいならびに当時とうじ刑法けいほうてん拘留こうりゅう科料かりょう法定ほうていけいとしていた一部いちぶつみ侮辱ぶじょくざいなど)がこれに該当がいとうするとされた[4]

なお、たがえ警罪即決そっけつれい刑事けいじ訴訟そしょうほうとは別個べっこ独立どくりつ単行たんこう訴訟そしょう手続てつづき法規ほうきとされていたが、布告ふこくから40ねん以上いじょう経過けいかしたころにはきわめて不完全ふかんぜん指摘してきされるようになり、刑事けいじ訴訟そしょうほう規定きてい精神せいしんしたが解釈かいしゃく適用てきようするほかないとかんがえられていた[3]

手続てつづき

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即決そっけつ処分しょぶん権限けんげんゆうする機関きかんは、犯罪はんざい警察けいさつしょちょう分署ぶんしょちょうまたはその代理だいりたる官吏かんりとされた[5]被告人ひこくにん居住きょじゅうことなる場合ばあい即決そっけつ処分しょぶん嘱託しょくたくはできないが、即決そっけつ処分しょぶんによる確定かくていけい執行しっこう嘱託しょくたく可能かのうだった[5]

即決そっけつ言渡いいわたしたいしては本人ほんにんおよび法定ほうてい代理人だいりにんじんまたは配偶はいぐうしゃ被告人ひこくにんのために独立どくりつして裁判所さいばんしょ正式せいしき裁判さいばん請求せいきゅうすることができ、一定いってい期間きかん直接ちょくせつ言渡いいわたしは3にち、そうでないときは5にちない申請しんせいしょ提出ていしゅつしなければならない。

即決そっけつ言渡いいわたし必要ひつようによってかり執行しっこうができ、科料かりょうはただちにその金額きんがくかりおさめさせ、かりおさめしない場合ばあいは1にち1えん割合わりあい即日そくじつから留置りゅうちする。

拘留こうりゅうは1にち1えん換算かんさんし、その刑期けいき相当そうとうする保証ほしょうきんさせて拘留こうりゅうくことができる。

即決そっけつ確定かくてい留置りゅうちした場合ばあいすみやかに被告人ひこくにん法定ほうてい代理人だいりにん輔佐ほさじん直系ちょっけい卑属ひぞく配偶はいぐうしゃ戸主こしゅのうち被告人ひこくにん指定していするもの通知つうちすることをようする。

拘留こうりゅうされたものとの接見せっけん物品ぶっぴん差入さしいれきゅう刑事けいじ訴訟そしょうほう規定きてい準用じゅんようして相当そうとう自由じゆうみとめる。

評価ひょうか

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大正たいしょう時代じだいには、一方いっぽうでは「警察けいさつけん執行しっこう利剣りけん」、他方たほうでは「人権じんけん蹂躙じゅうりん凶器きょうき」との評価ひょうか対立たいりつしていた。

後者こうしゃ論拠ろんきょとしては、フランス人権じんけん宣言せんげん以来いらい立憲りっけん主義しゅぎ基本きほん原則げんそくである三権分立さんけんぶんりつ要請ようせいから、帝国ていこく憲法けんぽうにおいても裁判所さいばんしょ司法しほうけんになうべきであるところ(帝国ていこく憲法けんぽう57じょう)、たがえ警罪即決そっけつれいはあたかも行政ぎょうせい組織そしきである警察けいさつ組織そしき司法しほうけん執行しっこうゆるすがごときものであり、帝国ていこく憲法けんぽう違反いはんするということがげられている[6]

このため、おおくの反対はんたいせつとなえられ、だい25かい帝国ていこく議会ぎかい以降いこうふくすうかい廃止はいしあん提出ていしゅつされたが、実務じつむじょう憲法けんぽうはんするものとしてあつかわれることはなく[7]実際じっさい廃止はいしされたのは前述ぜんじゅつのとおり1947ねん昭和しょうわ22ねん)になってからであった。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ しん警察けいさつ練習れんしゅうしょ 1935, たがえ警罪即決そっけつれい(p.1-3).
  2. ^ 裁判所さいばんしょほう施行しこうほう - e-Gov法令ほうれい検索けんさく
  3. ^ a b しん警察けいさつ練習れんしゅうしょ 1935, たがえ警罪即決そっけつれい(p.1).
  4. ^ a b c しん警察けいさつ練習れんしゅうしょ 1935, たがえ警罪即決そっけつれい(p.2).
  5. ^ a b しん警察けいさつ練習れんしゅうしょ 1935, たがえ警罪即決そっけつれい(p.3).
  6. ^ 田辺たなべたもつあきら 1921, p. 1-3
  7. ^ 田辺たなべたもつあきら 1921, p. 4

参考さんこう文献ぶんけん

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